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民衆の養育者としてのモーセ

ドキュメント内 第一例:『バッカイ』と人民寺院 (ページ 129-132)

6. 民衆の力

6.5. 民衆の養育者としてのモーセ

128 支配する者は支配されていることも忘れてはならないというのである。全世界の支配者と しての神のイメージは、支配されることの側面を強調するアブラハム、モーセ、そしてサ ムエルにとって欠かせないものなのである。

『政治学』によれば、「幸運に恵まれ、体力や富や友人や何かそのようなものをあまりに も多くもっている人々は、支配されることを望まず、また支配されるべきも心得ていない」

(Pol. 4. 1295b10-29)。彼らは「いかなるかたちにせよ服従するすべを心得ておらず、主人 のように支配するすべを知っているにすぎない」(Pol. 4. 1295b20-29)。このような人々から 成る国家は、「友愛からも国家共同体からもかけ離れている」(Pol. 4. 1295b20-29)。支配さ れることの大切さを説くアブラハム、モーセ、そしてサムエルは、単に国制を定めていた だけでなく、ヘブル人の国制の根本原理をも説いていたのである。

129 彼は国制を定め、他の諸法も制定した。そしてアテナイ人は、(中略)諸法を回転柱 に書き入れて、「王」の列柱廊に建て、全員がそれらの法に従うことを誓った。

(AP 7. 1、橋場訳)

ソロンは国制と法律の制定によって、アテナイ人を経済的、また政治的奴隷状態から解 放するのである。モーセも荒野で国制と法律の制定者という二役を担う(AJ 3. 213; 4. 45, 194,

196, 198, 312)。モーセの言葉と彼が神から授かった一〇の言葉の石板は神殿内に保存され

たという(AJ 4. 303-304)。

モーセが裁判制度を改革することで民が正義をおのれのものとすることができたように、

ソロンは「民衆裁判所」の権限を増すことで、民主主義を推し進める。「〈これは〉大衆が 権力を得るためにもっとも効果があったと言われている。なぜなら民衆は投票権を手中に したとき国制の主となるからである」(AP 9. 1)。

モーセがコラとの抗争の後、大祭司職に与れる者を部族単位で選出したように、ソロン も「各部族が〔選挙で〕予選した候補者の中から抽選で役人を任命することにした」(AP 8.

1)。その際にソロンは所得評価を加味するが、それでもその制度改革は画期的である。な ぜなら、「従来はアレオパゴス会議が独断で人を呼び出して選定し、適任者をその年の各役 職に〈割り当て〉任命していた」からである(AP 8. 2)。

しかしソロンはアテナイ人のもとから去ってしまう。

ソロンは国制を以上述べた通りに定めたが、人々が彼のもとにやって来ては、彼の法 についてある点は難詰したり、ある点は質問責めにしたりして悩ませた。彼はそれら の点を改変するのも、また国内にとどまって憎悪を買うのもいやだったので、一〇年 は戻らないと言い残し、商用と見物をかねてエジプトに旅立った。彼が言うには、自 分がそばにいて法律の文言をいちいち説明するよりも、各人が法に書かれた通りを実 行するのが正義にかなうと考える、とのことであった。

(AP 11. 1、橋場訳)

モーセも国制をヘブル人のために定めた後、ヘブル人のもとから去って行ってしまう。モ ーセは次のように言う。

戦友たちよ。そして、この長い苦難のときをともにしてきたその同伴者たちよ。わた しはすでに一二〇年の歳月を生きてきたが、神の意志と老齢のために、今やこの世を 去らねばならぬ。わたしは、ヨルダン川を渡ってからの行動においては、もはやおま えたちの助言者でも、ともに戦う友でもない。それは神が禁じられている。(中略)

おまえたちはただ、神の望むこれらの戒めを守り、今の律法に新たなものを加えては ならない。

130

(AJ 4. 177, 181、秦訳)

ソロンは自作の詩によって、アテナイ人が自分に怒りを向け、横目でにらむことを嘆き つつ、「口に出したことを私は神助を得て実現した」と述べて自らの実行力を証言する(AP

12. 3)。同じようにモーセは、「神とわたしは、おまえたちがいかに誤解し中傷しようと、

おまえたちの幸福のために努力し続けるだろう。そして、その結果は間もなくあらわれる」

と約束する。ソロンの功績の証人はオリュンポスの「黒き大地の女神」である(AP 12. 4)。 モーセも神を自らの味方とし、「あなたこそ、わたしがこれまでに行ってきたことの最も信 頼すべき証人です」と語りかける(AJ 4. 40)。

ソロンは自らの国制改革を帰還にたとえて次のように述べる。

そして私は多くの者をアテナイへ、神々の創りたもうた祖国へと連れ帰った。彼らは、

あるいは不当にあるいは正当に、奴隷として売られ、あるいはやむをえぬ仕儀で故国 から逃げ去り、あたかもあちこちを放浪してきたごとく、(後略)。

(AP 12. 4、橋場訳)

民衆を導くためにソロンが手にしているのは「突き棒」(κέντρον)であるが(AP 12. 4)、 モーセは「杖」(βακτηρία)を手にして民衆を救出する(AJ 2. 338)

『アテナイ人の国制』のソロンと『ユダヤ古代誌』のモーセとの類似点は他にもまだ挙 げることができる。しかしそれらよりも肝心なことは、民衆に権限を滋養するような制度 や法を作ることによって彼らを解放に導く、という基本的な役割の共有である。ソロンは アテナイ人のそのような民衆指導者の第一人者である(AP 28. 2)。ソロンの後を継ぐアテナ イの民衆擁護者たちはさまざまな制度改革を通して、より多くの市民が政治に関われるよ うな国作りをしている。モーセも多くのヘブル人が政治に携われるように、すなわち統治 する立場に回れるような改革を行っている。

『アテナイ人の国制』では民衆擁護者が改革を行えば、それに比例して「大衆は自信を つけ国家の全支配権をますます掌握した」(AP 27. 1)。彼らは「主体的に国政を運営するこ とを選んだのであった」(AP 27. 2)。モーセの制度改革によってヘブル人も自信をつけ、戦 争では「意気軒昂として危機を迎え」モーセに対して「一刻も早く敵に軍を進めるように 迫(る)」(AJ 3. 48)。「今やヘブル人は自分たちの勇気に目ざめ、それを誇りにもつと同時 に、ヒロイズムを待望するようにさえなった。またすべてのものは労苦を克服してこそ得 られるという確信をもつようになり、それに尻込みしたり、たじろいだりしなくなった」

とも描写されている(AJ 3. 58)。

そのような民の自立心を、モーセの国制は統制する。リウエルによる裁判制度では、「解 決のつかないような問題だけは」モーセのところに回すことになっているが(AJ 3. 72)、そ れより後に制定された司法制度では、「もし裁判官が、取り扱っている事件にいかなる宣告

131 を下すべきか判断に窮したときは」、モーセではなく、「大祭司、預言者、そしてゲルーシ アの長老たちが合同して審理し、適当と思われる判決を宣告しなければならない」と規定 される(AJ 4. 218)。モーセは民に自分の権限を委譲しながら徐々に政治から退場するので ある。

アテナイ国の原初の国制が王制であったように。モーセが国制をもたらす前の荒野での ヘブル人の国は、王たるモーセの単独支配体制下にある。エジプト脱出後間もないヘブル 人にとって、指揮官はモーセだけである。『ユダヤ古代誌』第2巻において、幼児のモーセ は、エジプトの王から「王冠をもぎとり、(中略)それを地面にたたきつけ、両足で踏みつ けてしまった」(AJ 2. 233)。それは「エジプトの王国が転覆する」予兆である(AJ 2. 234)。 その予兆の通り、モーセはエジプトの王によって象徴される王制と独裁制を転覆させる。

それは単にエジプトの王を海に沈めることによってではなく、自らの権威を民に分与する ことによってである。モーセは自ら王位を退くのである。

ドキュメント内 第一例:『バッカイ』と人民寺院 (ページ 129-132)