3. 国制の発展
3.3. 国制の書として
『政治学』は、国制を国の本質のものとしてとらえ、「なぜなら、国制とは国家の生き方のようなも のだからである」と述べる(Pol. 4. 1295b40)。国制という語には複数の意味を込めることができ、そ れらのものとして、たとえば、「市民であること」、「諸国制」、「国のあり方」、また「役職と権力の配分 の仕方」などが挙げられる133。たとえば、『政治学』は国制について次のように述べる。
さて、国制とは(πολιτεία)国家の(πόλεως)さまざまな公職の(τῶν τε ἄλλων ἀρχῶν)組織立て
(τάξις)であり、そのなかでもとくに、あらゆることに対して最高の権限をもつ公職の組織立て である。というのも、すべての国家において統治者集団こそが国家における最高の権原をも ち、そして国制(ἡ πολιτεία)は統治者集団にほかならないのだから。
(Pol. 3. 1278b1-19、神崎他訳)
本研究は、『ユダヤ古代誌』のヘブル人がどのように役職を獲得していくのか跡付ける。同書の モーセは荒野でたしかに公職の組織立てをしているのである。このように私は『ユダヤ古代誌』を政
133 納富信留『プラトン 理想国の現在』(慶應義塾大学出版会、2012年)、 201頁; R. K. Balot, Greek Political Thought (Malden: Blackwell, 2006), p. 179.
44 治の書物として読もうとするが、同書に政治的なテーマが含まれていることは、『ユダヤ古代誌』自 体が認めている。
『ユダヤ古代誌』第20巻の締めくくりの部分では、同書の要約として、それまで扱われ た諸トピックが整列させられている。
さて、以上をもってわが『ユダヤ古代誌』を終わりとしたい。本巻につづくのは『ユ ダヤ戦記』である。本書は、人類の最初の誕生からネロンの治世の第一二年までのエ ジプト、シリア、パライスティネ等に住む私たちユダヤ人を見舞った諸事件について の言い伝えから成立している。さらに、それにはアッシリア人、バビロニア人のもと で私たちがなめた苦難や、ペルシア人、マケドニア人、その後のローマ人から私たち がうけた苛酷な取り扱いについての物語も含まれている。私はこれらすべての物語を 正確かつ詳細に取り扱ったと考えている。また私は、二〇〇〇年の長きにわたって神 と神殿に奉仕した大祭司たちの系列に関する記録を書き残すようにつとめた。さらに、
私は士師134の支配した時代(τὰς πολιτείας ... μοναρχὼν)を含めた歴代の王の継承とそ の生活慣習、および彼らの事蹟と統治等を、聖なる文書に書き記されているとおりに 誤りなく書き伝えたつもりである。私は本書の劈頭でそのことを読者諸賢にお約束し たからである。
(AJ 20. 259-261、秦訳)
ここには四つのトピックが見られる。(1)ユダヤ人を見舞った諸事件についての言い伝 え(παράδοσις)、(2)ユダヤ人の苦難や苛酷な取り扱いについての物語、(3)大祭司の系譜、
(4)王や単独支配者たちの継承、生活慣習、事蹟、統治(τὰς πολιτείας)である。四番目の トピックに「ポリテイア」が含まれていることに注目したい。
統治ないしは政治が『ユダヤ古代誌』の主要なテーマであることは、同書の冒頭でも明 らかにされている。そこでは、同書の種本であるヘブル人の文書が、政治(πολίτευμα)を 扱っていると解説される。
さて、私が今回この新しい作品を書こうと志したのは、それが有益なものとしてギリシア語圏 社会から好意的に迎えられると信じたからであるが、その根拠は、それがヘブル人の文書か ら(ἐκ τῶν Ἑβραϊκῶν ... γραμμάτων)翻訳された(μεθηρμηνευμένην)、私たちユダヤ人の古 代史の全部と統治原理に関するいっさい(ἅπασαν τὴν παρ’ ἡμῖν ἀρχαιολογίαν καὶ διάταξιν τοῦ πολιτεύματος)を包含している(περιέξειν)ためである。
(AJ 1. 5、秦訳)
134 秦訳はここでモナルコス(μόναρχος)を「士師」と訳す。『ユダヤ古代誌』第20巻第229節は士師時代 を「単独支配制(モナルキア、μοναρχία)」と呼んでいる。
45 ここでは、『ユダヤ古代誌』が、ヘブル人の文書(γράμματα τῶν Ἑβραϊκῶν)を翻訳ないしは解釈 し た も の で あ る こ と が 明 か さ れ て い る 。 そ の 文 書 は 別 の 箇 所 で は 「 聖 な る 文 書 (τῶν ἱερῶν γραμμάτων)」とも呼ばれている(AJ 1. 13)。そして、「統治原理(διάταξις τοῦ πολιτεύματος)」が、ユ ダヤ人の古事(ἀρχαιολογία)と並んで、同文書の主要なトピックであるとされる。ヘブル人の文書の 内容の解説は別の箇所でさらに行われるが、そこでもやはり政治という語が用いられる。
しかしながら、聖なる文書に(διὰ τῶν ἱερῶν γραμμάτων)語られていることは、実はほとんど無 限に近い。それは五〇〇〇年の民族の歴史(ἱστορίας)を包含し、その中には、あらゆる種 類の運命の有為転変(παράλογοι περιπέτειαι) 、数多くの戦争の帰趨(πολλαὶ δὲ τύκαι πολέμων) 、 英 雄 的 な 将 軍 た ち の 功 績 (στρατηγῶν ἀνδραγαθίαι) 、 劇 的 な 政 治 革 命
(πολιτευμάτων μεταβολαί)等が語られているからである。
(AJ 1. 13、秦訳)
ここで言われているのは、ヘブル人の文書はユダヤ人の歴史書として定義できるが、その歴史 は政治上のさまざまな変転(πολιτευμάτων μεταβολαί)によっても構成されている、ということである。
したがって、ヘブル人の歴史を語ったり書いたりするということは、政治について語ったり書いたり するということと同義なのである。この点に着目すれば、『ユダヤ古代誌』と『アテナイ人の国制』は 関心事を共有していると言えるだろう。そのような政治的な性格をもつ本を、プトレマイオス二世
(Πτορεμαίων ὁ δεύτερος)も欲したという。
この王は学問と本の収集に(περὶ παιδείαν καὶ βιβλίων συναγωγὴν)深い関心をもっていたが、
とくに私たちユダヤ人の律法(τὸν ἡμέτερον νόμον)と、それにもとづく(κατ’ αὐτὸν)統治原理 に関する本(τὴν ... διάταξιν τῆς πολιτείας)を熱望して、それをギリシア語に翻訳させたので ある。
(AJ 1. 10、秦訳)
ヘブル人の文書は、統治者に、律法だけでなく「統治原理」についての有益な教訓を提供してく れるというのだ。そのような文書を自らの種本とすることにより、『ユダヤ古代誌』は、「統治原理
(διάταξις τοῦ πολιτεύματος)」を自らの主題としているのである(AJ 1. 10; 4. 194, 198)。政治学への 関心からヘブル人の文書を欲したプトレマイオス二世のような者に、『ユダヤ古代誌』はうってつけ だ、ということである。
上の訳文において「原理」と訳されているギリシア語は、配置や軍隊編成を意味するディアタクシ ス(διάταξις)であるが、それはタクシスτάξιςにδια-を付け加えたものである。そのため、モーセの義 父リウエルが軍隊編成をモデルとして、荒野のヘブル人の司法制度を改正するとき、それは「編制
(τὴν διάταξιν)」と呼ばれる(AJ 3. 74)。
他方、タクシスもまた隊列や体制を意味する。タクシスは『アテナイ人の国制』に複数回登場し
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(AP 3. 1; 5. 1; 41. 2)、たとえば、アテナイの古い時代の政治体制を描写する際に、タクシスが統治
(πολιτεία)という語と組み合わされ、国制の組織(ἡ τάξις τῆς πολιτείας)という術語を形成している。
ドラコン以前の太古の国制の組織(ἡ τάξις τῆς ἀρχαίας πολιτείας)は、次の通りであった。ま ず、役人は名門かつ富裕である者から任命された。
(AP3. 1、橋場訳)
ここで「国制の組織」という語は、ドラコン以前の時代の、アテナイの貴族的政治制度を指示する ために用いられている。かのソロンが打倒せねばならなかったのは、この体制ないしは組織立て(タ クシス)である。政治の基本構造、すなわち、誰をどのような役職につかせるべきかという原則が、タ クシスという語で表現されているのである。先に引用した『政治学』の一節においても、「国制とは
(πολιτεία)」「組織立て(τάξις)」である、と言われている。
Rhodesによると、「国制の組織(ἡ τάξις πολιτείας)」という術語は、アリストテレス文書に特有であ
る135。その語は一義的には軍隊用語であり、それは軍隊の編制、組織立てを意味し、それゆえに 他の何らかのものの配列や秩序立てを表す語として用いられ得ると、Rhodes は解説する。K. von
Fritz は、πολιτεία が「政治的な秩序のうちに権力を配分することを強調する」語であるのに対し、
τάξις は「国制の制度上の専門的な規定」を指すと言う136。すなわち「統治原理」や「国制の組織」と
いった術語(ἡ τάξις τῆς πολιτείας)は、権力の分配に関する規定ないしは条件を意味する。『ユダ ヤ古代誌』にはそのような話題が含まれている、と同書自身が告白しているのである。
以上のように、『ユダヤ古代誌』の序文および結語に注目することで、同書の主題の一つが政治 問題であることが明らかとなる。「ヨセフスは、彼の著作の序文において、ユダヤ人の古代史を物語 ることだけでなく、ユダヤ人の政治制度(their political constitution)を評価することを、その著作の 目的に定めている」137。私たちはここから先で、『ユダヤ古代誌』の特にモーセ物語の部分を分析 するが、そのときに政治史としての特徴をもつ『アテナイ人の国制』を比較のための資料として用い ることは、『ユダヤ古代誌』自身の上述の主張にも適していると言える。