6. 民衆の力
6.3. ニムロデの伝統
6.3.2. 民衆扇動家の始祖
『政治学』によれば、僭主は「単独支配制」というより大きなカテゴリーに属し、それ には王制も含められる。僭主の特徴は王との比較によって記述される。出自の点で比較す ると、王が「立派な人々のなかから」選ばれるのに対し、僭主は「民衆や大衆のなかから」
選ばれる、という特徴が見られるという(Pol. 5. 1310b10)。とりわけ「民衆扇動家」のなか から誕生するという。なぜ、民衆扇動家は、民衆や大衆のなかから選ばれるのか。それは、
民衆扇動家が大衆に大きな権限を与えるからである。
民衆扇動家は、民衆にとっての権力の供給源である。民衆煽動家によって、民衆の権限 は肥大する。民衆扇動家によって権限を与えられた多数者は「個々人としてではなく、全 体として権限を握る」ようになる(Pol. 4. 1292a10)。民衆が己の権限を発揮する最大の場は 民会であるが、「法律ではなく民会決議に権限があるという状況を作り出すのは、あらゆる 案件を民会に持ちこむ民衆扇動家たちにほかならない」(Pol. 4. 1292a20)。たとえば、「公職 者を非難する人々は民衆に判断を委ねるべきである」と民衆扇動家が主張すると、「民衆の
218 秦訳はここでの人称代名詞αὐτοῦを「彼の」と訳すことで、ニムロデを指す代名詞としている。Thackeray trans., Jewish Antiquities, Books I-IV, p. 55もそれを単数形と認識し、「彼自身の(his own)」と訳す。それに対 し、Feldman trans., Judean Antiquities 1-4, p. 41は、同じ語を「彼ら自身の(their own)」と複数形代名詞に訳 している。これはτῇ αὐτοῦ δυνάμειを一つの熟語として捉え、「自力に」と理解しようとしているためであ ろう。.
219 Feldman trans., Judean Antiquities 1-4, p. 40.
122 方はよろこんでその提案を受け入れ」、その結果あらゆる公職が権威を失うのである。ある いは、「民衆指導者たちは民衆に迎合し、法廷を通じてたびたび財産没収を行っている」と いう(Pol. 6. 1320a)。ただし、「このように万事が民会決議によって決まる仕組みは、本来 の意味での民主制でさえないということは明らかである」、と『政治学』は批判する(Pol.
1292a30)。
アテナイの民衆は「民衆擁護者(προστάτης τοῦ δήμου)」を持っている。彼らの名前をわ れわれは『アテナイ人の国制』に見つけることができる。ソロン(AP 2. 2; 28. 2)、ペイシ ストラトス(AP 13. 4)、クレイステネス(AP 21. 1)、クサンティッポス(AP 28. 2)、テミス トクレス(AP 23. 3)、エピアルテス(AP 25. 1, 28. 2)、ペリクレス(AP 27. 1; 28. 1)、クレオ ン(AP 28. 3)、クレオポン(AP 28. 3)である。同書は、クレオポン以降の民衆指導者の性 質については次のようにコメントする。
クレオポン以来(ἀπὸ δὲ Κλεοφῶντος)、すでに民衆指導者の地位を(τὴν δημαγωγίαν)
次々に受け継いできた者たち(διεδέχοντο)がとりわけ望んでいたことは(βουλόμενοι)、 目先のことしか(πρὸς τὸ παραυτίκα)視野に入れず(βλέποντες)傲慢にふるまい
(θρασύνεσθαι)、大衆に(τοῖς πολλοῖς)恩を売ること(χαρίζεσθαι)であった。
(AP 28. 4、橋場訳)
では、それ以前の民衆擁護者たちはどのようにして民衆に力を与えているのか。たとえ ばソロンは、民衆裁判所に上級裁判所の地位を与え、大衆の権力を大きくする(AP 9. 1)。 エピアルテスはアレオパゴス評議会の諸権限を剥奪し、それを民会と民衆裁判所に与える
(AP 25. 2)。クレイステネスは、「大衆に参政権を委譲すると約束して民衆を味方につけた」
(AP 20. 1)。民衆擁護者たちの功績は、いかに大衆の権限を増大させるかにかかっているの である。『政治学』は、ソロン、エピアルテス、ペリクレスの功績を挙げた後、「このよう にして、それぞれの民衆指導者(ἕκαστος τῶν δημαγωγῶν)は〔民衆の力を〕増大させながら
(αὔξων)、アテナイを現在の民主制へと(εἰς τὴν νῦν δημοκρατίαν)導いた(προήγαγεν)の である」、と述べている(Pol. 2. 1274a10)。
しかし、『政治学』によれば、大衆の権力を強固にするような制度を整備してしまうと、
すなわち「公職が選挙で選ばれ、財産資格が必要とされず、民衆が選挙で選ぶ」ようにな ると、「公職を熱望する者たちが、民衆の機嫌取りをして、ついには法律よりも民衆を至上 とする状態にまで陥ってしまう」のだ(Pol. 5. 1305a30)。ある種の民主制においては、「法 律ではなく(μὴ τὸν νόμον)大衆に(τὸ πλῆθος)権限が(κύριον)ある」という(Pol. 4. 1292a5)。
この民主制は、法律ではなく民会決議に権限があるときに生まれるものであるが、そ うした状況を作り出すのは民衆扇動家にほかならない。というのも、法律にもとづい た民主制を堅持している国家では、民衆扇動家が現れることはなく、市民のなかで最
123 もすぐれた人々が力をもっているのに対して、法律に権威がないところでは、民衆扇 動家が台頭するからである。そのようなところでは、多人数の集団が一つにまとまっ て、民衆は単独支配者となる。
(Pol. 4. 1292a5-10、神崎他訳)
民衆を至上とする改革を行なったのではないか、と疑惑の目を向けられているのはソロ ンである。ソロンは民衆に多くの権限を与えようとして、「故意に法をわかりにくくし……」、
「訴訟事件すべてを民衆裁判所が審理するように」したのではないか、と疑われている(AP
9. 2)。すなわち、過剰に民衆の力を増強させたのではないか、という疑惑である。そのた
め彼は次のように自己弁護せざるを得ない。「私は民衆に分相応の地位を与えた。その名誉 からは何も奪い去ることなく、また余分に加えることもなかった」(AP 12. 1)。
以上のように、民衆に万事の決定権を委ねることによって、民衆の権力を肥大化させる 者が、『アテナイ人の国制』と『政治学』が言うところの民衆扇動家である。
『ユダヤ古代誌』のニムロデもそのような者である。ニムロデは人々を「煽動し」「説得」
する(AJ 1. 113)。彼は、「その繁栄がすべて自分たちの力によるものだと」思い込ませ、「彼 らの繁栄が(中略)彼ら自身の剛勇によることを納得させた」(AJ 1. 113)。このような言説 により、ニムロデは民に権力を供給し続け、自らに人々を依存させる。ニムロデの国に裁 判所と評議会と選挙があれば、それが極端な民主制の形をとるであろうことは容易に想像 がつく。ニムロデの統治の仕方は、民衆に権力を授ける民衆煽動家のやり方と構造を同じ くしているのである。ニムロデが、「しだいに事態を専制的な方向へもっていった」ことは 道理にかなっているのである。
さらに『政治学』によれば、僭主は民衆を一致団結させるため、また、自分が民衆の側 に立っているということを印象付けるため、敵意を利用する。その標的の一つは富者であ る。
彼らの誰もが、民衆からの信頼を得てからそうしたのであり、その信頼は裕福な人た ちに対する彼らが抱く敵意に依拠していた。たとえば、アテナイではペイシストラト スが平野党の人びとに対して内乱を起こし、メガラではテアゲネスが、富裕者たちの 家畜の群れが河の畔で他人の土地に侵入して草を食んでいるところをとらえて殺し、
また、ディオニュシオスはダプナイオスと富める者たちを訴えたことによって、僭主 たるにふさわしいとみなされ、彼が示した敵意のゆえに民衆の味方として信頼された のである。
(Pol. 5. 1305a20-30、神崎他訳)
僭主は民衆の信頼を得るために、誰かに対する敵意を顕示しなければならない。僭主な いしは民衆扇動家の敵意のもう一つの対象は、貴族である。僭主の用いる手段は、「貴族た
124 ちに対抗する」こと、「貴族たちを誹謗中傷すること」である。なぜ僭主は貴族を敵視しな ければならないのか。それは、「民衆が貴族たちから不正を受け(て)」きたと考えるから である(Pol. 5. 1310b8-10)。僭主制は自らのうちに、「民主制由来の悪」を抱いているとい う。その悪とは、「貴族たちと戦うこと、ひそかにあるいは公然と彼らを滅ぼすこと、競争 相手または支配の邪魔者として彼らを追放することである」(Pol. 5. 1311a10)。ソロンは民 衆指導者であったため、過度に貴族を攻撃することは控えねばならない。彼が自らの功績 を次のように振り返っているとおりである。「また権力を持ち、その富ゆえに賞讃される 人々、彼らも決して不当な目にあわぬよう配慮した」(AP 12. 1)。
モーセは、この僭主制のメカニズムを知っているかのように、民への別れのスピーチの なかで次のように勧告する。
この世を去るにあたり、このことを思い出させておまえたちの心を重くすることは、
わたしの本意ではないし、また、そんなこともしたくはない。しかし、わたしは言い たい。どうかおまえたちは、将来のために中庸で穏健であってほしい。そして、おま えたちの取るべき安全な道はそこにしかないということを学んでほしい。おまえたち がヨルダン川を渡り、カナンを征服して莫大な富を手にしても、どうかおまえたちの ために立てられた人たちへの暴力沙汰だけはやめてほしい。なぜなら、おまえたちが 逆上して暴力に訴えて徳を無視したり軽視すれば、おまえたちは神の恩寵すら失うこ とになるからである。
(AJ 4. 189-190、秦訳)
モーセは敵意が国制の変革をもたらすことに気づいており、それを戒める勧告を民に与 えているのである。
このモーセの方針とは反対に、ニムロデは神に対する民衆の敵意を煽ることにより、民 衆の信頼を勝ち得ている。ニムロデの追随者たちは「神の言葉にしたがわなかった」。「そ れどころか、彼らは神のみ心に疑惑さえ抱いたのである」(AJ 1. 111-112)。「人びとは、神 にしたがうことは奴隷になることだと考え(る)」(AJ 1. 115)。ニムロデは「神に復讐して やる」と宣言する(AJ 1. 114)。
神に対する彼らのこのような反抗的な態度は、貴族に敵対することによって僭主を生み 出す民主制の特徴と並行している。ニムロデと彼の支持者たちは、富者や貴族に対する敵 愾心と同じような敵愾心を神に向けているのである。ニムロデは、民衆に自信を与え、民 主主義を打ち立て、民衆からの信頼を集め、民衆扇動家ないしは僭主になる方法を知って いる。
『ユダヤ古代誌』のバベルの塔は、民主政治と僭主政治の象徴であり、また将来のユダ ヤ戦争の災禍の予告ともなっている。エルサレム市内でゼーロータイが「自分たちの力」
を試みるために、大祭司を籤引で選出することが思い出される。