6 取引価格の各履行義務への配分
6.1 独立販売価格の見積り
取引価格を相対的な独立販売価格に基づき配分するためには、まず各履行義務の独立販 売価格を算定しなければならない。IFRS第15号によれば、独立販売価格とは、企業が契約 の開始時点で財又はサービスを単独で販売する場合の価格である。
IFRS第15号では、財又はサービスが個別に販売される場合の客観的な価格が、独立販売 価格の最善の証拠を提供するとされている。しかし、多くの場合、客観的な独立販売価格は 容易に入手可能ではない。そのような場合、企業は独立販売価格を見積もる必要がある。
独立販売価格の見積りは契約の開始時点で行い、当該時点から履行が完了するまでの間 に生じた変更を反映するための見直しは行わない。たとえば、企業が約定した財の独立販売 価格を算定し、当該財を製造して引き渡すまでの間に原材料費が2倍になったと仮定する。
そのような場合、企業はこの契約に関して用いた独立販売価格の見積りは見直さない。しか し、同じ財が関係する将来の契約に関しては、修正後の独立販売価格を用いる必要がある
(セクション6.1.3を参照)。さらに、契約条件が変更され、その変更が別個の契約として取り 扱われない場合、企業は契約条件の変更時点で独立販売価格の見積りを見直す(セクション 6.5を参照)。
現行IFRSからの変更点
取引価格の履行義務への配分に関する新たな規定により、多くの企業の実務に変更が生じ る可能性がある。
IAS第18号は、複数要素契約に関して契約対価の各構成要素への配分方法について定め ていない。一方、IFRIC第13号は、相対的な公正価値に基づく配分と残余法を用いた配分の 2つの配分方法について言及している。しかしながら、IFRIC第13号はどちらの方法が優先 されるかを定めていない。そのため、現行IFRSの下では、最も適切な方法を選択するにあた り、すべての関連する事実及び状況を考慮するとともに、収益を対価の公正価値で測定する というIAS第18号の目的に整合する配分となるように、自ら判断しなければならない。
現行の IFRS では、複数要素契約に関して限定的なガイダンスしか存在しないため、会計方 針を策定するにあたりUS GAAPを参考にしている企業もある。ASC第605-25号の複数要 素契約に係る規定を参照して会計方針を策定している企業にとっては、独立販売価格の見 積もりを求める規定は新しい概念ではない。独立販売価格の見積りに関するIFRS第15号 の規定は、概ねASC第605-25号と整合している。ただし、IFRS第15号では、この見積り を行うにあたり、販売価格の証拠に関するヒエラルキーを考慮することは求められていない。
US GAAPの下では、ASC第605-25号の規定を適用するにあたり、契約における価格の変
動性が高い要素の販売価格を見積っている(セクション 6.1.2 を参照)企業もある。IFRS 第 15号では、そうした企業が残余アプローチ(FASBが2009年に複数要素取引に関する新た な規定を公表する前のこうした取引の会計処理に類似)に立ち戻ることが認められる可能性 がある。
独立販売価格の見積りを求める規定は、IFRS に基づいて報告を行っている企業のうち、収 益認識に係る会計方針を策定するにあたり、ASC第985-605号におけるソフトウェアの収益 認識ガイダンスなど、US GAAPの他の規定を参照していた企業に大きな変化をもたらす可能 性がある。これらの規定では、独立販売価格の算定に関して異なる閾値が設けられており、
経営者による見積りではなく、客観的な証拠が求められている。企業によっては、特にこれま で個別に販売されたことがない財又はサービス(たとえば、ソフトウェアの特定のアップグレー ド権)について、独立販売価格を算定することが難しい場合もあろう。一定の状況下では、企 業は残余アプローチを用いて履行義務の独立販売価格を見積もることが容認される(セクシ ョン6.1.2を参照)。
弊社のコメント
現在、独立販売価格の見積りを行っていない企業は、今後こうした見積りを行うにあた り、経理部や財務部に加え、他の部署を巻き込むことが必要になる可能性が高い。我々 は、収益認識に係る会計方針の責任者は、特に客観的なインプットが限られているか存 在しない場合に、見積独立販売価格を算定するために、価格決定に関与する部門に相 談する必要性が生じると考えている。
独立販売価格の見積りに関して、IFRS第15号には下記の規定が定められている。
IFRS 第 15 号からの抜粋
78. 客観的な独立販売価格がない場合、企業は第73項に定められる配分の目的を達 成する取引価格の配分となるような金額で独立販売価格を見積らなければならな い。独立販売価格を見積る際に、企業は、合理的に入手可能なすべての情報(市 場状況、企業固有の要因、及び顧客又は顧客の種類に関する情報)を考慮しなけ ればならない。見積りを行う上で、企業は、客観的なインプットを最大限に用いると ともに、同様の状況において見積方法を首尾一貫して適用しなければならない。
IFRS 第 15 号からの抜粋
79. 財又はサービスの独立販売価格の適切な見積方法には、次のようなものがある が、これらに限定されない。
(a) 調整後市場評価アプローチ—企業は、財又はサービスを販売する市場を評価 し、その市場の顧客が当該財又はサービスに対して支払うであろう価格を見積 る。また、このアプローチには、競合他社の類似する財又はサービスの価格を 参照し、必要に応じて企業の原価とマージンを反映するように当該価格を調整 する方法も含まれる。
(b) 予想コストにマージンを加算するアプローチ—企業は、履行義務の充足に要す るコストを予測し、当該財又はサービスに関する適切なマージンを加算する。
(c) 残余アプローチ—企業は、取引価格の総額から契約で約定した他の財又はサ ービスの客観的な独立販売価格の合計を控除した金額を参照して、独立販売 価格を見積る。しかし、次のいずれかの要件を満たす場合に限り、企業は第 78 項に従って残余アプローチを用いて財又はサービスの独立販売価格を見 積ることが認められる。
(i) 企業が同じ財又はサービスを(同時又はほぼ同時に)異なる顧客に対して 幅広いレンジのさまざまな金額で販売している(すなわち、代表的な独立販 売価格が過去の取引又はその他の客観的な証拠から識別できないため、
独立販売価格の変動性が非常に高い)。
(ii) 企業が当該財又はサービスの価格をいまだ設定しておらず、当該財又は サービスはこれまでに単独で販売されたことがない(すなわち、独立販売 価格が不確実である)。
6.1.1 独立販売価格を見積る際の検討要因
IFRS第15号は、独立販売価格を見積もる際に、「企業は、合理的に入手可能なすべての情 報(市場状況、企業固有の要因、及び顧客又は顧客の種類に関する情報)を考慮しなければ ならない」としている48。これは、非常に間口の広い規定であり、企業はさまざまな情報源を 考慮する必要がある。
下記は、すべてを網羅したリストではないが、考慮すべき市場状況の例を示している。
• 製品の販売価格に係る潜在的な制限
• 競合他社による類似又は同一製品の価格設定
• 製品の市場浸透度及び認知度
• 価格設定に影響を及ぼす可能性が高い現在の市場動向
• 企業の市場における占有率及びポジション(たとえば、価格設定を左右する企業の能力)
• 地域が価格設定に及ぼす影響
• カスタマイズが価格設定に及ぼす影響
48 IFRS第15号第78項
• 製品の技術的な予想寿命
企業固有の要因の例として、以下のような項目が挙げられる。
• 利益目標及び内部原価構造
• 価格設定の実務及び価格設定の目標(目標とする売上総利益率を含む)
• カスタマイズが価格設定に及ぼす影響
• セット販売される製品の価格を決定するために用いられている価格設定の実務
• 提案されている取引が価格設定に及ぼす影響(たとえば、取引の規模、ターゲットである 顧客の特性)
• 製品の技術的な予想寿命(近い将来見込まれる売手固有の技術的進歩)
独立販売価格の見積りに関して、特に客観的なデータが限られている又は存在しない場合に は、当該見積独立販売価格を算定するにあたり、上記に列挙したさまざまな種類の要因をど のように考慮したのかを明確に説明する、十分に詳細な文書化が必要となる可能性が高い。
6.1.2 見積方法
IFRS第15号では、(1)調整後市場評価アプローチ、(2)見積コストにマージンを加算するアプ ローチ、(3)残余アプローチの3つの見積方法について述べられている。これらの方法につい て、下記で詳しく説明する。IFRS第15号を適用するに際し、独立販売価格を見積もるために これらの方法を組み合わせて使用することが必要となる場合もあろう。また、見積方法として これらの方法だけが認められるわけではない。IFRS第15号は、独立販売価格の概念に整 合し、また客観的なインプットを最大限に利用するとともに、類似の財及びサービスならびに 顧客に対して首尾一貫して適用される限り、あらゆる合理的な見積方法が認められると定め ている。
独立販売価格の算定にあたり、十分な客観的データが存在する場合がある。たとえば、特定 の財又はサービスが十分に多くの取引において単独で販売されており、当該財又はサービ スの独立販売価格に関する説得力のある証拠が提供される場合である。そのような状況で は見積りは不要である。
多くの場合、単独での販売のみに基づき独立販売価格を算定するには、こうした販売に関す る十分なデータが存在しない。そのような場合、独立販売価格の見積りを行うために、利用 可能なすべての客観的なインプットを最大限に使用しなければならない(すなわち、財又はサ ービスの独立販売価格を見積るにあたり、いかなるインプットであろうとも客観的なインプット は無視しない)。
この見積りを行うにあたり、企業は、IFRS第15号に提示されている次の方法の1つ、又は それらの方法の組合せを使用することができる。
• 調整後市場評価アプローチ ― このアプローチでは、市場参加者が財又はサービスに 対して支払うであろうと企業が考える金額に焦点が当てられる。このアプローチは、企業 内部の要因ではなく、主に外部要因に基づくものである。調整後市場評価アプローチを 使用する際には、セクション6.1.1で列挙した市場状況を考慮する。このアプローチは、
企業がその財又はサービスをある程度の期間にわたり販売している(よって顧客の需要 に関するデータがある)場合、又は競合他社が、企業が分析の基礎として用いることがで きる競合する財又はサービスを提供している場合には、最も容易な見積方法となる可能 性が高い。一方、企業がまったく新しい財又はサービスを販売する場合には、市場の需 要を予測することが困難であるため、このアプローチの適用は難しいであろう。我々は、
企業が、客観的なインプットを最大限に利用するために、市場評価アプローチを他のアプ ローチと組み合わせて使うことを意図するのではないかと考えている(たとえば、これまで 単独で販売されたことがない履行義務について、市場評価アプローチと企業内部の価格