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水素原子の隠れた対称性 : SO(4)

ドキュメント内 東京大学理学系研究科 上田研究室 (ページ 130-135)

第 5 章 ルートとウエイト 75

6.2 直交群

6.2.5 水素原子の隠れた対称性 : SO(4)

水素原子のハミルトニアン H= p2

2m e2

4πϵ0r (6.170)

は実空間の回転に対して不変であるので、実空間回転の生成子である軌道 角運動量演算子Li (i= 1,2,3)はHと可換である。しかし、異なったLi は互いに交換しないので、ハミルトニアンHと固有状態は一般に縮退し ている(ハミルトニアンと交換する演算子が互いに交換しないとき、エネ ルギーは縮退する)。今の例では、L3の固有値mに対してエネルギーが 縮退している。ところが、水素原子の場合は、それに加えて、全軌道角運 動量l= 0,1,· · ·, lmax=n−1 (nは主量子数)に対してもエネルギーが縮

退していることが知られている。各lごとに縮重度はゼロ磁場では2l+ 1 なので、主量子数がnの状態の縮重度は

n1 l=0

(2l+ 1) =n2 (6.171)

である。

この縮退はしばしば偶然縮退(accidental degeneracy)と呼ばれてきた が、それは以下で説明する縮退の起源ーSO(4)対称性ーが昔は認識され ていなかったためだと考えられる。磁場をかけると磁気量子数mに関す る縮退は解け、固有エネルギーはnmに依存するようになる。しかし、

lに関する縮退は依然として解けない。実は、lに関する縮退は、次のラ プラスールンゲ−レンツベクトルR(Laplace-Runge-Lenz vector)という 保存量が存在することに起因している。

R= L×pp×L

2m + e2

4πϵ0rr. (6.172)

この保存則は、以下で明らかにされるようにクーロンポテンシャルが1/r に比例するという力の法則に起源があるので、力学的対称性(dynamical symmetry)と呼ばれる。

ラプラス-ルンゲ−レンツベクトルを成分で書くと次のようになる。

Ri= 1

2mϵijk(Ljpk−pjLk) +kxi

r , k≡ e2

4πϵ0 (6.173) ラプラスールンゲ−レンツベクトルが保存することは、RiHと交換す ることから示すことができる。これは次の交換関係を用いて示せる。

[Li, xj] =iϵijkxk  (6.174) [Li, pj] =iϵijkpk (6.175) [

Li,1 r ]

= 0 (6.176)

[1 r, pi

]

=ixi

r3 (6.177)

これらを用いると [1

r, Ri ]

= 1

2mϵijk [1

r, Ljpk−pjLk ]

= 1

2mϵijk

( Lj

[1 r, pk

]

[1

r, pj

] Lk

)

= iℏ 2mϵijk

( Ljxk

r3 −xj r3Lk

)

= iℏ 2mϵijk

(

ϵjlmxlpm

xk r3 −xj

r3ϵklmxlpm

)

= iℏ 2m

[(

pi

1 r +1

rpi

)

1

r3(pkxkxi+xixkpk) ]

(6.178) [p2l, Ri]

=−ik [(

pi1 r +1

rpi )

1

r3(pkxkxi+xixkpk) ]

(6.179) が示せる。これらから

[H, Ri] = 0 (6.180)

であることが分かる。こうして、ラプラスールンゲーレンツベクトルR が保存されることが示された。

次に、Riによって生成される群の性質を調べよう。生成子の交換関係は [Ri, Rj] =2iℏ

m ϵijkLkH (6.181)

[Li, Rj] =iℏϵijkRk (6.182) で与えられる。HLiおよびRiと可換なので同時対角化可能である。

従って、以下の議論ではある特定のエネルギー固有値Eに対して考える。

さらに、E <0の場合、すなわち、束縛状態の場合を考える。このとき、

(6.181)より

Ai :=

−m

2ERi (6.183)

を定義すると、

[Li, Lj] =iϵijkLk, [Li, Aj] =iϵijkAk, [Ai, Aj] =iϵijkLk (6.184) が成立する。このように、角運動量演算子Liと(6.183)で規格化された ラプラスールンゲーレンツベクトルの演算子Aiが閉じたリー代数を構成 していることがわかる。

ここで、

Mi := Li+Ai

2 , Ni:= Li−Ai

2 (6.185)

を導入すると(6.184)は次のように書き換えられる。

[Mi, Mj] =iϵijkMk, [Ni, Nj] =iϵijkNk, [Mi, Nj] = 0 (6.186) こうして、{M1, M2, M3} {N1, N2, N3}はそれぞれ閉じたリー代数を 構成することが分かる。それゆえ、水素原子の各エネルギー固有状態は SU(2)×SU(2)の変換に対して不変である。SU(2)×SU(2)SO(4)に局所 同型であり、空間の回転群SO(3)はその部分群である。実際、SO(4)6 個の生成子を次のように定義することができる。

Lij = 1

ϵijkLk (i, j, k = 1,2,3) (6.187) L4i = 1

Ai (i= 1,2,3) (6.188) さて、(6.186)より、M2, M3,N2, N3の固有値は直ちに分かる。

M2 = ℏ2a(a+ 1) (a= 0,1/2,1,3/2,· · ·)

M3 = ℏµ(µ=a, a−1,· · · ,−a) (6.189) N2 = ℏ2b(b+ 1) (b= 0,1/2,1,3/2,· · ·)

N3 = ℏν (ν =b, b−1,· · ·,−b) (6.190) ここで

R·L=L·R= 0 (6.191)

なので

M2 =N2 = 1

4(L2+A2) (6.192)

が示せる。これから、固有状態の量子数はa = bでなければならない。

また、

A2 =−m

2ER2 =(L2+ℏ2) m 2E

( e2 4πϵ0

)2

(6.193) なので

1

4(L2+A2) =1 4

[

2+ m 2E

( e2 4πϵ0

)2]

=ℏ2a(a+ 1) (6.194)

が示せる。これからエネルギー固有値は E= m

2ℏ2n2 ( e2

4πϵ0 )2

(6.195) と決まる。ここで、n:= 2a+ 1 = 1,2,· · · は主量子数である。このように、

水素原子の主量子数を決めるaは(6.185)からわかるようにSU(2)×SU(2) の既約表現の最高ウエイトであり、表現の次元は(2a+ 1)2 =n2である。

一方、軌道角運動量は

Li =Mi+Ni (6.196)

なので、Lは2つのSU(2)“角運動量” MNの合成角運動量であること が分かる。従って、lのとりうる値は |a−b| ≤l ≤a+b であり、かつ、

a=bなので l= 0,1,· · ·,2a=n−1である。

ベクトル量N= (Nx, Ny, Nz) に対応する球テンソル演算子 N1±1 =∓Nx√±iNy

2 , N10 =Nz. (6.197) を導入しよう。N11Hと交換する([H, N11] = 0)ので、N11を状態|n, l, l⟩ に作用させると、同じエネルギーを持つ別の状態が生じる。球テンソル N11は角運動量と磁気量子数をそれぞれ1個ずつ増加させる役割を果たす ので、

N11|n, l, l⟩=c|n, l+ 1, l+ 1 (6.198) が得られる。こうして、N11 を次々と作用させていくことで、同じnを持 つ異なった l の最高ウエイトを持った状態|n, l+k, l+k⟩ を得ることが でき、この状態に今度はLを作用させることによって、与えられたlに 対して異なったウエイト mを持った状態が得られる。与えられたnに対 して、そのようにして得られる状態の総数は

n1

l=0

(2l+ 1) =n2 (6.199)

である。

一般に1/r型の相互作用をする粒子の束縛状態は、SO(4)対称性を持 つ。上で導かれた2つのベクトルMNは4次元空間における4C2=6 個の回転の生成子になっている。力学的には、この問題は束縛運動をする ケプラー問題と等価である。エネルギーが正の状態は束縛されておらず、

SO(3,1)対称性を持っていることが示せる4。 これは、次に述べるローレ

ンツ群と同じ対称性を持っている。

4詳しくは次の文献を参照。M. Bander and C. Itzykson, Rev. Mod. Phys. 38, 330 (1966); Rev. Mod. Phys. 38, 346 (1966)

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