第 9 章 多様体上の積分 165
11.4 ゲージ理論
11.4.3 チャーン・サイモンズ理論
第一チャーン形式
ゲージ場の外微分として与えられる形式をチャーン形式(Chern form) という。まず、F を2πで割った量C1 を第一チャーン形式(first Chern
form)と呼ばれる。
C1 := 1
2πF = 1
2πdA= 1
4π(∂iAj−∂jAi)dxi∧dxj (11.129) また、
Y1:= 1
2πA (11.130)
をチャーン・サイモンズ1-形式(Chern-Simons 1-form)という。
議論を具体的にするために、2次元ユークリッド空間R2 を考えよう。
C1を考えている多様体上で積分した量c1は、第一チャーン数(first Chern
number)と呼ばれる。今の場合は
c1 :=
∫∫
S
C1 = 1 2π
∫∫
S
dA= 1 2π
∫
∂S
A (11.131)
ここで、S =R2であり、また、最後の等式を導く際にストークスの定理を 用いた。境界∂Sとして、半径rの円周をとると、x1=rcosθ, x2=rsinθ であり、
A = A1dx1+A2dx2=r(−A1sinθ+A2cosθ)dθ
=: Aθ(r, θ)dθ (11.132)
なので
c1= 1 2π
∫ 2π
0
A(r, θ)dθ (11.133)
rを十分大きくとると、F →0となるので、Aとしては物理量に関係する 自由度は消えゲージ変換の自由度のみが残る。したがって、Aθ = dχ(θ) とおくことができるので、
c1 = 1
2π(χ(2π)−χ(0)) (11.134)
が得られる。右辺の値は、ゲージ関数χの値により、任意の値をとりう る。しかし、ゲージ場Aが波動関数のようなスカラー場に結合すると、波 動関数の一価性により右辺は量子化される(整数値のみをとる)。実際、
量子力学で学んだように、電磁場のゲージ変換A → A+dχに対して、
波動関数ψはψ→ψeiχとゲージ変換される。波動関数の一価性により、
χ(2π)−χ(0)は2πの整数倍でなければならない。それゆえ、第一チャー ン数c1は整数値のみをとることがわかる。これが、磁場中の2次元電子 系においてホール伝導度がe2/hを単位として量子化される量子ホール効 果の数学的説明である。
f =dAと書けても、Aが多様体の全領域にわたって一価でない場合が ある。このような状況は、物理ではしばしば現れる。そのような場合は、
fは完全形式ではない6。例として、多様体Mの2つの部分M(1), M(2)を 考え、M =M(1)∪M(2)でかつ、M(1)∩M(2) ̸=∅、すなわち、両者は重 なり部分を持つとしよう。M(1), M(2)上で定義されたゲージポテンシャル をA1, A2とすると、物理量はゲージの取り方によらないので、重なり部 分では観測量である場の強さ(field strength)は等しくなければならない。
すなわち、
dA1 =dA2 on M(1)∩M(2) (11.135) このことは、M(1)∩M(2)上でA1とA2が互いにゲージ変換で結ばれて いれば満足される。すなわち、
A1−A2 =dχon M(1)∩M(2) (11.136) 各領域での第一チャーン数は
c(1)1 = 1 2π
∫
M(1)
dA1= 1 2π
∫
∂M(1)
A1 (11.137) c(2)1 = 1
2π
∫
M(2)
dA2= 1 2π
∫
∂M(2)
A2 (11.138) 話を具体的にするために、M =S2とし、M(1)とM(2)はS2からそれぞ れ南極部分、北極部分を除外した領域をとろう。このとき、境界∂M と して、赤道をとることができる。このとき、Stokesの定理を適用する際 に、北半球と南半球で赤道を回る向きを逆にしないといけないことに注意 すると、
c1= 1 2π
∫
赤道
(A1−A2) (11.139)
が得られる。右辺に(11.136)を代入すると c1 = 1
2π (χ(θ=π/2, ϕ= 2π)−χ(θ=π/2, ϕ= 0)) (11.140) ここで、θは天頂角、ϕは方位角である。(11.140)の右辺の値は、古典論 では任意であるが、量子論では整数に量子化される。実際、量子論で領域 M(1), M(2)に対応する波動関数をψ(1), ψ(2)とすると、関係式(11.136)に 対応して、波動関数はψ(1)=ψ(2)eiχという関係で結ばれる。波動関数の 一価性より、χ(θ=π/2, ϕ= 2π)−χ(θ=π/2, ϕ= 0)は2πの整数倍でな ければならない。従って、c1は整数値をとることが分かる。
610.1節で議論したように、fが完全形式であるためにはf=dAなるAが一価関数 でなければならないことを思い出そう。
第二チャーン形式
次に、Fのウエッジ積で与えられる量を考えよう。これを8π2で割った 量を第二チャーン形式(second Chern form)といい、C2と書く。
C2:= 1
8π2F∧F = 1
8π2F ∧dA= 1
8π2d(F ∧A) :=dY3 (11.141) ここで、Y3はチャーン・サイモンズ3-形式(Chern-Simons 3-form)と呼 ばれる。最後の等式を導く際に、A∧A=AiAjdxi∧dxj = 0を用いた。
ただし、ゲージ場が非可換な場合は(11.124)のようにゼロにはならない。
従って、チャーン・サイモンズ3-形式は一般に次のように書かれる。
Y3= 1 8π2Tr
(
F∧A−1
3A∧A∧A )
(11.142) ここで、Trは積分と行列のトレースの両方が含まれる。
(11.141)をR4で積分した量c2は、第二チャーン数(second Chern num-ber)と呼ばれる。
c2 := 1 8π2
∫
M4
C2 = 1 8π2
∫
∂M4
F∧A (11.143)
ここで、∂M4は4次元多様体M4の境界を表している。
(11.143)はゲージポテンシャルにあらわに依存しているが、ゲージ変換
A→A+dχに対して不変である。実際、このとき、c2の変化分は
∆c2 := 1 8π2
∫
∂M4
F∧dχ= 1 8π2
∫
∂M4
d(F∧χ) = 0 (11.144) M4=R4の時は
c2 := 1 8π2
∫
R4C2 = 1 8π2
∫
S3∞
F∧A= 0 (11.145) ここで、S∞3 は半径が無限大の3次元球面を表している。無限遠ではF →0 なので、最後の等式が得られる。一方、M4が2つの2次元多様体M2(1), M2(2) の直積空間M4 =M2(1)×M2(2)の時は、F =F(1)+F(2)と分解できるので
c2 = 1 8π2
∫
M2(1)×M2(2)
F ∧F = 1 2π
∫
M2(1)
F(1) 1 2π
∫
M2(2)
F(2)
= c(1)1 c(2)1 (11.146)
となり、2つの第一チャーン数c(1)1 , c(2)1 の積で与えられる。
第 12 章 微分幾何とトポロジカル 現象
これまで学んできたことの総合問題として、微分幾何が物理学における トポロジカル現象にどのように応用されるかを考察しよう。まず、そのた めの基礎概念を説明する。
12.1 引き戻し
引き戻し(pullback)は、変数y∈V の関数や微分形式を、y= Φ(x)に よってx∈ U で表す操作をいう。これは、複雑な積分計算をより簡単な 領域での積分計算に変換するためのテクニックであり、トポロジカル不変 量の計算においても威力を発揮する。V 上の関数f(y)の引き戻しをΦ∗f と書くと、
Φ∗f = (Φ∗)f(x) :=f(Φ(x)) (12.1) 具体例として、(rθ)∈U、(x, y)∈V、(x, y) = Φ(r, θ) = (rcosθ, rsinθ) とすると、Φによるu=f(x, y)dx+g(x, y)dyの引き戻しは
Φ∗u = f (∂x
∂rdr+∂x
∂θdθ )
+g (∂y
∂rdr+∂y
∂θdθ )
= (fcosθ+gsinθ)dr+ (−fsinθ+gcosθ)rdθ (12.2) で与えられる。
それでは、いくつかの具体例を見ていこう。
12.2 2 次元強磁性体
スピンの大きさが1の強磁性体を考えよう。スピンは古典的に扱い、2 次元平面内の任意の方向を向くことができると仮定する。このとき、秩序 変数は2次元平面内の単位ベクトルとして表される。
ˆ
m(r) = (m1(r), m2(r)) (12.3)