第 5 章 ルートとウエイト 75
6.2 直交群
6.2.3 クリフォード代数
クリフォード代数は、スピノル表現の別な表し方を与える。SO(N)は 座標x1,· · ·, xN に対する直交変換であり、2次形式x21+· · ·+x2Nを不変 にする。今、この2次形式を1次形式の自乗の形に書くことを考える。
x21+· · ·+x2N = (γ1x1+· · ·+γNxN)2 (6.133) これを満足する係数γiはc-数では存在できず、次のような反交換関係を 満足する必要がある。
{γi, γj}= 2δij (6.134) この条件を満足する行列全体のなす代数をクリフォード代数(Clifford al-gebra)という。1次形式γixi (iについては和をとるものとする)は、xiと γiの同時直交変換に対して不変である。すなわち、
x′i =Oikxk, γi′=Oikγk (6.135) に対して
γi′x′i=OikγkOilxl=δklγkxl=γixi (6.136) が成立する。また、このとき反交換関係(6.134)が保たれることも容易に 示すことができる。
反交換関係を満足するγ行列の全体{γi}は一つのベクトル空間を張っ ているので、変換後のγ行列γi′は元のγ行列と相似変換で関係づけられ ているはずである。これは、
A′ψ′:=S(Aψ) = (SAS−1)(Sψ) (6.137)
で、Aをγi、|ψ⟩を状態ベクトルψaとみると理解しやすいだろう。すな わち、
γi′ = S(O)γiS(O)−1 (6.138)
ψa′ = S(O)abψb (6.139)
このように変換される状態ベクトルψaをスピノルとよぶ。Oとして微小 回転
Oij =δij +ϵij, ϵij =−ϵji (6.140) をとり、ϵijを微小量だと考えてS(O)を展開すると
S(O) = 1− i
2Tijϵij (6.141)
これが(6.138)-(6.140)とコンシステントであるための条件を調べるため
にまず、(6.140)を(6.135)に代入すると
γi′ =γi+ϵikγk (6.142) 次に、(6.141)を(6.138)に代入すると
γi′ = (
1− i 2Tjkϵjk
) γi
( 1 + i
2Tjkϵjk )
= γi− i
2[Tjk, γi]ϵjk (6.143) (6.142)と(6.143)の右辺が一致するためには次の条件が成立すればよいこ とを直接確かめることができる((6.144)を(6.143)に代入すれば(6.142) が得られる)。
[Tij, γk] =−i(γiδjk−γjδik) (6.144) この条件を満たすTij は次のように与えられることが分かる。
Tij = 1
4i[γi, γj] =: 1
2σij (6.145)
実際、(6.145)を(6.144)へ代入して公式
[AB, C] =A{B, C} − {C, A}B (6.146) を用いる。
[AB−BA, C] =A{B, C} − {C, A}B−B{A, C}+{B, C}A (6.147)
なので、反交換関係がc-数の時は
[[A, B], C] = 2(A{B, C} − {C, A}B) (6.148) であることに注意すると
[Tij, γk] = 1
2i[γiγj, γk]
= 1
i(γiδjk−γjδik) (6.149) となり、(6.144)が成立することが分かる。このTijはSO(N)の交換関係 (6.126)を満足するので、Tij はSO(N)のリー代数であり、以下に示すよ うにSpin(N)のスピノル表現になっている。すなわち、上記のO →S(O) の対応によってスピン群Spin(N)のスピノル表現が得られる。
クリフォード代数のすべての独立な基底はγ行列の積から与えられる。
γi1···ir =γi1· · ·γir (1≤i1 <· · ·< ir≤N) (6.150) 各rに対してNCr個の独立な基底が存在する。従って、クリフォード代 数の次元は
∑N r=0
NCr= 2N (6.151)
である。特に、N が偶数N = 2nの時γ行列は2n×2n行列であり、スピ ノルψは2n次元ベクトル空間を張る。これをスピノル空間という。
γ行列はn個のパウリ行列のテンソル積として次のように表すことがで きる。
γ1 = σ12σ23· · ·σ3n γ2 = −σ11σ32· · ·σ3n γ3 = σ10σ22σ33· · ·σ3n γ4 = −σ01σ12σ33· · ·σ3n
...
γ2n−1 = σ10· · ·σ0n−1σn2
γ2n = −σ01· · ·σ0n−1σn1 (6.152) ここで、σ0は2行2列の単位行列である。さらに、
γ2n+1 = (−i)nγ1γ2· · ·γ2n=σ13σ23· · ·σ3n (6.153)
を導入する。γ2n+1は他のすべてのγ行列と反可換でかつγ2n+12 = 1が成 立する。(このことからγ2n+1の固有値は±1であることに注意せよ。)ゆ えに、
{γi, γj}= 2δij (i, j= 1,2,· · · ,2n+ 1) (6.154) SO(2n)のリー代数は、2n個のγ行列(6.153)から計算される(6.145) のTij によって与えられる。しかし、その2n次元の表現空間は既約では ない。実際、この表現はγ2n+1の固有値±1によって2つの2n−1次元の 既約表現へと分解される。そこで、γ2n+1= 1に対応する既約なスピノル 表現をρn、γ2n+1 =−1に対応するスピノル表現をρn−1と書こう。
SO(2n+ 1)のリー代数は、γ2n+1までを含めた2n+ 1個のγ行列を用 いて計算されたTijがリー代数をなす。その表現空間の次元は2nであり、
SO(2n+ 1)のスピノル表現を構成する。
SU(n)の生成元の構成
γ行列を用いることで、SU(n)の生成元を次のように構成することがで きる。まず、
Ai = 1
2(γ2i−1−iγ2i) (i= 1,· · ·, n) (6.155) このAiは
{Ai, Aj}={A†i, A†j}= 0, {Ai, A†j}=δij (6.156) 更に、トレースレスなn行n列のエルミート行列Taに対して
Ta =∑
i,j
A†i(Ta)ijAj (6.157) を定義すると、TaはSU(n)の生成元となる。