第 2 章 表現論 19
2.9 具体例ー対称群 S 3
2.9.1 既約表現
3次の対称群S3は3! = 6個の元からなり、それらは(1.5)に与えられて いる。群表1.1からわかるように、S3 の元の積は一般には交換しないの で、非アーベル群である。 それゆえ、既約表現は2次元以上であり、表 現行列のすべてを同時に対角化することはできない(それができると、1 次元表現になってしまう)。S3のユニタリ表現は次のように与えられる。
D(e) = (
1 0 0 1
)
, D(a1) =
( −√12 −√23
3 2 −12
)
, D(a2) =
( −12 √23
−√23 −12 )
,
D(a3) =
( −1 0 0 1
)
, D(a4) = ( 1
2
√3
√ 2 3 2 −12
)
, D(a5) = ( 1
2 −√23
−√23 −12 )
. (2.69) これらが群表1.1を満足することは直接計算で確かめることができる。こ
れは、原点を中心とする正三角形の頂点を置換する合同変換に対応して いる。
2.9.2 指標
指標(character)は表現のトレースなので、(2.69)のように表現が具 体的に求められるとそこから指標を直ちに計算することはできる。しか し、指標の直交性条件などを用いることで、表現に頼らずに指標を計算す ることもできる。ここではそれについて議論する。まず、S3の同値類が {e},{a1, a2},{a3, a4, a5}で与えられることを思い出そう。自明な1次元 表現D0は、群のすべての元に対してD0(g) = 1なるものである。この場 合、指標は明らかにχ0(g) = 1である。表現の次元に対する関係式(2.45)
∑
an2a=N を用いると、このほかに非自明な1次元表現が1個、2次元 表現が1個存在することが分かる(12+ 12+ 22= 6)。
非自明な1次元表現D1は H ={e, a1, a2} がS3の不変部分群であり、
因子群 S3/H が Z2であることを利用して求めることができる。すなわ ち、x2 = 1より1次元表現はx = 1,−1である。この場合、自明な表現 はHに対しては1、残りの {a3, a4, a5}に対しては -1を割り当てること ができる。(実際、 a23 =a24=a25 = 1である。) 従って、求める指数は前 者に対しては χ1(e) = 1、後者に対してはχ1(a3) =−1である。2次元表
現D2については、D2(e)が2行2列の単位行列なのでχ2(e) = 2である。
他の値は、χ2(a1) =x, χ2(a3) =yとおくと、規格直交条件(2.56)より自 明な1次元表現との直交性より2 + 2x+ 3y= 0 (a1とa3の同値類に属す る元の個数がそれぞれ2,3であることに注意)、非自明な1次元表現との 直交性より2 + 2x−3y= 0。よって、x=−1, y = 0が得られる。すなわ ち、χ2(a1) =−1, χ2(a3) = 0である。この結果は、(2.69)から直接確か めることができる。結果を表2.2にまとめる。
表2.2: 対称群 S3 の指標を1, 2, 3, 6 の各次元の場合について示した。1 次元は自明な表現 D0 と非自明な表現 D1 の2種類が存在する。3次元 表現D3については節2.9.3を参照。6次元表現は、D2とD3のテンソル 積表現で与えられ、その指標はそれぞれの指標の積で与えられる((2.66) 参照)
PPPPPP PPPP 次元
同値類 {e} {a1, a2} {a3, a4, a5}
1 (D0) 1 1 1
1 (D1) 1 1 -1
2 (D2) 2 -1 0
3 (D3) 3 0 1
6 (D2⊗D3) 6 0 0
2.9.3 正則表現
S3の置換表現は3次元であり、(2.15)と同様にして次のように与えら れる。
D3(e) =
1 0 0 0 1 0 0 0 1
, D3(a1) =
0 0 1 1 0 0 0 1 0
,
D3(a2) =
0 1 0 0 0 1 1 0 0
, D3(a3) =
0 1 0 1 0 0 0 0 1
,
D3(a4) =
1 0 0 0 0 1 0 1 0
, D3(a5) =
0 0 1 0 1 0 1 0 0
. (2.70)
これらから表2,2の指標が得られる。これに公式(2.64)を当てはめると、
既約表現への射影演算子が得られる
P0 = 1 6
D3(e) +
∑5 j=1
D3(aj)
= 1 3
1 1 1 1 1 1 1 1 1
(2.71)
P1 = 1 6
D3(e) +
∑2 j=1
D3(aj)−
∑5 j=3
D(aj)
= 0 (2.72)
P2 = 2 6
2D3(e)−
∑2 j=1
D3(aj)
= 1 3
2 −1 −1
−1 2 −1
−1 −1 2
(2.73)
これから P0 が不変部分空間 (|1⟩+|2⟩+|3⟩)/√
3 への射影演算子である ことが分かる。他方、P2 は基底ベクトルの対によって張られる2次元部 分空間への射影演算子である(P2により生成される部分空間の次元が2で あることに注意)。こうして、D3は既約表現の直和に分解される。
D3=D0⊕D2 (2.74)
2.9.4 ヤング図
対称群S3 は3つの同値類を持つ: {e}, {a1, a2}, {a3, a4, a5}。{e}に対 するヤング図は
□□□
で与えられる。これに対する要素の数は 3!/3! = 1 である。2番目の類 {a1, a2}に属する元は、3-サイクルの巡回置換(a31 =a32 = e、(1.5)をみ よ)であり、対応するヤング図は
□□
□
で与えられ、元の数は確かに 3!/3 = 2 である。3番目の類 {a3, a4, a5} は2-サイクルの巡回置換(a23=a24 =a25=e)と1-サイクルの巡回置換(恒 等置換)からなり、対応するヤング図は
□□□
で与えられる。元の数は確かに3!/2 = 3個である。
前節2.8で述べたように、ヤング図
□□□
は完全対称な状態であり、従って自明な表現に対応する1次元部分空間に 対応している。これに対してヤング図
□□
□
は完全反対称の状態であり、従ってやはり1次元部分空間に対応してい る。この場合、2つの要素の置換に対して符号を変えるので、この1次元 表現には指標 -1が与えられる。ヤング図
□□□
は同じ行に属する数字については対称化、同じ列に属する数字については 反対称化されるので、次のような状態に対応している。
1 2
3 → |123⟩+|213⟩ − |321⟩ − |231⟩; 3 2
1 → |321⟩+|231⟩ − |123⟩ − |213⟩; 2 3
1 → |231⟩+|321⟩ − |132⟩ − |312⟩; 1 3
2 → |132⟩+|312⟩ − |231⟩ − |321⟩;
3 1
2 → |312⟩+|132⟩ − |213⟩ − |123⟩; 2 1
3 → |213⟩+|123⟩ − |312⟩ − |132⟩.
2, 4, 6個目の状態は1, 3, 5個目の状態を−1倍することで得られ、また
1, 3, 5個目の状態を足し合わせると消えることが分かる。これはこれら
の状態の張る部分空間が2次元であることを意味している。これらの状態 はS3の2次元の既約表現として変換される。実際、このYoung 図のフッ ク因子は3なので、既約表現の次元は
3!
3 = 2 (2.75)
であることがわかる。