第 2 章 表現論 19
2.7 指標
既約表現を特徴づける上で指標(character)は重要な役割を果たす。指 標は表現の基底の選択に依存しない不変量であり、様々な直交条件を満た
3巡回群とはただ一つの元から生成される群をいう。
し、さらに、与えられた表現に含まれる既約表現を抽出する上でも役立 つ。群の表現Dの指標χD(g) とはそのトレースで定義される。
χD(g)≡TrD(g) =∑
i
[D(g)]ii (2.49)
トレースの巡回性(cyclic property of the trace) Tr(ABC)=Tr(BCA)=Tr(CAB) から、指標は相似変換に対して不変であることがわかる。
互いに等価でない既約表現の指標は互いに直交する、すなわち、2つの 既約表現DaとDbに対して
1 N
∑
g∈G
χDa(g)∗χDb(g) =δab (2.50) が成立する。実際、(2.50)の左辺は(2.41)を用いて変形すると
1 N
∑
g∈G,i,j
[Da(g)]∗ii[Db(g)]jj = 1 na
∑
i,j
δabδij =δab (2.51) が得られる(naは既約表現aの次元)。
表現の準同型性とトレースの巡回性を用いると、同じ同値類(共役類)
に属する2つの元g1とg−1g1gの指標が一致することが示せる。実際、
TrD(g−1g1g) = Tr{D(g−1)D(g1)D(g)}= TrD(g1) (2.52) 指標は同じ共役類に属する元に対して一定値をとる関数に対する完全系 の基底を形成している。f(g)をそのような関数として、それを既約表現 の行列要素で展開しよう(ユニタリ表現の行列要素が正規直交完全系を形 成していること–(2.43)–を思い出そう)。
f(g) =∑
a,j,k
cajk[Da(g)]jk, (2.53) f は各同値類では一定値をとるので、
f(g) = 1 N
∑
g′∈G
f(g′−1gg′) = 1 N
∑
g′∈G
∑
a,j,k
cajk[Da(g′−1gg′)]jk
= 1
N
∑
g′∈G
∑
a,j,k,l,m
cajk[Da(g′−1)]jl[Da(g)]lm[Da(g′)]mk (2.54) ここで(2.41)を用いてg′に関する和を実行すると
f(g) = ∑
a,j,k,l,m
1
nacajkδjkδlm[Da(g)]lm
= ∑
a,j,l
1 na
cajj[Da(g)]ll
= ∑
a,j
1
nacajjχa(g). (2.55)
こうして、共役類上で一定値をとる任意の関数は指標を用いて展開できる ことがわかった。
同じ同値類(共役類)に属する任意の2つの元は相似変換で結ばれてい るのでそれらの表現は同値である。また、指標は同じ同値類に属する元に 対して一定値をとる関数に対する完全系をなしているので、このような関 数が張る線形空間の次元は共役類の数に一致する。このことから次の定理 が得られる。
Theorem 10 (既約表現の数=共役類の数) 同値でない既約表現の数は、
共役類の数に等しい。
この定理と(2.45)から次の定理が導かれる。
Theorem 11 (可換有限群の既約表現) 可換な有限群のすべての既約表 現は1次元である。
証明 可換群の場合、各共役類はただ1つの要素からなる。定理10より、
同値でない既約表現は共役類と同数だけ存在するので、既約表現の数は群 の位数に等しい。さらに(2.45) より、表現の次数の2乗和は群の位数に 等しい。すなわち、表現の次元はすべて1次元である。
同じ同値類に属するすべての元の指標は等しいので、同値類αの元の 数をkαとすると(2.50)は次のように書ける。
∑
α
kα
NχDa(gα)∗χDb(gα) =δab (2.56) ここで、∑
αはすべての異なる同値類についての和を意味する。各同値類 では指標は一定の値をとるので、(2.56)のgαは同値類αに属する任意の 元を選べばよいことに注意しよう。ここで、行列
Uαa:=
√kα
NχDa(gα) (2.57)
を導入する。これは定理10より正方行列であり、(2.56)よりU†U = 1な のでユニタリ行列であることが分かる。従って、U U†= 1も成立する。両 辺の行列要素(U U†)βα =∑
aUβa(U†)aα=δβα を書き下すと
∑
a
χDa(gα)∗χDa(gβ) = N
kαδαβ (2.58)
が得られる。(2.56)は異なる同値類αについての和、(2.58)は異なる既約 表現aについての和をとることに注意しよう。
任意の表現Dを適当に相似変換して既約表現の行列でブロック対角化 すると、Dには一般に既約表現Daがma個ずつ含まれる。この数は指標 の直交関係式(2.50)を用いることによって次のように求められる。
mDa = 1 N
∑
g∈G
χDa(g)∗χD(g). (2.59) 具体例として正則表現を考えよう。
[DR(g)]g′g′′ =⟨g′|DR(g)|g′′⟩=⟨g′|gg′′⟩. (2.60) 指標は
χR(g) = TrDR(g) = ∑
g′∈G
⟨g′|gg′⟩=N δge. (2.61)
で与えられる。これを(2.59)へ代入すると mRa =∑
g∈G
χDa(g)∗δge=χDa(e)∗ =na (2.62) こうして正則表現DRに含まれる既約表現Daの数mRa は、表現の次元na に等しいことが分かる。
指標は可約表現を既約表現へ分解するためにも役立つ。(2.42)でj=k とおいてjについて和をとると
na N
∑
g∈G
χDa(g)∗[Db(g)]lm=δabδlm (2.63) が得られる。この結果は、表現Dをブロック対角化した形で書くと、左 辺はそのブロックDbがDaと一致する場合のみゼロでなく、そのとき単 位行列となると解釈できる。従って、任意の表現Dに対して
Pa= na
N
∑
g∈G
χDa(g)∗D(g) (2.64) は既約表現Daへの射影演算子であると解釈できる。
最後に直積表現に対する指標を考えよう。D1とD2が群Gのそれぞれm 次元、n次元表現であるとする。表現の基底はD1が{|j⟩}(j = 1,· · · , m)、 D2が {|x⟩}(x= 1,· · ·, n) であるとする。これら2つの表現の直積表現 (direct product)4 D1⊗D2 は
⟨j, x|D1⊗D2|k, y⟩ ≡ ⟨j|D1(g)|k⟩⟨x|D2(g)|y⟩. (2.65)
4テンソル積表現(tensor prodct representation)とも呼ばれる。
で定義されるmn次元の表現である。両辺のトレースをとると
χD1×D2 =χD1χD2. (2.66) のように直積表現の指標は元の表現の指標の積で与えられることが分か る。表現D1,D2 が既約であっても、それらの直積表現D1⊗D2 は既約 であるとは限らない。直積表現の中にどのような既約表現が含まれている かを知ることによってより高次の既約表現を求めることができる。