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第 7 章 櫛形鋼矢板壁の照査手法に関する研究

7.2 櫛形鋼矢板壁の照査基準

7.2.3 櫛形鋼矢板壁の照査基準の考え方

櫛形鋼矢板壁については,これまで無かった考え方の構造であり,照査基準や照査手法 は確立されていない.このようななかで,構造的に最も近いのは自立矢板式護岸である.

港湾の施設の技術上の基準・同解説4)によると,自立式矢板護岸の性能照査は自立矢板式係 船岸に準じることができる.港湾の施設の技術上の基準・同解説によれば「自立矢板式係 船岸の性能照査について,レベル1地震動に関する変動状態については,簡易法(震度法)

により照査することができる.ただし,耐震強化施設においては,詳細法(地盤-構造物 の動的相互作用を考慮した非線形地震応答解析等)により変形量の検討をすることが望ま しい.」と記載されている.港湾の施設の技術上の基準・同解説において,非線形地震応 答解析が推奨されていることを踏まえながら,表7.1の重力式護岸の性能規定と照査基準に 沿って,櫛形鋼矢板壁の性能を照査する考え方を考察してみる.

(1) 変位量が使用性(津波)に対する許容変位量以下

まず,表7.1の変位量に関する照査基準について考察してみる.

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・天端高さが津波の高さを下回らないこと

櫛形鋼矢板壁の天端高さが低下する要因としては,次の3つが考えられる.

第一に櫛形鋼矢板壁全体の沈下である.この様な事態は,支持杭の役割を成す櫛部の矢 板に対する支持力の不足や軸力に対する櫛部矢板の耐力不足が原因になると考えられる.

このことから,支持力や櫛部矢板の照査を行えば良いと考えられる.

第二は,櫛形鋼矢板壁が地盤とともに変形することによる天端高さの低下である.これ に対しては,櫛形鋼矢板壁の設計津波に先行する地震に対する変形量を推定し,櫛形鋼矢 板の天端高さが津波の高さを上回ることを規定すれば良いと考えられる.

第三に,個々の矢板相互の高さのずれが考えられる.櫛形鋼矢板壁では壁部の矢板は支 持地盤に達していないため,壁部の鋼矢板が沈下する可能性があるが,このような事象に ついては十分に研究が進んでいない.しかしながら,この点に関しては,櫛形鋼矢板壁に もコンクリート等で上部工を設け,構造的に抑制することができると考えられる.このこ とから,当面は,櫛形鋼矢板壁に上部工を設置して照査を省くことが適切であると考えら れる.

・護岸の水平変位が,目地ずれによって天端高さの低下を生じない範囲に留まること 第 4 章で示したように,重力式護岸では目地ずれによる天端高さの低下を防ぐために,

護岸の残留水平変位量の制限を導入した.しかし,鋼矢板は継ぎ手を介して延長方向に連 続している.このことから,継ぎ手が外れたり,鋼矢板が縦に裂けたりしない限りは,重 力式護岸の目地ずれに類した事象は発生しないと考えられる.加えて,鋼矢板式港湾構造 物の地震による被災事例には,鋼矢板の継ぎ手が外れたり,縦に鋼矢板が裂けたような事 例は見当たらない.このことから,櫛形鋼矢板壁については,目地ずれによる天端高さの 照査基準は,考慮しなくても良いものと考えられる.ただし,水平変位の増加に伴って護 岸背後の沈下量は増加していることから,護岸背後の空間が利用されている場合には,護 岸背後の地盤や構造物の水平変位や沈下量を照査基準とすることも考えられる.

・護岸の傾斜角が,照査式が適用できる傾斜角の範囲内であること

上の考察のように,櫛形鋼矢板壁については残留水平変位の制限値を考慮しないことか ら,水平変位の適用性の観点からの櫛形鋼矢板壁の傾斜角については考慮しなくても良い ものと考えられる.

・目地開きが,目地からの浸水量が十分に小さい範囲に留まること

櫛形鋼矢板壁構造において,重力式護岸の目地からの浸水に相当するものは,鋼矢板の 継ぎ手からの浸水である.鋼矢板はしばしば土中での遮水工に用いられる.このことから,

通常の使用状況では,十分な遮水性を有しているものと考えられる.このため,継ぎ手か らの浸水量は,検討する必要は無いものと思われる.ただし,浸水に対する要求性能が極 めて高い場合には,継ぎ手からの浸水を考慮する必要があると考えられる.その際の鋼矢 板の透水係数の推定には,例えば文献5)が参考になる.

このように考察してくると,櫛形鋼矢板壁の水平変位に対する照査基準は,重力式護岸

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と比べて緩くできると考えられる.中澤ら1)が櫛形鋼矢板壁を提案した理由もここにあるも のと思われる.

(2) 構造的安定

次に櫛形鋼矢板壁の構造的安定に関する照査基準について考察する.

・護岸の水平変位が,護岸の水没・倒壊の可能性が小さい範囲に留まること

(1)で考察したように,櫛形鋼矢板壁について,水平変位を照査基準とする必要性は乏し いと考えられる.ただし,第 4 章の動的遠心模型実験の結果を見てもわかるとおり,櫛形 鋼矢板壁工法は前面の既設護岸の変形量を増加させる傾向がある.このことから,櫛形鋼 矢板壁で耐津波性能を強化される護岸の修復性が要求される場合には,櫛形鋼矢板壁工法 が用いられる護岸の水平変位量が制限されることが在り得ると考えられる.

・護岸の前面法(のり)の崩壊による連鎖的な破壊が生じないこと

重力式護岸については,前面法面の崩壊によって連鎖的な崩壊が護岸及ぶことを懸念し て,前面法面の照査基準を導入した.櫛形鋼矢板壁構造においては,前面護岸が崩壊した からといって,必ず櫛形鋼矢板壁が壊れるとは限らない.その点でも,重力式護岸に比べ て照査基準は緩くできるものと考えられる.しかしながら,櫛形鋼矢板壁の前面護岸の倒 壊や背後地盤の沈下は,櫛形鋼矢板壁に作用する土圧に影響を及ぼすと考えられる.この ことから,前面護岸の前面法勾配については,照査を行った方が無難であると考えられる.

ただし,その照査手法については,津波の作用に対する照査に関連し,地震作用後の櫛形 鋼矢板壁の応力状態や津波作用の大きさなどに影響されるため,個々の事例に応じて具体 的に検討することが必要であると思われる.ただし,ケーススタディを行う撫養港の海岸 護岸においては,護岸が倒壊した場合,櫛形鋼矢板壁の海側の抑えが小さくなり,櫛形鋼 矢板壁の変位が急激に大きくなることが考えられる.これは,護岸前面の捨石マウンドが 崩落した場合にも想定される.このことから,本研究でのケーススタディにおいては,護 岸の倒壊や捨石マウンドの崩落に対しても照査基準を設ける必要があると考えられる.

・津波の作用に対して,滑動,転倒,基礎の破壊などが生じないこと

津波の作用に先立って,護岸は津波に先行する地震の作用を受ける.重力式護岸におい ては,地震の作用は重力式護岸の変形という形で現われる.したがって,重力式護岸にお いては,地震作用の後の変形した状態で護岸の安定性の照査を行うことで,津波の作用に 対する安全性を評価することができる.ただし,地震の作用によって地盤の状態が地震前 と変化している場合には,その影響も加味する必要がある.櫛形鋼矢板壁の場合も,津波 作用の前に地震作用を受けるのは同じであるが,その影響は櫛形鋼矢板壁の変位と地震作 用後の残留応力となって現われる.一つの例を想定すると,津波に先行する地震の作用と 津波の作用によって,矢板壁の壁部の鋼矢板が全降伏にまで達した場合には,矢板壁は地 震と津波の作用によって破壊されたものと判断できる.この例から,櫛形鋼矢板の構造的 安定の照査は,作用応力によって行うことが適切であると考えられる.したがって,櫛形 鋼矢板壁の照査においては,水平変位量の照査規定は設ける必要は無いが,代わりに応力

171 の照査基準を定める必要があるものと考えられる.

・浸透流による破壊が生じないこと

浸透流による破壊については,重力式護岸やしばしば重力式構造に設置される止水矢板 のように,従来の信頼できる照査式で安全性を照査すれば良いものと考えられる.

・円形すべりや倒壊が生じないこと

第 3章および第4章において,重力式護岸の照査基準のうち「円形すべりや倒壊が生じ ないこと」については,主に,解析コードFLIP ROSE 2Dの解析結果から照査している.自 立矢板式係船岸でも,非線形地震応答解析が推奨されていることから,重力式護岸と同様 に非線形地震応答解析結果の変形モードから照査すれば良いものと考えられる.