5. 呼びかけ語
5.3. 呼びかけ語の機能
5.3.2. 実例による考察
5.3.2.2. 文末の呼びかけ
次に、最も使用例が多かった文末の呼びかけについて考察していく。文末の呼びか けは、すでに聞き手が特定されている場合に用いられるというが、一体どのような機 能を果たすのだろうか。
Shiina(2007: 27)は、文末の呼びかけは話し手が発話を終結する際、また、聞き
手に発話権を譲渡する際に用いられると説明している。
(93) Sole: Pues eso, que no tiene la cabeza buena, Raimunda.
52 Shiina(2007: 26)
53 Ervin-tripp(1976)は、依頼表現を行為指示に分類している。
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Raimunda: ¡No me gusta que hables así de la tía, Sole!
(Volver: 40)
(93)は、文末の呼びかけによって2人の発話者が発話権を相手に移している。この
後別の人物が会話に参加するので、RaimundaのSoleに対する呼びかけで2人のや りとりは終わっている。このように、スペイン語においても文末の呼びかけは話し手 の発話の終結を表し、発話権を聞き手に渡すことを示す機能を持つと考えられる。
5.3.2.2.1. 語用論的機能
では、Shiina(2007: 19)が述べていた、文末の呼びかけの語用論的な使用理由と は一体どのようなものなのだろうか。次の命令に伴う文末の呼びかけから考察してみ よう。
(94) [La tía Paula inicia la levantada,
apoyándose en los brazos del sillón, con esfuerzo.]
Raimunda: No se levante, tía.
(Volver: 31) (95) [Aporrean la puerta.]
Román: ¡Fernando...abre la puerta... he oído ruidos, sé que estás ahí...!¡Abre, coño!
[(...) Román sigue aporreando la puerta.]
Román: ¿Vas a abrir la puerta de una vez...? ¡Fernando, coño, abre que tengo que hablar contigo!
[(...) Román golpea la puerta con más fuerza.]
Román: ¡O abres o tiro la puerta abajo, tío!
Fernando: ¡Estoy a punto...! ¡Ya estoy...!
(El penalti más largo del mundo: 76)
(94)は、話し手Raimundaの叔母に対する発話である。母語話者に対するアンケー
トでは、「呼びかけ語を伴うことによって、叔母への愛情が感じられる」という回答 が得られた。Edeso Natalías(2005: 128)の主張からこの発話をみると、Raimunda は愛する叔母への命令に文末の呼びかけを用いて、命令の FTA 的威力を和らげて伝 達していると考えられる。この発話の出典であるVolverでは、主人公Raimundaが 小さい頃にかわいがってもらった叔母に対して16回の発話を行うが、FTAである命 令だけでなく、質問や感嘆を含む10回の発話に文末にtíaという呼びかけ語を用いて
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いる。つまり、あえて親族名称を呼びかけることによって、愛する叔母に対する自ら の愛情を表しているのであろう。名前を呼ぶ行為が、話し手が聞き手の領域に声で触 れる関係の表明であることからも、このような呼びかけ語が、聞き手との人間関係を 良好に保とうとする話し手の態度の表れであることがわかる。
しかし、同じ命令に用いられる文末の呼びかけでも、(95)の場合はこれと異なる。
(95)では、話し手Románは、聞き手Fernandoと自分の恋人との浮気を疑い、玄関
のドアを開けるよう感情的に要求している。そのため聞き手に対して配慮しよう、命 令を和らげようといった態度を表そうとはしていないと考えられる54。この場合むし ろ聞き手に対して上の立場から威圧的に発話をしているのだろう。滝浦(2008: 16)
が主張する「聞き手の領域に声で触れる」ことには、先に述べた聞き手への協調的態 度とは別に、聞き手の領域を侵害するかのように触れるという面もある。そのように 聞き手に触れることによって、結果的に威圧的で厳しい発話に聞こえると言える。
次の質問の例も見てみよう。
(96) Ramón: ¿Y ahora qué hacemos, Manuela?
(Mar adentro: 115) (97) Catalina: ¿Dónde está el cristal, Manolito?
(Manolito Gafotas: 26)
(96)は、裁判に負けた話し手Ramónが義姉Manuelaにこれからどうするべきかを
問う発話である。Ramónの世話をし、理解者であるManuelaを呼びかけていること
からManuelaに対する協調的態度が窺える。一方(97)は、友達と遊んでいて眼鏡のレ
ンズを割ってしまったManolitoに母親のCatalinaが質問をしている。Catalinaは平
素からManolito に手を焼いているような場面があり、顔をしかめながらこの発話を
していたことから、(97)の文末の呼びかけは(95)ほど厳しくはないが、聞き手に対す る愛情ではなく、眼鏡をこわした息子に対する否定的態度であり、話し手が聞き手を 非難できる立場であることの表明であると考えられる。つまり、名前を呼ぶという行 為は、それを通して話し手が聞き手と触れ合える関係であることを表すのだが、それ が優しく触れる関係、つまり親密さを表す場合と、あるいは聞き手に配慮をせず領域 に触れる厳しさを表す場合があり、二面性を持っていると言うことができるだろう。
また小田(2010: 47)は、呼びかけ語の位置による機能については言及していない が、英語の呼びかけ語における対人関係強化機能と対人関係弱化機能を挙げており、
54 この例におけるtíoは親族間で用いられるものではない。詳しくはp.96参照。
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それぞれ敬意表示機能・好意表示機能と権威強め機能・侮辱表示機能と下位分類して いる。つまり、呼びかけ語は、聞き手が話し手にとって敬意や好意を表す関係である のか、あるいは上下関係を強調的に示そうとしているのかなどの社会的な人間関係を 明確化し、話し手が聞き手をどのような立場に置いて情報を伝達しようとしているか、
という発話態度を表明するものと言えるだろう。まず、呼びかけ語の使用によって、
話し手が聞き手の領域に踏み込むことを表明する。しかし、その呼びかけ語によって 話し手が発話を威圧的に伝達するのか、あるいはポジティブ・ポライトネス55として 親しみを表すのかは、発話状況や話し手と聞き手の人間関係、またイントネーション によって異なる。Gili Gaya(1943)の表現を強めたり和らげたりするという説明は こういった表現上のニュアンスの差を指しているのではないだろうか。
このように考えると、他の文の種類に伴う呼びかけ語の機能も明らかである。
(86)‟ Andrés: ¿Es por la guerra?
Rosa: Sí, hijo... Dicen que han ganado los militares.
(La lengua de las mariposas: 91)
返答は本来FFAにもFTAにも分類されない。しかし、(86)のように呼びかけ語を 用いることよって、話し手はどのように聞き手の領域に触れようとするかを表し、聞 き手との関係を明確化することができる。(86)の場合には、「戦争なのか」と問う息子 への親密さを表明していると考えられる。文の種類がFFAかFTAか、ということよ りも、呼びかけ語がついていて、さらに話し手がどのような意図で呼びかけているか、
ということが重要なのである。話し手が聞き手に協調的態度を示そうとしていて、さ らに、発話がFFAであればFFAを強めることになり、発話がFTAであればFTAを 和らげることになる。しかし、先ほど見たように、呼びかけ語が常に聞き手への協調 的態度の表明であるとは限らない。
だが、挨拶に伴う文末の呼びかけは、話し手の協調的態度を表している場合が多い。
(98) Ana: Hola, Santa.
(Los lunes al sol: 131) (99) Ramón: Adiós, Gené.
(Mar adentro: 157)
55 Positive politeness is redress directed to the addressee‟s positive face, his perennial desire that his wants (or the actions/ acquisitions/ values resulting from them) should be throught of as desirable.
Redress consists in partially satisfying that desire by communicating that one‟s own wants (or some of them) are in some respects similar to the addressee‟s wants.(Brown & Levinson 1987: 101)
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Goffman(1982: 41)は、挨拶は本来人間関係の強化と修復を図る行為であると述 べている。つまり、挨拶をする関係であるということは、通常話し手は聞き手と協調 的関係を築こうとしている解釈できよう。これに従えば、挨拶をする際の呼びかけ語 は、聞き手に対する好意を表していると考えられる。こういった場合は、挨拶が持つ FFA的機能と呼びかけ語の機能が一致し、聞き手と人間関係を良好に保とうとする話 し手の態度をより効果的に表すことができるだろう。
次に主張の例も見てみよう。
(100) José: Mira, en esta casa nadie se atreve a plantarte cara. ¡Pero ya estoy harto y te digo una cosa! ¡Te digo una cosa, Ramón... !
(Mar adentro: 88)
(100)のように、文末の呼びかけ語を用いた主張は、聞き手に対して威圧的な発話 になると考えられる。この発話は、「お前は私の主張を受け取り、理解すべきである」
というような言語外情報を含んでいると考えられる。
次の例は説明であるが、この場合も同様である。
(101) Agustina: Pregúntalo a tu madre.
[La perplejidad da paso a un asombro doloroso.]
Raimunda: ¿¡A mi madre!? Mi madre está muerta, Agustina.
(Volver: 123)
この例では、AgustinaはRaimundaの母がすでに亡くなっていることを知ってい るにも関わらず、Raimundaの母に事実を確認してほしいと依頼する。Raimundaは 驚き、母親はすでに亡くなっていると述べて依頼を断る。RaimundaはAgustinaが
Raimundaの母親の死について知っていると考えており、文末の呼びかけを用いて発
話する。母語話者に対するアンケートによると、この例における文末の呼びかけは、
聞き手に威圧的に働きかけるのと同時に、聞き手に対して「何を言ってるのか?私の 母親が死んでいることを知っているだろう。」というような情報を含んでいるという。
これは、呼びかけ語がない場合と比較すると、呼びかけ語を用いて発話内容を再確認 させることによって、Raimundaの非難を含んだ発話態度が強く現れるためと考えら れる。このように文末の呼びかけ語には、言語表出されない情報が含まれることがあ る。むしろ、そういった情報を伝える手段として用いられる時には、呼びかけ語は文
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末に現れると言えるのではないだろうか。
しかし、なぜ呼びかけ語が言語外の情報を含み、発話の再確認を求めるのだろうか。
これは、呼びかけ語が聞き手への近さを表明することによると考えられる。挨拶など に伴う呼びかけ語は、話し手と聞き手が名前を呼び合えるほど親しい関係であるとい う近さを表すが、(101)は聞き手に対して親しみを示す発話状況ではない。このような 場合、聞き手の耳元で言うかのような近づき方を表すのではないだろうか。聞き手が 特定されている状況であえて聞き手に近づいて発話をするのは、話し手に明確な意図 がある場合だろう。それが発話内容を再確認するよう求めるものとして捉えられるの
だろう。(101)は、聞き手にとって既知の情報であり、それを名前を呼ぶことによって
わざわざ近づいて発話しているので、非難を含んでいるように感じられるのだろう。
このことから、呼びかけ語は単に話し手と聞き手が名前を呼び合える近い関係にある ことを示すだけでなく、聞き手に近づいて伝達する意志の表明としても機能し、発話 内容への確認を求めるなどの話し手の発話態度の存在を顕著にすることができると 言えるだろう。呼びかけて接近することによって、親密さ、威圧感や非難などを表す のである。
では、なぜ文末の呼びかけは文頭の呼びかけと異なり、話し手の態度を表明する機 能を果たしたり、先の例で述べたような言語外情報を含むことができるのだろうか。
その理由の1つとして、呼びかけ語の付加によって発話の情報価値が左右しているこ とが考えられる。文頭の呼びかけでは、その後ろにくる命題が高い情報価値を持ち、
文末の呼びかけの場合は、前にくる命題内容はすでに発話されているので旧情報であ るが、呼びかけることによって情報を活性化し、情報価値を高めているのではないだ ろうか。
Shiina(2007)の主張を情報構造の観点から考えてみると、表7で見たように文頭
の呼びかけの後に比較的長い発話が続く傾向があるのは、呼びかけ語の後に続く発話 内容が聞き手にとっては情報価値が高く、話し手にとって最も伝えたい内容だからだ と説明できる。そのような情報を聞き手が確実に受け取るために、聞き手の名前を呼 んでこれから始める後続発話に注意を喚起するのであろう。これに対して、文末の呼 びかけの前には短い発話が続くことが多かった。実際に、文末では先行発話が1語か らなる文が文末全体の用例数中24.7%、2語の文が21.3%、3語の文が18.5%である のに対して、文頭は1語からなる文が9.4%、2語の文が12%、3語の文が14.5%で あった。一方、10語以上からなる文は文末では用例数中わずか2.3%であるのに対し て、文頭では17.7%という結果となっている。聞き手がすでに特定されている対話に おいては、改めて注意を喚起して聞き手を特定する必要はないが、聞き手には話し手 の情報を正しく理解させなければならない。特に、命題のみを表すような短い発話は、