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推論「そうだ」「ようだ」「らしい」の証拠とモダリティの関係

4.1 推論「そうだ」「ようだ」「らしい」の証拠とモダリティ

4.1.4 推論「そうだ」「ようだ」「らしい」の証拠とモダリティの関係

これまで推論「そうだ」、「ようだ」、「らしい」の個別用法について確認したが、ここでは これら推論助動詞における情報共有の確保手段と証拠の入手経路、話し手の心的態度を表す 戦略、情報が聞き手に及ぼす影響をもとに、推論表現と伝聞表現の関係について考えてみた い。

推論助動詞「そうだ」、「ようだ」、「らしい」を纏めてみると、これらの助動詞の情報共有 の確保手段は話し手による情報伝達であるが、その情報というのは、証拠をもとに話し手が 積極的に情報生成したものである。

推論「そうだ」は「視覚・聴覚・内的感覚・内的考察・人の話」といった主に直接証拠を直 観的に言語化するが、判断が瞬間的に起こるため話し手の主観性は強いと言える。「ようだ」

は「視覚・聴覚・味覚・嗅覚・内的感覚・内的考察・書籍など資料・人の話」といった証拠を、

話し手の思考を通して内面化して言語化するため、主観的判断に用いられるが証拠への依存 度は「そうだ」よりは高い。推論「らしい」も、「視覚・聴覚・内的考察・書籍など資料・人の 話」による証拠を言語化し、主観的判断にも用いられるが、「ようだ」との置き換えから、証 拠の内面化の程度は「ようだ」より低く、証拠に対する依存度は「ようだ」より高いことが分か る。同じく、証拠に対する依存度が他の推論表現より高いため、証拠判断の信頼度の側面か ら考えると、話し手にとっては証拠の存在を意識している客観的判断になるが、聞き手にと っては証拠の存在は予想できても、それが話し手にとっても不確かなものとして提示される ことから、聞き手の証拠へ信頼度は低いと考える。同じく、「らしい」は証拠に依存している という点で、「ようだ」より話し手の情報再構築は低く感じられる。以上を纏めると、以下の

<表 5>の通りである。

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<表 5. 推論「そうだ」「ようだ」「らしい」の話し手の表現意図>

証拠性 特 徴 証拠依存 話者関与

「らしい」

視覚・聴覚・内的考察・外的証拠による考察・資料な ど文字化されたもの・人の話による思考的判断に用い られる。また何らかの証拠の存在を暗示する客観的判 断にも用いられるが、証拠を不確かなものとして提示 する。

・ 低

・ 高

「ようだ」

視覚・聴覚・味覚・嗅覚・内的感覚・内的考察・資料 など文字化されたもの・人の話による証拠を話し手の 認識世界において内面化し、自己判断のもとで言語化 しつつ、主観的判断・思考的判断を加える。

「そうだ」

視覚・聴覚・内的感覚・内的考察・人の話による直観 的気づきを表しているため、証拠の気づきから言語化 まで時間的に短く、自己の内的感覚による主観的判 断・周囲の状況把握による思考性判断に用いられる。

4.2伝聞「そうだ」「ようだ」「らしい」の情報とモダリティ

これまで確認した通り「そうだ」、「ようだ」、「らしい」はもともと様態・推論表現であっ たものが、伝聞に機能分化されたり、伝聞に用いられるようになった。この節では伝聞に用 いられる「そうだ」、「ようだ」、「らしい」はもとの推論とどのような違いがあるのかを確認し つつ、これらそれぞれの表現に含まれる話し手のモダリティ、表現意図はどのように違うの かを確認したい。

4.2.1伝聞「そうだ」の情報とモダリティ

第 3 章で確認したように、「そうだ」は近世前期まで主に様態・推量表現として用いられ、

「終止形+そうだ」の形で伝聞として用いられるようになったのは、近世後期に入ってからで ある。ここではまず、現代日本語伝聞表現「そうだ」のモダリティを確認するため、コミュニ ケーションの場におけ情報の入手経路、話し手の心的態度を表す戦略、情報が聞き手に及ぼ す影響の中から伝聞「そうだ」に込められた話し手の表現意図を考察する。

4.2.1.1伝聞「そうだ」の先行研究

先述した通り、推論「そうだ」、「ようだ」、「らしい」における話し手の判断というのは、

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何かの証拠を見たり聞いたり感じたことによる主観的判断であるため、話し手は命題内容の 生成に積極的に関与し、能動的に命題内容を形成することができる。その反面、伝聞は情報 の内容を他から入手したもの・事実として認識した上で、その情報に対する話し手の伝達態 度のみを表しているため、情報生成の面からいうと消極的である。しかしながら、他から入 手した情報であっても、推論「ようだ」を用いて話し手の自己責任のもとで聞き手に伝える場 合もあれば、「らしい」を用いて証拠の存在を暗示しながらも、不確かな情報であるといった ニュアンスで伝える場合もある。このことから、証拠や情報をコントロールする主体として、

コミュニケーションの場における話し手の表現意図に対する理解が必要であると考える。

宮崎 他(2002:160)では典型的な伝聞表現として「(する)そうだ」を取上げ、「(する)そう だ」は、情報伝達に際して、その情報が他者から取り入れたものであることを明示するため に使用される形式であると述べた。また、伝聞とは、情報を「取り次ぐ」ことであると言われ ているが、「(する)そうだ」や伝聞用法の「らしい」は、情報の受け渡しをすると言うより、話 し手が「どのようなことを聞いて知っているか」を伝えるというのが、基本的な機能ではない かと述べた。寺村(1984:258)では伝聞「ソウダ」は自分が聞いたこととして、それを現在、相 手に価値ある情報として伝えようとするものであるが、その「内容」というのは、単にある状 況から話し手が推測したことではなくて、誰かの言語表現によって知り得た内容であるとい う点で「ラシイ」と区別されると述べられている。

4.2.1.2伝聞「そうだ」の情報の入手経路

上述したように伝聞・伝聞用法として用いられる表現は他から得た情報を伝えているた め、情報生成の面においては消極的で、他から入手した情報を伝える際の話し手の伝達態度 が重要である。ここでは、伝聞「そうだ」の情報の入手経路を確認するが、伝聞「そうだ」は推 論「そうだ」から機能分化されるとき、「伝聞」という特殊な機能のみ引き継いでいるため、

「視覚・聴覚・内的考察」のような感覚による証拠には用いることができない。

(8)a.あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。(坊ちゃん)

b.赤シャツの言うところによると船から上がって、一日馬車へ乗って、宮崎へ行って、

宮崎からまた一日車へ乗らなくっては着けないそうだ。(坊ちゃん) c.三重吉の小説によると、文鳥は千代千代と鳴くそうである。(坊ちゃん)

d.レオナルド・ダ・ヴィンチは門下生に寺院の壁のしみを写せと教えたことがある そうだ。(吾輩は猫である)

e.しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。

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(吾輩は猫である) f.そして昔はその辺には熊がごちゃごちゃいたそうだ。(セロ弾きゴージュ)

用例(8)から伝聞「そうだ」の情報の入手経路を纏めると<図8>のようになる。

<図 8. 伝聞「そうだ」の情報の入手経路>

以上のように今回の調査の限り、伝聞「そうだ」で用いられる情報の入手経路は、書籍な ど読み物による証拠よりメディアや人の話による音声化された情報が殆んどであった46

4.2.1.3伝聞「そうだ」の情報源とテンス

以下の用例をみる限り、伝聞「そうだ」に情報源が必ず明示される必要はない。

(9)a.あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。

b.赤シャツの言うところによると船から上がって、一日馬車へ乗って、宮崎へ行って、

宮崎からまた一日車へ乗らなくっては着けないそうだ。

c.三重吉の小説によると、文鳥は千代千代と鳴くそうである。

d.レオナルド・ダ・ヴィンチは門下生に寺院の壁のしみを写せと教えたことがある そうだ。

e.天子は知らん顔をしてやはり二本指でじゃがいもを皿へとったそうだ。

f.そして昔はその辺には熊がごちゃごちゃいたそうだ。

46 <図8>から細い点線と太い直線の違いは、点線より直線の方が多用されるという意味である。以下同様に表記する。

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(9.a)は情報源が誰か明示されず、文脈からも情報源が確認できない用例で、(9.b,c)は 情報源が明示されている用例であり、(9.d~f)は言い伝えの機能をしている。今回収集した 用例のなかでは、このように昔話や言い伝えに用いられる「そうだ」もあったが、この場合は 情報源が明示されない場合が多い。伝聞「そうだ」は情報を肯定的に受け入れており、昔話 や言い伝え、諺においては話し手の認識世界の中ですでに一つの知識として位置づけられて いるため、情報源が提示されなくてもよいと考えられる。

また伝聞「そうだ」の場合は「って」と違い、聞き手(B)は話し手(A)に聞いたことを話し手 (A)にそのまま返す際には、「そうだ」を用いることはできないとされているが、今回の調査 で幾つか用例が現れた。しかし、これは手紙による遣り取りであるため違和感なく用いられ ていると推察される。

(相手に最後の晩餐をみた、君には見せられないが君の写真には最後の晩餐の絵をみせた という手紙をもらい、)

(9)g.『最後の晩餐』ごらんになったのですってね。ほんとうにそんなにすばらしい絵なの。

私も見たかったわ。私の写真に見せてくださったそうでありがとう。 (愛と死)

さらに「そうだ」のテンスに関しては「そうだった」形は一つも確認できず、「そうだ」の形 をとるのが普通である。伝聞「そうだ」という名称からも分かるように、伝聞のみに用いられ ることから、「そうだ」によって用いられる情報が他から入手した情報であることは容易に推 察できる。さらに受け入れた情報をある程度確定的なものとして肯定的な姿勢で伝えている ため、「そうだった」にして情報と距離を置く必要がない。要するに、敢えて「そうだった」と、

情報と話し手の間に心理的距離を置く必要がないため、「そうだ」の形をとるのが普通である と思われる。

4.2.1.4伝聞「そうだ」の話し手の心的態度を表す戦略

伝聞「そうだ」は否定・過去の対象にならない上に、命令・疑問・勧誘・丁寧形は「そう だ」に前接できず、多くの場合文末に用いられる。用例(9)および以下の用例(10)をみると、

伝聞「そうだ」は情報の内容には直接関わっていないため、そういった面で責任を問われるこ とはない。しかし、話し手は情報をある程度確実なものとして受け入れており、情報を肯定 的な姿勢で聞き手に伝えているという点で、話し手の心的態度を表す戦略が働いていると言 える。