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伝聞「そうだ」「ようだ」「らしい」の情報とモダリティの関係

4.1 推論「そうだ」「ようだ」「らしい」の証拠とモダリティ

4.2.4 伝聞「そうだ」「ようだ」「らしい」の情報とモダリティの関係

これまでの考察で、推論「そうだ」、「ようだ」、「らしい」における話し手の判断は、何か を見聞きしたり、話し手の五感を通じて感じた証拠による主観的判断であるため、話し手は 命題内容の生成に積極的に関与し、能動的に命題内容を形成することができる。その反面、

50 たとえば、情報伝達の場を元の発話の場、1次伝聞、2次伝聞、3次、、と設定して、元の情報伝達の場を、A(話し手)

→B(聞き手)にしよう。そして、B(話し手)→C(聞き手)を1次伝聞、C(話し手)→D(聞き手)を2次伝聞にすると、Aの発 話がB→C→D・・まで伝わっていく間、元のAの話の内容の信憑性や正確性が薄れていく場合もある。以下は映画から収 集した用例である。

A(情報提供者):大掛かりなスパイ活動が計画されています→B(警察・課長): 大掛かりなスパイ会の計画があるそうだ

→C(刑事): 課長の話では大掛かりなスパイ会の計画があるらしいです→D(刑事)、、このようにもとの情報が正確であ っても、情報が人から人へと伝わっていく過程で情報内容が不確かなものになっていく可能性もあり得る。

51 岩井良雄(1974:192)『日本語法史』笠間書院

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伝聞は情報の内容を他から入手したもの・情報の存在を事実として認識した上で、その情報 に対する話し手の受け入れ態度のみを表しているため、情報生成の面においては消極的であ る。しかしながら、他から入手した情報であっても、推論「ようだ」を用いて話し手の自己責 任のもとで聞き手に伝える場合もあれば、「らしい」を用いて証拠の存在を暗示しながらも、

不確かな情報であるといったニュアンスで伝える場合もある。このことから、証拠や情報を コントロールする主体である話し手と情報、聞き手の 3 要素の関係の中で、コミュニケーシ ョンの場における話し手の表現意図を理解する必要があると主張したい。

次は伝聞で用いられる「そうだ」、「ようだ」、「らしい」を比較し、情報と話し手の表現意 図を比較して考察してみよう。

(19)a.また夫の家に帰らなければならないと思うと、いつまでも病気していたい気もすると いっていた(そうだ/??ようだ/らしい)。

b.あの人はうちのお父さんとはちょうどお前たちのように小さいときからのお友たちだ った(そうだ/?ようだ/らしい)。

c.わたしたちに会って回っていたころのルロイ修道士は、身体じゅうが悪い腫瘍の巣に なっていた(そうだ/ようだ/らしい)。

d.しかしたいがいの人はいいかげんに恋して、いいかげんに結婚するのだね。それが またりこう(だそうだ/*のようだ/らしい)。

e.妹の友だちに大宮君の従妹がいるのだそうだが、その人から大宮君のことはよく聞か される(そうだ/??ようだ/らしい)。

(19.a~e)をみると、「そうだ」の場合はどれも伝聞を意味するが、「ようだ」に置き換える と、(19.a,b,c,e)は「ようだ」は人から聞かされないと知りえない情報であるためどちらかと 言うと伝聞として受け入れられるものの、「~~によると」など情報源が提示されていないた め、非完全な伝聞になり、やはり情報が話し手の認識の中で内面化されていると感じられる。

また、(19.d)は「ようだ」に置き換えると、推論になってしまう。よって「ようだ」が一番居座 りがいいのは、直接的な体験・考察による主観的表現で、状況から伝聞として読み取れる場 合でも情報源が提示されないと物足りない感じになる。また伝聞用法「ようだ」は情報に話し 手の主観的判断が加わっているというニュアンスが感じられる。さらに上記の用例を、「ら しい」に置き換えると他から聞いたこと、つまり伝聞ではあるが、その情報が真であるかど うかは不確かで、情報と距離をおいた伝聞表現になる。

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(19)f.この病気の人は、動物の毛をすいこまないほうがよい (のだそうだ/*ようだ/らしい)。

g.チリメディアの報道によると、クラブ・ブルージュに所属する FW ニコラス・カステ ィージョ(21)の獲得に迫っている(そうだ/ようだ/らしい)。

h.新聞によると彼が自殺した(そうだ/ようだ/らしい)。

i.この手紙は、投稿主によると、そんなに昔に用意したものではなかった

(そうだ/ようだ/らしい)。投稿主が昨年、着物を干した時に封筒はなかったという。

j.総務省の調査によると、スマホの世帯普及率は 2012 年末で 5 割。対応のサービスを 充実させることで、テレビ視聴を促す工夫が続いている(そうだ/ようだ/らしい)。

(19.f)も、他から情報を入手しないと知り得ない情報であるため「ようだ」に置き換えで きず、「そうだ」は伝聞を、「らしい」は他からの情報であっても本や資料で知り得た知識であ っても証拠とするため、推論判断とも伝聞ともとれる。

(19.g~j)は、「g.チリメディアの報道によると」、「h.新聞によると」、「i.投稿主による と」、「j.総務省の調査によると」と情報源を明かしている。多くの場合、「そうだ」は情報源 を明かさなくてもいいが、このようにわざわざ情報源を明かすことにより情報と話し手の間 に距離感が感じられる。「ようだ」を用いると、話し手が用いている情報は他からの情報であ るが、それが話し手の認識世界の中で内面化され、話し手の責任のもとで言語化され、「ら しい」に置き換えると、伝聞表現ではあるが、話し手の情報に対する距離感が感じられる。

以上を纏めると、伝聞用法「ようだ」は、主に報告・調査などの資料を読み、それを証拠 に話し手の思考を通して言語化しているため、情報が思考の過程で内面化され、話し手の考 えのように伝える主観性の高い伝聞表現となる。従って、主観性が高いゆえに情報伝達の際 の話し手の責任も高くなる。「らしい」は書籍・新聞などの資料だけではなく、話されたこと も伝えられ、証拠に依存した伝聞表現であるため、「ようだ」よりは客観的姿勢がみられるが、

情報を話し手が直接確認していないなどの不安から、情報を不確かなものとして用いている。

同じく、書籍などの資料と話されたコトガラの両方の伝達に用いられているため、伝聞とし て用いられる際にもそれが書籍などの資料を証拠としているのか、誰かから聞かされたこと を証拠としているのかさえ不確かである。「ようだ」、「らしい」についてのこのような結論は、

「証拠」から「認識」が導かれているかのように見受けられるかもしれないが、実際はそうでは ない。つまり、話し手の認識世界において「証拠」と「認識」が情報の入手経路、話し手の表現 意図を表す戦略、情報が聞き手に及ぼす影響に対する話し手の考慮から「認識的再構築」によ り「結び付けられる」ものである(例えば(15.h)の「ようだ」)と推察される。

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伝聞「そうだ」は情報が真であるとある程度確信を持って、肯定的に受け入れているとの 姿勢がみられ、そういう点で「ようだ」、「らしい」より客観的伝聞表現であると言える。ここ までの考察を纏めると以下<表 6>の通りである。

<表 6. 伝聞(用法)「そうだ」「ようだ」「らしい」の話し手の表現意図>

伝聞用法 特 徴 証拠依存 話者関与

「そうだ」

伝え聞いた情報が真であると、ある程度確信を持って 肯定的に認識していること。 話し言葉、書き言葉両方 に用いられる。

・ 低

・ 高

「らしい」 伝え聞いた情報を不確かなものとして認識、情報と話 し手の間に距離を置く。

「ようだ」

主に本や書籍など資料による情報を伝えるときに用い られ、他から入手した情報であっても話し手の認識世 界で内面化され、話し手の責任のもとで言語化され る。