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伝聞用法「って」の情報とモダリティ

4.3 複合助動詞「という」「って」「とか」の情報とモダリティ

4.3.2 伝聞用法「って」の情報とモダリティ

今日の「って」は、「という」の砕けた言い方、縮約形という認識が強いが、「って」により 用いられる文が引用であるか伝聞であるか曖昧な場合もある。本稿では伝聞を、「話し手が 過去のある時点で第 3 者から入手した情報を、新たなコミュニケーションの場において話し 手自身の表現意図によりおこなう認識的再構築である」と定義しているが、「って」において も話し手の表現意図による情報の認識的再構築が見られる。つまり、元の話者の発話と現話 者の発話の間に文の構造変化が認められるため、「って」の伝聞としての機能を認める立場で ある。ただし、「って」は「とて」から由来する「と」の変化形、或いは「という」の縮約である ため、引用に近い伝聞表現になり、終助詞は含まないが「命令・疑問・勧誘」が入り得ること から、情報と距離を置きたい話し手の認識態度が見られる。また、「という」が主に書き言葉 に用いられるのに比べ、「って」は話し言葉に用いられることから、「という」の話し言葉形伝 聞表現でもある。

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この項では伝聞用法「って」のモダリティを確認するため、コミュニケーションの場にお け情報の入手経路、話し手の心的態度を表す戦略、情報が聞き手に及ぼす影響の中から伝聞 用法「って」に込められた話し手の表現意図を考察する。

4.3.2.1伝聞用法「って」の先行研究

先述した通り「って」は、通時的には指定の「と」に助詞「て」が付いた「とて」が「って」にな ったものと考える説(湯澤(1957)『増訂 江戸言葉の研究』、此島(1966)『国語助詞の研 究:助詞史の素描』、三枝(1977)「「って」の体系」、松村(1989)『大辞林』)と、指定の「と」

に確認の助動詞「て」が付いた「とて」が「って」になったものと考える説、「と言って」を語源と する説(松重(1971)『日本文法の諸問題』、田中 (1977)「助詞 3」)の三つがある。松重 (1971:248)は「と」、「って」の形の成立は「といって>とて>って>て」の順で変化していると 述べている。

現代日本語の発話末の「って」に関する研究は、三浦(1974)、堀口(1995)、山崎(1996)、

三枝(1997)、岩男(2003)、加藤(2010)などがある。これらの研究は、主に「って」の用法を明 らかにすることに注目した研究であった。三浦(1974)は、「と」と「って」の置き換え可能性に 注目した研究で、堀口(1995)は、引用される発話の場と発話主体により、これらを 8 つに分 類している。山崎(1996)は、「って」を引用・伝聞・提題・強調の四つに分け、そのうち引用 と伝聞について論じている。三枝(1997)では、「って」の発話末用法のなかで、伝聞・問い返 し・訴えかけの三つの用法を取り上げ説明している。岩男(2003)では、引用部の情報が誰か らもたらされたのかに注目し、知識未定着用法・押し付け用法・表出的用法・伝聞的用法に 分けている。加藤(2010)では、話し言葉においての引用標識「と」と「って」に注目し、①休止 系、②後続部省略形、③引用部並列系、④帰結確認用法、⑤精緻化情報確認用法、⑥言明用 法、⑦理解困難表示用法、⑧意外感表示用法、⑨伝言取次ぎ用法、⑩伝言情報表示用法、⑪ 自己演出用法と、「と」と「って」の機能による分類と、文においてのこれら機能の拡張による 分類がなされている。

このように、「って」の分類に関しては他の研究で詳しく考察されているため、本稿では 伝聞用法「って」に絞り、情報共有の確保手段、情報の入手経路とテンス、話し手の心的態度 を表す戦略、情報が聞き手に及ぼす影響を考察する。

4.3.2.2伝聞用法「って」の情報の入手経路

伝聞用法「って」は、「とて」の「と」の変化形、「という・と話す・と聞く」の「と」の変 化形、「と言って」の縮約との諸説がある。しかしたとえその語源がどうであっても引用・伝

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聞の意味機能があることは確かである。「って」の情報共有の確保手段は他から得た情報の伝 達であるが、「という」は主に書き言葉で用いられるのに比べ、伝聞用法「って」は書籍な ど資料による情報にも用いられるが主に人の話による情報に多用される。そのため、伝聞用 法「って」の情報の入手経路は以下の<図 13>の通りである。

<図 13. 伝聞用法「って」の情報の入手経路>

4.3.2.3伝聞用法「って」の情報源とテンス

伝聞「そうだ」と伝聞用法「という」は、情報源が必ず明示される必要がないのに対し、「っ て」は、情報源が文脈から分かるものや、「って」の前後に現れるものが多かった。

(27)a.旅へ出て、あんまり心持ちの悪い時はちょっと飲むといいって、おっかさんが言った ぜ。(いちょうの実)

b.だって、いけないんですって。風が毎日そう言ったわ。(いちょうの実) c.だって、水生が僕に、家へ遊びに来いって。(中学生の教科書)

d.(お父さんによると)するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですっ て。(銀河鉄道の夜)

e.兄はそう言っていましたわ。あなたはあなたの持っているいちばんいいものを文学で あらわすか、なにか他の形であらわすか、それはわからないが、なにかへんな力を持 っているって。(愛と死)

f.さそりがやけて死んだのよ。その火が今でも燃えてるってあたし何べんもお父さんか ら聞いたわ。(銀河鉄道の夜)

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上記の用例をみてみると、「a.お父さんが」、「b.風が」、「c.水生が」、「e.兄が」、「f.お父 さんから」など、「って」の前後に情報源が明示されていることが分かる。また、(27.d)は文 脈上お父さんから聞いた話を伝えており情報源が分かりやすい。したがって、「って」は、情 報源を必ず必要とすると言える。

テンスに関しては、伝聞用法「って」は「という・と話す・と聞く」など「と」の変化形であ ると思われ、「って」自体はテンスを持たないが、「って」の前に「言う・話す・聞く」が現れる 場合はこれらにテンスが委ねられ、「言った・聞いた」になる。

4.3.2.4伝聞用法「って」の話し手の心的態度を表す戦略

ここでは、「と」の変化形、若しくは伝聞用法「という・と話す・と聞く」などの縮約とみ られる「って」は、どのように用いられるのかを確認した後、伝聞用法「って」の話し手の心的 態度を表す戦略を確認するため、伝聞「そうだ」、伝聞用法「という」との置き換えを行うこと にする。

(28)a.あれ、ティファニーの店で二千二百ドルもしたんですって。(オーヘンリ傑作選) b.昔はこの海にぞくぞくとくじらが現れたってね。潮流が村に近づいているし、好物の

いかやあじが多いせいらしい。 (6 年生の教科書)

c.昔のバルドラの野原に一匹のさそりがいて小さな虫なんか殺して食べて生きていたん ですって。 (銀河鉄道の夜)

d.わたしはほしいんだけどね。ぱぱはねこがきらいなのよ。ばけるから、

いやなんだって。 (小学校 5 年生の教科書)

e.相手は今でもお前の話をするってさ。(屋根部屋のプリンス)

以上の用例を「そうだ」に置き換えると、以下のようになる。

(29)a.*あれ、ティファニーの店で二千二百ドルもしたんですそうだ。

b.昔はこの海にぞくぞくとくじらが現れたそうね。潮流が村に近づいているし、好物の いかやあじが多いせいらしい。

c.昔のバルドラの野原に一匹のさそりがいて小さな虫なんか殺して食べて生きていたそ うだ。

d.わたしはほしいんだけどね。ぱぱはねこがきらいなのよ。ばけるから、

いやなんだそうだ。

102 e.*相手は今でもお前の話をするそうさ。

(29.a)は、丁寧体の「んです」と伝聞「そうだ」が置き換えできず非文になり、(29.b~d)は

「そうだ」に置き換えた場合、話し手は他から入手した情報に対し、それが真であるとある程 度確信を持ち、肯定的姿勢で伝えていると思われる。さらに、伝聞「そうだ」は、情報に対す る肯定的な姿勢から終助詞「ね、よ」以外は共起できないため、(29.e)の「お前の話をするそ うさ」は非文になる。さらに、「って」が主に話し言葉で用いられるためか、「って」を「そう だ」に置き換えると情報伝達においての臨場感がなくなってしまう。

以下では、「という」に置き換えて情報に対する話し手の心的態度を表す戦略を確認して みよう。

(30)a.*あれ、ティファニーの店で二千二百ドルもしたんですという。

b.*昔はこの海にぞくぞくとくじらが現れたというね。潮流が村に近づいているし、好 物のいかやあじが多いせいらしい。

c.*昔のバルドラの野原に一匹のさそりがいて小さな虫なんか殺して食べて生きていた んですという。

d.*わたしはほしいんだけどね。ぱぱはねこがきらいなのよ。ばけるから、

いやなんだという。

e.*相手は今でもお前の話をするというさ。

主に話し言葉で用いられる伝聞用法「って」を「という」に置き換えた場合は、情報と話し 手の距離や情報に対する話し手の関与の面において の違いはあまり感じられないが、

(30.a,c,d)のような「ん.

です、ん.

だ」の「ん」と「という」が共起できないことから、話し言葉に は、「という」より「って」を用いた方がコミュニケーションにおける臨場感と、話し手の情意 を表出しやすいことが分かった。また、(30b,e)は終助詞「ね、さ」と「という」が共起できず 非文になる。

4.3.2.5伝聞用法「って」の情報が聞き手に及ぼす影響

伝聞用法「って」は「と」の変化形であり、「という・と聞く・と話す」の縮約とも解される が、伝聞用法「という」と違い、主に話し言葉で用いられるという特徴から、モーダル性の強 い表現や終助詞がついた「んですって」、「ってね」、「ってさ」、「ってよ」などと共起しやすい ことが分かる。

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さらに、伝聞用法「って」と伝聞用法「ようだ」は情報源を明示するか、文脈のなかで情報 源が確認できなければ用いられないという点においては共通しているが、伝聞用法「ようだ」

と違い、「命令・疑問・勧誘」がそのまま残り、情報に対する話し手の内面化の程度が低いこ とから、情報に対する話し手の関与が低い客観的伝聞表現であると考えられる。

伝聞用法「って」には、情報と距離を置きたい、情報の真偽判断を保留したいという話し 手の表現意図が窺える反面、情報伝達の面においてはモーダル性の強い表現や終助詞と共起 しやすく、積極的に関わっていることが分かる。しかし、聞き手の立場から考えると、伝聞 用法「という」と同じように情報を客観的に伝えていることに変わりはない。