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伝聞用法「ということだ」の情報とモダリティ

4.4 連体修飾形「とのことだ」「ということだ」の情報とモダリティ

4.4.2 伝聞用法「ということだ」の情報とモダリティ

「ということだ」は伝聞以外にも物事の真偽を説明的に伝えたり、他人や話し手の考え、

話し手の以前の発話をより詳しく伝える際にも用いられる。しかし、このように他人や話し 手の発話をより詳しく伝えようとする過程で他から得た情報に話し手の主観が介入する余地 があり、この点において伝聞「とのことだ」より優しい、やや主観的伝聞表現であると言える だろう。この項では「とのことだ」と比較しながら、「ということだ」のモダリティを確認する ため、コミュニケーションの場におけ情報の入手経路、話し手の心的態度を表す戦略、情報 が聞き手に及ぼす影響の中から伝聞用法「ということだ」に込められた話し手の表現意図を考 察する。

4.4.2.1伝聞用法「ということだ」の先行研究

澤西(2002)では「ということだ」の形態、統語的特徴は、「ということだ」が伝聞以外の概 言のモダリティとも共起できること、「ことだった」形をとること、また命令、意志、疑問と いった表現とも共起できることであると述べている。

4.4.2.2伝聞用法「ということだ」の情報の入手経路

以下の<図18>は伝聞用法「ということだ」を図式化したものである。

<図 18. 伝聞用法「ということだ」の情報の入手経路>

伝聞用法「ということだ」の情報共有の確保手段は他から得た情報の伝達である。伝聞「と

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のことだ」は、主に話された情報に用いられる場合が多いのに比べ、伝聞用法「ということ だ」は、書籍などの資料による情報であっても話された情報であってもよい。

4.4.2.3伝聞用法「ということだ」の範疇

伝聞用法「ということだ」は、伝聞以外にも自分の前述の発話の意味を詳しく述べたり、

説明文などにも用いられる。

(50)a.それは狐にこしらえたものを、賢い少しも酔わない人間の子さんが食べて下すったと いうことです。(注文の多い料理店)

b.つまり、それは、完全にはいやされていない、ということだ。(小さな王子)

c.このカブトガニは実は大きな秘密を持っています。それは、カブトガニが、二億年も 昔から、ほとんど形を変えることもなく生き続けてきた動物だと言うことです。

(4 年生の教科書)

d.二つ目は、食べ物がおどろくほど少なくてすむと言うことです。(4 年生の教科書)

(50.a,b)は、自分の前述の発話の意味を詳しく述べている例であるが、「b.つまり、それ は」という表現をみるとそれがはっきり分かる。(50.c,d)は説明文に用いられ、何らかの事 態を説明するように語っている用例で、伝聞ではない。このことは、伝聞用法「ということ だ」を伝聞「とのことだ」に置き換えるとさらに明確になる。

(51)a.*それは狐にこしらえたものを、賢い少しも酔わない人間の子さんが食べて下すった とのことです。

b.*つまり、それは、完全にはいやされていない、とのことだ。

c.*それは、カブトガニが、二億年も昔から、ほとんど形を変えることもなく生き続け てきた動物だとのことです。

d.*二つ目は、食べ物がおどろくほど少なくてすむとのことです。

上記の用例から分かる通り、(51.a,b)は、自分の前述の発話の意味を詳しく述べている ものではなくなり、(51.c)は、「カブトガニ」が持つ秘密についての説明文から非文になり、

(51.d)は、話し手の説明補充文から非文になる。以上のことから、伝聞用法「ということだ」

には、伝聞以外にも自分の前述の発話の意味を詳しく述べる用法、あるいは説明用法がある が、伝聞「とのことだ」には、このような機能がないことが分かる。以下、伝聞用法「という

125 ことだ」の情報源とテンスについて考察してみよう。

4.4.2.4伝聞用法「ということだ」の情報源とテンス

(52)a.屋台もいちど売ってしまって、佐久間町の古道具屋の店に出ていたのを、わけを話し てとりかえしたということです。(雁)

b.言い伝えによると、そこには宝が埋まっているということだった。(小さな王子) c.いつか花月新誌で読んだが、成島柳北も横浜でふいと思いたって、即座に決心して舟

に乗ったということだった。(雁)

d.研究所北條裕子さん、個別の活動は次回以降に譲るが、取材を通して見えてきたの は、宿はやはり癒やしの場であるということだ。(2015 年 02 月 13 日読売新聞)

以上をみると、伝聞用法「ということだ」は(52.a)のように情報源が現れない場合はもち ろん、(52.b)のように言い伝えなどにも用いられることが分かる。また、(52.c)のような雑 誌などの資料による伝聞、(52.d)のように他者の話による内容整理にも用いられる。また、

(52.b,c)のように「ということだった」形をとることができるが、それにより情報と距離を置 くことが可能である。

4.4.2.5伝聞用法「ということだ」の話し手の心的態度を表す戦略

以上の用例(52)の伝聞用法「ということだ」を伝聞「とのことだ」に置き換えてみると、以 下のようになる。

(53)a.屋台もいちど売ってしまって、佐久間町の古道具屋の店に出ていたのを、わけを話し てとりかえしたとのことです。

b.言い伝えによると、そこには宝が埋まっているとのことだった。

c.*いつか花月新誌で読んだが、成島柳北も横浜でふいと思いたって、即座に決心して 舟に乗ったとのことだった。

d.*研究所北條裕子さん、個別の活動は次回以降に譲るが、取材を通して見えてきたの は、宿はやはり癒やしの場であるとのことだ。

以上をみると、(53.a,b)は、「とのことだ」が伝聞のみに用いられるため、「ということ だ」を「とのことだ」に置き換えることによって、文が硬くなっている印象を受ける。また、

伝聞「とのことだ」は、主に話し言葉による情報の伝達に用いられるため、(53.c)のような記

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録によるものとは共起できない。他にも、「とのことだ」は、情報と距離を置き客観的に伝え るのみで、話し手の情報内容に対する主観的関与はできないため、情報を簡潔に纏めること は可能であっても、(53.d)のように話し手の主観の介入余地がある情報の内容整理には用い られない。

4.4.2.6伝聞用法「ということだ」の情報が聞き手に及ぼす影響

伝聞用法「ということだ」は、伝聞以外にも説明文や話し手自身の前述の発話の再引用、

話し手による情報の内容整理にも用いられる上に、書かれたこと、話されたことの両方に用 いられることから、伝聞「とのことだ」より柔らかくてやや主観的伝聞表現であると言える。

しかし、聞き手の立場から考えると、情報判断において客観的伝達姿勢がみられ、情報の真 偽判断は聞き手に委ねられるため、聞き手は情報判断に介入することが可能である。