II. 夏期行動
3. 夏期設営作業
3.7 医療
3.7.1 医療業務(SHO-56-01) 及川 欧 出国前の医療業務
【概要】
平成 26 年 7 月 1 日の隊員室開き以降の、隊員・同行者向けの医療。
【実施経過】
「予防と早期発見・早期治療こそが最善の医療である」をテーマに、第 56 次南極地域観測隊の隊員・同行者た ちに対し、守秘義務を徹底することを約束した上で、健康に関する心配事についてよろず相談に乗ることを最初 に説明した。
関東圏の自宅から通う隊員もいれば、遠くの県から東京都内に移転してガラリと生活パターンが変わる隊員も いて、人によっては生活が変わることで多大なストレスを感じ、季節的にも高温多湿の夏に向かう時期による適 応不全で、体調を崩す危険性も懸念されたからである。また、第 55 次隊以来 2 年連続の「医師 1 名」体制のため、
一人ひとりの隊員・同行者について事前から可能な限り健康管理を開始しておくことが重要と考えたからである。
気になる症状があれば、薬を用いない「生活指導」を行いつつ、次善の策として隊員室設置の救急箱に設置さ れた市販薬で対症療法を行い、それで間に合わない場合は国内で出国までかかりつけの医師・歯科医師を見つけ て早めに相談して治療を受けることを薦めた。また、持病や生活習慣・性格傾向・癖から、国内に残される家族 の健康状態に関しても、自主的に話してくれる情報を随時受けつけた。
歯科治療に関する限界(歯科医師が南極にいないこと等)については、隊員室開き以降、隊員・同行者に繰り 返し説明し、必要があれば早めに治療を国内で終わらせておくことを薦めた。越冬隊メンバーについては、第 2 回全員打ち合わせの際に行った血液検査(血液型用)と並行して、歯科診察を東京医科歯科大学の財津先生に行
っていただいた。
隊員・同行者の血液型の検査結果は、「取り扱い注意」の形で、上記日程以降に南極観測センターからいただい た。そのまま及川が携行で南極まで持参し、現在は昭和基地の医務室鍵つき引き出し内で保管している。血液型 は、万が一の外傷事故に備えて、氏名と一緒に隊支給ヘルメットの後ろに記載した。
腰痛予防ベルトは、今回は隊員・同行者全員から希望を取り、劣化したり不足したりしている分は新規購入し て国内で事前配布した。
【問題点・課題】
① 皆が何でもざっくばらんに相談してくるとは限らない。医師としてよりは、職場の同僚として、可能な限り 皆と雑談する機会を持つようにしたが、隊員室に常駐しない隊員・同行者の一人ずつに対しては十分な対応 が出来なかったことが反省される。
② 南極行きの準備をする 4 か月と少しの時期は、その後のご本人の体調管理のお手伝いをしながらも南極での 医療負担を減らすためにも、医療側から隊員・同行者に積極的に働きかけるべき大変重要な時期である。
③ 隊員・同行者たちの相談を受けやすくするためにも、健康診断の結果等につき血液型以外にも、可能な限り 多くの事前情報があるとありがたい。
④ 隊員室に設置されている救急箱に不足している医薬品(市販薬等)には偏りや消費期限の切れているものが 混在しているものの、南極へ向けての調達開始まで補充・廃棄が困難であり、調達や廃棄方法の明確化を要 する(原則的には、国内では隊員の保険証使用・自己負担による近隣病院受診を勧めるようにはしていたが、
湿布、擦過傷・切創等のカットバン等の使用や、軽い消化器症状や脱水、軽い皮膚症状への対症が多かった)。
⑤ 隊員のみならず同行者も夏作業で設営等の業務手伝いに入る。腰痛予防ベルトの配布は、過去の隊次によっ ては同行者まで行き渡らないこともあったが、今後も同行者への配慮をしていただきたい。ベルトは高額な ので、毎年数個ずつ追加・入れ替え等を行っていくことをお勧めする。
⑥ しらせ艦内で用いる医薬品の大半は、体積・重量の点から事前の積み込み時にしらせ自室に運び入れておく ことが実際的であるものの、成田空港出発からオーストラリアでしらせへ乗り込むまでに想定できる範囲の 医薬品・医療器具等は、医師自らの手荷物として携行することが推奨される。具体的には、体温計、血圧計、
止血用具(カットバン、ガーゼからペアンまで)と動揺病(飛行機やバス酔い用)・胃腸障害・感冒(含嗽 薬・総合感冒薬・トローチ等)・発熱/疼痛への対症医薬品等である。これについても、購入予算組みと調達 法について明確化する必要がある。
出国後の医療業務(夏期間)
【概要】
平成 26 年 11 月 25 日の日本出国から、「しらせ」艦内、そして 12 月 24 日の昭和基地入りから平成 27 年 2 月 1 日の越冬交代以降 2 月 15 日の観測ヘリ最終便までの昭和基地・夏宿舎~管理棟における隊員・同行者向けの医療
(※1 月からは「しらせ支援(自衛官)」が入り、彼らの昭和基地滞在中の医療相談も追加された)。
【実施経過】
往路、日本出国からオーストラリアへの入国、フリーマントルまでの国内移動では、若干の医療相談やカット バン・湿布・胃腸薬・感冒薬・解熱剤使用等はあったものの、大きく医療介入を要する出来事はなかった。
フリーマントルでしらせ乗船後、艦内にて自室を医務室に見立て、ドアを閉ざすことなく 24 時間体制で医療提 供を行った。その理由は、観測・設営系の隊員・同行者たちの活動やミーティングの時間帯が、早朝から深夜ま で薄く分散しており、航行中の揺れによる動揺病や睡眠障害等は長期化・常習化する危険性があり、早期発見に よる早期治療を目指したかったからである。
基本的に、第 56 次南極観測隊の隊員および同行者の医療は、第 56 次隊の医療担当が初療を行う。艦内に乗り 込んだ初日にしらせ側医務室側と協議し、必要に応じてしらせ医務室に常駐する医師・歯科医師(それぞれ 1 名 ずつ)と相談することを取り決めた。下記の問題点・課題のところで触れているが、しらせ医務室の受診は 2 件
(1 件は医務室の医師と及川の 2 名で処置。1 件は歯科受診)あった。
結果的に、受診数は連日数名程度ずつあり、12 月 24 日までのしらせ艦内の総受診者数は 136 件であったもの の、夜間や早朝の受診は1件もなかった。重症者はいなかった。
しらせ艦内の安全講習会で「夏期間の医療」と題して講義を行った。
昭和基地・夏期隊員宿舎においても、12 月 24 日以降平成 27 年 2 月 15 日までの総受診者数は 274 件であった。
(昭和基地内では)重症者はいなかった。しらせ艦内に持ち込んだ医薬品・衛生品以外に、第 55 次隊医療で夏宿 舎用に準備してくれた救急箱の医薬品・衛生品を使用した。
平成 27 年 1 月に生じたブリザードの外出禁止令中、及川は第 1 夏宿舎の救急医薬品の一部を第 2 夏宿舎に移動 させ、一部の隊員・同行者たちと第 2 夏宿舎に閉じ込められていたため、一時(16 日~17 日)第 1 夏宿舎は医療 過疎状態になった。
【問題点・課題】
・しらせ艦内:
① しらせ艦内で自室を 24 時間の医務室として開放出来たのは、原則同室者 2 名のところ医師 1 名で一人部屋 だったため可能であった。上記受診者数を見るに、公室を含めて診察や消毒等の医療行為を毎日何度も行う ことの出来るセミクローズド(カーテン等で仕切ることの出来る)スペースがしらせ艦内に見当たらないこ とを考えると、今後医師 2 名になっても 1 名ずつの部屋を割り振っていただけるとありがたい。
② 動揺病(船酔い)の受診件数が多く、酔い止めの数が往路分ギリギリであった。日本出国前に、具合悪くな りそうな隊員には事前に周知徹底して持参していただくべきである。また、越冬終了後の復路でまた用いる ことを考え、動揺病の投薬量および種類は潤沢に準備するか、次隊への調達依頼をすべきである。
③ アルコール消費や不規則な食習慣(食事以外の自由時間が多いため)からくる消化器症状も、相談件数こそ は多くなかったが、存在することに留意を想定すべき。病院処方薬は飲みたがらないが市販の健胃薬や整腸 剤を薦めると服薬してくれる事例が若干あった。
④ 感冒やインフルエンザ疑いからくる発熱を思わせる症状の受診者が、オーストラリアのフリーマントル滞在 中に増えた。持ち込み薬で不足しそうな勢いになったため、隊長に相談して現地で多めに解熱鎮痛薬を購入 して処方に用いた。自分の安心のために購入した手前、今回は自費購入した。
⑤ フリーマントルや近郊に点在するドラッグストアで、市販薬程度であるが薬の最終調達が可能である。国内 にいる時から、隊員・同行者たちの体調傾向を見ていたことが②、③と④で早期対応につながったと考える。
⑥ 隊員1名が、船体がひどく揺れた際に艦内の風呂流し場で負傷した。初療は、及川が自分で持ち込んだ止血 剤や外用剤で治療したものの、原因として風呂釜下部の錆びた金属で受傷したことが判明。再度の細部診 察・洗浄と抗生剤処方目的のため、しらせ医務室の設備を借りてしらせ医務官と 2 名で治療。その後、連日 の消毒は及川が持ち込んだ医薬品・衛生品を用い、隊内で治療継続した。しらせ艦内に、外傷用診療キット の持ち込みは必須であることを再認識した。
⑦ 隊員1名による歯科受診があった。慣れない船旅によって、歯をはじめとする体調不良が起きることは否め ない。歯の痛みは我慢する人が多いようだが、特に歯科関連では昭和基地に歯科医がいないため、重症化す る前に早期発見・早期治療が全てである。
⑧ 安全講習会の中で、レスキューをはじめとする膨大量の他部門発表を前にして、医療面は多領域に携わって いるものの、あまり陽の当たらない領域である。発表する側のアピール度の問題も否めないが、救急蘇生法 や AED 使用法、医師への「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」のタイミングについての原則は、隊員・同 行者の命に直結する重要な内容であり、中途半端な知識・意識では、機能しない。受講者一人ひとりが、仮 え無意識の 中 でも体が動 け るほど、内 容 を理解して 身 につけてい な ければなら な いものであ る 。 Are you
“really” ready?(あなたは(本当に)準備出来ていますか?)
・昭和基地・夏宿舎~2 月 1 日越冬交代後の管理棟:
① 夏宿舎に設置されていた救急箱は夏作業に適した内容(日焼け対策、脱水予防、外傷対策医療物品、湿布等)
で充実していて、大変使用しやすかった。ただし、消費期限を過ぎているものが少なくなく、隊員・同行者 に効能と安全性についてその都度説明しながらの使用であった。
② 隊員・同行者たちは、昭和基地入りしてから連日、不慣れな設営作業に長時間あるいは不規則な形で従事し た。そのためか、打撲や擦過傷・切創等の発生件数が増えた。本人からの直接訴えがないものの、同じ現場 で作業している仲間からの報告や、食事・洗面・入浴時に及川が気づいて対処することが多かった。
③ 1 月の途中からしらせ支援(自衛官)が入り、彼らは隊員・同行者と同じ宿舎で寝食を共にしたため、医療 的な対応はしらせ医務室と相談しながら及川が行った。数件の医療相談はあったものの、軽症のみであった。
自衛官も隊員・同行者と同じだけ不慣れな作業現場に入ることもあるため、自由に相談できるための共通の