第7章 総括
7.2 今後の展望
アクティブMMI型光RAMメモリ素子に関する研究で、横モード間の光双安 定動作原理を用いて、小型化しても充分なヒステリシス幅が確保できる素子の 特長を実験的に実証して、グレーティング不要での素子の単一波長発振を実現 し、高速光パルス信号によるメモリ動作を実証した。将来の光ルータへの実用
144
化技術として確立するために、考えられるいくつの改善点について述べると:
(1) 更なる低閾値電流化:低閾値電流39mAを実証したが、実際に光ルータへ の応用には 30mA より低い閾値電流の実現が求められる。素子の低閾値電流化 は、短可飽和吸収領域化が有効な手段で、300µm のサイズの素子において、可 飽和吸収領域を設けない場合、閾値電流は最低 26mA までに低減できる見込み である[1]。しかし、短可飽和吸収領域化最大の課題は、ヒステリシス幅が狭く なることで、もし充分なモード間の相互利得抑制領域の確保できれば、可飽和 吸収領域を設けなくても(あるいは極端に短い可飽和吸収領域)、比較的に広いヒ ステリシス幅が得られる見込みである[1]。この極短可飽和吸収領域設計と充分 なモード間相互利得抑制領域の確保による更なる低閾値電流化が期待できる。
(2) 高集積化の実証:極短可飽和吸収領域設計と充分なモード間相互利得抑制 領域が確保できる素子の最適化設計による素子の高集積化を実現し、全集積素 子の同一動作電流を実現することで、アクティブMMI型メモリ素子の実用性を 実証する。
(3) モード間の切り替えによる全光メモリ動作の実現:ハイメサ構造でのメモ リ動作は、モード間の切り替えによる全光メモリ動作ではない。将来の光通信 は、マルチモードの光バッファメモリの実現が求められていて[2]、0次モードと 1次モード光による切り替えの実現が重要である。アクセスポートの幅を1次モ ードが許容できる幅として設計して、ハイメサ構造の強い光閉じ込めを利用し て、0次モードと1次モードの強い双安定性を実現によって、モード間の切り替 えの実証が期待できる。実用上、各ポートとのファイバーへの結合を考えると、
145
出力ポートを曲線導波路としての設計が望ましい。
(4) 光RAM素子のパケット信号のスイッチング動作の実証:40Gbpsの高速信 号の光パルス信号によるメモリ動作を実証したので、実際40Gbps のパケット信 号のスイッチング動作の実証も可能である[3]。このパケット信号のスイッチン グ動作が実現できれば、アクティブMMI型光RAMメモリの光パケットルータ への実用性を更に実証できる。
参考文献
[1] H. Jiang, H. A. Bastawrous, T. Hagio, S. Matusuo, and K. Hamamoto, “Low hysteresis threshold current (39mA) active multi-mode-interferometer (MMI) bi-Stable laser diodes using lateral-modes bi-stability”, IEEE J. Sel. Top.
Quantum Electron., vol. 17, no5, pp. 1258-1263(2011).
[2] N. Hanzawa et al., “Demonstration of mode-division multiplexing transmission over 10 km two-mode fiber with mode coupler,” OFC2011, OWA4(2011).
[3] M. Takenaka, K. Takeda, Y. Kanema, Y. Nakano, M. Raburn, and T. Miyahara,
“All-optical switching of 40 Gb/s packets by MMI-BLD optical label memory”, Opt. Express, vol. 14, no. 22, pp. 10785-10789(2006).
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付 録
A.1 半導体レーザーの発振の原理 [1-7]
励起を増していくと誘導放出の割合が増し、光の増幅利得が増加する。光の 増幅媒体を介して光の共振器(Cavity)を構成すれば、光波の発振が得られる。
増幅媒体は、具体的にはダブルヘテロ接合の狭いバンドギャップ層(活性層) である。ダブルヘテロ接合では広いバンドギャップを持つ n 型および p 型クラ ッド層から、それぞれ、電子およびホールが注入され、活性層内に閉じ込めら れる、いわゆるキャリヤー閉じ込め効果があるから、活性層を薄くすれば、わ ずかな電流で高い注入キャリヤー密度、すなわち高い利得が得られる。
光の共振器として最も基本的なものは、1対の並行平滑な鏡を対向させたファ ブリーペロー(Fabry-Perot)型共振器といわれるものである。結晶格子には特定の 割れやすい面がある。それは光波にとって十分平らな反射面である。活性層を この反射面に垂直になるように配置すれば、活性層に沿って増幅しながら進行 した光は、反射面で反射され、向きを 180 度変えて進行する。これを繰り返し た時、増幅利得(Gain)が共振器損失(Cavity loss)に打ち勝てば、レーザー発振が生 じる。
図A.1において、エネルギー反射率R1の反射面からPiなるエネルギーの光が 活性層に入射したとする。増幅利得によって指数関数的に増加する光エネルギ ーは、共振器長Lを走行して他方の反射面で反射(エネルギー反射率R2)を受け、
元の方向に戻る。反射面は互いに平行平滑なため、この反射は繰り返される。
147
反射面の外に放出される光出力P0は、各反射での透過光出力の和で与えられる。
活性層での利得係数をg、活性層での光吸収やヘテロ界面での凸凹による散乱等 の損失係数をαiとすると、次式が得られる。
{ }
−
−
−
−
= −
} ) (
2 exp{
1
) (
exp ) 1 )(
1 (
2 1
2 1
0 R R g L
L g
R P R
P
i i
i α
α (A.1)
式(A.1)の分母が0になればP0は無限大となり、単なる増幅から発振、すなわ
ちレーザー発振に変わる。この条件からレーザー発振開始(Threshold)の条件とし て次式が得られる。
L R g R
gth i
2 ln 1
2 1
+
=
≡ α (A.2)
半導体レーザーでは、一般に、R≡R1=R2の場合が多いから、レーザー発振条件 はRexp{(g-αi)L}=1となり、次式が得られる。
L gth i R
+
=
ln 1
α (A.3)
式(A.2)、(A.3)は、利得=共振器損失という形になっている。右辺第 1 項は活 性層に依存する吸収、散乱損失であり、右辺第 2 項は指数関数的に増加した光 出力が反射面で透過(1-R)によって失われる損失を共振器長全体に割りふったも のである。また、式(A.1)の分母が0という条件は、別の見方をすれば、共振器(活 性層)内の任意の点zから発した光が2つの反射面で1回ずつ反射されて元に戻 ってきた時、光の強度が出発時の強度に等しい、ということを意味している。
これからわかるように、レーザー発振の種となる光は、活性層内で生じた自然 放出光の内のレーザー発振モードに等しい成分のものである。
148
光は電磁波であるから、波としての位相(Phase)にも条件がある。すなわち、1 周して戻ってきた時の位相が出発時の位相と一致していなければならない。活 性層内での波長をλとすると、
) :
1 ( ,
3 , 2 , 1 2
モード次数
−
=
=
m m
L m
λ (A.4)
を満たさなければならない。このことは、両反射面に節の位置する定在波がで きることを意味する。
活性層内での波長λは、活性層内の屈折率をnr、真空中の波長をλ0とすると、
λ=λ0/nrであるから、式(A.4)は、
n L m
r 0 =2
λ
(A.5)
となる。したがって、発光ダイオードのような幅広いスペクトルと異なり、式
(A.5)が満たされる波長 λ0に、鋭い固有のスペクトルをもつレーザー光が得られ
る。
レーザー発振が得られるためには、式(A.2)または(A.3)と式(A.5)が満たされな ければならない。式(A.2)または(A.3)を満たすためには、共振器損失はほぼ一定 であるから、電流を増して利得係数 g を大きくしなければならない。式(A.2)ま たは(A.3)が成り立つ利得が得られる時の電流は、閾値電流 Ith(Threshold current) といわれ、レーザー発振開始電流となる。
閾値電流以上の電流では、レーザー光は一定の効率で外部に放出される。活 性層に沿って反射面から放出されるレーザー光は、活性層内での損失によって 吸収・散乱を受ける以外は、反射面の透過率に従って反射面より外部に放射さ
149
れる。したがって、レーザー発振状態での効率、すなわち注入キャリヤー数の 増加に対して、外部に放出される光子数の増加する場合、外部微分量子効率 (External differ entail quantum efficiency)ηdは、R≡R1=R2の場合、次式で与えられる。
全損失
反射損失(透過)
i
d η
η ≡
ここで、ηiは内部微分量子効率(Internal differential quantum efficiency)といわれ、
活性層内部での光子数/注入キャリヤー数変換効率を意味する。その結果、半 導体レーザーのP-I特性曲線は図A.2のように、閾値電流以上では光出力は電流 に対して直線的に増加する形になる。
任意の動作電流Iでの光出力P0は次式から求められる。
) 2 (
1
0 I Ith
q
P = η⋅hν ⋅ − (A.6)
なお、式(A.10)の外部微分量子効率の代わりに、次式の微分効率またはスロー プ効率(Slope efficiency)Sdも用いられる。
I Sd P
∆
= ∆
= 0
電流の増分 光出力の増分
(A.7)
150
図A.2 半導体レーザーの電流ー光出力(P-I)特性。半導体レーザーは閾値 を持ち閾値電流以上では光出力は電流に対して直線的に増加す る形になる。
電流 [mA]
光出力[mW]
自然放出光領域 レーザー発振領域
ΔP ΔI
Ith
Pth
図A.1. 多重反射。Lは共振器長、R1,R2は反射率。
ファブリーペロー型共振器 L
R1 R2
P0 Pi
151
A.2 多重量子井戸 (Multiple Quantum Well : MQW) 構造
[7]図A.3にバンド端(Band edge)における多重量子井戸のバンド構造を示す。活性 層厚が小さくなると、光閉じ込め係数が小さくなり、その結果、発振閾値電流 密度が急激に増大するという問題がある。そこで、光波の閉じ込められる領域 に複数の量子井戸層を形成することによって、光閉じ込め係数を実質的に高め ることができる。ただし、隣接する量子井戸間に大きなエネルギー障壁が存在 するために、キャリヤーが伝搬するにつれてキャリヤーの注入効率が低下する。
その結果、全ての量子井戸層のキャリヤー分布を均一にすることが難しい。
図A.3 MQW構造。光閉じ込め係数を実質的に高めることが出来る。
Ec
Ev
152
A.3 半導体レーザー試作工程
基本的な半導体レーザーの製作手順を図 A.4 に示す。まず図中①の様に、感 光膜を形成する。フォトレジストとは、後の工程であるエッチング時に加工を 妨げる役割をする薄膜である。続いて、あらかじめ設計した回路をマスクとし て作製し、②の様にこれを通して紫外線を当てて露光する。感光した部分を現 像液にて洗い流す事で③のように回路の転写が完了する。この工程までをリソ グラフィ工程という。
リソグラフィ工程が済むと,④のようにフォトレジストのない薄膜をエッチ ングする。今回はレーザーの構造としてリッジ型導波路を用いるため、エッチ ングは活性層の手前で止める。次に⑤のように BCB(Benzocyclobutene)樹脂によ ってエッチング部をコーティングする。その後、⑥でBCB部の頭出しエッチン グを行い、⑦に示すように残ったフォトレジストを除去する。そして、最後に
⑧、⑨でp電極、n電極を形成する。
153 基板
クラッド層 活性層 クラッド層
基板 基板
基板
基板
基板
基板
基板
基板
基板
① フォトレジスト塗布
② 露光 光
感光
③ 感光部を現像、除去
④ エッチング
⑤BCBコーティング BCB
⑥ 頭出しドライエッチング
⑦ レジスト除去
⑧p電極形成
⑨n電極形成 基板
クラッド層 活性層 クラッド層
基板 基板
基板
基板
基板
基板
基板
基板
基板
① フォトレジスト塗布
② 露光 光
感光
③ 感光部を現像、除去
④ エッチング
⑤BCBコーティング BCB
⑥ 頭出しドライエッチング
⑦ レジスト除去
⑧p電極形成
⑨n電極形成
図A.4 半導体レーザー製造過程。
参 考 論 文
九州大学大学院総合理工学府
姜 海松
154
参考文献
[1] 米津宏雄, 光通信素子工学, 工学図書株式会社(1984).
[2] K. Aiki, M. Nakamura, T. Kuroda, J. Umeda, R. Ito, N. Chinone, and M. Maeda,
“Transverse mode stabilized AlxGa1-xAs injection lasers with channeled-substrate planar structure”, IEEE Journal of Quantum Electronics, vol. 14, no. 2, pp.
89-94(1978).
[3] 沼居 貴陽, 半導体レーザー工学の基礎, 丸善株式会社(1996).
[4] T. Tsukada, “GaAs-Ga1-xAlxAs buried-heterostructure injection lasers”, Journal Applied Physics, vol. 45, no. 11, pp. 4899-4906(1974).
[5] K. Saito and R. Ito, “Buried-Heterostructure AlGaAs lasers”, IEEE Journal of Quantum Electronics, vol. 16, no. 2, pp. 205-215(1980).
[6] 岡本 勝就, 光導波路の基礎, コロナ社(1992).
[7] Y. Yamamoto, “Coherence, amplification, and quantum effects in semiconductor lasers”, Wiley-Interscience (1991).
155
謝 辞
本論文は、著者が九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学専攻にお けるアクティブMMI型光RAMメモリ素子に関する研究成果をまとめたもので ある。
本研究において、常に親身の御指導、御教授を賜りました浜本貴一教授に心 より感謝を申し上げます。また、貴重なご意見をいただきました、内野喜一郎 教授、堤井君元准教授、山形幸彦准教授、富田健太郎助教に感謝いたします。
本研究において、研究プロジェクトとして資金面にて御協力頂きました独立 行政法人情報通信研究機構(NICT)関係各位に厚く御礼申し上げます。
本研究における素子の試作過程において、快く素子の製作を行って頂くだけ でなく、工程における数々の御助言、ご議論を頂きましたNTTフォトニクス研 究所の松尾慎治様に厚く御礼申し上げます。
本研究において、同じ研究を進行してきた光RAMメモリ素子研究グループの
Hany Ayad Bastawrousさん、西角拓高さん、田原裕一朗さん、萩尾拓真さん、茶
円豊さん、鶴田一魁さん、地蔵堂真さんに心から感謝致します。数々の実験等 に御助力頂き、結果を出すことが出来た事に深く感謝致します。又、素子の高 速メモリ動作の評価におけて、ご協力・議論いただいたデンマーク工科大学の
Christophe Peucheret 教授と徐競さん及び高速光通信グループの皆さまに深く感