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   上記文書は、兵庫県警察部長・内政部長発、各国民勤労署長・国民学校長宛であるが、発    信人の持つ意味合いについては、次節において考察する。

(20)今年度の「青少年義勇軍身上調書一覧表」から作表     (前掲 r満蒙開拓青少年義勇軍関係資料回国5巻』 P.43)

(21) 「昭和16年度第1次入所青少年義勇軍身上調書一覧表」 (拓務省拓北局青年課4月2日    現在)  (r同 上 書』 P.62)

(22)前掲 r兵庫教育』第605號 (昭和15年4月15日) P.82

    この点の事実確認のために、1996(平成8)年9月14日に同寺を訪れたところ、

    「今はわからないが、調べてみて何かわかることがあれば、後日連絡する。」との返事を     頂いたが、早速、取材翌日に電話による回答を頂戴した。それによると、「当時はそのよ     うな訓練が寺で頻繁に行われた模様で、そのうちどれが指摘のあった川辺郡教育会主催の     講習会であったかははっきりしない。しかし県外(主として大阪)の青年団が実施した訓     練は、毎週といってよいほど行われた時期があった。」とのことであり、満願寺では、教     育会主催の講習会以外にも、大阪方面の青年団員向けの講習会も数多く行われていたこと     が判明した。応対して頂いた、若田定子氏にこの場を借りて感謝の意を表したい。

(23) r神戸新聞』神戸版1940(昭和15)年3月9日

(24)山崎町立城下小学校百年誌r飛翔』(城下小学校百か年記念事業推進委員会1992)

    P.49

(25) 1996(平成8)年7月4日に瑠璃寺を訪ねた際、取材にに応じて頂いた古村美佐子先     代住職夫人からは、

    「私が小学校高学年から女学校時代に、確かにそのような訓練は行われており、昭和15年    頃から終戦まで続いたと思います。私たちはr開拓の講習』と呼んでいました。例年は秋に    実施していたと記憶していますが、多い時は80名評の参加者がありました。訓練内容は詳    しく記憶していませんが、日本体操(やまとばたらき)や弥栄三唱があったことは確かで        か ん べ

   す。先年も、その講習に参加していた郡内一宮町神 戸在住の方が寺に来られて、当時のま

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ま残っている境内の掲揚柱を見て、ずいぶんとなつかしがっておられました。」

と話があったが、時期や人数、内容についての記憶もかなり明確であったため、その信愚 性は高い。突然の訪問にもかかわらず、丁寧にお答え頂いた夫人に感謝の意を表したい。

1996(平成8)年9月8日八葉寺を訪問したが、國岡恵心住職の話では、

「その時期は私は学生で東京におり、卒業後はすぐに従軍したので詳細については記憶し ていないが、先代住職から、帰郷の際にそのような訓練があったということは聞いてい る。寺の下は今は墓地になっているが、当時はその時の訓練で畑に開墾されたものだとい

うふうに家人からも聞かされた。」

とのことであり、ここでも開墾作業の訓練などが行われていたことが判明している。突然 の取材にも詳しくお答え頂いた國岡恵心住職に感謝したい。

一条寺には1996(平成8)年9月7日に訪れた。

現住職夫人 太田克子さんが応対して下さったが、当時のことについて詳しく知る者はお らず、近隣の方々に事情を知る人がいるかもしれないとのお答を頂いた。休日の早朝にも かかわらず、時間をお取り頂いたことに感謝したい。

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第3節 満蒙開拓青少年義勇軍の変質

1.都市出身者の増加

 満蒙開拓青少年義勇軍は、青少年による満州移民という国策への貢献 を目指すものだったはずであった。しかし、その中には国内農村対策と 思われる部分が、当初から存在していたが、関東軍にとっては、簡単に 軍事目的に転用が可能な安価で利便な制度であったことも疑いなく、発 足の段階から、名目と実態の乖離が起きていた。ここでは義勇軍に見ら れる内容の変質について検討する。

       左表は、1938(昭和 表3−14 都市・農村出身地域別

農村 農村一都市 都市 都市青葱

1期11810 275 470 86 12641

割合 93.4% 2.2% 3.7% 0.7% 100%

2期3703 250 244 33 4230

昭和13年度

割合 87.5% 5.9% 5.8% 0.8% 100%

3期3828 284 289 50 4451

割合 86% 6.4% 6.5% 1.1% 100%

合計19341 809 1003 169 21322

割合 90.7% 3.8% 4.7% 0.8% 100%

1期3727 172 247 27 4173

割合 89.3% 4.1% 5.9% 0.7% 100%

昭和14年度

2期997 100 94 9 1200

割合 83.1% 8.3% 7.8% 0.8% 100%

合計4720 272 341 36 5373

割合 88% 5% 6.3% 0.7% 100%

累計24065 1081 1344 205 26695

割合 go.1% 4.1% 5% 0.8% 10⑪%

備考

 農村とは本籍・現住所共に農村にある者。農村一都市とは本籍が農村現住所が都市の者。

 都市とは本籍、現住所共に都市の者。  都市一農村とは本籍が都市現住所が農村の者。

び「農村一都市」といった都市居住者が漸増していることに、既にこの 段階で言及している。満州移住協会では、農村出身者の減少傾向に伴っ て、相対的に都市居住者が増加する結果となったと分析しており、この 13)年度及び1939(昭 和14)年度の内原訓練 所入所者についての、

出身地に関する集計で ある(、)。義勇軍の性 質から考えて、農村出 身者が圧倒的であるこ とは予想通りの結果と なっているが、調査を 行った満州移住協会で は、初年度に比べて2 年目には、「都市」及

ドキュメント内 兵庫県における満蒙開拓青少年義勇軍と教育 (ページ 154-157)