博士(法学)学位論文
代替的出頭措置に関する研究
――日本のビデオリンク制度の導入
2019年2月 計 拓
首都大学東京 社会科学研究科
i
目次
序章 ... 1
1.問題意識 ... 1
2.本稿の目的 ... 3
3.本論文の構成 ... 5
4.訳文について ... 6
第一章 中華人民共和国における刑事訴訟法の下で証人保護の現状 ... 7
第
1
節 中国における刑事訴訟法の法改正 ... 71 新民主主義革命時期における刑事訴訟法 ... 7
2
『中華人民共和国刑事訴訟法』の誕生と変革 ... 8第
2
節 中国における証人保護の現状 ... 131 従来の証人保護プログラムについての立法状況(2012年まで) ... 13
2
証人保護の実態 ... 16第
3
節 中国古代の訴訟観 ... 311 封建専制主義のもとでの司法本質 ... 31
2
自白強要の法典化 ... 323
国民性である「嫌訟」 ... 334
「官官相衛」および弁護士に対する社会的評価 ... 355
小括 ... 36本章のまとめ ... 41
第二章 証人保護措置の一考察 ... 43
第
1
節 アメリカにおける証人保護プログラムの現状 ... 431
立法の経緯... 432
証人保護プログラム(WITSEC)の運営-マシャル・サービス(USMS) ... 443
証人保護プログラム(WITSEC)の不足 ... 46第
2
節 日本における証人保護の立法状況 ... 48ii
1
平成11
年以前の証人保護に資する措置 ... 492
平成12
年の法改正 ... 503
平成19(2008)年の被害者参加制度の導入 ... 53
4
平成28
年の法改正 ... 56小括一 ... 59
第
3
節 中国における証人保護措置のパイロットおよびその問題点 ... 601 証人出頭義務について ... 60
2
『人民検察院が捜査権限を独占する事件における証人保護措置についての規定』-- 深圳市宝安区人民検察院を例に ... 69小括二 ... 72
3
公安部の規定 ... 73小括三 ... 75
4
ビデオリンク方式による証人尋問—温州市の人民法院を例に ... 76本章のまとめ ... 80
第三章 日中におけるビデオリンク方式による裁判の比較 ... 82
第
1
節 立法の経緯... 831
民事訴訟法におけるビデオリンク方式による証人尋問の創設 ... 832
司法領域におけるビデオリンク技術の運用 ... 843 2012
年の法改正 ... 86第
2
節 ビデオリンク方式による裁判の実施 ... 871
どのような設備を用いるのか ... 872
『遠隔地での刑事事件を審理する取り扱い規定』--寧波の例に挙げて(以下「寧
波規定」と略称する) ... 88小括一 ... 91
3
ビデオリンク方式および遮へい措置の併用 ... 91小括二 ... 95
4
証人出頭措置の新展開―ウィーチャットでの出頭証言 ... 95iii
小括三 ... 97
第
3
節 日本における遮へい措置およびビデオリンクによる証人尋問 ... 981
対象事件... 992 2016
年の法改正 ... 1003
留意すべき点について ... 1014
ビデオリンク方式・遮へい措置に関する判例の検討 ... 102小括四 ... 109
本章のまとめ ... 110
終章 中国の証人保護制度の未来および拡充 ... 112
第1節 取調べの可視化制度 ... 113
1
立法の経緯... 1132
実施の実態... 1143 2014
年の法創設 ... 1154
日本における取調べの可視化 ... 118第
2
節 事件後に証人保護の措置 ... 1191
犯罪被害者給付金制度 ... 120小括一 ... 124
2
被害者に対する精神的サポート ... 125小括二 ... 128
おわりに ... 129
参考論文 ... 130
論文(日本語) ... 130
1
序章
1.問題意識
犯罪の訴追に際して、いかなる国においても、被告人の自白を含めた刑事手続における 証人による証言は、最も重要な証拠形式の
1
つであることには疑いがない。なぜなら、証 人による証言は、直接証拠の1つとして、犯罪の訴追、また裁判所による裁判の各場面に おいて、他の証拠形式よりも、最も説得力に富み、また同時に、被告人の権利や利益に対 して、重大な関与が認められるからである。それゆえに、自白は「証拠の女王」と呼ばれ てきた。現代においても、各国では、幾多の法的検討を経て、人権の擁護という観点に立 脚し、自己負罪拒否特権や無罪推定、拷問強要の禁止、自由心証主義および伝聞証拠法則 などの概括的な諸原則が、法的な規定を設けることで確立されていた。いわば現代の刑事 訴訟法の具体的なメカニズムでは、被告人等への不意打ちを防ぐため、十分に防御権を与 えることが不可欠であるため、証人の出頭を確保し証言をするよう要請することが認めら れると同時に、証人や被害者の保護を図る見地から、証人保護プログラム制度の向上に対 して、より一層の期待がかかっているといえよう。ただし、過去数年間で、組織犯罪やテロリズムなどをはじめ、犯罪態様の多様化・グロ ーバル化が問題になってきている。このような犯罪被害に遭遇したとき、犯罪被害者や証 人に対して、肉体的・精神的および経済的に著しい支障を生ずるおそれがあると認められ る場合において、恐怖心の解消や損害回復が適正に図られることを望みつつ、弾劾司法に 基づく被告人の防御権との整合性を、どのように確保すべきか、という問題が生じうる。
さらに、犯罪被害者および証人等の生命権・財産権に配慮するのみではなく、個人の尊 重の視点に基づき、個人情報・名誉権およびプライバシー権に重きを置くことが、現代に おいては、世界的な潮流となってきている。そのことからも、証人保護プログラム等につ いて、適切な法的措置を講ずることが求められざるをえないというべきであろう。
2
中華人民共和国は
1949
年10
月1日に建国されたが、刑事訴訟法は、1979年になって初 めて施行された。歴史的な問題もあったため、この約30
年間の中国社会では、まともな刑 罰法規といえるものがほとんど存在しておらず、実は、刑事無法に社会であったのかもし れない1。その後、刑事訴訟法は、1996
年に第一次改正がなされた。1996
年に改正された刑 訴法は、1979 年の刑訴法より、被告人の防御権を保護することを鮮明に提唱し、とりわけ 証人証言の検証と弁解とを強調していたため、伝統な糾問主義から抜け出し、弾劾主義の 色彩を備え始めることとなった。しかし、この1996
年刑事訴訟法(以下「96年法」という)は、証人権利の保護にほとんど言及していなかったため、証人の保護を実務上で実現する のは困難であった。96 年法の施行後も、学界では以上に関する不満とともに、修正の必要 があるとの声が強く上がっていた。そして、
2012
年3
月、「中華人民共和国刑事訴訟法の改 定案」(以下「現行法」という)が公布され、2013年1
月1
日から施行された。現行法は、「人権の保障を強化すること」を目指し、過去の冤罪に対処する形で、違法収集証拠の排 除、自白強要の予防や防止、また自白強要の禁止などの規則を明らかにした。特に被告人 側の防御権の保障においては、96 年法と比較して、証人出頭の確保を強化した上、証人保 護制度を整備するものであった。
ところが、問題となるのは、中国では、証人出頭率が高くとはいえない状態が長期にわ たり存在していた、という事実である。過去の中国で、96 年法の下においては、証人出頭 率は
10
パーセント未満であった2。だが、現行法施行されて以来、北京を例にとると、非公 式な統計によれば、20パーセントにまで上昇した。また、2014年の山東省巨野県裁判所の 統計によれば、2013年に判決が下された事案411
件の中で、証人による証言が提供された 事件は287
件である一方で、公判日に証人出頭があった事案は、ただ3
件のみであった3。 この状況の要因は、むろん、ある適切な法的措置が講じられなかったためでもあるが、証1 張光雲『中国刑法における犯罪概念と犯罪の構成「日本刑法との比較を交えて」』(2013年・専修大学出
版局)31頁。
2 何家弘『証人制度研究』(2004年・人民法院出版会) 249頁。
3 田源=楊継偉「新刑訴法実施後証人出頭率低下的原因分析」中国法院網2014年4月29日。
http://www.chinacourt.org/article/detail/2014/04/id/1285118.shtml最終閲覧日は2016年7月29日。
3 人側にも過ちがあるといっても過言ではなかった。
2.本稿の目的
中国の刑事手続は、現在、転換期にある。あらゆる領域において、国際的潮流を導入す るに際して、既存の伝統的な訴訟価値と衝突する場面がよくみられるようになり、学界に おいても、真実主義を徹底させていくのか、当事者主義へ転換させていくのか、という論 争も多い。また、複雑な国内状況を踏まえた上、世間一般からの人権保障や一層の民主化 という要請に応えるべく、国外から先進的な経験を模倣することとなりうるが、これらの 経験は中国にも同様に適用されるのかには疑問の余地がある。さらに、中国にとって、ど のような先進的な経験であっても、完全に孤立した手段の
1
つと言うわけではなく、それ に関連する刑事手続法の基盤が欠落していることが、学界の共通認識ではないかと言わざ るをえない。このことからも、今後改めて法改正の必要があることが見込まれる。そうとはいえども、2012年刑事訴訟法の改正については、優れた点もいくつかがある。
以下では、筆者の研究に関わる証人の保護を目的とするビデオリンク措置について簡単に 説明をしたいが、それ以外の部分は紙幅の都合もあり割愛する。
ビデオリンク方式による証人尋問の初の運用は、早くも
2004
年の民事訴訟活動において 行われた。当該事件における裁判官は、証人が遠隔地に住んでいるとの理由から、出頭証 言させることが困難となる場合で、かつ訴訟経済などの諸事情を考慮した上で、ライブ映 像を送りながら、証言することが許されるとした。それを契機として、刑事訴訟活動、公証活動などの諸活動において、広範で弾力性に富 んだ運用をしてきた。
2009
年3
月24
日、上海市人民法院において、ある麻薬犯罪の審理時 に、被告事件の性質また証人の人身安全を確保するため、初めてビデオリンクと遮蔽措置 を併用して出頭証言を実施した、という事例が生じている。問題となるのは、中国において、現行法が成立する以前は、ビデオリンク方式による証 人尋問は、法的な根拠が曖昧で、理論的な検討がなされることも少なかったということで
4
ある。それゆえ、実務においても様々な問題が残されている。もっとも、注目すべき問題 の
1
つは、ビデオリンク方式と遮蔽措置の併用措置について、ライブ映像で送った証人の 容貌にモザイクをかけて証人尋問を行うことがあるということである。この場合、証人の 容貌、振る舞いなどを観察することができない状態で証人尋問がなされるので、自由心証 主義の趣旨に反するものであり、さらに、被告人の弁護権、また証人審問権へ著しく支障 をもたらすのではないかという懸念が残されている。日本では、平成
12(2004)年の刑事訴訟法改正を契機として、被害者を含む証人保護対
策として、証人出頭するに際して、証人への付添い、遮蔽措置、ビデオリンク方式による 証人尋問を認めた。しかし、遮蔽措置およびビデオリンク方式を併用すれば、被告人の証 人審問権へマイナスな影響を与えないとは言えず、裁判公開主義、直接主義に反したもの だとする見解もある。とはいうものの、再び中国の実情に目を転じてみると、ビデオリンクおよび遮蔽措置の 活用は、目下のところ、訴訟経済という見地からすれば、もっとも優れている措置の
1
つ であるように思われる。まさに寓話が伝えるように、牛の皮を剥いて道を舗装するという より、むしろ牛の皮で両足を包んだほうが望ましいのではないかと言わざるをえないであ ろう。だが、いかに優れた措置であっても、被害者を含む証人の角度から述べれば、心理 的な恐怖感などを解消しえないと証人が出頭をためない、たとえ証人出頭を強制させても、被害者を含む証人は、証言をするにあたって被告人の面前で精神的圧迫を受ける恐れがあ るため、その供述が納得できるものと断ずることは難しいかもしれない。さらに、ここで 論じたいのは、中国の伝統文化のもとで、深く根ざしている「嫌訟」、すなわち「訴訟嫌い」
という国民性もあり、それはすでに中国における司法改革にとって、それを阻む点として 困惑させる要因となっている、という事情である。つまり、「怖いと思うが、証言するぞ」
と「安全といえば安全だが、出頭するのは面倒くさい」との間には境があり、この点につ いて、法的伝統を踏まえた上で、中国での訴訟観や人と付き合い等物事に接する哲学から 理解することが必要であり、妥当でもある。
科学が発展するにつれ、ビデオリンク技術の運用自体は、早くも数十年前から現れてき てたものであり、特に新しい事態ではないという状況にあると思われる。しかし、中国に
5
とって、当該技術の訴訟活動での活用は、わずか
10
年ほどのことでしかない。ビデオリン ク方式についての研究では、ただ出頭手段そのものの確保に止まらず、ビデオリンクおよ び遮蔽措置の併用が、証人の容貌、振る舞いを観察することができないことから、むしろ 通信による証人尋問と言わざるをえないことにも留意を要する。にもかかわらず、新しい 手段として、強い生命力を持っていたように思われる。現に、近年来、中国国内において 長期にわたり存在している「不出頭」および「出頭難」という問題、すなわち証人が法廷 に出頭しようとしないという問題の解消に向けて、全国的に証人が、中国で一番人気が高 いチャットソフトであるウィーチャットを通じて出頭証言ができるようになった。その具 体的な運営方法は、実名登録制と顔認証システムを立ち上げて、証人の同一性また信用性 が確保されることを前提として、遠隔地で出頭証言することを可能とするものであった。しかし、これらの技術の運用は、他の社会問題を引き起こすかもしれない。
日本の刑事司法に対しては、中国のビデオリンク制度から良い面を参照してもらう可能 性もあると考える。例えば、証人保護対象への拡大、遠隔地で出頭が不都合と認められる 場合におけるビデオリンク方式の活用などは、今後必要とされるように思われる。また、
ビデオリンク方式による証人尋問には、それに固有の優れた側面があるが、完璧な証人保 護方式というわけではない。とりわけ、物証を弁識する場合、様々な不便が生じてくる。
これらの問題については、両国の共通課題の
1
つとして、さらに検討を加える必要がある。3.本論文の構成
本論文は、以上の問題意識に基づき展開される。その具体的な構成をあらかじめ仕置く ことにする。
第一章では、中華人民共和国の刑事訴訟法の沿革、法改正前後の中国における立法情況、
証人出頭・証人保護の実態を概観する。
第二章では、3つの部分が含まれる。まず、①組織的犯罪への対応する世界の潮流となる アメリカの証人保護制度を紹介し、検討する。次に、②日本における証人保護制度の立法
6
情況を検討する。さらに、③証人保護の必要性に応じて、近年来、中国における海外の経 験の参照状況を検討することにしたい。
第三章では、近年来の中国における、司法裁判におけるビデオリンク技術の運用状況を 明らかにする。また、日本におけるビデオリンクによる証人尋問の理論、学説などを詳細 に検討してもいる。さらに、将来的に、中国の司法裁判に対して、日本のようなビデオリ ンクによる証人尋問制度を導入する必要性、被告人の証人審問権の確保という観点から、
当該制度の導入とともに、留意すべき点を指摘する。
終章では、①中国における取調べの可視化制度について、日本の議論を参照する可能で あることを指摘する。および②中国の証人保護制度は、事前保護、事中保護を重視し、事 後保護が不足するという状況を踏まえ、日本の犯罪給付金制度および被害者精神サポート 制度を導入する必要性があることを検討する。
4.訳文について
中国の刑法と刑事訴訟法の訳文について、1979 年刑法と刑事訴訟法は、平野龍一=浅井 敦(編)『中国の刑法と刑事訴訟法』(1980年・東京大学出版社)を、
1996
年刑事訴訟法は、松尾浩也=田口守一=張凌(共訳)『中華人民共和国刑事訴訟法全訳』ジュリスト
No.1109
(1997年)
62~83
頁を、2012
年刑事訴訟法は、松尾浩也=田口守一=金光旭=小川佳樹(共 訳)法務省大臣官房法制部刊行(法務司法第463
号)を、それぞれ参照する。中国の古代文については、張晋藩(著)真田芳憲(監修)何天貴=後藤武秀(訳)『中国 法制史(上、下)』(1981年・中央大学出版部)を参照する。
7
第一章 中華人民共和国における刑事訴訟法の下で証人保護の現状
清朝の末期および国民政府統治時期において、日本法および欧州大陸法は中国法の模範 となった。しかし、1949 年の中華人民共和国の成立後、中国共産党(以下「共産党」と略 称する。)の指導の下で、国民政府統治時期に制定した法律が全面的に廃止され、1950年に なると、ソビエト社会主義国連邦の法制度を模倣した新たな制度の導入が試みられた。し かし、1957 年後半から始まった「反右派闘争」の影響を受けて、法整備の業務は中断され ることとなった。
1966
年になると、国を挙げての文化大革命が勃発し、前後10
年に及ぶ文 革運動により、国家体制の徹底的な破壊が行われ、社会的秩序は混乱を極め、それと同時 に、まだ形成の途中にあった中国法制度にも粉砕された状態が生ずることとなった4。こう した状況のもとで、1979 年から刑事訴訟法の立法が開始され、それから犯罪状況や社会趨 勢を踏まえた上で、1996年および2012
年に2
度にわたって改正が進められた。以下で、その詳細を検討することにする。
第
1
節 中国における刑事訴訟法の法改正1 新民主主義革命時期における刑事訴訟法
⑴ 国民党の六法の不継受
1921
年7
月、共産党が成立した。新民主主義革命期において、湖南・江西省周辺に散じ、革命根拠地を構築していた。そこでの司法体制についていうと、中央司法においては、裁 判権と司法行政権とを分離させるという「分離制」を採用し、地方政府においては、「合一 制」を採用した。労農民主政権は、『裁判条例』および関連する司法手続の訓令などを通じ て、二審制、裁判権専属原則、公開審理、拷問強要の禁止、合議制と陪審制および死刑照 合制度など、一連の重要な原則を確立した。国共内戦時期であった
1946
年に、陝甘寧辺区4 小口彦太=田中信行『現代中国法』(2004年・成文堂)11頁。
8
憲法原則の公布がなされた。その内容は、司法活動における人権保障、裁判権専属、捜査 逮捕などの諸原則が収められていた。
共産党の軍事的な優勢が明らかになるにともない、1949年
2
月に、共産党は「国民党の 六法全書を廃棄し、解放区の司法原則を確立するについての指示」を発して、新中国の建 設にあたっては国民党の法制度を一切継承せず、解放区における法制度を継承し発展させ るとの原則を明確に示したのである5。⑵ 新中国が建設後の初期の刑事訴訟法
中央人民政府法制委員会は、早くも
1954
年の時点で『中華人民共和国刑事訴訟条例』(草 案)を制定し、そして翌年には最高人民法院6により、『審理刑、民案件手続総結』の公布が なされた。1957 年になると、ソビエト連邦の立法を基礎として、それに加筆・修正を重ね て、『中華人民共和国刑事訴訟法草案(初稿)』を作成した。これは、全体が7
編16
章から なる法典であった。しかし、この直後から反右派闘争の拡大がなされ、草案の起草作業は 一度中断したままとなり、1962年にその作業が再開された。再開後は、共産党「中央政法小組」が率先して、1957年作成の草案を底本として、幅広 く意見を求めた上、重ねて修正した結果、
1963
年4
月に『中華人民共和国刑事訴訟法草案』が完成した。この草案では、条文の数は、数度にわたり絞り込まれ、200条を保有するにと どまった。その間も、当時の極左思想の激化にともない、立法作業は再度中断を余儀なく され、さらには十年間に至る社会の混乱の状態に陥る中で、それらの影響を受けながら、
従来の国家や社会が機能不全を引き起こし、社会主義法制建設がほとんど破壊し尽くされ ようとしていた。
2
『中華人民共和国刑事訴訟法』の誕生と変革⑴ 1979年刑事訴訟法
5 小口=田中・前掲注(4)書2頁。
6 日本の最高裁判所に相当する。
9
1976
年10
月に「四人組」体制を打ち砕いた後、共産党中央の「社会主義法制ならびに立 法工作の強化に関する指示」に基づいて、起草作業が三度発足した。その作業は、全国人 民代表大会常務委員会法制工作委員会の主宰の下になされ、1963 年に作成された初稿を底 本とし、2つの草案が作られた。そして1979
年6
月、第五期全国人民代表大会第2
回会議 に『中華人民共和国刑事訴訟法(草案)』(修正二稿)として提出され、同大会で検討・修 正が加えられた上、同年7
月1日に可決され、7
月7
日に公布されて翌年1月1日に施行さ れた。1978
年になると、中国共産党の司会の下で、第十一期全国人民代表大会第三回会議が開催され、その会議では、「人民民主を保障し、社会主義法制を建設する」という基本方針が 確立され、これから中国民主政治生活に新た時代を切り拓いて、法治建設のやり直しが始 まった7。その政策に感化されて、法学領域において一度排除された「人治」と「法治」に 関する検討が再びになされるようになった。さらに、1978 年憲法の下で法制度の再建が始 められ、その先陣を切って
1979
年に刑法・刑事訴訟法が公布された。この時期における立 法は、「マルクス・レー二ン主義」、「毛沢東思想」、「共産党専制」などの観念が用いられ、共産党主義の指導思想が鮮明にされていた。その立法作業は中国の近代化の一環として位 置づけられつつ、中国の立法者は、単純に西欧な近代刑法・刑事訴訟法を移植しようとし たものではなかったが、他方で、当時中国社会の現実を踏まえ、中国法の伝統に由来する 規定を各所に残したところにあった8。
その
1979
年刑事訴訟法(以下「79年刑訴法」と略称する)をやや詳しく見てみよう。同 法は、全文4
編164
条から構成されたが、先ず、「第1
編 総則」において、刑事訴訟法の 指導思想、任務および基本原則、ならびに、管轄、回避、弁護、証拠、強制措置、付帯民 事訴訟、期間、送達などに関する事項を定めた。続いて、第3
条、第5
条などにおいて、公安(捜査)、検察、法院(裁判所)に関する独自な役割の分担を明らかにし、また三機関 の間で相互に協力し合い、制約し合うという原則を規定した。さらに、人民検察院(検察
7 卞建林「改革開放30年中国刑事訴訟法発展之回顧与展望」『法学研究』2009年第1期8頁。
8 平野龍一=浅井敦『中国の刑法と刑事訴訟法』(1982年・東京大学出版会)(序)2頁。また、松尾浩也
「中国の刑事訴訟法について」ジュリスト1109号(1997年)42頁。
10
側)が法律監督機関としての役割を果たすことについて、明文の規定を置きながら、その 刑事訴訟活動を行うにあたっては、法律違反や司法の権力の濫用を抑制するため、法第
4
条の前段において、「…かならず大衆に依拠しなければならず、かならず事実を根拠とし、法律に準拠しなければならない」とした。そして、訴訟上の当事者の権利について、とり わけ被疑者の取り調べ、被告人とその弁護士の弁護権行使などの諸側面について、「第1編 第
4
章 弁護」、「第2
章 捜査」などにおいて明確に規定された。最後に、自白の強要の 禁止や犯罪の摘発、適正な法手続の確保に関しては、強制措置、捜査段階における被疑者 身柄拘束の期限、人民検察院による起訴審査の期限、裁判における第一審および第二審の 審判などが、それぞれ規定された。⑵ 1996年刑事訴訟法の法改正
79
刑訴法の公布以来、中国国内で政治・経済、法制度および犯罪状況について、著しい 変化が生じた。刑事事件に関しては、その新しい傾向は、経済犯罪の問題が年を追う毎に 深刻化しつつあり、業務上横領罪、賄賂罪などの財産を目的とする犯罪が大幅に増えたこ とによって特徴づけられた。また、注目すべき問題として、青少年による犯罪が増加し、低年齢化の趨勢が顕在化してきたという事情もある。さらに、犯罪手段の多元化や犯罪の 集団化、多地域にわたる犯罪、薬物犯罪などの新たな犯罪傾向が生じてくる一方、これら の犯罪に対する訴追は極めて困難であって、それらに適応する刑事政策や法改正が要請さ れることが明らかになった9。
9 小杉丈夫(編)『中国法制整備の18年—人民日報を読む』(2004年・信山社)65〜66頁、98~99頁を、そ れぞれ参照。1988年から、中華人民共和国全国人大常務委員会が刑事訴訟法の改正の作業準備を始めた。
「1988年に全国各裁判所において有罪判決を言い渡された犯罪数は、36万8700人あまりにのぼり、1987 年に比べると、12.99%増加したことになる。その中では、財産を目的とした犯罪が大幅に増えたことであ り、昨年1月から11月に至る間、全国受理した刑事事件中において、財産侵害に関する犯罪はおよそ50%
近くにのぼり、強盗罪のように実質上財産を目的とした犯罪がかなり大きな比重を占めた。また、注目す べきであるのは、青少年犯罪が1987年同期と比べると18.69%増え、その中で、18歳未満の未成年犯罪者 が2万8000人にものぼり、青少年犯罪が全体犯罪数中58.44%をも占めるようになった。」ことが判明して いる。「1985年から1990年の間、全国の公安機関が検挙した麻薬販売事件は、3万件あまりにのぼり、1989 年と1990年の2年間だけで、押収したヘロインは2120キロにのぼった。そのほか、麻薬犯罪で逮捕され
11
刑事訴訟法については、いわゆる改革解放の後、立法領域・司法領域において法理念に 著しい変化が生じて、手続の公正と人権保障とのアピールが一層盛り上がることとなった。
こうした状況に対応し、それまでの十数年の実務経験を総括して、社会の多方面からの民 主化の要望を踏まえて、刑事訴訟法の修正が必要とされるようになる。そのため、1996 年 第八期全国人民代表大会第四回会議は「中華人民共和国刑事訴訟法の改正に関する決定」
を採択して(以下「96 年刑訴法」と略称する)、1997 年1月
1
日から新法として施行され た。修正された96
年刑訴法は、79
年刑訴法より大幅に改正されており、無罪推定原則(96 年刑訴法12
条)を確立し、かつ被疑者・被告人の権利保障などを法典化したといった諸点 に鑑みると、96 年刑訴法には職権主義から当事者主義への傾斜が認められるように思われ る。このような認識の下で、全国人民代表大会常務委員会の立法日程に基づいて、全国人民 代表大会常務委員会法制工作委員会が
1993
年から、79
年刑訴法の実施状況および問題をめ ぐって取り組んでいたが、社会の多方面から意見を募集し、1995年12
月20
日開かれた第 八期全国人民代表大会常務委員会第十七回会議に、刑事訴訟法修正案など、八つの提案を 提出した。その内容は、逮捕の条件、弁護人の訴訟参加時期、検察機関としての捜査範囲、起訴猶予処分および当事者双方の訴訟地位と権利等について、現行法〔当時〕の規定より も一層の明確化を要求するものであった。そして「刑事訴訟法の改正に関する決定」が、
1996
年に全国人民代表大会第四回会議で採決され、1997年1
月1日に施行されることとな った。⑶ 2012年の刑事訴訟法の法改正
96
年刑訴法は、79年刑訴法に比べて大きな進歩を遂げるが、その裏で、人権保障の考え 方を念頭におきながらも、組織犯罪や薬物犯罪等の重大犯罪の抑止という目的にとって、過去の法律では社会の趨勢に十分に対応できないところが残り、やはり法改正の必要に迫 られることとなる。
た人数は、2万800あまりにのぼり、そのうち、1万6000人が刑罰に処せられた。」ことを指摘する。
12
2012
年3
月14
日、中国第十一期全国人民代表大会第五回全体会議において、「中国刑事 訴訟法改正案」(以下「現行法」と略称する)が可決され、2013年1
月1
日に施行された。現行法は「国家は、人権を尊重しおよび保障する」との文言を総則に位置付け、こうした 趣旨を貫くために、身柄拘束の厳格化、弁護制度の改善、科学的捜査や証拠法の改革およ び未成年被疑者・被告人の権益保障などの諸点を認めている。
2012
年の現行法において、最も際立つ特徴の1つは、公民の権利を強化するという趣旨 であった。その趣旨を徹底するため、幾多の部分で配慮がなされていることに注目すべき である。この点に関して、3つの観点から検討を行うことができる。第一に、被疑者・被告人の弁護権の強化である。学界においては周知のところであるが、
法伝統の影響のもと、従来の職権主義的訴訟構造に特徴づけられる中国法では、被告人の 利益を保護すべき刑事弁護人の役割を適正に果たすことができないという事態の存するこ とは、否定できなかった。これに対応するために、①弁護人の介入時期の繰上げ(現行法
33
条1
項)、②接見交通権と閲覧権の保障(現行37
条、38条)、③法律援助制度(現行法34
条)の手続の充実化などを肯定した。その上、冤罪防止を目的として、非人道的な拷問 を抑制するため、自己負罪強要の禁止、違法証拠収集の排除法則などを定めた上、取調べ の録音・録画制度も導入されることになる(現行法121
条1
項)。第二に、証拠制度の変容である。改正された刑事訴訟法は、①捜査段階において、「捜査 機関が、法規上の職権として、捜査の必要性が認められれば、厳格な承認手続を経て、技 術捜査措置をとることができる」(現行法
148
条1
項、2項)と規定した。引き続いて、② 当事者主義への転換を前提として、被告人の弁護権・証人審問権を保障するため、証人出 頭義務および証人保護措置を明文化した(現行法60
条1
項、62条および63
条)。第三は、特別手続の新設である。①少年の刑事事件の訴訟手続について、少年の心身状 態を考慮した上、教育、感化および社会復帰などの諸点を勘案しつつ、罪を犯した少年に 対し、訴訟上の権利の行使および法律援助の確保を保障することを要求する(現行法第
5
編第1章)。②刑事和解制度について、3 年以下の懲役を科する可能性のある相対的に軽微 な公訴事件、また汚職を除く、7
年以下の懲役を科する可能性のある過失による公訴事件に 対し、被疑者または被告人双方の任意性および適法性に基づき、和解することができると13
する。ただし、
5
年以内に故意の罪を犯した累犯である場合には、この条文は適用されない(現行法
277
条)。③刑事責任を負わない精神障害者に対し、法律の定める手続に基づいて 強制医療を行うことができる(現行法第5
編第4
章)。第
2
節 中国における証人保護の現状序章においてすでに示唆したとおり、中国の刑事司法においては、「証人の不出頭」とい う事態が、大きな問題として長期にわたり存在していた。この状況の要因は、むろん、あ る一定の適切な法的措置が講じられなかったことにもあるが、証人側にもある種の過誤が あるといっても過言ではないであろう。証人保護について専門的に対応すべき法律案がな く、証人保護の経験にも乏しく、実務上においてなかなか対応できないという問題がある。
1 従来の証人保護プログラムについての立法状況(2012年まで)
⑴ 憲法の規定について
2004
年憲法には、「国家は、人権を尊重しおよび保障する」との人権宣言が付け加えられ(33 条
3
項)、2012年に改正された現行刑事訴訟法の第2
条にも、憲法と同様な条文が定 められた。また、公民による申告、控訴あるいは検挙に対し、関連する国家機関は、真実を調べ上 げ、処理しなければならない。何人も抑圧し、報復してはならない、とする(現行法
41
条)。⑵ 刑事法の規定について
証人への危害に関する罪名は、以下のとおりである。
司法人員は、被疑者、被告人に対し、拷問を用いて、または証人に対し、暴力を用いて 供述を獲得する者は、3年以下の有期懲役、または拘役10に処する。それによって人を身体
10 拘役は、自由刑の一種である。具体的には、犯罪者から自由を剥奪する刑罰として、有期懲役に比べて
期間が短く、その期限は、1月以上6月以下である。併合罪に該当する場合において、最高刑は1年を超
14
傷害または死亡にする場合、故意傷害罪(同法
234
条)、故意殺人罪(同法232
条)を以て 論じ、重く処罰する。司法公正を妨害する場合には、以下の場合、
3
年以上の有期懲役、または拘役に処し、情 状の重い者は、3年以上7
年以下の有期懲役に処する。ア)弁護人、訴訟代理人…意図的に証人を、事実に背いて証言を変更させて、または偽 証をさせる場合(同法
306
条後段);イ)暴力、脅迫および賄賂などの手段を用いて、証人出頭証言を阻止し、もしくは他人 を偽証させる場合(同法
307
条1
項);ウ)証人へ仕返し、報復する場合(同法
308
条)。そのうち、イ)に該当する時には、被疑者・被告人を幇助し、証拠を隠滅し、または偽 証しようとしたときは、情状の重い者は、3年以下の有期懲役、または拘役に処する(同法
307
条2
項)。司法人員が
307
条1
項、2項の罪を犯す場合、重く処罰する(同法307
条3
項)。⑶ 治安管理処罰法11の規定について
「治安管理処罰法」20 条においても、検挙者、告訴者、告発者および証人へ仕返し、報 復する者は、重く処罰する、と類似する条文を定めている。
⑷ 刑事訴訟法の規定について
すでにみたように、中国では、1979 年に刑事訴訟法が成立し、現在に至る前、すでに
2
回の改正を経ている。えてはならない。拘役の特徴として以下の3点がある。①刑期が有期懲役に比べて短いため、公安機関に よって執行することになる。②刑に服する犯罪者が、月に1〜2日帰宅することができる。また労働に参加 する者に向けて、情況によって労働報酬を支払うことができる。③刑期が満了した後で、再び犯罪を犯す 場合、累犯にならないとする。拘役の刑期は、判決を下した日から計算する。判決を下すまでにすでに拘 留されていた者は、拘留された日数を刑期に繰り入れることとする。
11 治安管理処罰法は、行政法の一種である。
15
79
年刑訴法37
条、96
年刑訴法48
条は、それぞれ証人出頭証言に関する義務を定めたが、証人が出頭証言を拒否する場合についての罰則はなかった。実務上は、裁判官と検察官が 書面証拠を朗読する方向により傾いていることが明らかであった。こうした状況のもとで は、被疑者・被告人に対して刑事弁護権・証人審問権などの諸権利に対する著しい侵害が 生じたとして争点とされることはなかった。
これに対して、
96
年刑訴法49
条1項は、人民法院、人民検察院および公安機関は、証人 およびその近親者の安全を保障しなければならないと定めた。しかしながら、どのような 場合において証人に対する保護を提供すべきであるのか、どのような方法で保護するのが 良いのかなど、という一連の問題の存することが際立つ結果になっているように思われる。⑸ 民事訴訟法の規定について
民事訴訟においても、証人保護の規定がある。
すなわち、民事訴訟において、訴訟関与者、もしくは他人が、①暴力、脅迫、賄賂など の手段を用いて、証人証言を阻止し、あるいは、誘導、賄賂、脅迫などの手段を用いて他 人を偽証させる場合(民事訴訟法
102
条2
項)、②司法人員、訴訟関与者、証人、通訳、鑑 定人、検査人員および実行協力者へ仕返し、報復する場合、人民法院は、情況によって、罰金、拘留に処し、犯罪に該当する場合、刑事責任を追及する(同法同条
4
項)、と規定し ている。⑹ 行政訴訟法の規定について
行政訴訟法の証人保護規定は、訴訟関与者に対して侮辱し、誹謗し、誣告し、殴打し、
もしくは仕返し、報復する場合、人民法院は、情況によって、訓戒処分をし、始末書を差 し戻すことを命じ、または、1000元以下の罰金に処し、15日以下の拘留に処することがで きる、とする。さらに、犯罪に該当する場合、刑事責任を追及する(行政訴訟法
49
条6
項)、 とするものとなっている。16
2
証人保護の実態⑴ 2012年刑訴法改正の前の実態
証人の不出頭という事情が、刑事訴訟だけではなく、民事訴訟および行政訴訟において も、共通の問題となっている。中国全土の下級人民法院が取り扱う事件のうち、刑事訴訟 において、証人の出頭率は、5パーセント未満であった。これに対し、民事事件、経済事件 においては、証人による出頭率は高まるものの、それでも、10 パーセント未満であった。
経済が後れている地域では、証人の出頭証言がなされるという事態は、想定しにくいと言 わざるをえない。雲南省大理州人民法院(裁判所)を一例に挙げると、その法院が取り扱 う民事事件および経済事件のうち、証人の出頭証言のなされた事件は、
1
パーセント未満で あった。さらに言えば、より辺境にあたる地域では、証人の出頭が皆無となる場面もあっ た12。最高人民検察院の統計によれば、目下のところ、検察機関が処理した事件のうち、世間 一般での検挙によって犯罪を訴追する事件は、60 パーセントを占めている。しかし、それ に関連する法律が完備していなかったこともあり、全国的に、証人、検挙者への報復によ る身体傷害、致死の事件は、
1990
年代には年間500
件未満であったが、近年では1200
件以 上に達しているのである13。ここで、いくつの例を挙げて検討することをしたい。
事例1:1995年に、山東省日照市莒県東莞鎮大池庄に在住の劉は、強姦未遂罪で起訴さ れて、莒県基層人民法院は有期懲役
3
年の判決を下した。本件において、地元の村人であ る胡氏が証人として出頭証言をしたことに対して、劉が恨みの感情を抱いた。1997年1
月 に、劉が減刑釈放された後、胡氏へ報復手段をとると言いふらし、胡氏と彼女の夫は、こ の村でセキュリティを担当する幹部と書記、および東莞鎮警察派出所による人身保護を求 めた。しかし、村の幹部も、派出所の警察官も、保護措置は一切取らなかった。1998 年7
月9
日午後、劉は、胡氏の家を行き過ぎる時に、胡氏の息子(当時8
歳)が他の児童と遊12 何・前掲(2)書47頁を参照。
13 王義傑「我国将推出新挙措--為挙報人提供保護」『今日信息報』2007年10月12日第A02版、社会縦横。
17
んでいるところを見て、報復による殺意を生じさせ、自分が携えていた鍬を用いて、胡氏 の息子の頭部を強く殴打し、その頭部に粉砕骨折の傷害を負わせて、脳挫傷で死亡させた。
胡氏がこれを見て、逃げ出したが、劉に追い詰められて、胡氏の頭部にも激しい殴打を加 えられて、粉砕骨折の傷害を負わされ、脳挫傷で死亡するに至った14。
事例
2:2006
年に、浙江省寧波市で個人経営をしていた肖氏は、ある殺人事件の目撃者として証言した。この事件を担当した警察官らが肖氏のことを秘密にすることを約束した 上で、人民法院に告発する時、必ず実名を登録しなければならないと要求し、また、判決 書に証人および証人の妻の氏名が記載されたために、身分が明らかにされたことから、当 該事件の犯罪者に関連する悪しき勢力からの報復を招く結果となった。やむなく、肖氏は 故郷を捨てて各地をさまよいし、その娘は中途退学を余儀なくされた15。
事例
3:2006
年12
月に、北京での出稼ぎ労働者である王氏は、北京TR病院で治療を受けたが、同病院の医者は、必要な救護措置を講じなかったそのため、王氏が死亡した。同病 院でセキュリティを担当する祁氏が本件における目撃者として、出頭証言することを決め た。しかし、同病院の院長および医者らが、誘導、脅迫および拘禁などの方法で祁氏の出 頭証言を妨害し、その後、祁氏は証人出頭を辞退した16。
以上の事例に照らせば、訴訟活動において、証人出頭率が低いという現象が生じている こと、およびそのゆえんを想像するに難くないであろう。
⑵ 刑事訴訟法改正の前の問題
中国では、歴史的にみて相当な時期にわたり、法律虚無主義の影響を受けて、社会は、
無法の限りを尽くすという境地に至っていた。すでにみたように、1979 年以前、中国では 刑法、刑事訴訟法を制定しておらず、わずかに少数単行刑法が残されているだけであった。
この状況に対応し、党の政策が、中国の司法活動において主導的な役割を果たしたものと
14 張倩=楊暁光「一宗殺人案帯出一個沉重的司法課題-法律怎様保護証人」『羊城晩報』1998年10月29日。
15 王俊秀「逃亡証人肖敬明:誰能給我一個安定的家」『中国青年報』2008年9月3日。
16 「無銭男子医院案開廷、保安作証後被迫離職」『新京報』2006年3月28日。
18 言えるかもしれない17。
79
年刑訴法は、真実の解明を徹底したために、裁判官は、検察官の役割をも演じて、公 訴提起を受けた時は、裁判官が被告人とやりとりをし、一問一答という形でそれを行って いた。これは、基本的に伝統法によるものである。そういった旧態依然の糾問式手続であ ったにもかかわらず、1979 年の立法作業は、初めて、刑事司法活動に関して、訴訟手続の 法的根拠がないという問題を解決し得た点においては、著しい功績があったと言うべきで あろう。この時期には、社会主義経済の飛躍的な発展がみられるとともに、犯罪率の急激な上昇 も同時にみられた18。その原因を求めると、主として、この時期、中国は、計画経済体制か ら市場経済時代に入り、一連の変革を経たことにより、社会的に財産が増加していく一方 で、社会的資源の配分が不均衡であったからという事情が挙げられよう。
こうした社会情勢に対応する形で、中国当局は、その治安の混乱を正常化させようとし て、「厳打」という政策方針を決定した。1983年
7
月19
日に、中共中央軍委員主席鄧小平 が、「当面の各種の深刻な刑事犯罪に焦点を合わせて厳しく打撃を与えなければならず、判 決および執行は、重く早く」との指示を発した。その政府筋の定義とは、「我々は西欧国家 の軽刑化の政策を全面的に模倣することもできないが、その刑罰は全面的に西欧(の刑罰)より重く処した上、慎重に厳しく重くする」とされていた。
こうした趣旨を踏まえ、1983年
9
月2
日に、中国人民代表常務委員会が「社会治安を厳 重に害する犯罪者を厳しく懲罰するに関する決定」(以下「従重決定」と略称する)および「社会治安を厳重に害する犯罪者を迅速に裁判する手続きに関する決定」(以下「従速決定」
と略称する)を可決した。「従重決定」は流氓罪19、傷害罪、誘拐罪、銃器等不法製造・売
17 陳興良「刑法的刑事政策化及其限度」華東政法大学学報(2013年)第4期6〜7頁を参照。
18 陳如超「刑訊逼供的国家治理:1979-2013」中国法学(2014年)第5回、7頁を参照。注:1978年から 1978年まで、文化大革命が終わった後、中国における違法事件および犯罪事件が急速に増加していた。1979 年から始めて60万件を突破し、1981年に89万件に達し、3年間で5割上昇した。
19 流氓罪とは、品行劣悪、また遊蕩無頼の者で、騒ぎを起こしたりけんかを吹きかけたり女性にいたずら
したりして、社会秩序を破壊し人身の安全を脅かす罪をいう。
19
買・運搬、同窃盗・強奪罪、会道門等組織・利用反革命活動罪、売春強要罪、売春勧誘・
場所提供(収容)罪などの犯罪者に対して、刑法に規定された法定刑以上の刑に処するか、
ないし死刑に処するに至った。「従速決定」は殺人罪、強姦罪、強盗罪、爆破罪およびその 他の公共の安全に由々しき危害に及ぼす犯罪者に対して、主要な犯罪事実が明確であり、
証拠が確実であり、人民の怒りを大きく引き起こす場合、刑事訴訟法(79年刑訴法)第
110
条にいう起訴状副本の送達期限および各項の伝票、通知書送達期限の制限を受けず、被告 人の上訴期限や人民検察院の控訴期限を、刑事訴訟法(79年刑訴法)第131
条にいう10
日 から3
日を変更するものとした。このような訴訟モデルのもとで、自白強要などがされる事件がしばしば見られた20が、証 人の出頭や被告人の弁護権は、なかなか保障することができなかったというのが、実態で あった。
96
年刑訴法では、過去の糾問式手続とは異なり、当事者主義への転換を徹底させていく 兆しが現れてきた。この点について、主に、被告人に対する権利保護が鮮明に提唱され、とりわけ裁判所における証人証言に対する質問と弁解とが強調されていた。まさしく、96 年刑訴法は、証人を保護するために必要な措置を講じなかったため、実務において証人が 出頭証言したがる証人が少なかったわけである。それは、一旦証人が出頭して証言するこ とにより身分が暴露されてしまう、被告人からの報復攻撃を招く恐れがあるからであろう。
以上を踏まえるならば、一方では、証人保護制度が欠如していることによって、証人が 自発的に出頭証言をすることが事実上不可能となっていたことを指摘できるが、実は、も う一方では、片意地なまでに司法効率を追求し、それゆえに、捜査段階において、自白の 強要が多発しているという実態も問題となる。かつて、中国人民大学の何家弘博士の主導 のもとで、1980年代にわたり、中国で生じた約
100
件以上の冤罪を調査対象として実証研 究が行われたことがある。その研究の結果、ほとんどすべての刑事冤罪は、複数の原因が 重なる形で引き起こされていることが判明したが、証拠運用につながるものとしては、「自20 陳・前掲(18)論文7頁を参照。統計学によれば、1979年から1989年まで、全国検察機関が検挙され
た事件において、自白強要による口実を獲得した事件が4000件以上に達したが、年ごとに360余件であっ た。