第二章 証人保護措置の一考察
第 3 節 中国における証人保護措置のパイロットおよびその問題点
3 公安部の規定
2017年に、立法や実務などにおいて証人を出頭証言させることが困難な状況を踏まえて、
刑事事件における証人の出頭証言のモチベーションを向上させ、かつ、刑事訴訟活動が順 調に進められるようにすることを意図して、公安部の主導のもとで、証人の安全を保護す るための制度が整備され、『公安機関が処理する刑事事件における証人に対する適切な保護 のあり方に関する規定』(以下「保護規定」と略称する)として公布された。当該規定は、
国家安全に及ぼす犯罪、テロ犯罪、組織犯罪および麻薬犯罪などの事案において、被告発 者の報復による証人および近親者などの生命・身体への危険がある恐れがあるため、必要 と認めるときに、公安機関が保護措置を提供することができると定めている(保護規定 2 条)。
当該保護規定は、前述した深圳市の「宝安規定」での経験をほぼ踏襲するものとされてい るが、それより認められているところは、以下のようなものである。
まず、証人保護の実施機関は、当該規定に基づき明らかにすることになる。一般的な刑 事事件では、当該事件にある関係部署の警察員が証人の保護業務を負担し、情況により、
被保護者の居住地にある公安派出所あるいはそれに関連する他の部署の協力を求めること ができる。重大な刑事事件では、公安機関の指揮下に置かれて行うこととされている。捜 査の必要性等に応じて、保護業務が当該事件に関連する部署に負担させることを命じる(保 護規定4条)。
次は、証人保護措置を多様化するという趣旨で、その保護手段が追加されている。すな わち、保護を提供することが必要であると認める時に、次に掲げる 1 つないし複数の保護 措置を講ずることができる(同規定7条)。
①真実の氏名、住所、職場そのほかの個人情報を公開しないこと。
②特定の者による被保護者との接触を禁止すること。
③被保護者の人身および住宅に対して、専門的な保護措置を講ずること。
④被保護者を安全な場所に置くこと。
⑤被保護者の住所および氏名を変更すること。
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⑥その他の必要な保護措置を講ずること。
証人保護プログラムを担当している警察部署は、当該事件の情況に応じて、階層的なセ キュリティ部類と保護措置を変更することが可能となる。すなわち、被保護者の生命また は身体に対する危険な事態が発生し、または被保護者の生命または身体に対し危害が切迫 した場合において、被保護者の同意がある限り、事件の重大性、被保護者の要保護性など を配慮した上で、公安機関は、被保護者の人身、もしくは住宅にアラーム、GPSおよび防犯 カメラなどを取り付けることができ、必要とされる場合においては、被保護者の住宅を巡 回警邏し、ガードをし、または一定の期間内で身辺警護を提供することができる。重大な 危険が切迫して、急を要する場合においては、被保護者を安全な場所に置くことができ、
短期・長期にわたり別の安全なところに移転させることができる(保護規定12条、13条)。 公安機関がそれらの保護措置を取ることができるだけでなく、被保護者は、自ら公安機関 へ保護措置の変更を請求することができるとされる(同規定14条後段)。
続いて、被保護者の適用対象に関しては、一方では、同規定 2 条にいう国家安全に及ぼ す犯罪、テロ犯罪、組織犯罪および麻薬犯罪などの事案においては、証人の親族だけに限 られず、証人と婚約中の者、共同居住者および他の証人と密接な関係を持つ者、また、以 上の犯罪を訴追する際にして、事件を解決する重要な手がかりを提供する者は、保護の枠 内で考慮されるようになっている。もう一方では、同規定 2 条の状況でない限り、当該事 件の証人、鑑定人および犯罪被害者などは、証言をすることによって本人の、または近親 族の人身安全に対する危険が切迫した場合において、保護の必要があると認めるときに、
同規定の法令による証人へ保護を提供すべきものとされる。
引き続いて、匿名制度について検討する。
証人の個人情報の漏洩を防ぐために、被疑者に対する取調べを行うときに、証人の氏名、
住所、宛先および勤務先などの個人情報を公開してはならず、検面調書、書面証拠、およ び逮捕令状などの法律文書を作成するときに、証人の本名を隠し、その代わりに変名を使 用することになる。証人の署名が要求されるときに、捺印を用いてサインに代えることと される(同規定9条1項)。
証人の真実の身分および変名の使用については、別に書面で説明しなければならず、そ
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の上、証人の真実な身分が記載されている書類を秘密にし、当該書類のセキュリティレベ ルを明示し、適切に保管しなければならないと規定されている。さらに、法律に特段の定 めのない限り、人民法院、人民検察院および当該事件を担当する警察人員の以外に公開し てはならない(同規定同条2項)。
証人を含む参考人に対する尋問中の全過程で録音・録画を行う時に、証人の容貌や音声 などについては、犯罪を未然に抑止するために、それらを暴露しないように対処すべきも のとし、捜査官が公安機関以外の場所で証人尋問を行うときに、当該事件に関係のない者 は、その場に居合わせさせないこととし、被疑者との接触を避けるようになっている(同 規定同条3項)。
当該事件の取調べを行う警察官、当該事件の証人保護を担当する警察官、および当該事 件の捜査、証人保護の業務と協力するその他の作業員は、職務を怠ったことによって、人 身や財産などに損害を及ぼした場合において、関連法令に沿った処分をし、刑事処分に該 当する場合においては、刑事責任に問われるべきものとされる(同規定22条)。
最後は、証人保護措置の解除についてである。
具体的には、①被保護者の人身の安全に脅威を与えない時、②被保護者が自発的に書面 で保護措置の終結を申し込む時、③証人が虚偽の証言を提供し、意図的に他人を陥れるた め事実を曲げて誣告をし、または証人として証言義務を果たさない時、④証人に証人の資 格が整っていない時など、以上いずれの場面において、証人保護業務を終了させることと されている(同規定18条)。
小括三
ここで検討してきたことをまとめて言えば、深圳市の宝安規定および公安部の保護規定 の創設は、中国における従来の証人保護制度の空白を埋め補うものであるという事実が認 められる。もっとも、そうとは言うものの、証人に対する事後的な保護措置が不十分であ るという欠点が顕在化している。
この点については、大きく2つの方向から説明ができよう。
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1つは、目下のところ、証人に対する保護措置は、事前のものにだけ偏重している一方で、
事後的な保護を経済的な補償のみにとどめるわけにはいかないであろう(宝安規定 8 条 3 項、保護規定20条100)。例えば、証人と密接に関係ある名誉権への配慮については、宝安規 定 9 条の趣旨を踏まえ、証人が証言したことによって、それ自体の名誉権や栄誉権などを 侵してはならず(同規定同条1項)、検察機関の捜査に協力したことで、証人がその関係機 関や身辺の者から差別視されるべきではないとされている(同規定同条 3 項、保護規定は その内容に触れていない)。ただし、証人が出頭証言したことによって、社会からの疎外感 を一層増してしまい、かつ世間一般からの非難を招いたため、その名誉などが傷つけられ る場合において、どのように救済を求めるべきであるかは問題である。そもそも、供述証 拠は、証人による過去の知覚・記憶・叙述の各過程で誤りが混入する危険性があるので、
裁判官の面前で、ひとたび証人が意図的に偽証していると誤解されて制裁されようものな ら、証人の名誉権だけではなく、刑事責任までをも問われることになりかねず、その場合 には、証人に肉体的・精神的外傷を与えるというリスクをもたらしうる。もう 1 つは、短 期・長期にわたり証人を移住させるという措置が採られるとしても、証人が出頭する際に して、証人の心の奥に潜んでいる緊張感や恐怖感、および苦痛などを根本的に払拭できる というわけでは決してない、ということである。
それゆえ、司法実務において、証人の出頭率を高めることについて、保護規定が一定の 役割を発揮するというものの、予期した効果に達していないのである。
4 ビデオリンク方式による証人尋問—温州市の人民法院を例に
すでに示唆したとおり、アメリカなどの証人保護制度は、多大な司法負担をもたらすた め、その実現に向けた積極的な展開をすることは難しく、中国へ導入し、かつ運用するに 際しては、より冷静に再検討することも必要であろうし、それは可能であるかもしれない。
100 保護規定20条によれば、証人保護作業による必要な費用、経費などに関連する支出は、公安機関が保
障すべきものとする。