第一章 中華人民共和国における刑事訴訟法の下で証人保護の現状
第 3 節 中国古代の訴訟観
5 小括
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である世間一般の両者からの非難を招いたと物語られている。その非難の内実の 1 つは、
官僚階級が訴訟を受理する時、片意地なまでに「訟師」が世間一般を教唆して訴訟活動を 行ったと思いがちであったということである。もう 1 つは、訴訟を行おうとすると、訴訟 費用が高額となって世間一般が負担しかねるものとなったが、その裏で、「訟師」が、代理 訴訟を通じて巨万の富を積み上げることに対して、一般大衆の富裕層を憎むという感情を 引き起こした。そのため、世間一般では、「訟師」を「訟棍」(訴訟ごろ)と呼んでいた。
また、古代の「訟師」は、法律の専門家というわけではなく、そのうちの多数が科挙試験 の落第者として生活に迫られたことから、法律を独学で学び、「訟師」の業界に入ったので はないか、とされて学識のある人から白眼視されるといった事態も根強かったのである。
そして実際には、「訟師」が勝訴するために、ひそかに役人と結託して不法の財貨を手に入 れた、ということがしばしば見られた46。
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る。2006年8月から2007年まで、前後1年余りの間、全国範囲にわたり省レベル14か所、
自治区2か所、直轄市3か所を含また地域において、公安機関(公安庁、公安局)、人民検 察院、人民法院、弁護士(法律業務)事務所、司法局等の組織体と関連する法律業務に従 事している従業員合計2501 名を対象として行い、アンケート調査2501部を実施し、有効 な回答として1715部の回答を得た。
その中の有効な標本となる実質を持つ調査対象は、①男性1199人、女性467人であり、
性別不明が49人である。②漢族が1659人、トン族が1人、回族7人、満州族6人、チワ ン族が1人であり、民族不明が41人である。③教育程度については、高等学校卒用程度(高 等学校以下を含む)が56人、専門学校卒業程度356人、大学卒業程度が1094人、修士学 位程度が120人、博士学位程度が1人であり、学歴不明が88人である。そして、④最終学 歴についてみると、法律分野が1195人であり、有効な標本の約70%を占めている。他の分 野が218人であり、不明が304人ある。
そのアンケート調査では、以下の問題設問に対して、複数の選択が回答できるとした。
あなたの仕事の経験によれば、冤罪を生む原因は何だと思いますか:
A.法律規定が不明確、B.当事者48の過ち、C.ほかの行政機関からの干渉
D.世論からの圧力、E.上級機関もしくは上級指導者からの干渉 F.捜査設備と捜査手段の不十分、G.司法人員の専門水準の不足 H.情実にとらわれて法を曲げること、もしくは拷問を強要すること、
I.早く刑事事件を解決し、しかも必ず解決しなければならないという仕事の圧力
その回答結果は、以下のとおりである。
48 96年法82条2項によれば、「当事者」とは、被害者、自訴人、被疑者、被告人、附帯民事訴訟の原告お よび被告のことを指す。
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その回答の中では、(G)司法人員の専門水準の不足で冤罪を起こしたことなどを理由と みる者は1074人に達し、全体で63%を占めることとなり、最多であった。(A)法律規定不 明と考える人は951人であり、全体で55%を占めていた。注目されるのは、(E)上級機関 もしくは上級指導者からの干渉と回答した者が866人であり、全体で50%を占めたことで ある。(H)情実にとらわれて法を曲げること、もしくは拷問強要することにした人は 771 人であり、45%を占めていた。(F)捜査設備および捜査手段が不十分していると考えたの は716人であり、全体で 42%を占めていた。迅速な裁判という要請を踏まえ、(I)早く刑 事事件を解決し、しかも必ず解決しなければならないという仕事の圧力と回答した者は653 人であり、38%ほどを占めていた。これに対して、(B)当事者の過ち、および(D)世論か らの圧力と考えたのは、405人と 373人であり、それぞれ、24%と22%しか占めていなか った。
⑵ 冀祥徳博士の研究について
第 2 の調査は、中国社会科学院の冀祥徳博士によるものである。山東省煙台市にある 3 つの刑務所の受刑者を対象として、アンケート調査という形で調査研究を実施した。調査 対象とされた303人のうち、刑事訴訟活動において弁護人が信用できると思う者は61人に
951
405
604
373
866
716
1074
711 653
0 200 400 600 800 1000 1200
A B C D E F G H I
(図Ⅰ)冤罪を生む原因
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すぎず、率にして20.13%程度に留まっていた。また、弁護人の役割に効果がないと思う者 は25人であり、全体の8.25%を占めていた。しかし、弁護士がない場合より弁護士がいた 方がよく、それが主として自身と親族に頼りになりうると思う者は、217人であり、全体で 71.62%を占めていた49。
⑶ 両研究に基づいて得られる問題意識
本節においては、中国古代の訴訟観の特徴について分析を加えてきた。以下では、先に 述べた両研究の結果を指摘しつつ、第 2 節の内容と併せて、中国の法伝統が、現代中国法 にどの程度の影響及ぼすのかをめぐって、簡単に比較しながら分析を加えていくことにす る(図Ⅱ)。
(図Ⅱ)古代訴訟活動と現代中国における刑訴活動との比較
古代中国 現代中国法
裁判の独立
(a) 司法権が行政権の一部として扱 う;
(b) 各級の行政機関が広範囲に司法裁 判を段階的に干渉される。
(a) 上級機関もしくは上級 指導者からの干渉;
(b) ほかの行政機関からの 干渉;
(c)世論からの圧力。
捜査手段
(a) 刑具で「訊問」が主要な証拠取得方 式;
(b) 司法官の腕前はまちまちで統一が されていなかった、捜査手段が貧弱 であった。
(a) 自白強要が多発してい る;
(b) 司法人員の専業水準の 不足;
(c)捜査設備および捜査手 段が落後している。
49 冀祥徳「中国刑事弁護本体省思」中国司法(2005年)第6期9頁。
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国民関与
(a) 国民性である「嫌訟」、「無訟」; (b) 世間一般が訴訟活動に臨む時は、
嫌な気持ちを抱いていた;
(c) かかる政府筋と民間とともに「訴 訟」に対し消極的な態度を採った。
(a) 証人不出頭;
(b) 司法人員が証人証言す ることを消極的な態度 を採っている。
弁護士 「訟師」を「訟棍」(訴訟ごろ)と呼ぶ。 弁護士より自身と親族に頼 りにする。
図Ⅱが示唆するとおり、現代中国法は、古代中国法による影響が大きく、かつ深遠であ ることが明らかである。捜査中心主義の残滓として、中国の民主的な法制度の建設推進を 一層向上させることが求められているよう認められる。しかし、近年来、中国社会の変化 は、「天地が覆るほどの変化」とされているが、社会経済の成長に伴う高収入者の増加と軌 を一にして犯罪者も急増してきた50。人権保障を念頭に置く、社会主義経済建設の着実な進 展や犯罪統制の強化を裏付けるものとして、数多くの議論が展開され、特に近年では英米
50 陳屹立「中国犯罪率的实证研究:基于1978-2005年的计量分析」山东大学2008年博士学位論文22〜35 頁までを参照。1978年以降、中国では社会主義を飛躍的に発展させていた。それに伴い、犯罪率が急激に 増加していた。1978年になると、全国刑事犯罪総件数は、53万余となり、その犯罪率は人口10万人あた り56件ほどにとどまっていたが、1990年になると、その犯罪率は人口10万人あたり200件を超えた。し かも、20世紀に入ると、2001年に犯罪率は人口10万人あたり300件に上回った。2005年までに犯罪率は 約1978年から6倍を増えて、結果として人口10万人あたり358件に達したが、年平均で8.4%程度増加す る、ということが続いていた。その要因の1つとなったのが、当時の社会における社会資源の不均衡な配 分によって収入の格差が拡大していくその裏で、高所得層の一部が不法な手段によって巨大な財産を積み 上げていたことから、低所得層の人々が異常な心理を引き起こし、社会矛盾が激化していった。それに加 えて、国民教育水準の優劣も犯罪を誘発する原因となっている。換言すれば、高学歴者は低学歴者より、
高所得の仕事を見つけることが難しくない。ある調査によれば、殺人罪、傷害罪、強盗罪、窃盗罪および 詐欺罪などの重罪を犯した者は、中学校卒業または中学校卒業以下の学歴でしかなかった者は90%にまで 達した。さらに、陳屹立博士が、犯罪率の上昇は、農村から余剰労働人口が都市に移転することに起因す ることを指摘し、都市と農村の格差によって都市人口からの差別視を招いた上で、教育を受ける機会に恵 まれなかったため、就職することが難しかったことが、犯罪の道に滑り込む可能性を高めることになると 言えよう。
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法の適正手続きをめぐる議論は、ますます増えているようにみえる。
この点を問うならば、法伝統による実体法優位の思想を背景にするものにせよ、または 英米法が唱えられている真実の究明を、手続自体の着実に確保することを根拠に、抑制し ようとするものにせよ、一方に偏ることがないように、両者とも重視すべきであると考え られる51。つまり、司法における独占的な運用に基づき実質的な証拠調べが行われ、または 絶対的な手続主義に従えば真実や国民感情などを問わず、今日では両者の本質は、公平な 裁判を行うために矛盾しないものと解されるべきであり、真実主義の展開は、必ず必罰主 義というわけでなく、適正な手続に基づき司法における恣意的な運用を抑制しようとする ものであるように思われる。それゆえ、中国における司法改革により、職権主義から当事 者主義への転換するにあたり、完全に英米法の理念を受け入れることなく、中国の現状を 踏まえた上で、時代に適宜した制度を狙うべきだと考える52。
本章のまとめ
証人出頭証言の本質について、当事者主義の訴訟構造を前提としつつ、冤罪防止を目的 にし、当該証人を公判への出頭を求めることによって、被疑者・被告人にとって実質的な 刑事弁護権を着実に確保するために、当事者双方が対等な「担い手」を形成することを目 指すのが一般的である。立法上の問題であるだけでなく、実務においても証人出頭の確保 に関しても、その実質化を極めて希薄化するかのような態度が採られているとすれば、む しろ、訴訟活動における証人証言の役割を誤魔化したことで、公判手続が形骸化、儀式化 しているのではないかと認めせざるをえないのである。
以上のような検討を加えた上で、従来の中国の司法制度は、糾問主義の刑事訴訟から抜 け出せずにいたが、「民主的な法制度の建設推進」のために、現在、世界的にみて主導的な 刑事手続となる考え方を参照すべきだとの呼び声が広がってきている。それゆえ、被害者
51 陳光中「厳打和公正的幾個問題」中国刑事法雑誌(2002年)第2期4頁を参照。
52 樊崇義「修改刑事訴訟法的理性思考」国家検察官学院学報第19巻第2期(2011年4月)7頁を参照。