第三章 日中におけるビデオリンク方式による裁判の比較
第1節 取調べの可視化制度
2 実施の実態
2012年刑事訴訟法121条2項の規定する録音・録画に対する要件については、違法な取 調べを抑止し、被疑者の供述の任意性を有効に保障するため、録音・録画の「全過程」化、
かつその「完全性」という 2 つの要素が求められている。すなわち、毎回の取調べは、原 則として、捜査担当者が取調室に入り次第ただちに録音・録画を開始し、取調べが終わる までの全てを連続して記録しなければならないと解されている161。
しかし、司法実務においては、取調べの一部のみしか提供されない事態や、事後録音・
録画での編集、取調べによる供述調書と録音・録画の期日が不一致しないなどの問題が生 じた上、不適当な取調べを先行させ、事後的に録音・録画をしてつじつま合わせをする、
という事態も生じてきた162。また、中国の経済発展の不均衡という国内事情に鑑みると、使
主として、全国各地の経済格差から考えられたものである。
160 いわゆる「両高三部」とは、最高人民法院、最高人民検察院、公安部、国家安全部および司法部のこと
を指す。
161 董坤「偵査訊問録音録像制度的功能定位及発展路径」法学研究6号(2015年)157頁。
162 馬・前掲(1)論文44〜45頁を参照。
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われている機器や撮影方法が、中国全土で統一される状況であるとは決して言えない163。実 施状況に関しては、ある地域の検察機関を対象にした非公式の統計によれば、取調べにお いて全過程で録音・録画をした事件は、約3 割となっているが、第1 回の取調べにおいて 全過程で録音・録画をした事件は、2割未満でしかなく、最終回の取調べにおいて全過程で 録音・録画をした事件に至っては、はわずか1割未満しかなかったとされている164。こうし た状況は、捜査担当者が録音・録画の義務を怠った場合の法的効果について、明文の規定 を置かなかったことも、要因の1つとなっている。
3 2014 年の法創設
こうした状況に対応すべく、2014年に公安部の主導のもとで、『公安機関が被疑者に対す る取調べの録音・録画に関する作業規定』(公安机关讯问犯罪嫌疑人录音录像的工作规定、
以下「内部規定」と略称する)が発せられ、同年10月1日から実施がなされた。
⑴ 適用対象
第一に、録音・録画すべき事件の範囲について、①死刑または無期懲役を科する可能性 のある事件、②公共の安全を著しく害し、かつ公民の人身の権利を著しく侵害し、それに より人に重傷害を負わせ、死亡させた事件、③黒社会性質を持つ組織犯罪、④重大な麻薬 事件、および⑤他の故意による犯罪に該当し、10 年以上の有期懲役を科する可能性のある 事件などがあたるとし、これらの事案において、取調べの全過程を録音・録画することを 定めた(同規定4条)。
第二に、すべての刑事事件にまで録音・録画制度の適用を拡大することはなく、特別の 事情がある場合に限り、取調べの全過程を録音・録画することが義務化されている。その
163 河村有教「中国の新刑事訴訟法と取調べの可視化について」自由と主義64巻8号(2013年)64頁。
164 孫振「同歩録音録像制度的功能、問題与期待」連雲港師範高等専科学報(2013年)3月第1期14頁を
参照。
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適用対象としては、①被疑者が、盲、聾、唖である場合、未成年者もしくはまだ弁別能力 を完全には喪失せず、かつ行動を制御しうる能力を持つ心神耗弱者、および地元で通用す る言語に精通しない者、②被疑者としての防御能力を備えている者、もしくは被疑者の供 述は確定でなく、その供述を翻す可能性のある事件、③被疑者・被告人が、無罪を主張し、
もしくはその弁護人が無罪を主張する可能性のある事件、④被疑者、被害者および証人の 間に、当該事件の真実、証拠などをめぐって、大きな食い違いがある場合、⑤共犯におい て、共犯者の関連する責任の分担が確定できない場合、⑥(世間一般などによる)投書に よる陳情を引き起こし、世論を煽る危険が大きい場合、⑦社会的影響が大きく、媒体がそ の事件に注目している場合が多い時、または⑧他の重大で、判断がつかず、かつ複雑な事 件を処理する場合などにおいて、取調べの全過程の録音・録画が行われなければならない とされている(同規定6条)。
第三に、刑事事件を処理する時に、留置施設で、または遠隔地でビデオリンク方式など の措置を通じて、被疑者に対する取調べを行う場合において、取調べの全過程を録音・録 画をしなければならないことになる(内部規定5条)。
⑵ 録音・録画
取調べによる記録媒体は、供述調書に記載される開始終了時刻に合致していることが確 保されるよう、取調べの開始から被疑者に対する録音・録画を行うことを要求している(同 規定9条、10条)。取調べの過程において、取調官が証拠を提出し、かつ被疑者が証拠を識 別し、供述調書を照合し、署名し、捺印をする場面を撮影しなければならないとされてい る(同規定11 条 2 項)。記録媒体の容量不足や設備故障などの客観的原因によって録音・
録画が続けられない場合には、取調べを中断しなければならず、情況により適時に記録媒 体を交換し、設備故障を排除し、別の取調室に移動し、録音・録画の措置を交換すること ができる。その上、やむ得ない事情により、取調べを中断することが不適切な場合には、
取調べを続行することができるが、それに関連する状況については、供述調書において明 らかにし、被疑者の署名が必要とされている(同規定15条)。
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⑶ 録音・録画による取調べの記録に対する管理および利用
取調べの録音・録画による記録媒体は、当該事件を処理する取調べ担当者以外の者を指 定する(同規定 16 条1 項前段)。それに対する保管方法は、コンパクト・ディスクへの焼 付け(Compact Disk Burning)により保存し、または、ディスク(Disk)などのストレージデ バイス(Storage Device)に記録することができる(同規定17条1項)。
⑷ 監督と責任
同規定22条2項によれば、ⅰ)拷問にかけて自白を強要した事実の有無、ⅱ)取調べ室 外での被疑者の取調べの有無、ⅲ)被疑者の飲食や必要な休憩時間の保証の有無、ⅳ)供 述調書に記載された開始終了時刻と、記録装置に記録された開始終了時間との不一致の有 無、ⅴ)取調べによる供述調書の内容が記録装置に記録された被疑者の供述と著しく相違 するか否かなどの事項について、審査部門165が重点的に審査する必要があるとされている。
取調べの録音・録画が義務化される事件を録音・録画しなかったことによって、捜査機 関による提出した証拠が人民法院、人民検察院により法に基づいて排除される場合、また は取調べによる供述の内容が、記録装置に記録された被疑者の供述と著しく相違する場合、
記録媒体に対して編集・改ざんがなされている状況があった場合、法に従わず録音・録画 による記録が損壊し、隠滅、かつ漏出した場合、記録媒体を不正に利用したことによって 事件の処理に影響を及ぼし、または当事者の適法な権益を犯す場合には、責任を問わなけ ればならない(同規定24条)と定めている。
まとめて言えば、2014年に公安部による内部規定の創設は、取調べ可視化の適用範囲の 拡大、拷問・自白強要などの事件の減少、および資料の管理という 3 つの観点から、まさ に称賛に値する措置であるように思われる。しかしながら、その具体的な運用面を考える と、取調べの一部のみを録音・録画し、または録音・録画をしなかった場面で、内容虚偽 の自白調書を作成することによって、取調べ適正化のために監督制度などを設ける必要性
165 ここでいう審査部門とは、公安機関内部の法制科のことを指す。逮捕・審査起訴段階に入る前に、内部
審査は手順の一環として行うことにする。
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が、なお想定される。それに加えて、録音・録画による取調べの記録の性質およびその役 割、弁護士の閲覧権の有無、および証拠利用などの重要な問題については、いまだ改善の 余地が見込まれる。