行列式に話を戻す。28.1節と28.2節で, 2次と3次 の行列式の性質を調べた。2次の行列式は, 2つの2次 の列ベクトルa,bに対して,それらが張る平行四辺形の
(符号付きの)面積S(a,b)であった。3次の行列式は, 3つの3次の列ベクトルa,b,cに対して, それらが張る 平行六面体の(符号付きの)体積V(a,b,c)であった。
それらが持つ性質をまとめると,以下のようになる: n を2または3とすると,
行列式の大切な性質
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(1) n次行列式は,n次の列ベクトルn個に対して スカラー1個を割り当てる写像である。
(2) それぞれの列ベクトルについて行列式は線型 写像である。
(3) 2つの列ベクトルを入れ替えると行列式の値は
符号が反転する。
(4) 単位行列の行列式は1である。
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これらは2次の行列式にも, 3次の行列式にも,共通のも のだった。そして,これらの性質から出発すれば, 2次行 列式の公式(たすきがけ)も3次行列式の公式(サラス の公式)も導出できた。ということは, 上記の性質は行 列式の本質的な性質であり, これらによって少なくとも 2次や3次の行列式は完全に特徴づけることができるの である。そこで,これらの性質を使って, 4次以上の行列 式を定義しよう。すなわち,
行列式の一般的な定義
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nを任意の自然数とする。n次行列式とは, 上記の
「行列式の大切な性質」を全て満たすようなもので ある.
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この定義に基づいて, 実際に大きな次数の正方行列の 行列式を求めることができるのだが,その準備のために, 以下の定理を証明しておこう:
● 問700 nを2以上の整数とする。n本のn次列ベ クトルa1,a2,· · ·an を横に並べてできるn次正方行列 [a1,a2,· · ·,an]をAとする。i, j を1以上n以下の任 意の整数とする(ただしi̸=j)。もし, ai=ajならば, detA= 0であることを示せ。つまり, 列ベクトルに重 複があると, 行列式は0になるのだ。
● 問701 nを2以上の整数とする。n本のn次列ベ クトルa1,a2,· · ·an を横に並べてできるn次正方行列 [a1,a2,· · ·,an]をAとする。i, j を1以上n以下の任 意の整数とし(ただしi̸=j),pを任意のスカラーとす る。Aの第i列に第j列のp倍を加えてできる行列の行 列式:
det[a1,a2,· · · ,ai+paj,· · ·,an] (28.68) はdetAに等しいことを示せ。
● 問702 対角行列の行列式は,対角成分をすべて掛け あわせた値に等しいことを示せ。
問701の結果と,上記の行列式の新しい定義を使うと, 行列式に関して以下のことが一般的に言える:
• どれかの列ベクトルに別の列ベクトルのスカラー倍 を加える(これを変形1と呼ぼう)ことによって行 列式の値は変わらない。
28.4 n次の行列式 137
• どれかの列ベクトルをスカラー倍する(これを変 形2と呼ぼう)ことによって行列式の値はそのスカ ラー倍になる(これはP.129式(28.11)やP.133式
(28.35)に相当する。行列式が列ベクトルに関する
線型写像であることから明らか)。
• 2つの列ベクトルを入れ替える(これを変形3 と 呼ぼう)ことによって行列式の値は符号が逆転す る(これは定義から明らか。P.133式 (28.42), 式 (28.43),式(28.44)に相当する)。
• 単位行列の行列式は1である(これも定義から明ら か。これは一辺の長さが1の正方形の面積や立方体 の体積が1であることに相当する)。
変形1, 2, 3を,「列基本変形」と呼ぶ。これらを使うと, 行列式の値を効率良く計算できる。
例28.3 以下の行列:
A=
1 1 2 1 2 4 1 3 5
(28.69)
の行列式, detAを計算しよう。直接, サラスの公式を使
えば, detA=−1であることがわかるが,ここではあえ て列基本変形を使ってやってみよう。まず,第2列から 第1列を引いてみる。これは変形1である(第2列に第 1列の(−1)倍を足す)ので,行列式の値は変わらないは ず。従って,
detA= det
1 1−1 2 1 2−1 4 1 3−1 5
= det
1 0 2 1 1 4 1 2 5
となる。この最右辺の行列は(1,2)成分に0が現れたの
で, 式(28.69)より少しシンプルになった気がする。さ
らに,その第3列から第1列の2倍を引こう。これも変 形1なので行列式の値は変わらないから,
detA= det
1 0 2−2 1 1 4−2 1 2 5−2
= det
1 0 0 1 1 2 1 2 3
となる。さらに,この第3列から第2列の2倍を引けば,
detA= det
1 0 0
1 1 0
1 2 −1
(28.70)
となる。ここまで0成分が増えれば, 暗算でサラスの公 式を計算できるが,あえてそうせずにもうちょっと頑張
る。第1列から第2列を引くと,
detA= det
1 0 0
0 1 0
−1 2 −1
(28.71)
第1列から第3列を引き, 第2列に第3列の2倍を足 すと,
detA= det
1 0 0
0 1 0
0 0 −1
(28.72)
第3列の−1を,−1×1とみなすと(変形2),これは
detA=−1×det
1 0 0 0 1 0 0 0 1
(28.73)
に等しい。ここで単位行列の行列式が1であることを使
うと, detA=−1と決まる。 ■
変形の方針としては, まず, 第1列と変形1を使って, 他の列の第1成分を消す。次に, 第2列と変形1を使っ て, 他の列の第2成分を消す。そうやっていくと, 対角 成分だけが残る。そうしたら変形3を使って, 単位行列 に帰着させる。
時として, 例えば第1列の第1成分(第1行の成分)
が0になっているようなこともあり得る。そのようなと きは,変形1を使っても他の列の第1成分を消せないか ら,先に変形3を使って,第1列を他の列(第1成分が0 でない列)と入れ替えればよい。
例28.4 以下の行列式を考えよう:
det
1 2 −1 1
2 5 −1 0
1 3 1 1
0 1 2 −1
(28.74)
↓ (2列)−2×(1列), (3列)+(1列), (4列)−(1列)
=det
1 0 0 0
2 1 1 −2
1 1 2 0
0 1 2 −1
(28.75)
↓ (1列)−2×(2列), (3列)−(2列), (4列)+2×(2列)
=det
1 0 0 0
0 1 0 0
−1 1 1 2
−2 1 1 1
(28.76)
↓ (1列)+(3列), (2列)−(3列), (4列)−2×(3列)
=det
1 0 0 0
0 1 0 0
0 0 1 0
−1 0 1 −1
(28.77)
↓ (1列)−(4列), (3列)+(4列)
=det
1 0 0 0
0 1 0 0
0 0 1 0
0 0 0 −1
(28.78)
=−1 (28.79)
注意: 実は,行列式の値を求める時,列基本変形は, 単 位行列になるまでやる必要はないのだ。例28.4では,式
(28.77)まででOKで, この対角成分を掛けあわせれば
よいのだ。というのも, この行列は, 対角成分より上の 部分(行列の右上の部分)が全部0になっており, 0 で ない成分は対角成分と, 対角成分より下の部分(行列の 左下の部分)にしか残っていない。左下に残った各成分 は, その行の対角成分を持つ列のスカラー倍を足すこと で消せる。従って,左下に残った成分は列基本変形1に よって(対角成分や右上に影響を与えることなく)結局 は0になり,行列は対角行列(対角成分以外が0の行列)
になる。問702で見たように,対角行列の行列式は, 対 角成分を全部掛けあわせたものである。
● 問703 以下を,列基本変形を利用して計算せよ。ど ういう変形をしたかも明記せよ。
det
1 2 2 1 4 4 1 6 5
● 問704 以下の行列Aの行列式の値を求めよ:
A=
0 0 0 1 0
0 0 1 0 0
0 1 0 0 0
1 0 0 0 0
0 0 0 0 1
ヒント: 変形3を何回か使って単位行列に変形する。変形3 を1回使うたびに,行列式は(−1)倍されることに注意。
● 問705 以下の行列式の値を計算せよ(列基本変形で は,どういう変形をしたかも明記せよ):
det
1 2 2 1
2 5 4 −1
1 6 5 1
2 5 4 1
行列式には, もう少し,大切な性質がある。以下,nを 任意の自然数とする。
任意の2つのn次正方行列A, Bについて,
det(AB) = det(A) det(B) (28.80)
であることが知られている。この式は,n= 2の場合は 数学リメディアル教材で証明したが, 3以上のnについ ても成り立つのである。その証明は若干複雑なので, こ こでは述べない(興味のある人は, 線型代数というタイ トルのついた本を勉強しよう)。
また,任意のn次正方行列Aについて,
det(tA) = det(A) (28.81)
であることも知られている(tAはAの転置行列)。
● 問706 nを任意の自然数とする。任意のn次正方 行列Aについて,次式を示せ:
det(A−1) = 1
det(A) (28.82)
● 問707 nを任意の自然数とする。n次正方行列Q が, tQ = Q−1 を満たすとき, Qを直交行列というの であった。任意の直交行列 Qについて, その行列式
det(Q)の値は, 1か−1のどちらかであることを証明
せよ。
行列式には, 様々な用途があるが, 実用上は以下の性 質が特に重要である: