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計量空間

ドキュメント内 生物資源の基礎数学教材 (ページ 80-83)

さて,ここではR2×R2からRへの写像fを, f(u,v) =x1x2+y1y2 (23.6) と定義してみよう。f は我々が高校以来なじんできた,

「数ベクトルの内積」である。でも,本当にこれを内積と 呼んでもよいのだろうか? 換言すれば, この写像は, 上 の内積の公理をみたすのだろうか?

まず公理の1)について。f(u,u) = x21+y12となる が, x1もy1も実数なので, これは明らかに0以上にな る。従って公理の1)は成り立つ。

● 問610 同様にして, 式(23.6)のf が内積の公理の 2)から5)も全て満たすことを示せ。

● 問611 R2×R2 からRへの様々な写像を考えてみ よう。u= (x1, y1), v= (x2, y2)とする。

(1) 次式の写像fは内積であることを示せ:

f(u,v) = 2x1x2+ 3y1y2 (23.7) (2) 次式の写像fは内積でないことを示せ:

f(u,v) =x1x2 (23.8)

ヒント: 公理の2)が成り立たない。その反例を示 せばよい。

(3) 次式の写像fは内積でないことを示せ:

f(u,v) =x21+y12+x22+y22 (23.9) ヒント: 公理の4)と5)が成り立たない。そのどち らかの反例を示せばよい。

● 問612 −1 ≤ x ≤ 1 の範囲で積分可能*4な関数 f(x)からなる線型空間Xを考える。f(x), g(x)∈Xに ついて,

1 2

1

1

f(x)g(x)dx (23.10)

という演算を考える。この演算は内積である(内積の公 理を全て満たす)ことを示せ。

普通はR2の内積と言えば, 式(23.6)のことである。

*4(発展)厳密に言えば, 2乗可積分

実際, 例23.1と問610でみたように, 式(23.6)は内積 の公理を満たすから内積と呼んでよい。しかし, 数学的 には, それ以外にも式(23.7)のようにR2の内積といえ るものが存在するのだ。また, 関数の集合が作る線型空

間には, 式(23.10)のように積分で表されるような内積

が存在するのだ。要するに, 内積は諸君が思うよりも広 くて柔軟な概念なのだ。

f が内積であるとき,慣習的に,f(u,v)を

u•v (23.11)

(u,v) (23.12)

⟨u,v⟩ (23.13)

⟨u|v⟩ (23.14)

と書いたりする。式(23.11)は物理学や工学等の応用数 学で, 特に幾何ベクトルの内積や, 数ベクトル空間の内 積のときによく使われる。式(23.12),式(23.13)は,純 粋数学の分野や, 応用数学でも関数空間の内積によく使 われる。式(23.14)は量子力学で使われる。

● 問613 u= (1,2),v= (3,−4)とする。

(1) R2の内積を式(23.6)で定義すると,u•v=−5で あることを示せ。

(2) R2の内積を式(23.7)で定義すると, u•v =−18 であることを示せ。

● 問614 −1≤x≤1の範囲で積分可能な関数f(x) からなる線型空間X を考える。X の内積を式(23.10) で定義する。このとき

f(x) =x2∈X (23.15)

g(x) =x+ 1∈X (23.16)

について,内積⟨f(x), g(x)⟩1/3になることを示せ。

23.2 計量空間 73 ルムと呼び*5,|u|と書く*6。つまり,

|u|=√

u•u (23.17)

と定義する。ノルムは, ベクトルの「大きさ」とか「長 さ」のような概念である。実際, 式(23.17)を見ればわ かるように, |u|は常にゼロ以上の実数であり,それがゼ ロのときはu=0である。これらは幾何ベクトルに関 する「大きさ」の性質とよく似ている。

ならば式(23.17)を「ノルム」なんて呼ばないで「大

きさ」と呼べばいいではないか,と思うところだが,「大 きさ」というと,どうしても線分をイメージして,線分の 端から端までというイメージが湧いてしまう。しかし一 般的なベクトルには線分のイメージは無い。だから「大 きさ」というと紛らわしいので, 少しなじみの薄い「ノ ルム」という語を使うのである。

ノルムが1であるようなベクトルを「単位ベクトル」

と呼ぶ(定義)。

● 問615 計量空間とは何か。

● 問616 計量空間において, ノルムとは何か。ヒン ト:「ノルムは,ベクトルの長さのような概念である」と いう答えはダメ。定義を述べよ。

● 問617 単位ベクトルとは何か。

● 問618 u= (1,2), v= (3,−4)とする。

(1) R2の内積を式(23.6)で定義する。このとき,

|u|=√

5, |v|= 5 であることを示せ。

(2) R2の内積を式(23.7)で定義する。このとき,

|u|=√

14, |v|=√ 66 であることを示せ。

*5厳密に言えば,ノルムは内積を使わなくても定義できる。線型 空間XからRへの写像がいくつかの条件(ノルムの公理)を みたせば,その写像をノルムと言う。uuはその公理を満 たすからノルムと呼べるのだ。

*6||u||と書く場合もある。

この問題で気持ち悪くなった人もいるかもしれない。

u= (1,2)の「長さ」は, ピタゴラスの定理から,√ 5で ある。それが,式(23.7)というヘンテコリンな内積でノ ルムを考えると√

14になってしまう! 何かがおかしい 気がする。

実は, 何もおかしくはないのである。我々が, 「u= (1,2)の長さは√

5である」と考えるのは,もともと,ほ とんど無意識のうちに次のようなことを考えているの だ: まず,平面の上に,原点を定めて,図形的に直交する 2つの軸を設定する。次に,片方の軸上に,原点から長さ 1の点をとり,もう片方の軸上に原点から長さ2の点を とる。これらの点と原点を頂点とする四角形を考えて, その対角線に相当する平面ベクトルを考える。これが, (1,2)に対応する平面ベクトルである, と考える。その 平面ベクトルの長さは確かにピタゴラスの定理によって

√5になる。

しかし,このようなやり方で幾何ベクトルと数ベクト ルと同一視するのは, 便利ではあるが,必然的ではない。

以前も述べたように, いろんなベクトルと数ベクトル を同一視するときは, その背後にどのような基底をとる か, が重要である。基底のとり方が変われば, 結果も変 わるのだ。この場合では, 基底となる幾何ベクトルが直 交していなかったり, 大きさが1でなかったりしたら,

「(1,2)の長さは√

5」とはならない場合もあることがわ かるだろう。

ちなみに, 問618の(1)と(2)は, 同じ線型空間では あるが, 内積の定義が違う。従って, 数学ではこれらは 異なる計量空間とみなすのである。

● 問619 −1≤x≤1の範囲で積分可能な関数f(x) からなる線型空間X を考える。X の内積を式(23.10) で定義すると,Xは計量空間になる。このとき

f(x) =x2∈X (23.18)

g(x) =x+ 1∈X (23.19)

について, |f(x)|=√

1/5, |g(x)|=√

4/3 であること を示せ。

● 問620 計量空間X における, 0でない任意のベク トルuについて,

u

|u| (23.20)

は単位ベクトルであることを示せ。

ところで, 高校数学では, 平面や空間(ユークリッド 空間)の幾何ベクトルa,bについて,

a•b=|a||b|cosθ (23.21) というのを内積の定義としたが, これはあくまで幾何ベ クトルの内積のひとつであり, 内積の一般的・本質的な 定義ではない。内積とは, 上述の公理を全て満たすよう な写像のことである。それが内積の一般的・本質的な定 義である。ただ,式(23.21)は上述の公理を全て満たす し(ここでは確認しない), 高校数学ではそれ以外の内 積は出てこないから, 教育的な配慮(高校生にいきなり 抽象的なことを教えこむと混乱するという危惧)で式

(23.21)を内積と定義したのである。要するに式(23.21)

は内積の一例にすぎない。

ならば式(23.21)は幾何ベクトルにしか通用しないの

かというと,そうでもないのだ。実は,式(23.21)は,む しろ角(角度)の定義として, 「幾何ベクトルの集合」

以外のあらゆる計量空間について通用するのだ。それは こういうことだ: 2次元平面や3次元空間の幾何ベクト ルどうしがなす角は, 図形的に定義できるが, それ以外 の計量空間に属するベクトルには, 角の概念が存在する とは限らない。しかし計量空間である以上は内積は存在 する。ならば,その計量空間の任意のベクトルa,bにつ いて,

a•b

|a||b| (23.22)

という量は計算できる。そこで,

cosθ:= a•b

|a||b| (23.23)

という式(これは式(23.21)と同じこと)によって, 必 ずしも幾何ベクトルとは限らないような2つのベクトル a,bどうしの「なす角θ」を定義するのだ。

角が決まれば, 「直交」という概念も導入できる。す なわち,直角のコサインはゼロであることから類推して,

式(23.22)の値がゼロのときを「直交」と定めるのだ。

つまり,計量空間Xにおいて,0でない2つのベクトル a,bが,

a•b= 0 (23.24)

となるとき,「aとbは直交する」と言おう(定義)。

ここで「直交」が出てきたので, ついでに「平行」と いう概念も確認しておこう。一般に, 0でない2つのベ クトルa,bが,適当なスカラーαによって

a=αb (23.25)

とできるとき,「aとbは平行である」と言おう(定義)。

これは明らかに, 幾何ベクトルや数ベクトルの「平行」

と整合的である。

さて,これらの直交と平行の定義を較べて欲しい。「直 交」には内積が必要だったが,平行には内積は必要ない。

つまり, 平行はどんな線型空間にも存在する概念だが, 直交は計量空間にしか存在しない概念なのである。

● 問621 計量空間において, 2つのベクトルのなす角 とは何か。

● 問622 計量空間において, 2つのベクトルが直交す るとはどういうことか。

● 問623 u= (1,2),v= (3,−4)とする。

(1) R2の内積を式(23.6)で定義する。このときuとv のなす角θを求めよ。ヒント: 式(23.23)を使う。

(2) R2の内積を式(23.7)で定義する。このときuとv のなす角θを求めよ。ヒント: 式(23.23)を使う。

● 問624 −1 ≤x ≤1の範囲で積分可能な関数から

なり, 内積を式(23.10)で定義される計量空間X を考

える。

f(x) =x2∈X g(x) =x+ 1∈X

について,f(x)とg(x)のなす角θを求めよ*7。ヒント: 式(23.23)を使う。

*7このθは,f(x)g(x)のグラフの上での傾きや角度とは全く 関係ない。もはや,「図形的な意味を持たない角」である。図 形的な意味を持たない角など,何の意味があるのだ!と叫びたく なる。しかし数学とはそういうものなのだ。数学は,人間の経 験的な直感や感覚や先入観や想像力を超越して,どんどん抽象 的で普遍的な世界を作っていくのだ。

ドキュメント内 生物資源の基礎数学教材 (ページ 80-83)