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線型空間

ドキュメント内 生物資源の基礎数学教材 (ページ 39-45)

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第 19

線型代数 2: 線型空間

ここまでの話は高校数学の延長で,わりと理解・イメージし やすかっただろう。まあ,準備運動みたいなものだ。

さてここからいよいよ,本格的に大学の数学に入る。それは あまりに抽象的で,諸君は戸惑うかもしれない。大学の数学は そういうもので,辛抱が必要だ。とにかくよく読んで,定義を 覚え,反芻しよう。そのうち,光が差し込むようにわかってく る。「最初はわけわからなかったけど, 実は単純で簡単なこと だった」と思えるだろう。それまで辛抱するのだ。

繰り返すが, 定義は覚えねばならない。高校数学くらいな ら,イメージでわかるので,定義など「当たり前」過ぎて覚え るまでもない,むしろ「問題の解き方」を覚える方が効率が良 い,と思うかもしれない。そういう勉強法は,大学数学には通 用しない。何よりも定義が大切なのだ。わからなくなったら 定義に戻る,という癖を,徹底的に身につけなければ,大学の 数学を理解することはできない。

なお,ここからしばらくの間は,「数学リメディアル教材」

の第13章で学んだ概念や数学記号がたくさん出てくる。

19.1 「閉じている」とは

リメディアル教材の最初の部分で, 自然数から始まっ て複素数に至るまで,次第に「数」の概念を拡張し,定義 した。その結果, 実数どうしの四則演算(足し算・引き 算・掛け算・割り算)の結果(0で割る以外)は実数にな り,同様に,複素数どうしの四則演算の結果(0で割る以 外)は複素数になるのだった。

そのような状況を,数学では,「閉じている」と表現す る。正確に言うと, ある種の数の集合について, その集 合内の任意の2つをとりだして,ある種の演算を施した 時, その結果もその集合に含まれる, ということが確実 な場合,その集合はその演算について「閉じている」と いう(定義)。

演算とは, 2つのものから別の1つのものを作る規則 だ。例えば, 3+4=7という演算(足し算)は, 3と4と いう2つの数から7というひとつの数を作る。

自然数という「数の集合」は「足し算」という演算に 関して閉じているが, 「引き算」に関しては閉じていな かった。そこで,引き算に関して閉じるように拡張した のが整数だった。そして, 整数を割り算(0で割る以外)

について閉じるように拡張したのが有理数だった。

なので, とりあえずスカラーとは実数か複素数のことだ と思っていてよい。以下, 特に断らない限り,体はR する(つまりスカラーとは実数のこととする)。

● 問551 スカラーとは何か?

数学記号に不慣れな人*1のために,式(19.1)を普通の 言葉で書くと, 以下のようになる:「X の任意の要素x およびKの任意の要素αについて,αxがX の要素に なる。」

また, 式(19.2)を普通の言葉で書くと, 以下のよう

になる:「X の任意の2つの要素xおよびyについて, x+yがXの要素になる。」

式(19.1), 式(19.2)において, X の要素をx, y のよ うに太字で書いたことに注意しよう。その理由は, じき に明らかになる。

式(19.1)は, 「集合Xがスカラー倍について閉じて

いる」ということであり,式(19.2)は,「集合Xが足し 算について閉じている」ということを主張している。厳 密に言えば, 「スカラー倍」とか「足し算」とはどうい うことか, をはっきりさせねばならないのだが, そのあ たりは常識的なことばかり(分配法則や結合法則が成り 立つこと,など)だからあまり気にしないでよい*2

要するに,「線型空間とは,スカラー倍と足し算が可能 で, それぞれについて閉じている集合のことだ」と認識 しておけばよろしい。「空間」という言葉のイメージに 引きずられて, 何か広がりのあるものをイメージしたく なる人もいるかもしれないが, そのようなイメージは不 要である(むしろ理解の邪魔)。ここで使われる「空間」

という言葉は,いわば,「集合」という言葉の言い換えに 過ぎない*3

諸君にとって,このような抽象的な話は,最初は,不安 かもしれない。なんじゃこれ? とか, こんなものを考え て何になるんだ? などと思うかもしれない。でも大丈 夫。大学の数学には, このような抽象的な話がたくさん 出てくるが, そういうときは, ひとつひとつの言葉の定 義を確認し, その次に, 例をいくつか考えてみよう。そ うすれば, 抽象的な概念も, だんだん身近に感じられる ようになり, それが絶妙にうまくできていることに気づ

*1そういう人は,「数学リメディアル教材」の「論理・集合・記 号」の章を復習しよう!

*2気になる人は,長谷川浩司「線型代数」日本評論社p. 219など を参照せよ。

*3ならば「線型集合」でいいじゃないか,と思うかもしれないが,

「線型空間」と言うのが慣習だから仕方がない。

き,そのうちその概念を身近に感じるだろう。

● 問552 線型空間の定義を10回,書いて記憶せよ。

例19.1 A={1,2,3,4,5}で定義される集合Aは, 線 型空間だろうか? 例えばx, y ∈Aとして,x= 1, y= 5 を考えると, x+y = 6となり, これはAの要素では ない。従って式(19.2)が成り立たない場合が存在する。

従って,この集合Aは線型空間ではない。 ■

例19.2 S={赤木,三井,宮城,流川, 桜木}で定義さ れる集合*4をSとする。Sは線型空間だろうか? 例えば x∈Sとしてx=赤木 を考えれば,そのスカラー倍(赤 木の0.1倍とか−2.5倍とか)なんて,そもそも何のこと やらわからない。まして,赤木+三井 とか, 何のことや らさっぱりわからない(ふたりのペアではなく, ふたり を合わせてできるはずのひとりの人間)。意味不明,とい うか無意味だ。つまり, この集合Sの要素には, 「スカ ラー倍」や「足し算」ができない。従って,式(19.1)や

式(19.2)は, 無意味であり, 成り立つわけがない。従っ

て,この集合Sは,線型空間ではない。 ■

例19.3 実数全体の集合Rは線型空間だろうか? 任 意の x ∈ R について, そのスカラー倍(つまり実数 倍)αxは, αがどんな実数であっても, 実数であるので, αx ∈ Rである。従って, 式(19.1) が成り立つ。また, 任意の x, y ∈ Rについて, その和は実数であるから, x+y∈Rだ。従って,式(19.2)も成り立つ。従って,R

は線型空間である。 ■

このように,どのような集合も,線型空間か,線型空間 でないか,どちらかに分類される。式(19.1)と式(19.2) の両方が成り立てば線型空間だし, そうでなければ(片 方もしくは両方が不成立ならば)線型空間でない。

さて,線型空間のことを,「ベクトル空間」と呼ぶこと もある。そして,

ベクトルの定義

✓ ✏

線型空間(つまりベクトル空間)の要素のことを,

「ベクトル」と呼ぶ。

✒ ✑

ちょっと待て!!! 「ベクトル」とは,平面や3次元空間

*4これは漫画「スラムダンク」の湘北高校バスケットボール部の スターティングファイブである。

19.3 線型空間 33

図19.1 幾何ベクトルxのスカラー倍αxも幾何ベ クトルになる。

図19.2 幾何ベクトルx,yの和x+yも幾何ベクト ルになる。

の中で,「向きと大きさを持つもの」であるという認識

(矢印のイメージ)で,我々は高校から数学を勉強してき た。現在も, 「物理学」などの講義では, 空間における 物理的対象(位置とか速度とか力とか)をあらわすとき に,平面や3次元空間の「矢印」としてのベクトルの恩 恵に浴している。その「ベクトル」がなぜ,上記のよう な, 抽象的な, へんてこりんなものになってしまったの だろう?

実は,「向きと大きさを持つもの」は,正確には「幾何 ベクトル」というものであり,ベクトルの一種に過ぎな い。それは,以下の例を考えればわかる:

例19.4 平面における全ての幾何ベクトルからなる集 合Xは,線型空間だろうか? 任意の幾何ベクトルx∈X について, その実数倍αxは, 確かに幾何ベクトルにな る(図19.1)。つまり式(19.1)を満たす。また,任意の2 つの幾何ベクトルx,y∈Xについて,その和x+yも, 確かに幾何ベクトルになる(図19.2)。つまり式(19.2) も満たす。従って,このXは線型空間である。 ■ この例19.4でわかるように,幾何ベクトルの集合は線 型空間になるのだから,幾何ベクトルは線型空間の要素 だ。上の「ベクトルの定義」によれば,線型空間の要素 はベクトルと呼んで良い。従って,幾何ベクトルをベク トルと呼ぶことが許されるのだ。つまり, 上の抽象的な

「ベクトルの定義」は,幾何ベクトルのこともきちんと含 んでおり,何の矛盾も無いのだ。「幾何ベクトル」は, 一 般的な「ベクトル」の概念の中に収まる,ひとつの具体 例にすぎないのだ。

ところで,我々に馴染みの深い「ベクトル」にはもうひ とつの側面がある。すなわち「数を並べて」表現できる ということだ。(2,3)や(−3,1,1.5)などだ。実は,これ は「数ベクトル」というものである。これまで我々は数 ベクトルと幾何ベクトルをごっちゃにしていたが, ここ ではそれらを切り離して, 別のものと考える。単に「数 を並べたもの」を数ベクトルというのだ。

例19.5 nを正の整数としよう。任意の実数をn個,並 べたものを,「n次元の数ベクトル」と呼ぶ。「n次元の 数ベクトル」は上の「ベクトルの定義」にあてはまるの だろうか?

「n次元の数ベクトル」からなる集合をRnと書く*5。 例えば,

 2 1 3

−1.1

(19.3)

は4次元の数ベクトルであり, R4の要素である*6。さ て,Rnは線型空間だろうか? x∈Rnであれば, 適当な 実数x1, x2,· · · , xnを使って,

x=

 x1

x2

... xn

(19.4)

と書けるはずだ。このとき,任意の実数(スカラー)αに ついて,

αx=

 αx1

αx2

... αxn

(19.5)

も,当然ながらRnの要素だ。つまり式(19.1)が成り立

*5Rnの「n乗」は,数の掛け算ではなく,集合の直積である。つ まり,

Rn=R×R× · · · ×R

であり,この式の×は直積である。「直積」の概念を理解して いない人は,「数学リメディアル教材」第13章を復習するこ と。

*6このように数ベクトルを縦に並べて表記したものを「列ベクト ルと呼ぶ。同様に,数ベクトルを横に並べたものを「行ベクト ル」と呼ぶ。数ベクトルや行列をあらわすときの括弧として, 丸括弧”( )”を使っても角括弧”[ ]”を使っても,どちらでもよ い。

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