第 2 章 MEMS 技術を用いたデバイスの設計
2.5 MEMS スイッチの設計
計測機器には,多くのスイッチが使用されている[1],[40]-[42]. これらのスイッチには,ON時には低い接触抵抗,OFF 時には高い絶縁性が要求され,実際にはリレー,光MOSスイッチが使用されてきているが, 信頼性,コストの問題を 抱えている.また,近年のLSIの集積化によりリーク電流が問題視されており,アナログ電気回路においても絶縁性の 高いスイッチの開発が求められている.しかしながら,既存の半導体技術では高い絶縁性を得ることは難しく, MEMS 技術を用いたスイッチの開発が進んでいる.
2.5.1 熱膨張を用いた MEMS スイッチの設計
我々は金属は熱を与えると膨張するという性質を利用した熱膨張スイッチを提案した[6].これは,2.4節で述べた熱 膨張アクチュエータと同じ構造を持ち,バイメタル構造を対称に構築し,スイッチに応用したものである(図2.27). 構 造としては4種類の金属を上下対称(または左右対称)に積層した形になる. その金属とはAu,Ti,SiO2,P-SiO2であ る.これらは金属自身の熱膨張係数によって電流や熱が加わった時機械的に曲がる. これがスイッチのアクチュエー タとしての働きをする. 一番外側の金属に電流を流すことにより,金属の熱膨張を促し,全体がその反対の方向に曲が るという原理で動作する. このMEMSスイッチは機械的にスイッチング動作するため高い絶縁性を持つ.
図2.26: 熱膨張を用いたMEMSスイッチの提案構成.
図 2.27: 熱膨張アクチュエータを用いたMEMSス
イッチの構成. 電流によって熱を加えることによっ て,上下の動きが可能.
2.5.2 熱膨張 MEMS スイッチの動作原理
図2.28: 熱膨張MEMSスイッチのON動作:上の金 属に熱を加えることによって,上の金属の熱膨張を促 し,全体的に下に曲げる.
図 2.29: 熱膨張MEMSスイッチのOFF動作:下の 金属に熱を加えることによって,下の金属の熱膨張を 促し,全体的に上に曲げる.
2.4節の熱膨張アクチュエータに,コンタクト部を形成し,信号成分と熱膨張を加える為の電流経路を別に設けるこ とで,MEMSスイッチを実現した.この動作は2.4節の結果からも確認出来る. 図2.26のスイッチの構成において,コ ンタクト部をスイッチの先端部分の下部に設置し,スイッチ部の先端の下の金属部分に,信号成分の電流経路のコンタ クト部を設置する.この部分が接触することにより,スイッチとしてON動作する.
スイッチをON動作させたい時は,上の金属に熱を加えて,上の金属を熱膨張させる.その熱膨張による金属の体積 の増えた分だけ,全体として下に曲がる.(図2.28)
スイッチをOFF動作させたい時は,下の金属に熱を加えて,下の金属を熱膨張させる.その熱膨張による金属の体積 の増えた分だけ,全体として上に曲がる.(図2.29)
2.5.3 熱膨張スイッチの動作消費電力の計算
消費電力はオームの法則により,抵抗値Rと電流Iの2乗の掛け算で求まる. 提案するMEMSスイッチの動作時 の(図2.27)消費電力を求める. まずAu(金)に電流I1又は,I2を流した時のAu(金)の発熱量温度T[K]を求め る.Au(金)の抵抗値Rは,
R=ρL
S [Ω]. (2.16)
よって,この金属で発生する電力W[W]は
W =I2×R[W]. (2.17)
この時の金属の発熱温度T[K]は以下のように求められる.
T = Q
Cpw = I2ρLSt
CpP SL= I2ρt
CpP S2[K] (2.18)
この発熱量の時の熱膨張スイッチの上昇(下降)量により,スイッチング動作する為の必要な発熱温度と消費電力 が計算出来る. 今,図2.28,2.29の構成において,電流I= 640mA,電流を流す時間t= 400µs(周波数=1.25KHz)と すると,ρ= 0.0227,金属の腕の長さL= 3240µm, Auの厚さは0.1µmより,断面積S= 15×0.1 = 1.5µm2となる.
よって,Auの抵抗値は
R=ρL
S = 0.0227×3240
1.5 = 49[Ω] (2.19)
となる. この時,電流を流す時間400µsに必要とする消費電力Wと発熱温度T[K]は
W = I2R= (0.642)×49 = 20.074[W] (2.20)
T = I2×ρ×t
Cp×P×S2 (2.21)
= (0.642)×0.0227×400×10−6
128×19300×(1.5×0.1)2 = 0.669[K] (2.22)
図2.30: 熱膨張アクチュエータの上の金属に熱を加 えた時のシミュレーション結果(側面).
図 2.31: 熱膨張アクチュエータの下の金属に熱を加
えた時のシミュレーション結果(側面).
ここでシミュレーションを行ったところ(図2.30,2.31),提案構成において上,又は下に1µm曲げるには,4.5Kの 温度上昇を必要とすることが分かった.よって,この点を考慮して動作消費電力を計算すると,
W = 4.5
0.669 ×20.074 = 134.5[W] (2.23)
となり,スイッチング動作を行うのに,大きな消費電力を必要とすることが分かった.この消費電力では,目標とし ているアプリケーションには使用出来ないので,消費電力を下げる設計を行う必要がある.
2.5.4 MEMS スイッチの低消費電力化の検討
図2.26の構成は,上下対称の構造であり,上下どちらにも動くという特徴を持っている. これは3端子スイッチと して応用出来る. また,機械的スイッチの特徴として,接触する時の動作は容易だが,接触した状態から離す動作が,ク ローン力の影響で大きな力を必要とする. しかし,消費電力が大きいというデメリットがある. そこで,低消費電力化 を実現する構成を検討した. (図2.32,2.33)
図2.32: 改良した熱膨張スイッチの提案構成1. :
Auの厚さを0.1μmにしたことで,1K上げるのに必 要な発熱量は少なくなった.
Au 0.1umTi 0.01um P-SiO2 1um SiO2 1um 1610um
5 5
20 5
図 2.33: 改良した熱膨張スイッチの提案構成 2.
:Auの厚さを0.1μmにし,幅を5μmにしたこと で,1K上げるのに必要な発熱量は少なくなり,同時に 金属の上昇量も大きくなった.
熱膨張MEMSスイッチの金属の厚さの検討
この提案した構成において,CoventorWare2004でシミュレーションを行い,幅を固定した場合の,Auの厚さを変え た時の,温度上昇量における金属全体のz軸方向の上昇量特性を求めた.(図2.34)ここで,式(2.5)より,熱を加え る金属の断面積S(=金属の幅×厚さ)が小さいほど,金属の温度上昇は大きくなる. しかし,シミュレーション結果で は,金属の厚さとスイッチ部の上昇量の関係は比例していない. これは,金属の厚さが薄いと,熱による温度上昇量は 大きいが,スイッチ全体を上に押し上げる力が弱いことを表している. よって,温度上昇量が大きく,かつスイッチ全 体を押し上げる力が強い厚さと幅を,検討する必要がある.そこで,Auの厚さを変えた構成を作製し,全体を1µm 上 に上げるのに必要な温度(熱量)をシミュレーションにより求めた.
Auの厚さ変化
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 温度上昇量(℃)
上昇量(μm)
0.01μm 0.05μm 0.1μm 0.5μm 1μm
図2.34: Auの厚さによる,温度上昇量特性.:Auの厚さが0.1μmより厚いと,わずかな温度上昇量でも金属全体の
上昇量が大きいことが分かる.
このシミュレーション結果より,熱を加える金属の厚さが0.1μmより厚いと急激に温度上昇量が増加しているこ とが確認出来る. しかし,金属の厚さが厚いと,温度を上げる為に必要となる発熱量も急激に大きくなり,結果として 消費電力は大きくなる. よって,低消費電力を実現するには,高い温度上昇量と低い発熱量の最適点を見付ける必要 がある. 温度上昇量Tを求めた式(2.5)の分母より,断面積Sが1[µm2]未満となる場合,温度上昇量は急激に上昇 する. よって,幅と厚さの積が1[µm2]未満となる時,温度上昇量は高くなることになる. 以上より,幅5µm,熱を加え る金属の厚さを0.1µmとして,(図2.33)再度動作に必要な消費電力と発熱量を計算した. 図2.33の構成において, 電流I = 640mA,電流を流す時間t = 400µs(周波数=1.25KHz)とすると,ρ= 0.0227, L= 3240µm, Auの厚さは 0.1µmより,断面積S= 5×0.1 = 0.5µm2となる. この時抵抗値Rは,以下のように求まる.
R=ρL
S = 0.0227×3240
0.5 = 147.1[Ω] (2.24)
この時,電流を流す時間400µsに必要とする消費電力Wと発熱温度T[K]は
W = I2R= (0.642)×147.1 = 60[W] (2.25)
T = I2×ρ×t
Cp×P×S2 (2.26)
= (0.642)×0.0227×400×10−6
128×19300×(0.5×0.1)2 = 6[K] (2.27)
同様にして,この提案構成においてシミュレーションを行ったところ,上,又は下に1µm曲げるには,4.5Kの温度上 昇を必要とすることが分かった. よって,この点を考慮して動作消費電力を計算すると,
W = 4.5
6 ×60 = 45[W] (2.28)
以上より,提案構成において,金属の厚さと幅を検討することによって,動作の低消費電力化に成功した. しかしこ の時,駆動電圧は94Vとなり,高い電源電圧が必要となる.
2.5.5 MEMS スイッチの目標値
MEMSスイッチとしてアプリケーションに応用する目安として,表2.3のような目標値を設定した. 目標値として, 企業から発表されている現在開発中の仕様を用いた. この表で右側は現段階の性能である. 目標値はパッケージング を含めた数値で,現在の数値はパッケージングを含めていない数値となっている. 開閉速度は現状の仕様でも光スイッ チ,LSIテスター等に適用可能だが,携帯電話の周波数切り替えのスイッチに適用するには遅い. また駆動電圧,消費 電力が大きいのが一番の問題となっているが,これらの低減化にはプロセス工程からの設計が必要となる.
表2.3: MEMSスイッチの目標値と現在の性能比較表.
項目 NTT研究所 富士通 現段階の性能
スイッチ形態 抵抗接触SPST(1a)※ 光ミラー反射型 抵抗接触SPST(1a) 使用可能周波数 DC-6GHz DC-10GHz —
駆動電圧 20[V] — 94[V]
消費電力 — — 45[W]
開閉速度 200[µsec] 1[msec] 800[µsec]
寸法 — 150×400×300[mm3] 1.6×0.03×0.03[mm3]
寿命 10億回以上 10億回以上 —
アプリケーション 携帯電話の 多チャンネル 携帯電話のアンテナ切替 アンテナ切り替え 光スイッチ スイッチ, LSIテスタ
※SPST(単極単投)
2.5.6 MEMS スイッチのまとめ
熱膨張アクチュエータを用いたMEMSスイッチの設計・開発を行った. CoventorWare2004を用いて設計・シミュ レーションを行い,スイッチング動作を確認した. また,熱膨張は動作消費電力が大きいのが特徴だが,そのデメリッ トを検討し,動作の低消費電力化を実現した. 今後は目標性能を実現すべく,更なる低消費電力化を目指す.