1. 序論
1.3. ユーザビリティ分野および関連産業分野における関連先行研究
1.3.2. 関連産業分野における取り組み
1.1.2 で述べたように、ユーザビリティ分野に限らず、人間工学やデザイン、プロジェク
HCI(Human-computer interaction)分野では、1988年より、ACM Special Interest Group on Computer-Human Interaction Curriculum Development Group によって HCI に関す るカリキュラムの検討が行われ、その成果が 1992 年に ACM SIGCHI Curricula for Human-Computer Interaction としてまとめられた(Hewett et al., 1996)。
その中で、学習すべき対象として、図 1-1 および表 1-6 に示すコンテンツが挙げられて いる。ここで示される学習対象は、基本的には知識と(それによって獲得が期待される)技 能である。
[Hewett et al., 1996 より]
図 1-1 Human-Computer Interaction
表 1-6 Contents of HCI(筆者による編集)
[Hewett et al., 1996 より]
日本人間工学会では、1994 年より学会内に人間工学専門家資格認定委員会を設置し、資 格制度に関する検討を進めてきた(林・菊池, 1997)。
そこでは、専門知識と実務経験が問われるものとされている。また、受験資格として大学 学部もしくは大学院における2年間の専門教育修得を必要とするとされている(林・菊池, 1997; 酒井, 1999)。
人間工学専門家資格認定の目的については、人間工学専門家の質確保、社会的地位の向上、
PL 法などの社会的ニーズに対応した体制の整備に加え、人間工学専門家の国際的整合化が 挙げられている(岸田, 1999)ことからも、9ユニットから構成される国際人間工学会
表 1-7 Summary of Core Competencies in Ergonomics(筆者による抜粋、編集)
[IEA, 2001 より]
また、専門知識としては、[I]人間工学の原理・人間の特性、[II]人間の特性の測定・評価、
[III]環境特性、[IV]人間工学の応用と評価、が挙げられている(宮代, 2001)。
人間工学分野の取り組みからは、専門知識と実務経験としての実施能力という観点からコ ンピタンスを捉えることができるという示唆を得ることができる。
人間工学分野における取り組みを人材育成の観点から見ると、その目的は完全に資格認定 制度の確立に立脚している。認定において問いやすい専門知識と経験に的を絞っており、測 定可能性を前提としたものになっている。また、そうした資格認定制度に関連した以上の検 討がなされているわけではなく、人材育成という観点からは、残念ながら十分とは言い難い。
続いて、工業デザイン分野における取り組みを見る。
日本産業デザイン振興会は、通商産業省の「デザイン奨励審議会」の答申を受け、1994 年度にデザイン人材開発センターを設立している(青木, 2004)。また、経済産業省「技術 経営プログラム等開発事業」の一環として、財団法人日本産業デザイン振興会デザイン人材 開発センターが、次世代デザイン人材育成のあり方を検討している(青木, 2004; 杉山, 2004)。
その中で取り組みの一環として、次世代デザイン人材育成に関するアンケートが実施され ている(渡辺, 2004)。そこでは表 1-8 に挙げる 18 項目がデザイナーに求められる資質、
能力として質問項目に用いられているが、それらの項目は日本産業デザイン振興会が過去に 行った人材育成に関する調査によるものであり(日本産業デザイン振興会, 2004)、この 18 項目はデザイン分野においてコンピタンス概念とされているものの一例であると考えるこ とが出来る。
表 1-8 デザイナーに求められる資質、能力
[日本産業デザイン振興会, 2004 より]
ここでは、知識と経験としてコンピタンスを規定している人間工学分野とは対照的に、す べて「〜力」という表現でコンピタンスが概念化されている点が興味深い。ただし、それら の中には、知能的なもの(たとえば理解力/洞察力)から、技能的なビジネス能力(たとえ ば企画力)、また態度的なもの(たとえば挑戦力)といったように様々な概念がやや混乱し た状態で含まれている。あくまで表現として「〜力」という表記に統一したと捉えるのがよ いだろう。
次に、プロジェクトマネージメント分野の取り組みを見ていく。
プロジェクトマネージメントの分野においては、アメリカのプロジェクトマネジメント協 会がプロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOK ガイド)を 1996 年より発行し(深 沢, 2005)、現在第3版(ANSI/PMI 99-001-2004)(プロジェクトマネジメント協会, 2004a)
となっているが、その PMBOK ガイドに併せて、「プロジェクトマネージャーコンピテンシ ー開発体系 PMI 標準」が発行されている(プロジェクトマネジメント協会, 2004b)。
PMBOK ガイドでは、44 のプロジェクトマネジメント・プロセスが、時系列的な5つの クラスター(①立上げ、②計画、③実行、④監視コントロール、⑤集結)および、9つのユ ニット(①プロジェクト統合マネジメント、②プロジェクト・スコープ・マネジメント、③ プロジェクト・タイム・マネジメント、④プロジェクト・コスト・マネジメント、⑤プロジ ェクト品質マネジメント、⑥プロジェクト人的資源マネジメント、⑦プロジェクト・コミュ ニケーション・マネジメント、⑧プロジェクト・リスク・マネジメント、⑨プロジェクト調 達マネジメント)から構成されるマトリクス上にマッピングされている(プロジェクトマネ
ーと9ユニットによるマトリクスの各セルに対して、それぞれ知識コンピテンシーと実践コ ンピテンシーが定義されている。つまり、知識コンピテンシー、実践コンピテンシーともに それぞれ 45 のコンピテンシーが定義されていることになる。また、人格コンピテンシーは 6つのユニット(①達成と行動、②支援と人的サービス、③インパクトと影響、④マネジメ ント、⑤認識、⑥個人の効果性)と、ユニット毎の2〜4のクラスター(合計 19 クラスタ ー)から構成されている(プロジェクトマネジメント協会, 2004b)。
PMCD 体系では、コンピテンシーを、「ある職務の主要な部分(たとえば、ひとつ以上の 重要な役割や責任)に影響を及ぼし、職務の遂行に関連し、十分に認められた基準で測定で き、トレーニングや研鑽によって向上することの出来る知識、態度、スキル、その他の個人 的性格のクラスター」と定義した上で、コンピテンシーの主な要素として、能力 abilities、
態度 attitudes、行動 behavior、知識 knowledge、実践 performance、性格 personality、
スキル skills を挙げている(プロジェクトマネジメント協会, 2004b)。
PMCD 体系の特徴は、対になった知識コンピテンシーと実践コンピテンシーに人格コン ピテンシーを加えた3部構成になっていることと、知識コンピテンシーおよび実践コンピテ ンシーが PMBOK ガイドに完全に準拠していることである。
知識、実践、人格という3大分類でコンピタンスを捉えていることについては、十分に示 唆を得られるものであるが、PMBOK ガイドへの完全準拠には疑問も残る。
コンピテンシーを上述のように定義しているにもかかわらず、記述体裁としては PMBOK ガイドに完全に依拠しており、45 項目からなるマトリクス毎にコンピテンシーを提示して いるあたりは、PMBOK ガイドのマトリクスにおける網羅性や構造としての整合性にやや傾 倒しすぎているのではないだろうか。また、コンピテンシーの要素のうち、知識と実践を除 いた要素がすべて人格コンピテンシーに含まれるわけではなく、コンピテンシーを「トレー ニングや研鑽によって向上することの出来る」と定義しつつも、「人間性 personality7」や
「態度 attitudes」に関して「かなり安定した」「かなり長期的な」といった記述がある、人 格コンピテンシーの一要素として上げられている「特性」を「その人の永続的な側面」と記 述しているなど、コンピテンシー概念の捉え方としても混乱が見られる。
いずれにしても、プロジェクトマネジメント分野においては、PMBOK ガイドは国際的な 標準となりつつあり(深沢, 2005)、おそらく PMCD 体系も PMBOK ガイドと共にこの分 野においてデファクトスタンダード化していくものと考えられる。
最後に、情報サービス分野における取り組みを見ていく。
2002 年に経済産業省から「IT スキル標準(ITSS)」が発表された(情報処理推進機構, 2004)。情報サービス分野において、「『パブリックドメイン』という形で仕事の内容を整理 し、さらに、その指標を提示することにより、情報サービス産業に従事する人材に対してキ
7 原文のまま。前出の「性格 personality」と同一の英単語であるが、訳語の統一が取れていない。一 般的には、「性格」の方が適切であろう。
ャリアパス/キャリアアップの道筋と目標を明確にしたのが『IT スキル標準』である。」(情 報処理推進機構, 2004)とその発表目的が述べられている。このような IT 人材育成につい ては、既にアメリカ、イギリス、ドイツ、シンガポール、オーストラリアにおいて先行する 取り組みがあり(情報処理推進機構, 2004)、IT 産業の国際化と共に、日本もその整備を迫 られたことが伺える。
IT スキル標準は、その網羅性のためか、やや複雑な構成をしている。
まず IT 人材を 11 の職種(マーケティング、セールス、コンサルタント、IT アーキテク ト、プロジェクトマネジメント、IT スペシャリスト、アプリケーションスペシャリスト、
ソフトウェアデベロップメント、カスタマーサービス、オペレーション、エデュケーション)
へと細分化している。その上で、各職種には2から6の専門分野が設けられている(例えば、
IT アーキテクトであれば、アプリケーション、データサービス、ネットワーク、セキュリ ティ、システムマネジメントの5専門分野)。さらに、職種は「IT 投資の局面と活動領域」
と名付けられた、IT 活動のプロセス(形成戦略策定、戦略的情報化企画、開発、運用・保 守)との関係についても対応がつけられている。
専門分野毎には、達成度指標が7レベルで設けられている。レベル毎の達成度指標は、そ れぞれ責任感、複雑性、サイズ、タスク特性の4視点から記述されている。
また、スキル領域として、ある職種において求められるスキルが定義されている。スキル 領域は、職種内の全ての専門分野にまたがる職種共通スキル項目と、専門分野毎に固有の専 門分野固有スキル項目から構成される。そして、それぞれのスキル毎にも7レベルから構成 されるスキル熟達度が定義され、さらにそれぞれのスキル毎に求められる知識項目も定義さ れている(情報処理推進機構, 2004)。
このように、IT スキル標準では、職種の整理をした上で、職種毎に求められるスキルと 知識という観点からコンピタンスが整理されている。また、主に評価視点として、達成度指 標も設定されているなど、大変包括的であり、多少複雑ではあるもののよく整理されている ものである。
そして、IT スキル標準は、その名前が示すように、「スキル」がそのフォーカスの中心で あり、達成度や求められる知識の記述も含めて、全体的に実践寄りの内容となっている。こ れは、情報サービス分野における「ものさし」の提供(情報処理推進機構, 2004)という観 点から見れば、適切な概念記述であろうと推察される。