• 検索結果がありません。

具体的なスコープ(目標)

1.  序論

1.4.   研究の目的とアプローチ

1.4.2. 具体的なスコープ(目標)

続いて、具体的な概念化の考え方を以下にまとめる。 

1.2.3 で述べたように、コンピタンス概念は、その実存性、操作的定義の厳密性や測定可 能性に依拠するのではなく、合目的性をその第一意義として概念定義を行うことが望ましい。 

では、ユーザビリティ専門家の育成対象としてのコンピタンスを明らかにするという目的 を鑑みた際には、どのような概念定義が適切であろうか。 

まず、概念定義においては、田代が「あらゆる概念には、内容と妥当範囲がある。『内容』

は概念を規定し、『範囲』は一般に概念の内容に一致する性質を持っている。一般的には、

一つの概念の内容と範囲とは反比例する。すなわち、ある概念の範囲が大きければ大きいほ ど、その内容は乏しくなる。内容が豊かであればあるほど、その範囲や妥当領域は狭くなる。」

(田代, 2003)と述べるように、内容と妥当範囲を考えることができる。 

概念定義とはそもそも恣意的なものであり、その示す内容の詳細さの必要性の程度に応じ て、広くも狭くも定義可能なものである。また、概念定義は複数のレイヤーから構成されて おり、大きな妥当範囲を持つ概念の中に、より小さな妥当範囲とより豊かな内容を持つ下位 概念を含んでいる。コンピタンスを明らかにするということは、『ユーザビリティ専門家の コンピタンス』という大きな概念を、より小さな妥当範囲を持つ概念集合として捉えていく 活動であるといえるだろう。 

このような概念定義の視座を踏まえ、ユーザビリティ活動と、そこで必要とされるコンピ タンスについての検討をおこなう。 

ユーザビリティに限らず、すべての実践活動は本質的に状況依存的であり、実践活動に要 求されるコンピタンスについても究極的には個々の実践活動毎に異なっているものと考え ることが自然であろう。それほど極端に捉えなくても、ミッションも組織形態も異なるそれ ぞれの企業組織において、ユーザビリティ活動およびそこで必要とされるコンピタンスがそ れぞれに完全に同一ではないこともまた、自然なことと考えられる。 

微細に見ていけば実践活動やそこで必要とされるコンピタンスは、当然のように個々の差異 を露わに示すが、そこから少し離れてその範囲を広く捉えていけば、その範囲の広さに応じ て、ある程度同一のコンピタンス概念として捉えることのできる抽象さの程度が存在すると 考えられる。 

このようにある程度の抽象度でもってコンピタンス概念を捉えておくことによって、各企 業における実践活動毎に、一から独自にコンピタンス概念を開発するのではなく、この比較 的共通に捉えられたコンピタンス概念を基礎に独自開発を行ったり、また、それぞれの実践 活動における比較検討の共通指標とすることができる。 

ここで、人材育成の実践について考えてみても、「技術革新と情報革命の現代では、卒業 者の身につけた専門内容が早く陳腐化する」(扇谷, 1990)とあるように、たとえ個々の実 践活動ごとにコンピタンスが異なるとしても、高等教育においては、ある組織である時期に 行われている実践活動に特化した教育を行うことは適切ではないだろうし、それは企業にお ける人材育成においても同様であろう。 

そこで、本研究では、ユーザビリティ活動の最終的な実践において細密にはそれぞれに必 要とされるコンピタンスは異なっていること、そこでは個別に状況に応じたコンピタンス概 念の明確化が各々に必要であることを前提とした上で、それら個別のコンピタンス概念の明 確化を行う際の共通の基礎となるべく、そこから幾分抽象度を上げ、現在ユーザビリティ活 動を行っている人々が必要と考えているコンピタンスを、ある程度の粒度でもって共通的に 明らかにしたい。(図  1-2) 

   

  図  1-2  本研究の目指す概念粒度と個別実践との関係 

   

「ある程度の粒度」の具体的な目標設定として、本研究では、事前にその粒度を予測し、

そこに帰着させるのではなく、1.4.3 で後述するアプローチによって、実践としてユーザビ リティ活動を行っている人々が捉えている概念を基にそれぞれのコンピタンス概念を定義 していくこととした。 

また、コンピタンス概念集合を明らかにするためのスコープ設定としては、上述した概念 集合内部の詳細度だけではなく、その概念集合の中心と外延も規定する必要がある。 

まず、その概念集合の中心について述べる。本研究では、1.1.1 で述べたように、現在の ところユーザビリティ概念の適用対象の大多数を占めている、旧来の製造業を中心としたイ ンタラクティブシステムをユーザビリティの対象としているが、中でも情報通信・事務機 器・家電など、古くからユーザビリティ活動に取り組んできた分野における「ユーザビリテ ィ専門家にとって重要なコンピタンス」をその中心概念とし、研究を進めていく。 

そして、ユーザビリティ専門家に必要とされるコンピタンスという概念集合には集合の内 と外を区別する縁があるわけではないため、どの範囲まで捉えても、その外側にも、何かし らのコンピタンスは存在する。すなわち、コンピタンス概念を捉えた集合の「ある程度の広 さ」について、何か外的な基準があり、そこから演繹的にその範囲を規定できるわけではな い。また、ユーザビリティ専門家の活動は、医学や法律といった「メジャーな専門性」では なく、厳密性よりも実践性を重要視する「マイナーな専門性」(ショーン, 2001)であると 考えられる。 

そのため、コンピタンス概念の対象範囲については、特に独自性が高いものだけに限定を せず、「ユーザビリティ専門家にとって重要なコンピタンス」をその中心概念としつつ、そ の周辺範囲には境界を設けずに幅広く必要とされるものを捉えることとした。 

これらの関係を図  1-3 に示す。 

   

1.3.3 で示したように、関連分野におけるコンピタンス概念のあり方について俯瞰すると、

①知能、②適性、③技能(スキル)、④知識、⑤実践行動、といった観点から概念化がなさ れているが、技術革新の速い現代では、専門内容の陳腐化が速いため、広い分野にわたる基 礎教育を重視し、多様な認識と行動への可能性を開いておくことが専門教育の国際的な動向 となっている(扇谷, 1990)ことからも、技能や知識に対象を絞ったコンピタンスは、人材 育成には十分とはいえない。すなわち、技能のレベルでもって顕在化している事象を対症療 法的に叩くことが適切な人材育成ではない。将来の活躍のためには、より根源的な領域の教 育も必要とされるであろう。 

また、ルシア&レプシンガー(2002)が、コンピテンシーモデルは行動の形で示され、

評価の対象となる行動は職務や役割に応じて異なると述べているように、行動レベルの記述 は、その背景となる職務や役割が明確に決定されなければ適切に規定することはできない。 

そこで本研究では、1.4.3 で示すように、現在のユーザビリティ業界で実際に広く要求さ れている経験的なコンピタンスを捉えるため、根源的なものから活動に直結したものまで、

多層的な概念関係となることを許容した上で、操作的に定義された知能や技能、知識といっ た特定領域に限定することなく、幅広く実践的にコンピタンスの明確化、体系化を行うこと とする。