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資本と財務政策

ドキュメント内 博士論文題目 (ページ 68-71)

第 2 章 利益調整行動の発生メカニズム

2.5. 貸借対照表の計算構造と利益調整

2.5.9. 資本と財務政策

資本と利益の区別、したがってまたそれらの源泉をなす資本取引と損益取引 との区別は、それが企業の財政状態および経営成績の適正な表示という企業会 計本来の目的の達成のために不可欠である。

企業会計は、企業資本の運動を有機的・統一的に把握することによって、資 本の期間増殖高としての利益と期末有高構成としての資産・負債・資本の状況 とを算定・表示することを課題にしている。この場合、企業資本の増殖高とし ての利益というのは、企業資本の運動に基づいて生ずる資本の稼得額を意味す る。これらの資本の稼得額は、利益処分の後、稼得資本として、資本の一部を 構成することになるが、それは元手として運用され費消された資本の額を超え る余剰分に他ならない。

他方、企業資本は、上記のような資本運動以外の原因によって増加する。例 えば、増資による増加などがそれである。しかし、この倍の増加はあくまでも 資本の増殖のために運用される元手それ自体の増加額であって、資本の運用に よって初めて生ずる資本の増殖額としての利益とは性格を異にする。したがっ て、企業会計上、資本の運用に関する取引つまり損益取引と、資本それ自体の 直接的な変動に関する取引つまり資本取引とを、明確に区別する必要があるの である。

したがって、また、このことは資本の増殖額として稼得された利益が、その 後資ないし利益剰余金としてストックされた場合においても同様である。すな わち、その意味で、資本取引を源泉とする資本剰余金と損益取引を源泉とする 利益剰余金とを明確に区別しなければならないのである。これら両者を混同し た場合は、財政状態と経営成績とが曖昧になるとともに、利益の隠蔽または資 本の侵食をきたす結果となる。

(2)資本と利益の区別の基準としての維持拘束性と処分性

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ここでいう維持拘束性とは、維持拘束されるべき自己資本部分、すなわち資 本のことであり、処分性とは、この資本の増殖分のことである。

この維持拘束性、維持拘束されるべき自己資本部分、すなわち資本を取上げ る場合、現代の企業会計においては、企業の社会的性格つまりその社会的な給 付機能に視点を置き、その立場から社会的な給付機能を持続するための経済活 動基金、すなわち、経済活動の基礎となる資金としての維持拘束性を重視する。

これに対して、「会社法」計算規定は、企業、特に株式会社の有限責任制に 視点をおき、債権者に対する株主の責任限度額としての拘束性を重視する。

つまり、資本と利益との区別に関して、企業会計は、各種の利害関係者によ って構成された社会的な給付機能を持つ組織体としての企業の本質を捉え、そ のような企業観を前提として資本を概念するのに対し、「会社法」計算規定は、

株式会社における株主の責任を重視する立場から資本を捉えるのである。した がって、企業会計における資本取引は、企業の社会的な給付機能を持続するた めの基金の直接的増減取引として規定されることになり、必ずしも株主による 出資・減資取引に限定されない。なぜならば、社会的に必要な財貨・用役の給 付活動を持続するための基金としで維持すべき意図のもとに企業に対して提供 された資金であれば、その提供者が株主であると否とにかかわらず、それは資 本を構成することになるからである。つまり、この場合、誰が提供したかでは なく、どのような意図に基づいて資金を提供したかが、資本と利益とを区別す る基準になる。

例えば、国庫補助金や工事負担金のように、給付機能の持続基金となすべき 意図に基づく資金提供もまた、当然に維持拘束されるべき資本を構成すること になる。

これに対して、「会社法」計算規定における資本取引は、株主による出資額 の直接的な増減取引に限られる。これは、「会社法」計算規定における資本の 拘束性は、株式会社における株主の有限責任制を基礎として捉えられるからで ある。

したがって、処分性・利益は、企業会計においては、社会的給付機能を維持 するための基金・資本の増殖分として処分性・利益が規定され、「会社法」計 算規定においては、会社の実質的所有主としての株主の責任限度額である出資 額・資本の増殖分として、処分性・利益が概念されることになる。

(3)

維持すべき資本

このような資本利益計算において、回収資本から控除する資本の額、すなわ ち「維持すべき資本」95をどのように考えるかについて、主として

3

つの立場が ある96

95 「維持すべき資本」という用語は、やや誤解を招きやすいものかもしれない。ここで「維 持すべき」というのは、単に計算上、回収資本から控除されるという「計算上の維持」を

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a

名目資本維持

(

貨幣資本維持97

)

b実質資本維持(一般購買力資本維持、購買力資本維持) c

実体資本維持

(

実物資本維持、物的資本維持

)

名目資本維持とは、企業に投下された貨幣の名目額をもって維持すべき資本 とすることである。一般物価の変動および個別価格の変動98をすべて考慮外とし、

資本等取引による資本の増減を除き、資本の額を一切修正しないのである。名 目資本維持は、現行の制度会計において採用されている。

実質資本維持とは、企業に投下された貨幣の実質的価値

(

一般購買力

)

をもって 維持すべき資本とすることである。これは、維持すべき資本を貨幣ないしは購 買力という抽象的なものと考える点で名目資本維持と同様であるが、名目額で なく実質額に着目している点で異なっている。貨幣の実質的価値は、財一般の 価格水準(物価水準)の逆数であると考えられる。

実体資本維持とは、企業に投下された具体的な物財をもって維持すべき資本 とすることである。これは、貨幣ではなく、具体的形態を有する物財を資本と みなす点で、名目資本維持・実質資本維持と決定的に異なる。こうした資本観 は、企業を所有者

(

株主等

)

の利潤追求の手段というよりはむしろ、特定の財

(

財 貨・用役)を生塵し、これを社会に提供する存在とみなす立場に立脚している。

電力、ガス、鉄道等の公共的色彩の強い、いわゆる公企業においては、安定的 な財の提供という公益的側面が強調されることが多い。こうした産業に対して、

実体資本維持会計の適用が主張されるのである99

(4)維持すべき資本と財務政策

意味しているのであり、実際の経営活動において、当該価額の確保が図られるわけではな い。

96 このほかにも多くの資本維持構造があるが、基本的にはこの 3 つの概念のヴァリエイシ ョンであるといえる。このほかに「成果資本維持」といわれる資本維持概念がある。これ は、上記 3 つの概念と相当程度異なるものであり、厳密には 4 つの資本維持概念があるこ とになろう。学説史的理解としては、「成果資本維持」は、いわゆる「経済的利益(economic income)」の背後にある資本維持概念であり、その発端は、J.R.Hicks、Value and Capital、

2nd ed.、Oxford :Clarendon Press、1946、p.172 にまで遡ることができる。成果資本維持 は、斎藤静樹(1998)「企業会計利益の測定と開示」東京大学出版会、第 1 章、1.2 における

「資本価値」であるといった方が、わかりやすいかもしれない。

97 「貨幣資本維持」という概念は、名目資本維持と実質資本維持の両者を含む概念として 使用されることもある。この場合には、実物資本維持(物的資本維持)としての実体資本維 持と対比しているわけである。G を貨幣、W を物財として、G-W-G'の循環過程を想定し、維 持すべき資本を貨幣と考えるのが、この意味での「貨幣資本維持」であり、W-G-W'の循環 過程において具体的物財を維持すべき資本と考えるのが、「実物資本維持」である。

98 貨幣の購買力を表わす場合に対象となる財一般の価格のことを「物価」という。個々の 財の価格(個別価格)のことを「個別物価」といわないように注意したい。

99 資本維持構造は、期間損益を直接規定しないが、全体期間損益を規定する。

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ここで取り上げられる各種の維持すべき資本や価格変動会計論は、利益留保 や新資本の導入等の財務措置を前提とすることなしに、利益計算の過程で留保 された資金のみによって、企業維持を保証することができるということを主張 するものではない。企業の実態維持の問題は、利益処分や資本調達などの財務 政策の問題であり、資本維持論・利益計算論の問題ではない。

このことは、名目資本維持会計では、物価上昇期には、経営実体の維持ない し生産力の維持はできず、したがって、企業を維持することはできない、とい う名目資本維持会計に対する批判は、いささか的外れであることになる。とい うよりは、会計は企業維持を基準とし、それを超えて得られたものを利益とす る損益計算によって、算定利益をかりに全部企業外へ処分、放出したとしても、

企業維持ができなくなるということはないという限界までの、いわゆる処分可 能利益を示すことを任務としなければならない、というべきである。すなわち、

ここでの各資本維持会計は、企業維持を可能とする利益の計算を、その損益計 算上で行おうとする指向するものではあるが、決して「維持すべき資本」とさ れるものが保証されれば企業は維持できると考えている、ということではない。

この点について、大日方

(2007)

100は、「資金調達にかかわる財務政策は、投資 政策と並んで、利益計算にとっては与件」であるとし、「資本市場があるかぎ り、私的企業の投資政策と財務政策には、市場が規律をあたえるはず」であっ て、「ア・プリオリに定められた望ましい投資政策や財務政策の採用を促すた めに利益計算ルールを操作することは、資本市場の存在を前提とした企業会計 制度の目的ではない。」「そのことは、いくどとなく繰り返されてきた論争を 経て、今日では合意にいたっていると理解してよい。」「維持すべき資本は、

その字面とは異なって、なんら当為的な価値判断を含んでおらず、年度利益

(

期 間利益)を計算するうえでの観念的な存在でしかない。」と明言している。

ドキュメント内 博士論文題目 (ページ 68-71)