第 2 章 利益調整行動の発生メカニズム
2.5. 貸借対照表の計算構造と利益調整
2.5.6. 貨幣資産と利益調整
貨幣資産の評価は、回収過程にある資産であることから回収可能価額によっ て評価される。ただし、現金および預金は券面額、預金額によって評価される
。
すなわち、企業資本の循環過程の観点からすると、貨幣資産は回収過程、な いしは再投下の待機過程にあるから、将来における回収可能額を基準として評 価され、非貨幣資産は資本の投下過程にあるため、過去の支出額たる取得原価 基準が適用される。
(2)有価証券
① 問題点が提起される環境
経済のストック化と資金運用の多様化の中で、土地や金融資産等のストック 項目に関する市場価格の急激な変動が、企業のリスクや便益を著しく増大させ た。だが、それにもかかわらず、企業会計の計算の基礎となる動態論の計算構 造のもとで、それらの項目が歴史的原価もしくは過去の取引価格に基づいて評 価され、リスクまたは便益がオフ・バランスとされ開示されないために、企業 経営者に対するモラル・ハザードに対する監視が有効に機能せず、それらに関 する含み益による経営者の利益調整がなされてきたのである。
② 市場性ある一時所有の有価証券は貨幣資産か非貨幣資産か
(評肪法に関す
る問題)43
ここでは、市場性ある一時所有の有価証券を前提に、議論を進めることにす る75。そこでまず、有価証券の性格がいったい如何なるものであるのかを検討す ることにしよう。
会計の認識・測定対象は企業の経営資本(企業の経営資金)の循環過程と見られ る。認識・測定対象たる経営資本の循環過程は下図のとおりである。この観点 からは資産は、貨幣資産と非貨幣資産とに分類される。
【図3 資本循環過程】
(出所)筆者作成。
貨幣資産は調達された貨幣(未投下資本)および投下過程を終了して回収過程 にあり、次の投下の待機中の資産
(
回収済投下待機資本)
から成るものとされる。これに対して、非貨産は投下過程にあり、回収可能性があり、または資本投下 の効果が将来になお持続する未回収の投下資本である。このように考えるとき 有価証券は貨幣資産もしくは非貨幣資産のいずれと解するべきであろうか。こ れが問題となるのは、その性格づけ如何によって会計上の取扱が異なることに なるからである。
今、資産の評価方法に関してみれば、回収過程にある資産としての貨幣資産 は、原則とし回収可能額ないし収入額で評価され、投下過程にある資産として の非貨幣資産は、原則として取得原価ないし支出額で評価される。
このことの必然性を貨幣資本の循環過程と関連づけて考えれば貨幣資産のう ち未投下資本は外部者からの投資であり、この資金の取得にあたって取得原価 は考えられない。回収済投下待機資本は回収という過程を経た結果、現在、企 業の中に存在するものであり、これに取得原価はない。このことから、貨幣資 本の回収過程では、調達された貨幣資本および回収された貨幣資本に取得原価 は存在しないことは明らかである。取得原価は資本投下の過程での特徴的なも のである。資本の投下が企業資金の投入による企業の将来的な収益に対する犠 牲である以上、資本投下の過程が持続する限り、企業資金と見返りに得た財貨
・用役は取得原価を持ち続けることになる。回収過程はその意味での企業資金 の犠牲を生じないから、その犠牲を意味する取得原価が存在しないことは当然 である。つまり、貨幣資産は投下過程が存在しないために取得原価がなく、非 貨幣資産は資金の投下過程にあるために取得原価があり得ることになる。
75 したがって、この節においては、以後、有価証券といった場合は、市場性ある一時所有 の有価証券を意味する。
44
このことからすれば、有価証券は貨幣資本の外部投資への投下形態であり、
資本の投下過程にある資産として捉えられるとすれば、非貨幣資産と考えられ ることになる。また有価証券は市場において随時に換金可能であるから、即時 換金可能性を持っているといえ、しかも、その保有目的は短期的利殖目的であ るから、それはすでに回収過程にあるものであるとされて、貨幣資産であると 考えることもできる。最近では、むしろこのように理解することが一般的であ る。したがって、この場合は、有価証券は貨幣資本の回収形態として捉えられ るから貨幣資産と考えられ、それは回収可能額によって評価されることが当然 とされる。
③ 有価証券の特殊性
通常の棚卸資産であれば、購入市場と販売市場とは別個に存在し、異なる価 格形成が行われる。したがって、仮にその調達と販売とが同一時点であったと しても、当該商品の回収可能額ないし収入額と取得原価ないし支出額は異なる ことになる。ところが、有価証券にあっては購入市場と販売市場との機能的分 化はなく、したがって、同一時点で購入と売却とが行われる場合、回収可能額 ないし収入額と取得原価ないし支出額とは同一ということになる。ここに、有 価証券が投下過程から直ちに回収過程に入るとされる
1
つの論拠がある。【図4 有価証券市場における資本循環過程】
(出所)筆者作成。
すなわちこれは、先の資本循環過程に照らしてみれば、上図のように、その 循環過程における運用過程をどのように考えるかということによって変わって くる。
第
1
に、資本の増加は実態としてはその運用過程において発生しているとし ても、いまだそれはW'という形態にとどまっているので、これを投下過程にあ
るものと解し、非貨幣資産であるとするものである。第
2
に、有価証券の場合は、満期まで運用し続けて額面相当の償還を受ける 場合もあれば、運用中随時に売却して回収する場合もあり、どの局面で投下資 本とその増減価を回収するかはその有価証券の保有主の裁量次第であるから、その運用過程を既に回収過程にあるものとして捉えることが合理的であるとす
45
る。したがって、この考え方からすれば有価証券は回収形態の資産であり、貨 幣資産であるとされるのである。
このことは、前者の考え方をとれば、有価証券は非貨幣資産であるから原価 評価が当然となり、したがって、売却等によって貨幣資産に転換されるまでは
、当該有価証券に関する資本の増価(すなわち評価益)は認識されないことになる
。これに対して、後者によれば有価証券は、資本の回収過程にある資産すなわ ち貨幣資産とされ、その評価は回収可能額(時価によることになるので、市場取 引価格の上昇に伴う評価益を認識するという余地が生じることになる。
④ 「企業会計原則」での取扱い
現行の「企業会計原則」では、有価証券は非貨幣資産として位置づけられて いるとみられる。なぜならば、有価証券の貸借対照表価額は、原則として平均 原価法等の方法によって算定した取得原価によるとされるからである。そこで の平均原価法等が棚卸資産における平均原価法等と同一のものであることが意 図されているとすれば、取得原価およびそれに基づく原価配分の原則の適用を 受けていることになる。
有価証券が非貨幣資産であるとすれば、上述のように取得原価によって評価 されなければならない。しかもこれを制度の枠組みの中で考える以上、非貨幣 資産の取得原価はそれに対して投下された貨幣額によって表現される。このこ とは、有価証券は確かに有価証券という資産の形態を持っているが、実はそこ に投入されている貨幣資本を表現している存在に過ぎないことを意味する。こ のようにして貨幣資本を跡づけることによって計算される利益は、当該期間に 収益の実現によって増殖した企業資本の増殖高であり、この計算は投下資本回 収計算として行われる。そこでの投下資本こそが取得原価を意味するというこ とである。換言すれば、収益によって回収すべき貨幣資本は資本投下額である この取得原価を限度とするのである。利益はこの資本投下額の回収後の回収余 剰額である。したがって、この意味での利益計算の下では低価基準の適用によ って評価を引き下げること、つまり有価証券評価損の計上はあり得ても、時価 によって取得原価を投下資本額たる原価以上に修正し、その修正された意味で の原価を回収しようとすること、すなわち有価証券に関する評価益の計上はあ り得ないことになる76。