第 6 章 研究事例
6.1. サントリー・グループのファミリービジネス性
6.4.5. サントリーの買収事例と他の事例の比較
我が国では
M&A
に関する研究が、アメリカ企業の事象分析として行われる ことが多い。なぜならば、我が国の場合、第2
次世界大戦後の1945
年より1952
年にかけて連合国軍最高司令官総司令部の占領政策、つまり、アメリカ政府が 発表した日本降伏後におけるアメリカの初期の対日方針の第4
章、経済のB
項 で、「日本の商業および生産上の大部分を支配し来りたる産業上及び金融上の大 コンビネーションの解体を促進する」としていたからである。これは財閥を連 合国側が日本の軍国主義制度を支援したと認識したためであり、このことによ って、財閥解体令がだされることととなった。具体的には
①持株会社所有の有価証券、及びあらゆる企業に対する所有権・管理・利権を 示す証憑を、日本政府が設ける機関に移管する
②上記移管財産に対する弁済は、10年間の譲渡・換価を禁じた登録国債で支払 う
③三井、三菱、住友、安田
4
家構成員、持株会社取締役・監査役の産業界から の追放③ 持株会社は傘下企業に対する指令権・管理権の行使を禁止 を盛り込んで実施していくこととなった。
しかし、財閥が解体されたものの、それぞれの財閥の流れをくむ企業の大部 分が再集結を果たすこととなり、銀行を中心とする旧財閥系グループである、
三菱グループ、三井グループ、住友グループ、芙蓉グループなどが形成してい った。
この旧財閥系グループは、銀行を中心として形成された。これは間接金融に よってグループ内の企業に対して資金を供給することで成立していたことから、
また、元々は財閥として結束していた企業であることから、他企業が入ってく ることをあまり望まなかった。このため、株は同じグループ内で持ち合うと言 う、いわゆる安定持ち株制度が主流となった。
M&A
の議論を大きく分けると、友好的買収と敵対的買収に分けることができるが、我が国においてはこのような歴史的経緯から、友好的買収は成功するも のの、敵対的買収は成立した例が殆どない。
敵対的買収の事例として有名なものは以下の通りである。
175
(表
24
日本における敵対的買収の事例)買収企業と被買収企業 具体的内容
小田急電鉄・東京急行電鉄 vs. 相模鉄道×
ミネベア vs. 三協精機×
村上ファンド vs. 昭栄×
スティール・パートナーズ vs. ユシロ化学工 業×
スティール・パートナーズ vs. ソトー×
夢真ホールディングス vs. 日本技術開発×
ライブドア vs. ニッポン放送×
楽天 vs. 東京放送×
村上ファンド vs. 阪神電気鉄道×
ドン・キホーテ vs. オリジン東秀
相鉄に東急グループが影響下に置いてい た小田急を通じて株式を取得。しかし、三井 銀行が相鉄に資金を融通したため、小田急に よる買収は失敗に終わった。(1960年頃)
ベアリングメーカーのミネベアが精密機 械メーカー三協精機の株式を取得。しかし、
三協の安定株主工作で買収は不成立。(1984
~1988年)
村上ファンドが提案していた不動産の有 効利用などを昭栄は後に実施したものの不 成立。(2000年)
剰余金を配当金として拠出し、株価を吊り 上げることでTOBの成立を阻止した。(2003 年)
剰余金を配当金として拠出し、株価を吊り 上げることでTOBの成立を阻止した。(2003 年)
完全に交渉に失敗。(2005年)
堀江貴文元ライブドア社長と村上世彰の 画策によるもの。(2005年)
放送持株会社制本格導入の契機となった 事例の一つとなった。(2005年)
買収のターゲットとなった後、阪急ホールデ ィングスとの経営統合を発表し鉄道業界の 再編に繋がった。(2005年)
持ち帰り弁当事業への参入を目的とした買 収提案を巡って、最終的には敵対的買収の事 態に進展。オリジン東秀側のホワイトナイト として登場したイオンがより有利な条件で
176 王子製紙 vs. 北越製紙×
スティール・パートナーズ vs. 明星食品×
友好的TOBを実施し、こちらが成立、オリ ジン東秀はイオンの子会社に。イオンとド ン・キホーテのトップ会談により「三社の提 携」で落着したが、ドン・キホーテにとって は事実上の敗北。(2006年)
2006年5月ごろより水面下で北越側へ打 診するも北越側は応じなかった。その後北越 は三菱商事に対する第三者割当増資を発表 した。王子製紙は2006年8月に第三者割当 増資の実施の有無に対応した価格でのTOB を発表。その後、王子製紙はTOB成立を断 念した。(2006年)
スティール・パートナーズは10月27日に 明星食品に対して公開買付けを開始したが、
その後日清食品による友好的TOBが実施さ れ、こちらに多数が応じたこともありスティ ールのTOBは失敗に終わる。(2006年)
(出所)筆者作成
これはアメリカとは大きく違う傾向であり、日本の歴史的経緯から言って、
敵対的な
M&A
が多く行われないという考え方もあったことから、日本では特 に1980
年代に盛んに行われたアメリカにおけるM&A
の事例について、研究が なされることが多かった。しかし、1990年以降、日本企業のコーポレート・ガ バナンスの議論の深まりなどを踏まえ、従業員主権論(伊丹2002
)ではなく、株主主権論の立場から、敵対的買収の研究も盛んに行われるようになった。
Bradlely et al.(1988)
384が挙げるように、より効率的な経営、規模の経済、生産技術の改善、補完的経営資源の結合、より収益的な用途への資産の転用、市 場支配力の活用といった要因から、
M&A
は価値創出的取引であると設営される ことが多い。換言すれば、M&A
はシナジーの獲得を目的に行われることである。ファミリービジネスは市中から資金を調達しにくいこともあり、間接金融で資 金を調達し、自社に不足している事業を補強する場合が多い。この事業は、自 社関連事業を拡大若しくは補強する時に多く用いられ、ファミリービジネスが 行う
M&A
は補完型のM&A
である場合が多い。
384 Bradley.,M, A .Desai and E. H. Kim (1988)“Synergistic gains from corporate acquisitions and their division between the stockholders of target and acquiring firms "Journal of Financial economics,vol.21,pp 3-40. 宮宇地俊岳(2012)「M&Aの理論と 実証-先行研究の理論と実証」『追手門経営論集vol.17,No.2』pp.66。
177
【図14 シナジー効果の概要】
(出所:筆者作成)
前述のように、サントリー食品インターナショナル株式会社は、
2009
年11
月 にオランジーナ・シュウェップス・グループを買収した。その後、2013
年7
月3
日、東証一部に上場した。上場に伴うサントリー・グループの資金調達額は約3900
億円にのぼることから、人口増による成長が見込まれる東南アジアなどでM&A
を加速するといわれている。すなわち、今回取り上げたサントリーによるオランジーナの買収は、新規株 式公開前に行われたものである。新規株式公開前の企業は市中から資金を調達 しにくいこともあり、間接金融で資金を調達し、自社に不足している事業を補 強する場合が多い。この事業は、自社関連事業を拡大若しくは補強する時に多 く用いられ、ファミリービジネスが行う
M&A
は補完型のM&A
である場合が多 い。この
M&A
は、伝統的な経営学で、技術や人的資源といった経営資源の獲得や市場シェアの拡大を実現した結果として、規模の経済
(Chandler(1990))
385や範囲 の経済に基づくシナジー効果を享受するとされている。なお、経済学の観点からは、
M&A
は企業境界を決定する手段として位置づけられている。つまり、無限大に規模を拡大する企業を分析することなく、取引費用にのみ着目(Coase
(
1937
)386)し、また、製造業であれば取引コストと製造コストに着目し
385 Chandler、 A.D. (1990)、 Scale and scope : the dynamics of industrial capitalism 、
Belknap Press. 宮宇地俊岳(2012)「M&Aの理論と実証-先行研究の理論と実証」『追手門経
営論集vol.17、No.2』pp.67。
386 Coase、 R.H. (1937)、“ The nature of the firms "、in O.E. Williamson ed. The Nature of the Firm : Origins 、Evolution、 and Development、 Oxford University Press、1993.
宮宇地俊岳(2012)「M&Aの理論と実証-先行研究の理論と実証」『追手門経営論集vol.17、
No.2』pp.67。
ファミリービジ ネス
人的資源・経営者特 殊資産の獲得など
一般企業
一般企業 シナジー効果
178
(
Williamson
(1985
)387)、企業の内部と外部の境界を決定すると考えた。この研究に基づけば、
M&A
は範囲の経済や規模の経済の獲得、取引費用の低減等を 意識しながら生じる取引であると位置づけることができる。一方で、エージェント・プリンシパル関係の観点から、経営者が指摘利益を 追求するための手段として
M&A
を行うとする研究もなされている。例えば、Jensen
(1986
)388では、余剰金がある場合に、経営者は株主に対する配当をするより、
M&A
を通じて他事業への投資を優先し、最適規模を超える水準まで企業を成長させるインセンティブを持つと主張している。その主張の根拠として、
経営者がコントロールすることのできる資産が増大すれば、経営者の力が増す ことと、経営者報酬が売上高成長率のような企業規模と関連する指標にリンク されていることの
2
つをあげている。なお、経営者と株主の間の対立は、フリ ーキャッシュフローが潤沢な場合ほど深刻になると主張している。【図15 M&Aの概要】
(出所:筆者作成)
387 Williamson、 O.E .(1985)The Economic Institution of Capitalism. The Free Press.宮 宇地俊岳(2012)「M&Aの理論と実証-先行研究の理論と実証」『追手門経営論集vol.17、No.2』
pp.67。
388 Jensen. M.C.(1986)、 “Agency costs of free cash flow、 corporate finance、 and takeovers "、The American Economics Review、vol.76、N02、pp 323-329. 宮宇地俊岳
(2012)「M&Aの理論と実証-先行研究の理論と実証」『追手門経営論集vol.17、No.2』pp.67。
買収元企業 シナジー効果 買収先企業
潤沢なキャッシュ・フロー、
取引費用の低減、自己保身な ど