第 5 章 新規株式公開時における利益調整行動
5.3. 新規株式公開時における利益調整行動の特徴
5.3.4. 新規株式公開企業の M&A 時にける利益調整行動
近年、我が国の企業においては、人口減少に伴い、市場規模が縮小傾向にあ ることから、新規株式公開により得た資金をもとに、グローバル規模で、大規
模な
M&A
を行う例がみられる305。新規株式公開とともにM&A
を行う場合に、利益調整行動にも新たな特徴を生じさせることから、以下では、新規株式公開
企業の
M&A
時における利益調整行動の特徴についてみることとする。2000年代後半に入って、敵対的買収が活発化し、それに伴う法整備などにより、買収 防衛策を導入する企業が急増した。専門経営者にとって買収防衛策の導入は、
直接的に経営者支配権にかかわる大きなイベントである。この意味で、専門経 営者の会計上の操作と株式市場の反応に関する格好の分析対象となりうる。ま た、上記のような現実の動きと並行して、日本においても敵対的企業買収と買 収防衛策に関するリサーチが多数積み上げられつつある。ただし、買収防衛策 導入企業に関する利益上の調整と株式市場の関係については、ほとんど研究さ れていない。したがって、まず、利益上の調整に関するリサーチに限定せず、
幅広く買収防衛策を導入する専門経営者の意図・目的と株式市場の反応に関す るリサーチをサーベイし、その後、企業再編・M&A企業の専門経営者の利益調 整行動と株式市場の関係に関するリサーチを整理して、いくつかの論点を明ら かにする。次に買収防衛策を導入する専門経営者の意図・目的と株式市場の反 応に関する主要な仮説ごとに、内外のリサーチを整理・検討していく。
(1)
経営者保身仮説
302岩崎拓也(2009)「監査役会と取締役会の特徴が利益調整に与える影響」『六甲台論集 経 営学編』56(1), pp. 77-105.
303 佐久間義浩(2008)「財務報告に係る内部統制の検証─委員会設置会社と監査役会設置 会社における裁量的会計発生高の比較をつうじて」『産業經理』68(2), p. 52。
304 方芳(2011)「コーポレート・ガバナンスと利益調整 : 委員会設置会社制度の有効性」
『年報経営分析研究』27, pp. 51-60.
305 サントリーホールディングスの中核子会社で清涼飲料事業を担う、サントリー食品イン ターナショナルが2013年7月3日、東証1部に上場した。人口増による成長が見込まれる 東南アジアなどでM&Aを加速する。「日本経済新聞 朝刊」2013年7月3日,「日本経済 新聞 朝刊」2013年7月8日。
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専門経営者が自信を守る目的で買収防衛策を導入するのではないかという意 見は、買収防衛策のリサーチの中でも中心的な位置を占め、それを裏付ける実 証研究も多く存在する。
① イベント・スタディを中心とする株価からのアプローチ
Ryngaert
(1988
)306は、1986
年にアメリカ283
社のポイズン・ピル307導入企業 を調査し、発表から2
日間のリターンが-0.34%であることを報告している。ま た、Malatesta and Walking(1988)308は、1986年のアメリカポイズンピル導入企 業132
社を調査し、2
日間のリターンが-0.92
%であることを確認している。Ryngaert
(1988)309とMalatesta and Walking
(1988)310の結果からいえることは、買収防衛策が専門経営者の保身に利用され株主価値が減少するという考えを裏 付けるものである。
日本企業に対するリサーチでは、Arikawa and Mitsusada(2008)311によると、
2005
年4
月~2006年5
月までのライツ・プラン、事前警告型といった明示的な 防衛策導入企業を対象にイベント・スタディ分析を行い、株価に有意な負の影 響を報告している。また、そこでは、CEOの在位年数が長いほど、そしてCEO
の持株数が少ないほど、買収防衛策を導入する傾向にあることを明らかにして いる。ここでは、これらの結果に基づいて、株主のガバナンスが弱い企業ほど エージェンシー問題の影響などにより買収防衛策を導入する傾向があると結論 付けている。買収防衛策の導入は、効率的経営への改善の可能性を減少させ、専門経営者への規律付けの効果を減少させるため、企業価値および株主価値に とってはマイナスの効果があると考えらえる。
特に、専門経営者が自己の非効率的経営の隠ぺいや保身的行動の一環として 買収防衛策を導入するならば、それは株主価値最大化とは違った経営行動を行 うようなエージェンシー問題を抱える企業ということになり、株式市場はネガ ティブに反応するだろう。このことは裏を返せば、経営パフォーマンスの不振 と専門経営者の身を守る行動との関係を反映するものとなる。経営パフォーマ
306 Ryngaert,M.(1988)“The Effects of Poison Pill Securities on Shareholder Wealth ”Journal of Financial Economics,20.pp.377-417.
307 ポイズン・ピルとは、毒薬条項とも呼ばれ、新株予約権を予め発行しておき一定の条 件が満たされると廉価でそれを行使可能にさせ、買収する側の持ち株比率を下げる仕組み のことである。ポイズン・ピルが適用されると、敵対的買収を仕掛けられた企業は有利な 条件で新株を発行することができる。買収に要する支出が増加するために、仕掛けた企業 は断念することがありうるからである。若杉明「研究ノート IR 活動の展開」
www.lec.ac.jp/pdf/activity/kiyou/no03/06.pdf(2014 年 11 月 24 日)、p114。
308 Malatesta,P. and R.Walking(1998)2“Poison Pill Securities :Stockholder Wealth, Profitability and Ownership Structure” Journal of Financial Economics,20,pp.347-376.
309 Ryngaert,M.(1988)“The Effects of Poison Pill Securities on Shareholder Wealth ”Journal of Financial Economics,20.pp.377-417.
310 Malatesta,P. and R.Walking(1998)2“Poison Pill Securities :Stockholder Wealth, Profitability and Ownership Structure” Journal of Financial Economics,20,pp.347-376.
311 Arikawa Y・Y.Mitsusada (2008)“The Adoption of Poison Pills and Managerial Entrenchment: Evidence from Japan”RIETI Discussion Paper Series,08-E-006.
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ンスが悪ければ、敵対的企業買収の可能性が高まる。そうすると、不振企業の 専門経営者はその地位を追われる脅威を感じ、買収防衛策を導入することを考 えるはずである。本来、最大の敵対的買収への防衛は企業価値最大化であるは ずであり、経営の効率化、企業価値の最大化などの経営努力で行われるべきで ある。しかし、その努力を行うのではなく、安易に敵対的買収防衛策を導入す るならば、それは経営者が身を守ることを目的といえる。
広瀬・藤田・柳川(
2007
)312は、日本の2005
年、2006
年買収防衛策導入企業 の業績パフォーマンスに関する財務データを用いたイベント・スタディを実施 している。また、株価データを用い、買収防衛策を導入した企業は、防衛策導 入の取締役会決議時に有意な負の超過収益率を示し、さらに導入決議時の株価 への負の影響と一致するような形で、導入した2005
年度に業績パフォーマンス は悪化していることを示している。ただし、その一方で、2006
年に導入した企 業の場合、株価、業績パフォーマンスともに有意な変化を確認できなかったこ とを報告している。② 経営・財務データを使った回帰分析を中心とするアプローチ
経営・財務データを使った回帰分析を中心とする研究では、買収防衛策の導 入を決定した企業の特性や専門経営者の導入動機を考察し、導入の原因が専門 経営者の身を守る行動にあったのか否かを検証したものがほとんどである。
滝澤・鶴・細野(2007)313は、防衛策を導入する企業の特徴についてプロビ ット分析を行い、その結果、社齢が長い企業、役員持ち株比率が低い企業、持 合い株式比率が高い企業ほど防衛策を導入する傾向にあること、そして、支配 株主持ち株比率が低い企業、機関投資家比率の高い企業ほど、防衛策を導入す る傾向にあることを報告している。
また、川本(2007)314では、2006年の買収防衛策導入企業の財務データなど を用い、企業を取り巻くステイクホルダーの利害関係の観点を重視して、買収 防衛策導入の要因を対象にロジット分析を用いて分析している。それによると、
専門経営者のエントレンチメント効果315は確認できず、後に考察する暗黙の契
312 広瀬純夫・藤田友敬・柳川範之(2007)「買収防衛策導入の業績情報効果:2005年日本 のケース」CIRJEディスカッションペーパーCJ-182。
313 滝澤美帆・鶴光太郎・細野薫(2007)「買収防衛策導入の動機-経営者保身仮説の検証」
RIETI Discussion Paper Series 07-j-033。
314 川本真哉(2007)「日本企業における敵対的買収防衛策の導入要因」『証券経済研究』第 59号、pp123-143。
315経営者安住(エントレンチメント)仮説は、経営者が企業内部でもつ権力が増大すると、
自己利益を志向して利己的行動が強まると主張する。経営者の権力の源泉は株式保有を基 盤とし、役員の人事権の掌握にあると考えられる。この権力が経営者の在職期間の長期化 に伴って増加すると想定している。これに対して、利害一致(アライメント)仮説とは、
経営者の持分率が増加するに従い、経営者は自己利益のための機会主義的行動よりも企業 利益のための経営をするようになる。したがって、経営者と外部株主間の葛藤が減り、経 営者と外部株主間のエージェンシー・コストが減少する。すなわち、利害一致仮説は経営 者の持分率が増加するに伴い企業価値が増大すると主張する。この機会主義(opportunism)
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約仮説が機能している証拠も見いだせなかったとし、結果として防衛策の導入 にもっとも影響を与えていたのは企業の株式所有構造であったことを報告して いる。
それに対して、千島・中嶋・佐々木(
2008
)316では2005
年4
月から2006
年12
月までに買収防衛策を導入した東証一部上場企業のデータを用い、買収防衛策 導入の要因と経営者のインセンティブを対象にロジット分析を用いて分析して いる。それによると、導入企業に知的財産への投資や人的資本への投資がとく に多いという傾向は見いだせず、経営者の身を守る行動、エージェンシー問題 の温存が要因である傾向を見出している。これらのリサーチの結果は、エント レンチメント仮説を是認するものと、しないものとに分かれ、統一した結果が 出ているとはいいがたい。② イベント・スタディと回帰分析を総合したアプローチ
イベント・スタディと回帰分析を総合したリサーチとして、前述の
Akikawa and Mitsusada
(2008
)317のほかに、広瀬(2008
)318がある。広瀬(2008)319では、
2005
年と2006
年の日本企業の株価と財務データなどを 使い各年ごとに株価イベント・スタディでは、導入企業の株価収益率は2005
年 には有意な負の超過収益率が確認され、2006
年には有意な負の超過収益率は確 認されないとする。さらに、2005
年と2006
年の財務指標などからプロビット分 析を行い、両年の総合的な見地から、2005年には市場が財務データなど入手可 能な情報から防衛策導入の動向を予測できず、有意な株価の変化が生じていた のに対し、2006年は防衛策導入の動向が市場参加者の予想の範囲内であり、導 入に有意な超過収益率をもたらさなかった可能性があると指摘している。さらに、独特なリサーチとしては、岡田(
2008
)320を挙げることができる。岡田(2008)321では、買収防衛策を導入した企業の
2006
年東証一部上場3
月決 算企業のコーポレート・ガバナンスの状況、株価、財務データなどを利用し、コーポレート・ガバナンス、財務指標による導入企業の分析、株価イベント・
スタディ、業績面からの分析の
3
つの側面からの実証分析を行っている。それとは、虚偽や欺購、混乱化などの働きかけを含む狡猜な策略を伴う自己利益の追求を意味 する。ある定まった考えによるものではなく、形勢を見て有利なほうにつこうという意味 で日和見主義とも訳される。後藤俊夫編著(2012)「ファミリービジネス知られざる実力と可 能性-」白桃書房、pp.35-36。
316 千島昭宏・中島幹・佐々木隆文(2008)「敵対的買収防衛策‐インセンティブの分析」『証 券アナリストジャーナル』2008年2月号、pp.67-81。
317 Arikawa Y・Y.Mitsusada (2008)“The Adoption of Poison Pills and Managerial Entrenchment: Evidence from Japan”RIETI Discussion Paper Series,08-E-006.
318 広瀬純夫(2008)「日本における敵対的買収防衛策導入の特徴-防衛策導入の初期状況」『日 本労働研究雑誌』50(1)(通号570)号。
319 同上。
320 岡田克彦(2008)「日本企業の買収防衛策導入と経営者エントレンチメント」『証券経 済学会報』第43巻、pp.93-98
321 同上。