第 4 章 配慮表現の観点から見た断り発話
4.7 調査結果の考察
意識調査ⅠとⅡの結果では、日本語では相手への配慮を表すとされる配慮の原則「自己 の負担が小さいと述べよ」がアラビア語母語話者にとって、かえって人間関係を損なう恐 れがあることが分かった。一方、程度性の高い「gdan」(とても)が含まれている談話は、
80%程度を占めていることから、最も配慮の度合いが高い表現となっている。それは、配 慮表現の原則から考えると、寛大性の原則②のb「自己の負担が小さいと述べよ」より、
筆者が新たに提案するアラビア語の配慮の原則「自己の負担が大きいと述べよ」の方が断 り発話において有効に働くことを意味していると思われる。
異文化間語用論におけるコミュニケーション様式の違いの観点から考えると、アラビア 語の断りでは、言葉を尽くして事情を論理的に説明する「とても忙しいのでできません」、
「とても大事な用事があるので..」などのような「直線的」スタイル、「石畳的」スタイ
ルの方が好まれ、「理由」の中では自己開示の度合いが高いと言えよう。つまり、「自己の 負担が大きいと述べよ」の配慮の原則が、低コンテキスト言語の特徴である可能性が高い と考えられる。図で表すと以下のようになると考えられる。
図4-18 配慮表現の原則とコミュニケーション様式の関連
一方、日本語では「自己の負担が大きいと述べよ」の原則に当たる程度性の高い「とて も」を用いると、言い訳として捉えられ、かえって人間関係を損なう恐れがあることが明 らかとなった。
異文化間語用論の観点から考えると、日本語では、シンプルな発話の方が好まれ、コミ ュニケーション様式の中から、必要最低限の言葉で事情説明を済ませる飛び石的スタイル が優先される。従って、「とても大事な用事があるので….」より、自己開示の度合いが低 い「用事があるので」、「少し忙しいので」などの談話の方が納得の度合いが高いと言える。
それを図で示すと次のようになる。
「自己の負担が大きいと述べよ」
自己開示の度合いが高い
低コンテキスト言語コミュニケーション
図4-19 配慮表現の原則とコミュニケーション様式の関連
図4-19は、断り手が「自己の負担が小さいと述べよ」、「中立的な立場」に当たる副詞 なしの談話を用いることは、自分の事情を詳しく話さないという自己開示の度合いが低い 事情説明の特徴として考えられる。そのため、事情説明を詳しく行わないことは、第3章 の表3-1で挙げた高コンテキスト言語コミュニケーションの特徴である「聞き手の推測力、
結論を判断できる能力が求められる」、「言語化に対して積極的ではない」、「聞き手の負担 度が高い」に相当するものだと考えられる。
以上から、日本語母語話者は、「ちょっと忙しい」「金曜日はちょっと...」と発話する 際に、実際は非常に忙しい場合もあることが想像できる。また、「少し」にも低い程度限 定の機能に加え、配慮表現として機能があることも明らかになった。
また、アラビア語母語話者が断りの言語行動を行う際には、実際は非常に忙しい状況に 自己開示の度合
いが低い
「自己の負担が
小さいと述べよ」 「中立的立場」
高コンテキスト言語コミュニケーション
置かれていない場合でも、相手への配慮として事情を明確に述べる傾向がある。このこと から、Grice(1975)が提示した会話の協調の公理の中の「質の公理」に違反しても、むし ろ会話がスムーズに進み、ポライトネスや配慮の効果がより発揮されることが明らかであ る。要するに、両言語母語話者が自分の断りを正当化して相手への配慮を示すメカニズム として、実際にどのような状況に置かれているかにかかわらず、相手への思いやりとして アラビア語では「自己の負担が大きいと述べよ」という原理を、日本語では、中立的な立 場と、「自己の負担が小さいと述べよ」などの原理を用いる傾向が強いと言える。
また、選択肢の判断要因の分析からは、次のようなことが分かった。
場面内容の違いでは、日本語では、「食事の誘い」場面より、「誕生パーティー」の誘い 場面の方が断りにくいという結果が得られた。両場面において、このような違いがあるこ との背景には、次のようなことが考えられる。
「食事の誘い」場面では、断った後でもいつでも食事に行けるという前提で断ることが でき、「また、今度ね」、「また、誘ってね」という「関係維持」表現も使用可能な場面で ある。一方、親しい友人の「誕生パーティー」の誘い場面は、年に一回だけの出来事であ り、親しみのある相手からの期待がより高いことが予想できる。従って、相手の期待にそ わない断りの言語行動を行う際に、何らかの配慮を示す必要があると思われる。
一方依頼場面の場合、両言語において、「教材のコピー」依頼より、「飲み物の購入」依 頼の方が断りやすい結果が得られたことから、次のようなことが言える。
依頼者が本来他人に負担をかける必要のない依頼を行うことで、気配りの原則a、「他者 の負担を最小限にせよ」、b「他者の利益を最大限にせよ」と、寛大性の原則a、「自己の利 益を最小限にせよ」、b「自己の負担を最大限にせよ」というポライトネスの原則に違反し、
むしろ「他者の負担を最大限に」「自己の負担を最小限に」することになってしまう。
しかし、必ずしも「飲み物の購入依頼」だから、ポライトネスに違反した要求内容である のではなく、同じ「飲み物の購入」依頼場面でも、依頼する側が足を骨折した友人だとす ると、かえって断りにくさの度合いが高くなるとともに、依頼者が期待する配慮の度合い が非常に高まると思われる。従って、その要求内容が行われる状況や文脈も重要な要因で あり、コミュニケーション様式を決定するミクロ的な側面の1つだと考えられる。
以上のことから、依頼内容における配慮のメカニズムを図で示すと、以下のようになる と考えられる。
図4-20 依頼発話における配慮のメカニズム
選択肢の判断要因から、日本語では表現「少し」自体が本来の機能に加え、対人的機能 を有しているため、解釈によって選択率に違いがあったが、このような傾向がアラビア語 の調査結果では見られなかったことから、アラビア語の「shwya」(少し)は、日本語の
「少し」「ちょっと」のような対人的機能を備えていないということが言える。
また、被調査者がそれぞれの場面に対して感じる断りにくさの調査結果から次のような ことが分かった。
場面内容によって、依頼より勧誘の方が断りにくい場合もあり、場面内容がその断りや すさを決定する重要な要因であると言える。しかし、先行研究では、勧誘より依頼の方が 断りにくいと指摘されることが多い。そこで、依頼と勧誘が成立するメカニズムには、ど のような違いがあるのかについて、以下で論じる。
「勧誘」は「依頼」と比べ、利益が会話当事者の二人にあり、会話当事者は一緒に行動 をするため、断る側は相手の利益だけではなく、自分の利益も奪うことになる。一方、依 頼場面では、利益は依頼者のみにあり、被依頼者が依頼を引き受けるのを拒否することで、
依頼行為
自分の力のみではできない
断られたら困る
依頼者が期待する配慮の度合いが 高い
自分の力のみで出来る
断られても困らない
依頼者が期待する配慮の度合いが 低い
依頼者の全ての利益を奪うことになる。つまり、他人の期待に添えない断り行為を行うこ とによって、他者のポジティブ・フェイスを脅かすが、相手の全ての利益を奪う依頼行為 の方がフェイスを脅かす度合いが高いと言うことである。
堀田・堀江(2012)は、勧誘場面について「勧誘は相手と自分が一緒に行動をし、相手 と自分に利益がある」と述べている。一方、蒲谷他(1999)は依頼について「依頼の言語 行動は、依頼者が自分で行動をし、その行動の決定権は相手にあり、そしてその行動の利 益は依頼者にある。つまり、依頼者に要求された行動を行わないという断り行為によって 生じる結果として、依頼者が期待していた利益を奪うことになる。従って、断り手が感じ る心理的負担が自分の利益も含む勧誘より、自分に利益がない依頼の方が大きいため、断 りにくくなる」と指摘している。しかし、本調査結果から、依頼場面は常に勧誘より断り にくいという指摘は妥当ではなく、利益と負担の概念のみで、勧誘と依頼を使い分けるこ とには問題があると思われる。つまり、依頼場面の場合、断ることにより、どれだけ相手 に負担をかけるかによって、断りやすさが決まることが普遍的な要因であるといえる。