第 3 章 異文化間語用論の観点から見た断り発話
3.5 日本語とアラビア語のコミュニケーション様式の差異について
(2) 学生:asfa msh ha`dar aroħ ăshan waldety ăayana w lazem arawaħ bdry.
(すみません。行くことができません。お母さんが病気なので、早く帰らない といけない。)
(リナ2013a)
また、エジプト人とアメリカ人の断りと褒めなどの発話行為について、対照した研究
(Nelson・ElBakary・Al Batal 1993、1996、2002)では、両言語母語話者が、同様の コミュニケーション・パターンにおいて、相違点より、類似点が多いことを指摘している。
しかし、Hallの理論によると、アメリカは低コンテキスト文化の代表的な例として挙げら れている。
上記を踏まえ考えると、アラブ人が日本人と同様に高コンテキスト文化であるにもかか わらず、日本語とアラビア語の断りの発話行為において以上のような違いがなぜ存在する のかが疑問である。本研究では、Hallの理論に対して批判的な立場を取りながら、文化と コンテキストの概念を引用し、両言語の違いを観察する。
以下では、日本語とアラビア語の発話行為に関する様々な先行研究を概観しながら、両 言語が同様に高コンテキスト言語なのかを検証する。
Ishii・Bruneau(1988)は、「遠慮‐察しコミュニケーション・パターンで、高コンテキ ストである日本文化では、人はコンテキストに依存するため、積極的に言語によるコミュ ニケーションに参加する必要はない。また、話し手が無意識的に相手(聞き手)や、状況 に頼り、メッセージを詳しく説明するのではなく、むしろ簡素化する」(筆者訳)と述べ ている37。
一方、Nelson・Carson・Al Batal・El Bakary(2002)は、異文化語用論の観点から、エ ジプト方言アラビア語とアメリカ英語の断りのストラテジーについて対照研究を行った 結果、両言語には類似点が多く観察されたと述べているが、相違点としてエジプト人はア メリカ人より、「理由説明」を多用するのに対し、アメリカ人は「関係維持」を多用する ことが挙げられている。
また、Nelson・ElBakary・Al Batal(2002)では、エジプト方言のアラビア語とアメリ
37「the speaker,unconsciously depending on the other person and the communicative situation,simplifies and economizes messages rather than elaborating on them.」(原文)。
カ英語との「断り」発話を対照として、意味公式の出現率に焦点を当てた研究を行った。
その結果、エジプト人もアメリカ人も使用率の高い順に「理由説明」「直接的断り」拒否 を表す「いいえ」を使用していたと報告している。また、アメリカ人は直接的コミュニケ ーション様式を好むのに対し、アラブ人は間接的なコミュニケーション様式を好むと多く の先行研究で指摘されているが、このように断りの発話行為を細かく分類すると、同様の 意味公式の出現率を示していることが明らかであるため、従来の先行研究で示されるアラ ブ人の文化についての一般化には危険性があり、談話分析や、特定の発話行為の研究が重 要だと指摘している。
このように、文化背景と深く関わる発話行為の先行研究では、エジプト人が直接的コミ ュニケーション様式を好むことが指摘され、低コンテキスト言語の特徴が多く見られるこ とが分かる。
井出(2006)は、Hall(1976)のコンテキストの議論を深め、さらにコミュニケーシ ョン様式の差異が話者の視点の違いによるものであるとしている。つまり、日本語は高コ ンテキスト文化であるため、「話し手は自分自身がコンテキストの一部であるのでコンテ キストに埋もれた視点で場の情報を読み取る」と述べ、高コンテキスト言語では必然的に プラグマティック・モダリティ38が豊かなのに対し、低コンテキスト文化・社会で話すと きには、プラグマティック・モダリティは比較的少なくて済むと指摘している(井出 2006:31)。
例えば、以下の例文はコンテキストの高低がどのように言語形式に反映されるかを示す ものとして挙げられる。
日本語では、「今日は土曜」という命題内容を述べるには、以下のように様々な談話が できる。
(3)今日は土曜日だ。
(4)今日は土曜日です。
(5)今日は土曜日でございます。
(6)Today is Saturday.
(井出2006:34)
38 プラグマティック・モダリティとは、話し手の判断、物事の捉え方、気持ちなどといった心的態度を 発話の場に応じて示す表現のことである(井出2006:31)。
上記の例文をアラビア語にすると、以下のようになる。
(7) elnaharda elsabt. (作例)
今日 土曜日
例文から分かるように、日本語では、命題内容を表現するだけでは不十分であるため(井
出2006:58)、文脈的情報により、話し手が言語形式を選択し、文を指標することが義務的
である。一方、アラビア語は英語と同様に、話し手が情報内容そのものを重視するため、
命題内容を客観的に捉え、無標でも文が成立する。つまり、相手が先生であれ、親しい友 人であれ、お客様であれ、上記の命題内容を述べる際には、1形式のみである。
以下は、筆者が収集した断り発話に見られる日本語の特徴的な言語現象が、井出(2006) が指摘したコンテキストとの関わりを示すものであると思われる例である。
(8) (食事の誘い)
学生:そうなんですか。ぜひ行きたいんですが、今日は別の用事が入ってしまっていて。
せっかく誘っていただいたのにすみません。
(9) (誕生パーティーの誘い)
親しい友人:そうなんですか。ぜひ行きたかったけどその日は用事が入っていて行けな いんですね。誘ってくれてありがとう。
以上のように日本語の断りでは、相手との人間関係によって、話し手の心的態度を表す 言語形式が使用され、コンテキストへの指標が義務的に異なってくると言える。しかし、
同様の高コンテキスト言語と指摘されるアラビア語の「断り」発話では、以下のように「先 生」と「親しい友人」への断り発話が見られる。
(10) (食事の誘い)
学生:maălsh ya doctor ana asef ăndy zorof msh ha`dar aroħ m3ako.
(ごめんなさい先生、すみません 事情があって、一緒に行くことができません。)
(11) (食事の誘い)
親しい友人:la msh ha`dar aroħ măako ăshan harawaħ elbet.
(いいえ、一緒に行くことができません、家に帰るので。)
アラビア語では、相手への敬意が呼称や、謝罪表現で表され、親しい友人への親しみな どが、直接的断りや、理由説明などで表明される。言い換えると、人間関係の相違や場面 の改まりなどが、モダリティやスピーチレベル39によって日本語ほど指標化されず、言語 内容そのものがより重視されるだろう。
このように、日本語では、話者の視点がコンテキストに置かれるため、命題内容に対す る話し手の心的態度や、相手との人間関係の使い分け、場面の改まりの程度などが言語形 式として指標化されるのに対し、アラビア語では言語内容そのものが重視されることが分 かる。