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第 5 章 断り発話に見られる配慮表現の原則について

5.5 アラビア語のポライトネスと配慮表現の原則について

本節では、談話構造の観点から意味公式に着目して、アラビア語におけるポライトネス と配慮の原則について論じる。

5.5.1 「謝罪」におけるポライトネスと配慮表現の原則について

第4章で論じたように、アラビア語の断りの「理由」では「gdan」、「ktyr」、「khales」

などのような程度性の高い表現形式が「理由」に後続することが多いが、本データではそ の中で特に「gdan」が「理由」の意味公式以外にも、「謝罪」の意味公式にも後続する様 子が多く観察された。特に、上の相手である「先生」に対し、不利益をもたらすことに対 する申し訳ない気持ちを明確に表現して、程度性の高い表現が使用される例もあった。例 えば、以下の例文が挙げられる。

(28) (教材のコピー依頼)

親しい友人:ana asfa gdan maălsh ,ana msh fadya delwa`ty.

(とてもすみません、ごめんなさい。私は今暇じゃない。)

(「謝罪」+「謝罪」+「理由」)

(29) (食事の誘い場面)

学生:ana asfa awy ya doctor,bs maălsh msh ha`dar aroħ.

(とてもすみません先生、ごめんなさい行くことができません。)

(「謝罪」+「謝罪」+「直接的断り」)

(30) (食事の誘い場面)

学生:ana asfa gdan gdan ya doctor.bgad kan nefsy aħdar,bs llasaf msh ha`dar.ya ret elmawdoă da yetkarar fy wa`t tany. (食事の誘い場面)

(とても、とてもすみません先生。本当にすごく参加したかったけど、残念ながら できません。でも、ぜひまた今度同じ機会があればと思っています。)

(「謝罪」+「共感」+「共感」+「直接的断り」+「関係維持」)

このように、程度性の高い副詞的役割を果たす形容詞を謝罪に付加することで、申し訳 ない気持ちの程度を高く上げることにより、配慮を示す度合いも高まると思われる。つま り、用いられた形容詞が本来の用法で解釈され、「申し訳ない気持ちの程度がとても高い」

という意味が含意されると言える。よってこの用法は「自己の申し訳ない気持ちが大きい と述べよ」の原則で記述できるのではないかと考えられる。

5.5.2 「直接的断り」におけるポライトネスと配慮表現の原則について

日本語では、「直接的断り」において可能表現が使用され、「行けない」、「行けそうにな い」と、「行けないかもしれない」などの不可表明が用いられる。しかし、アラビア語で は、第 3 章で論じたように、直線的コミュニケーション様式が好まれる傾向にあるため、

「できません」、「行きません」「無理」などのような断定的直接表現が多用される。つま り、日本語のように、直接的断り表現に蓋然性を持つ表現など和らげ効果のある成分が付 加されない。

(31) 親しい友人:la msh hayenfaă lsa wakel ħalan.

(いいえ、無理。今食べたばかり)

(「直接的断り」+「直接的断り」+「理由」)

(32) 学生:asfa gdan ya doctor msh ha`dar aroħ. ăndy emtăħan w lazem azaker.

(とてもすみません先生、行くことができません。試験があって、勉強しな ければなりません)

(「謝罪」+「直接的断り」+「理由」+「理由」)

アラビア語の「直接的断り」では、例(31)のように、談話開始で不可を表す「la」(いい え)が使用される事例が多く観察され、アラビア語を母語とする日本語学習者の日本語の 断り会話の中でも多用されることが観察された。しかし、例(32)では、相手が「先生」で ある場合、「....ことができない」で不可が表される例も多かった。つまり、「la」(いい え)と「msh hayenfaă」(無理)、「msh ha`dar」(できない)より、「msh ha`dar…」(....

ことができない)の方が丁寧であると考えられる。

しかし、アラビア語でも「eħtmal ma`darsh aroħ」(行けないかもしれない)のような蓋 然性を持つ表現形式を「直接的断り」表現に付加することが可能であるものの、断り発話 においてはほぼ使用されないことが分かった。つまり、アラビア語では、確実性を持つ表 現で「直線的」コミュニケーション様式が用いられるため、相手の想像力に頼るよりも、

話し手が結論を出す方が望ましいと思われる。

5.5.3 「理由」におけるポライトネスと配慮表現の原則について

本節では、先にも述べたように程度副詞の選択に限定せずに、より詳しく話者の事情説 明に当たる「理由」の意味公式について考察する。

アラビア語母語話者は特に断り発話の中では、特に理由説明で他者との人間関係を維持 しようとする。従って、第 3 章で論じたように、アラビア語の断りでは、「石畳的」コミ ュニケーション様式や、「情報重視」コミュニケーション様式などが好まれ、断りの理由 では「自己開示」の度合いが高いという特徴があると言える。

本節では「理由」に見られる様々な特徴の分析を試みる。まず程度性の高い副詞的役割 を果たす形容詞が含まれる断り発話を見ていく。

(33) (飲み物の購入依頼)

知 り 合 い : maălsh wallahy ana tăbana awy msh a`dra,law a`dra kont nezelt .matezăalysh.

(ごめんワッラーヒ(誓い)私はとても疲れているのでできません、行 けるなら行ったけど。怒らないで。)

(「謝罪」+「理由」+「直接的断り」+「共感」+「関係維持」)

(34) (教材のコピー依頼)

親しい友人:asfa wallahy ana mestaăgela gdan.

(すみませんワッラーヒ(誓い)私はとても急いでいる。)

(「謝罪」+「理由」)

(35) (食事の誘い場面)

親しい友人:maălsh ăndy ħagat ktyr ăayez aămelha.

(ごめん、やりたいことがたくさんあるから。)

(「謝罪」+「理由」)

(36) (教材のコピー依頼)

学生:maălsh ya doctor.măaya kotob w ħagat ktyr,w msh haăraf ashyel.

(ごめんなさい先生、本と色々他の物もたくさん持っているので、運ぶことができ ません。)

(「謝罪」+「理由」+「理由」)

例(33)〜例(36)のように、アラビア語のデータでは程度性の高い副詞的役割を果たす形 容詞「ktyr」「awy」「gdan」で理由を修飾する例が多く見られる。また、相手との人間関 係を問わず多用されるという特徴も挙げられる。

森山・仁田・工藤(2000)は、副詞は文法的な形態変化を基本的に持たないものであり、

文中での働きは連用修飾という1つの機能にほぼ固定した語であると指摘している。これ らの定義に従えば、断り手が「少し忙しい」や「とても忙しい」と述べることは、自分が どの程度忙しいのかを表明するために、程度副詞を使ったことになる。しかし、日本語の

「いろいろとちょっと」という論理的に矛盾するはずの副詞の共起について考えると、程 度を限定・修飾する機能を果たさない「ちょっと」もあることが分かる。また、アラビア 語でも、「ana mashghol shwya」(私は少し忙しい)と言えるにも関わらず、実際の断り 発話では、特に程度性の高い副詞的役割を果たす形容詞が多用されるのは、程度限定以外 にも何らかの意図があるからだと考えられる。言い変えると、実際は断り手が非常に忙し い状況に置かれていないときでも、程度性の高い表現を用いることにより、他者への思い やりが示され、程度を限定する他、対人的機能も持つと言える。

断り発話で、断り手が本来「疲れている」、「忙しい」など程度や頻度を表すものを付加 せずとも、断りの「理由」が成立するにも関わらず、あえて「ktyr」「awy」「gdan」を付 加することは、何か特別な意図があるためだと考えられる。このことから、森山・仁田・

工藤(2000)が指摘した副詞の機能の論述では説明しきれない現象もあることが分かる。

第4章で明らかになったように、これらの形容詞は本来持つ機能に加え、聞き手へ何ら かの配慮を示す機能も有する。それは、せっかく誘ってきた相手、または依頼してき相手 の利益や、相手との人間関係を維持するために、何か正当な理由で断る方が許されるだろ うと考えるために形容詞が用いられているからである。つまり、「少しだけ忙しいならな ぜ応えてくれないのか」という他者の誤解を避けるために、相手の要求に応えられない状 況に置かれていることを言語化し、明示化することにより、相手から断りの了解を得られ る。このように、断り手が自分の断りを正当化するメカニズムを記述するには、第4章で 述べたように、「自己の負担が大きいと述べよ」のポライトネスの原則が有効である。

(37) (教材のコピー依頼)

知り合い:maălsh ana ăndy măad delwa`ty ħalan.

(ごめん、ちょうど今約束があります。)

(「謝罪」+「理由」)

上の例文は、程度性表現ではないが、「ちょうど今約束がある」と発話することで、命題 内容に当たる事情説明を具体的に行う例として挙げられる。

アラビア語母語話者がよく、事情に当たる「理由」の意味公式として程度性の高い表現

を使うことは、「自己の負担が大きいと述べよ」の配慮表現の原則に従っていると思われ る。しかし、程度性の高い表現以外、理由を述べる様々な現象でも同様の原則が働くと考 えられる。例えば、以下のように「石畳的」コミュニケーション様式に当たる具体的な事 情説明によって、断り手がなぜ断らなければいけないのかを詳しい情報が提供される例も あった。

(38) (誕生パーティーの誘い)

知り合い:asfa asly metăweda azor yom elgomăa belzat geddy.

(すみません、特に金曜日にいつもお爺さんのところに行っているから。)

(「謝罪」+「理由」)

(39) (誕生パーティーの誘い)

親しい友人:ana kharga yom el gomăa maă baba w mama (金曜日お父さんとお母さんと一緒に出かけます。)

(「理由」)

例(38)と(39)では、断り手が自分の断りを正当化する手段として、具体的な内容の「理由」

を挙げ、断らなければいけない状況にあることを表明している。つまり、「石畳的」コミ ュニケーション様式が用いられている。また、義務性を表す助動詞「lazem」も断り発話 の「理由」で用いられ、配慮表現として認定できる例も見られた。以下例(40)がそれであ る。

(40) (食事の誘い)

学生: maălsh ya doctor lazem arawaħ badry.

(ごめんなさい先生、早めに帰らなければなりません。)

(「謝罪」+「理由」)

このような発話例では、断り手が相手との協調関係を損なわないように、義務を表す表 現で自分がそうせざるを得ない状況にあるせいで、相手の依頼を断らなければ行けないこ とを表明しようとしている。つまり、義務を表す表現を使わず、「早めに帰ります」のよ