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第 6 章 中間言語語用論の観点から見た断り発話

6.4 アラビア語母語とする日本語学習者の断り発話

リナ(2013a)では、「断り」の談話構造に着目し、アラビア語母語話者の大学生と日 本語母語話者の大学生、アラビア語を母語とする日本語学習者を対象に、「依頼」「勧誘」

に対する「断り」についてDCT調査を行い、比較分析をした。被調査者から得られたデー タを、意味公式の観点から機能別に分類した結果、中級レベル日本語学習者の「断り」に おいて、負の転移と見られる現象が多く観察された。いわゆる、語用論的転移が生じてい ることを検証することができた。具体的な転移として、アラビア語母語話者が好む「直線 的」コミュニケーション様式における「直接的断り」の多用、「石畳的」コミュニケーシ ョン様式に見られる断りの理由の具体性、そして母語話者が用いる配慮表現の原理「自己 の負担が大きいと述べよ」の使用に見られる「大げさな事情説明」などが挙げられる。

つまり、意味公式の使用率や、出現順序、表現の選択などから、レベルの高い日本語学 習者は自分の母語を日本語に対応させ、発話していることが分かった。例えば、「断り」

の「理由」を具体的に示したり、「理由」を明示する際に、程度性の高い副詞と義務性を 表すモダリティ「なければならない」系の多用、発話の文頭に拒否を表す「いいえ」を使 用したりすることなどが挙げられる。これらは、語用論的転移によるものだと考えられる。

以下で、リナ(2013a)のDCT調査で集めたデータにおけるアラビア語を母語とする日本 語学習者の調査結果を提示する。

1年生、3年生、4年生ごとに、「勧誘」と「依頼」に対する「断り」の談話構造に使用 された意味公式の出現率は、以下の図のとおりである。

図6-1 依頼と勧誘に対する「断り」における意味公式の出現率

0%

20%

40%

60%

80%

100%

勧誘と依頼の比較‐1年生

勧誘 依頼

図6-2 依頼と勧誘に対する「断り」における意味公式の出現率

図6-3 依頼と勧誘に対する「断り」における意味公式の出現率

0%

20%

40%

60%

80%

100%

勧誘と依頼の比較‐3年生

勧誘 依頼

0%

20%

40%

60%

80%

100%

勧誘と依頼の比較‐4年生

勧誘 依頼

図6-1の初級レベルである大学1年生の日本語学習者のデータでは、「謝罪」と「理由」

の意味公式が最も多く使用され、「直接的断り」の使用率が低い。ただし、レベルが上が った4年生では、「謝罪」の使用率が低下する一方、「直接的断り」の使用率が増加する傾 向にあることが分かる。つまり、4年生である最も日本語レベルの高い学習者が「直線的」

コミュニケーション様式を用いることが多いということである。

以下で、ロールプレイデータの中から、4 年生の学習者が「断り」を示すまでの会話例 を取り上げる。この章で挙げるデータは、本研究で集めたロールプレイデータを宇佐美

(2007)の基本的な文字化の原則(BTSJ)53に従い、文字化を行ったものである。

次の会話(1)と(2)は、4年生の学習者が上の相手である「先生」54の依頼と勧誘に対して

「直線的」コミュニケーション様式を用いて断る例である。

(以下、先生をT、学生をSとする)

(1) T 今日は授業の後みんなで寿司を食べに行くので、一緒に行きましょうか。

S2 いいえ、すみません。用事があります。


(「直接的断り」+「謝罪」+「理由」)

上の「勧誘」に対する「断り」場面では、学習者は目上の相手「先生」に対し、「直接 的断り」から談話を展開している。上級レベルの学習者であるにも関わらず、断りの一連 の応答を観察すると、文法的に誤用があるとは言えないが、コミュニケーション様式自体 が、日本語として不適切であり、聴者に違和感を生じさせるのではないかと考えられる。

日本語で断る際には、発話頭に拒否を表す「いいえ」が用いられないことに加え、「先生」

に対する断りでは、配慮を示すことが重要であるが、この例では発話頭に「いいえ」が使 用されることにより、相手への思いやりに欠けた発話となっている。

53 宇佐美(2007)の(BTSJ)の文字化の記号は、資料Ⅶを参照されたい。

54 ロールプレイ調査において、「先生」役を演じたのは、実際に日本語を教えているカイロ大学日本語学 科の教員である。

(2)

T お願いだけど、この教材を20部、来週の水曜日の授業までにコピーをしてもらいたい のですが、大丈夫ですか。

S9 いいえ、先生すみません。ちょっと試験がある。できません。

(「直接的断り」+「謝罪」+「理由」+「直接的断り」)

上の会話例は、「先生」の依頼に対する「断り」場面だが、例(1)と同様に文頭には拒否 を表す「いいえ」が用いられている。そして、不可を表す「できません」も断定的に用い られ、和らげ効果のある成分が付加されていないことが分かる。日本語母語話者なら、「で きそうにない」、「できないかもしれない」や、発話頭に拒否を表す表現ではなく、「謝 罪」表現を用いることが予想される。しかし、上記の例では学習者が「呼称」や「謝罪」

など相手への敬意や配慮を示す働きを持つ表現形式も用いているものの、目上の相手に不 快な思いをさせる応答なのではないかと考えられる。

山岡・牧原・小野(2010:139)では、「配慮が相手に伝わることによって相手の負担感 が相対的に緩和される」とされているが、以上の会話例を観察すると、学習者の回答に「ち ょっと」「すみません」などのような配慮表現が用いられているにも関わらず、文頭に拒 否を表す「いいえ」と断定的に「直接的断り」を表す表現形式が現れているために、「配 慮表現」の使用機能が失われてしまう恐れがあると思われる。このことから、学習者は適 切な配慮表現の使用ができていないと考えられる。

初級レベルの学習者より、レベルの高い学習者が不適切な発話を行うことによって、誤 解や偏見、コミュニケーションの破たんの原因にもつながる可能性がある。というのも、

初級レベルの学習者は言語能力が限られているため、不適切な発話を行っても、ある程度 許容されるが、中上級レベルの学習者の場合、不適切な発話を行うことが否定的に評価さ れると考えられるからである。つまり、目標言語を流暢に話せる学習者には、その言語の 背後にある文化や価値観、ポライトネスなどに関わる知識もある程度把握しているという 前提が生じ、否定的に評価されてしまうということである。言い換えれば、周囲から一方

的に、母語話者と近いコミュニケーション様式でコミュニケーションを行えると見なされ てしまう可能性もあろう。

山田(2009)は、母語話者は学習者の語用論的誤用は、否定的に解釈する傾向があり、

学習者が場面や状況に適した言葉の使い分けをしなければ、「母語話者は学習者を傲慢で あるとか無礼であると解釈する傾向がある」と指摘している。そして、学習者による語用 論的誤用が生じる原因の1つは、語用論的転移であるとしている。つまり、日本語学習者 が母語話者とのコミュニケーションにおいて、不適切な「断り」表現の選択や、母語話者 と異なるコミュニケーション様式を使用する原因の1つは、学習者の第2言語である日本語 が、学習者の第1言語(母語)に影響を受けているということである。

また、上述したように、特に初級レベルの学習者は、教科書の影響を強く受けていると 考えられ、早い段階で学習者にコミュニケーション能力に関わる知識を与え、言語運用能 力を育成する方針を考えていくことが重要であろう。