第 2 章 研究方法
2.1 本研究の考え方
2.1.3 本研究におけるポライトネスの捉え方
ポライトネスとは、「会話において、話者と相手の双方の欲求や負担に配慮したり、な るべく良好な人間関係を築けるように配慮して円滑なコミュニケーションをはかろうと する際の社会的言語行動を説明するための概念である」(山岡・牧原・小野2010:67)とす る。
ポライトネスは、普遍的なものではなく、文化や社会的通念、コミュニケーション様式 の差異によって、異なるものだと考えられる。牧原(2012:3)は、「これまで、ポライト ネス理論は個別言語を超えた普遍性が強調され、個別言語の背景にある文化的差異は十分 に考慮されてこなかった」と言う。
また、八島・久保(2012:94)によると、「言語によるコミュニケーションでは、言葉の 意味内容だけでなく、どのように伝えるか、つまりコミュニケーション・スタイルが、メ ッセージを解釈する上での枠組みやヒントとなるため、異文化間のコミュニケーションで は、スタイルの違いが時に誤解やコミュニケーションの破たんを引き起こす原因となる」
ことを指摘している。つまり、我々の現実が文化と切り離せないものであり、文化が引き 起こすものであると言える。従って、語用論28に関わるポライトネスや、配慮表現、丁寧
28 語用論とは、「言語学の諸部門のなかで、発話の効力が発生するメカニズムを探求する部門である」(山 岡・牧原・小野2010:11)
さなどが普遍的な概念ではなく、文化や価値観、コミュニケーション様式の差異に関わる 異文化間語用論と密接な関係にある。
異文化間語用論とは、異なる文化的背景を持つ言語使用者によって遂行される言語行為 の研究であり、文化の違いが言語コミュニケーションにどのように反映するのかを語用論 の枠組みを用いて研究する分野である。また、異文化間語用論で研究されている語用論的 特徴は、中間言語29語用論における中心的な研究課題でもある。そのため、異文化間語用 論の知見は、中間言語語用論に対して多くの有益な示唆をもたらしている(清水2009:61)。
しかし、これまでに行われて来た「断り」発話に関する対照研究では、文化的背景の異な る2つの言語が対象とするものの、主に談話展開や、意味公式の出現順序、出現率、ポラ イトネス・ストラテジーなどの違いに焦点が当てられて、文化的差異についてほぼ言及さ れてこなかった。つまり、個別言語の中でどのようなポライトネス・ストラテジーが使用 されるのかを明確にすることに限定され、なぜこのように特定のストラテジーが好まれる かについての、根本的な原因は不明であった。従って、本研究では、先行研究の問題点を ふまえて、異文化間語用論の観点から断り発話におけるポライトネスと配慮表現の特徴を 探り、日本語とアラビア語両言語のコミュニケーション様式の差異を明らかにする。そし て、それが両言語において使用される配慮表現及び、ポライトネスと配慮のメカニズムに どう反映されるのかについて考察する。いわゆる大きい単位である談話から、小さい単位 である表現形式に移行することにより、各々の言語に用いられる談話様式の違いが、ポラ イトネスや配慮表現に与える影響も観察できると考えられる。
断り発話に関する従来の先行研究では、主にある言語現象を1つの理論に当てはめて、
分析しているものが多い。特に、B&L(1987)のポライトネス理論と、Beebe et al.(1990) のいずれかの理論を用いて分析されるものが非常に多く見られる。しかし、本研究では、
1 つの理論のみに依存すると、言語現象を徹底的に記述しつくせないと考えられるため、
両言語の断りを徹底的かつ包括的に記述できるよう、ポライトネスと配慮表現に関わる主 な理論を用いて、具体的に両言語の違いを明らかにする。詳しく述べると、まず文化的差 異について、Hall(1976)の文化とコンテキストの概念と、八代・町・小池・吉田(2009)
と八島・久保(2012)がまとめたコミュニケーション・スタイルを参考にしながら、断り 談話に見られる特徴を明らかにする。そして、ポライトネスと配慮表現に関わる主な先行
29 Selinker(1972)が最初に提唱した概念である。中間言語体系を母語にも目標言語にも属さない中間
的で流動的な言語体系であるとされている。
研究のうち、特に Lakoff(1973)、Grice(1975)、Leech(1983)のポライトネスの原則、
B&L(1987)のポライトネス理論、山岡・牧原・小野(2010)の配慮の原理を参考にし
ながら、アラビア語固有のポライトネスと配慮表現の原則及び、日本語の断り発話に見ら れるポライトネスと配慮の原則を提示する。
談話レベルの観点から、断り発話を構成する要素を意味公式の分類単位で分けた上で、
各意味公式と配慮表現の原理の関連について考察し、両言語に見られるポライトネスと配 慮表現の原則を比較する。特に、表現方法の問題に関わる原則を中心に取り上げて分析す る。これは、表現の問題を明らかにすることにより、個別言語に見られる配慮表現を予想 できる点で優れていると考えられるからである。そのため、山岡・牧原・小野(2010)が 提示した日本語の配慮表現の原理に倣って、表現方法に着目する。しかし、場合によって、
表現方法で記述できない発話もあると考えられるため、このような場合には行動に関わる Leech(1983)のポライトネスの原則のように、行動で記述する。
以下、本研究で扱う理論的枠組みを図にまとめる。
図2-1 本研究における理論的枠組み
異文化間語用論
ホール
(1976)
八代・町・小池・吉田
(2009)
八島・久保(2012)
語用論におけるポライトネスと配慮表現
Lakoff (1973)
Grice (1975)
Leech(1983)
Brown&Levinson
(1987)
Beebe et al.(1990)
山岡・牧原・小野(2010)
コンテキスト重視の分析 表現ストラテジー重視の分析