第 1 章 研究背景と目的
1.3 本研究の理論的枠組み
1.3.6 異文化間コミュニケーションについて
1.3.6.2 コミュニケーション様式について
八代・町・小池・吉田(2009)は、コミュニケーションは常にコンテキスト(文脈)と称 される、物理的、社会的、人間関係上の具体的な状況や場で起こり、文化によって、規範 とされるコミュニケーション・スタイルが異なると指摘している。また、言語使用に現れ るコミュニケーション・スタイルとして、6つの様式を対にして、以下の3つのグループ に分類している。表1-2は、これらの様式をまとめたものである。
表1-2 コミュニケーション・スタイル
Ⅰ
1.螺旋的スタイル 2.直線的スタイル
Ⅱ
1.石畳的スタイル 2.飛び石的スタイル
Ⅲ
1.人間関係重視 2.情報重視
Ⅰ.螺旋的−直線的
螺旋的とは、自分の意見や主張を明確に言語化しないで、相手に状況を説明し気持ちを 伝えながら、相手が結論を推察してくれることを期待する表現方法であり、最後まで結論 を言わないスタイルである。
直線的とは、自分の主張や意見を簡潔に表現し、次に主張や意見の背後にある理由を論 理的に説明し、相手の理解と同調を求める表現方法である。まず、結論を言ってから、裏 付けを加えるスタイルである。
従って、直線的なコミュニケーション・スタイルを用いる人だと、螺旋的な答えに対し ては、納得できない。また、八代・町・小池・吉田(2009:86)によると、日本は螺旋的ス タイルで、日本人同士であれば、このスタイルで良いが、相手が文化背景の異なる人であ る場合は、螺旋的スタイルでは真意がなかなか伝わらないと述べている。
Ⅱ.飛び石的−石畳的
飛び石的スタイルでは、伝達される情報の内で言葉にしなければならない部分だけが言 葉で表明され、状況で理解される部分は言語化されない。話し手が分かりあえるための必 要最低限の言葉で済ませ、聞き手は、話し手の本意を察しなければならない。一方、石畳 的なスタイルでは、言葉を端折らないで、むしろ言葉をつくして正確に情報を伝達する。
これらの事柄は、話し手の責任においてなされる。これは、正確に言葉で説明しないと誤 解を招きかねないと思われるために用いるスタイルである。
上記のコミュニケーション様式について、Hallは、両者の違いは、高コンテキスト文化 か低コンテキスト文化の違いによって生じると述べている。
Ⅲ.人間関係重視−情報重視
八代・町・小池・吉田(2009)は、日本語では、言葉自体の中に人間関係が含まれてし まっていることが多いと述べ、仕事が終わった後に、「ご苦労様でした」と「お疲れさま でした」と社長が言うことに対して、部下は「ありがとうございました」などと言うべき としている。つまり、目上の相手と目下の相手に対して、同様の言葉扱いができないのが 日本語の特徴である。そのために、部下が社長に「ご苦労様でした」と発話したら、人間 関係が脅かされるのに対して、英語では、人間関係が異なってもこのような場面では、
「Thank you」だけで問題が済むと指摘されている。従って、日本語は人間関係重視のコ ミュニケーション・スタイルが用いられる。挨拶以外にも、授受動詞では、「あげる」「差 し上げる」「やる」と、「もらう」の意味では「いただく」「くれる」「くださる」などのよ うに、話し手と聞き手の人間関係(上下関係、親疎関係など)が表現の選択を決定する大 きな要因として働く。従って、日本語では言葉遣いによって話し手が目上なのか、目下な のか、親しい相手なのか、そうでないのかが予測できる。一方、アラビア語では、英語の ように「あげる」の意味で上下関係や親疎関係を問わず「yoăty」という動詞が使用され、
「もらう」も「akhaza」という動詞が使用される。つまり、日本語のように言葉が大きく 変わる様子が見られない。つまり、情報が重視される方が自然であるので、誰が誰に行為 を行ったかということより、動詞自体の情報に関わる言葉が重視される。しかし、それは、
英語やアラビア語などでは、相手に対する敬意を表さないわけではないが、アラビア語で は目上の相手に対し「呼称」が用いられることは、ポライトネスとして位置づけられる。
以上見てきたコミュニケーション・スタイルの中では、どのようなスタイルが用いられ
るかは、各々の文化の価値観27や、思想などで決まると指摘されている。しかし、それら の6つのコミュニケーション・スタイルがマクロ的なものであり、ミクロ的な側面を決定 するのは、「話し手と聞き手の人間関係」や、「場面の内容」、「個人の性格」などが挙げら れる。このことから、特別な発話行為を取り上げ、ミクロ的要因の観点から分析すると、
言語にはそれらの6つのコミュニケーション・スタイルのみではなく、異なるコミュニケ ーション・スタイルも存在することが予想できる。
また、久保・八島(2012)は、コミュニケーション学や社会言語学で類型化してきたコ ミュニケーション様式の中で最も代表的なものとして以下の3つの様式をまとめている。
① 自己開示コミュニケーション
② 高文脈型と低文脈型
③ 直接的と間接的コミュニケーション
上記の3つの様式が、八代・町・小池・吉田(2009)がまとめた様式と共通している点 が見られる。具体的に以下で詳しく論じる。
自己開示コミュニケーションは、どれだけ自ら自発的に自分の状況や気持ちなどに関す る情報を具体的に人に説明するかに関わるものである。つまり、自己開示の度合いが高い ことは、「情報重視」コミュニケーション様式を用いることに当たると考えられる。また、
高文脈型と低文脈型は、1.3.6.1節で論じたHallの高コンテキストと低コンテキストに相 当するものである。そして、直接的と間接的コミュニケーション様式は、「直線的」「螺旋 的」コミュニケーション様式に相当し、直接的に命題内を述べるか、間接的に命題内容を 述べるかの使い分けであると言える。
本研究では、これらのコミュニケーション様式を用いて、日本語とアラビア語の断り発 話を分析し、新たな分類方法を提案することも試みる。
以上、本研究で扱うコンテキスト重視と表現ストラテジー重視に関する理論的枠組みを 紹介した。
27 価値観とは、何が正しく何が間違っていると考えるか、何が美しくて、何が醜いと思うのかなど、何 にどういう価値を置くのかという評価の基準となるものであると同時に、行動の指針となる(八島・久 保2012:70)。