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第 6 章 中間言語語用論の観点から見た断り発話

6.7 日本語教材における断り発話の問題点

学習者は日本語レベルが高くなるにつれ、日本語母語話者と同様の発話ができるように なるという仮説を立てていたが、調査結果は仮説とは異なり、レベルが高い学習者の方が 母語から強い影響を受けていることが明らかとなった。その理由は、初級レベルの日本語 学習者は、教科書に沿って発話をしようとするが、学習者のレベルが高くなるにつれ言い たいことが発話できるようになり、母語干渉が現れやすくなるからであると考えられる。

インタビュー調査結果からも得られたように、初級レベルの段階では、学習者が教科書に 沿ったやりとり、つまり母語話者同士の場合と同じようなやりとりをするが、レベルが高

くなるにつれ、言いたいことを自分で工夫して発話できるようになるため、 母語からの 影響が現れるのであろう。これを裏付ける根拠として、金(2011)が挙げられる。金(2011)

は、日本語教科書は、学習者にとって欠かせないものであり、その影響力は大変大きいと 指摘している。そこで、日本語教材の中で「依頼」に対する「断り」の種類にはどのよう な談話が見られるのかについて教材分析を行った。以下は、分析対象とした教材である。

‐『Situational Functional Japanese』Vol. 1.2.3 (以下SFJ)

‐ 筑波ランゲージグループ著 凡人社発行 ‐ SFJ1 1991 年初版第1刷発行

‐ SFJ2 1992 年初版第1刷発行 1997 年第 2 版第 3 刷発行 ‐ SFJ3 1993 年初版第1刷発行 1997 年第 2 版第 2 刷発行

‐『現代日本語 初級総合口座』(以下 初級総合)水谷信子著 アルク

‐1992年初版 1997 年第 3 刷発行

‐『現代日本語 中級総合講座』(以下 中級総合)水谷信子著 アルク ‐1998年初版

‐『現代日本語コース中級Ⅰ・Ⅱ』(以下 コース)

‐名古屋大学総合言語センター日本語科著 名古屋大学出版

‐コースⅠ1988 年初版第 1 刷発行 1996 年初版第 9 刷発行 ‐コースⅡ1988 年初版第 1 刷発行 1995 年初版第 5 刷発行

‐『コミュニケーションに強くなる日本語会話』(以下 コミュニ)

‐目黒 真実・ 浜川 祐紀代 ・勝間 祐美子 ・ 栗原 毅

‐『新文化 初級Ⅰ・Ⅱ』(以下 新文化)

‐文化外国語専門学校 日本語課程著・編 凡人社発行 ‐新文化Ⅰ 2000 年初版

‐新文化Ⅱ 2000 年初版

‐『文化 中級Ⅰ』(以下 文化)

‐1994 年初版 1999 年 6 刷発行

‐『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』(以下 みんな)スリーエーネットワーク編・出版 ‐みんなⅠ 1998 年初版 第 1 刷発行 1999 年第 5 刷発行

‐みんなⅡ 1998 年初版1999 年第 4 刷発行

上記の教材の分析結果を表6-1に示す。

表6-1 金(2011)による日本語教材の分析結果

――

直接 的な 断り

間接的な断り 理由 疑問 謝り ちょっ

行為 要求

条件 提示

罪の 意識

一部の繰 り返し

言葉を 濁す

SFJ3 1 2 3 2 1 1 1

初級総

1 1

中級総

1

コース

1 1

コミュ

3 1 5 2 2 1 1 3

新文化

2 1

文化Ⅰ 1

みんな

1

みんな

2 1 1

合計 2 13 5 9 3 2 1 2 1 1 4

表で示されているように、「直接的断り」に比べ、「間接的断り」談話が多く、その中で も「理由」が最も多用されていると金(2011)は指摘している。日本語を勉強し始めた初 級段階では、大きな影響を与えるという教科書にそのまま沿って断り発話をしようとする 結果、間接的な断りストラテジーを多用し、(「理由」)と(「謝罪」+「理由」)の組み合わ

せが最も多く現れると考えられる。つまり、初級段階では教科書に倣った「飛び石的」「螺 旋的」コミュニケーション様式を用いる可能性が高いと言えよう。第3章で論じたように、

日本語の断りでは、「間接的」コミュニケーション様式が多用されるが、その中では「理 由」における「ちょっと...」、「金曜日はちょっと」のような発話だけでなく様々な意味 公式も用いられることが分かった。また、第4章の「程度副詞」の調査結果で明らかにな ったように、日本語母語話者にとっては「副詞なし」の談話が最も納得の度合いが高いと される。このことから、教材に提示される「間接的断り」発話が限られていることも明ら かである。また、6.6節で述べたように、日本語母語話者が用いる間接的断り発話には「共 感」と「関係維持」、「代案提示」表現も見られるが、日本語教材にはあまり見られない。

例えば、以下は日本語教材で見られる断りの会話例である。

『みんなの日本語初級Ⅰ』

(同僚の電話会話)

A: 小沢征爾のコンサート、一緒にいかがですか。

B: いいですね。いつですか。

A: 来週の金曜日の晩です。

B: 金曜日ですか。金曜日はちょっと.....。

A: だめですか。

B: ええ、友達と約束がありますから、...。 A: そうですか。残念ですね。

B: ええ。また今度お願いします。

上記の会話から分かるように、日本語母語話者が用いる「謝罪」や「共感」の意味公式 が提示されていないことに加え、「理由」説明文により自然だと感じられる「〜のだ」が 用いられていない。これらの形式を加えるだけで、「断り」会話の印象が大きく改善でき ると考える。また、『Situational Functional Japanese Vol. 3 』では、「先生」と「先輩」

に対して、丁寧に断る方法として、以下のように説明されている。

『SFJ Vol. 3 Drills』:「Refusing a request politely」

A: 先生/先輩

A: (翻訳のチェックを頼む。)

B: あのうそれ急ぎますか。

A: うん、土曜日までなんだけど。

B: 実は、[Giving a reason for refusing the request]

A: そう。じゃ、ちょっと無理かな。

B: ええ、すみません。お役に立てなくて。

以上から分かるように、ここでは丁寧に断るには「理由」を提示するという指示に限定 されており、実際の日本語母語話者の断り発話には多く見られる「謝罪」の意味公式や、

相手と良好な人間関係を築くために用いられる「共感」や「関係維持」、「代案提示」の重 要性に関する説明が不足している。この会話の例として、『SFJ Vol 3 Notes』には、以下 のような例が挙げられている。

『SFJ Vol. 3 Notes』:「how to refuse a request politely」

―研究室で―

A: Bさん、いる。

B: はい。

A: あ、よかった。いま、ちょっといいかな。

B: はい。何でしょうら。

A: 実は、いまうちの研究室で、

B: ええ。

A: センターの方からソフト頼まれてるんだけど。

B: ええ。

A: Bさん、BASIC分かるよね。

B: ええ、だいたい分かると思いますけど。

A: じゃ、すまないけど、ちょっと手伝ってもらえないかな。

B: あの、それ、急ぎますか。

A: うん。今週中にセンターの方に渡すことになってるから。