第 3 章 異文化間語用論の観点から見た断り発話
3.7 コミュニケーション様式と断り発話との関連
3.7.1 八島・久保(2012)
3.7.1.1 自己開示のコミュニケーション
八島・久保(2012:94)は、自己開示のコミュニケーションについて次のように述べて いる。
自己開示とは、「自分についての情報をどの程度人に意識的に開示するかということで ある」。つまり、会話の中で、自分の好みや自分が置かれている状況、悩みなどをどの程 度詳しく相手に話すかの問題である。そして、当然ながら自己開示の度合いが、相手との 親しさの度合いや人間関係によって異なるとも指摘されている。また、八代・荒木・樋口・
山本(2001:46)は、自己開示は自分から自分のことを相手に話すと定義し、積極的に話 すことがポイントだと述べている。また、「日本人には自己開示は、自己主張や自慢に聞 こえるので、一般的な話題を好み、気分のことはかなり曖昧な表現で済ませようとする」
(八代・荒木・樋口・山本2001:47)
自己開示を、本研究の焦点となる断り発話の「理由」に当てはめてみると、自己開示は 断り手がどの程度自分の事情を詳しく相手に説明するかの問題と関わると思われる。第 1 章で述べたように、アラビア語の断りでは、具体的理由説明や、「理由」を程度性の高い 表現形式で修飾するなどのような現象がある。つまり、断り発話において自己開示の度合 いが高いという特徴が見られる。
三牧(2013:191)によると、自己開示は自らのポジティブ・フェイス欲求を満たし、ま た情報要求によって相手への関心を示すことは相手のポジティブ・フェイス欲求を満たす 行為ともなる。つまり、断り発話の中で断り手が自分の事情を詳しく説明することは、(他 者に好かれたい、評価されたい、悪く思われたくない)など自らのポジティブ・フェイス
欲求を満たすストラテジーであると言える。例えば、筆者が収集したデータでは以下のよ うな例が多く観察された。
(12) 先生:băd elmoħadra matekhlas hanokhrog nakol koshary maă băd kolna eh ra`yak matygy măana.
(授業が終わったら、みんなでコシャリを食べに行く。一緒に来ませんか。)
学生:maălsh msh ha`dar agy măako laeny rayħa maă omy meshwar mohm khales (ごめんなさい、一緒に行くことができません、お母さんととても大事な用事が あり、一緒に行きます。)
(「謝罪」+「直接的断り」+「理由」)
(13) 親しい友人:maălsh momkn atlob mnak talab .momkn tesawarly elwaraa` btaă moħadret embareħ el ghbt fyha.
(ごめん、お願いしてもいい。きのう欠席した授業のプリントをコピーして くれる。)
あ な た : msh ha`dar elnaharda ăshan waraya ħaga fy elmoħadra dy lsa maħaddartahash.
(今日できません。今の授業のためにやることがあるけど、まだ準備が終わっ
ていないから。)
(「直接的断り」+「理由」+「理由」)
例(12)と(13)から分かるように、断り手が「先生」であれ、「親しい友人」であれ、自分の置 かれている状況を具体的に説明し、相手から断りの了解を得ようとしている。つまり、アラビ ア語では、断り手が自己開示の度合いを高くすることは、相手に同調を得る手段とも言える。
一方、八島・久保(2012)によると、従来の先行研究において、日本人はアメリカ人と比 べ、自己開示の度合いが非常に低いと述べている。そこで、以下は筆者が収集したDCTのデ
ータから日本語母語話者が断る際に、どの程度自己開示をするか、つまり、どの程度自分の事 情を詳しく話すかを見てみる。
(14) 親しい友人:今日の授業が終わったら、みんなで寿司を食べに行くけど、よかったら、
一緒に行かない。
あなた:そっか。めっちゃ行きたいけど、今日は別の用事が入ってるわ。ごめんね。
楽しんできて。
(「共感」+「理由」+「理由」+「関係維持」)
(15) 親しい友人:来週の金曜日にアズハルパークで誕生パーティーをするけど、
よかったら、ぜひ来てくれない。
あなた: ごめん。その日は用事があるんだよね。また今度誘ってね。
(「謝罪」+「理由」+「関係維持」)
例(14)と例(15)においては、親しい友人の誘いを断る際に、詳しい状況説明がなく、内 容的に曖昧な理由が使われている。つまり、日本語母語話者は、アラビア語母語話者と比 較すると自己開示の度合いが低いと言えよう。
3.7.1.2 高文脈型と低文脈型コミュニケーション・スタイル
Hall(1976)の理論で提唱されたように、高文脈型スタイルでは、文脈の依存度が高く、
会話当事者が情報を共有しているかのように、完全な情報がなくても似た解釈ができるわ けである。つまり、発話者が不完全な情報を提供しても、聞き手が意図を読み取ることで 情報を完成する。よって、断る際に、間接的ストラテジーを用いることが可能になる。一 方、低文脈型コミュニケーション・スタイルでは、直接的に、情報をできる限り完成した 状態で聞き手に提供するものである。例えば、上記の例(12)と(13)は、情報を完成した状 態を表すものであるのに対して、例(14)と(15)は、不完全な情報を提供する例でもある。
3.7.1.3 直接的と間接的コミュニケーション・スタイル
八島・久保(2012)は、直接的と間接的なコミュニケーション・スタイルについて、断 り発話を例に以下のように記述している。
直接的なコミュニケーション・スタイルとは、人にものを頼まれて、断る行為を行う際 には、できないということを言語的に明示して、意思を明確にするコミュニケーション・
スタイルのことを指す。このようなコミュニケーション・スタイルは、低文脈的なスタイ ルの例でもあると述べている。それは、先に述べたように、低文脈的なスタイルでは、言 語の依存度が高く、聞き手の推論に頼らないためである。一方、間接的なスタイルとは、
言語化して断らず、それを態度で示したり、ヒントを与えるなどの方法で意思を表すやり 方である。つまり、高文脈型コミュニケーション・スタイルと同様である。
両者のスタイルの違いは、断り場面では、「直接的断り」の意味公式があるかないかの 問題であると言える。
では、以下それぞれのスタイルを表す日本語とアラビア語の断り例文を提示する40。
直接的なスタイル (食事の誘いに対する断り) (16) la 「直接的断り」
(No)
maălsh , 「謝罪」
(sorry)
khaliha yom tany , 「代案提示」
(make it another day.)
elsabt elgay ana mashghula khales. 「理由」
(I am very busy next Saturday.)
(Nelson・Carson・Al Batal・ElBakary 2002:173)
40 読者の混乱を避けるため、本研究で扱う先行研究のアラビア語の例文を筆者が用いる資料Ⅺの表記に 従い統一する。
間接的なスタイル:
(17) ana ħases en ana taăban w moghad 「理由」
(I feel that I am tired and exhausted)
w msh ha`dar aa`om bi shoghly kwys 「理由」
(and will not be able to perform my jop well.)
(Nelson・Carson・Al Batal・ElBakary 2002:175)
上記の例(16)から分かるように、断り手がはっきりと(「いいえ」)断っていることを表 明している。本研究で集めたデータでも、アラビア語母語話者の断り発話には「直接的断 り」が多く観察された。しかし、例(17)のような間接的なスタイルもないわけではなく、
日本語ほど使用範囲が広くない。日本語でも、直接的なスタイルとして、筆者が収集した データには「あ、今日だめなんだ…ごめんね!また行くときさそって!」という(「直接 的断り」+「謝罪」+「関係維持」)の組み合わせが見られたが、以下のような間接的コミ ュニケーション様式の例と比べると少ない。
間接的なスタイル
(高校生が先輩からの要求に対する「断り」)
(18) お菓子と飲物適当に買ってきてくれない。
私、先生に呼ばれまして、すみません。
(「理由」+「謝罪」)
(権2007:354)
上記の例文では、断り手が「できない」ということを述べるのを避けて、聞き手に途中 まで応えるだけで、結論を委ねる表現方法を用いている。
以上、八島・久保(2012)がまとめた代表的なコミュニケーション・スタイルを見てき たが、これは断り談話を全体的に分類するのに有効である。断り発話を例にすると、主に
「直接的断り」があるかないかによって、直線的なスタイルと間接的なスタイル、高文脈 型スタイルと低文脈型スタイルに分けられていることが分かる。