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第 4 章 配慮表現の観点から見た断り発話

4.9 助動詞「lazem」について

問題の所在で述べたように、アラビア語母語話者の断り発話においては、日本語の「な ければなりません」に相当する助動詞「lazem」が好まれる傾向があった。よって、断り 発話において、「lazem」は配慮表現として認定できるのではないかと考えられる。

本章で論じてきた断り発話における「程度副詞」について、「自己の負担が大きいと述 べよ」というアラビア語の特徴を付ける配慮表現の原則が「程度副詞」以外の、他の表現 選択にも見られると仮定して助動詞「lazem」について調査を行った。

本節では、まずモダリティとは何か、義務性を表す助動詞「lazem」は、どのように配 慮表現として機能するかについて、論じる。

4.9.1 義務的モダリティ

「lazem」は、日本語の「〜なければならない」に相当する助動詞である。早川(2012:286)

では、モダリティは大きく分けて、情報の確かさに関わる①モダライゼーションと、行為 を要求する程度に関わる②モジュレーションの2つに分類されている。さらに、モダライ ゼーションには、蓋然性と頻度が含まれ、モジュレーションには、義務性と、意思性、能 力の3つが含まれている。モジュレーションの中では「〜なければならない」は最も高い 義務性を持つ表現であるとされている。

アラビア語の断り発話の中では、特に行為を要求する程度に関わる②モジュレーション が多く見られる。従って、頻度や程度を表す程度副詞以外にも、義務性を表す助動詞

「lazem」(なければならない)が多用される傾向があった。これは、情報重視コミュニ ケーション様式の特徴と考えられる。

井出(2006:35)では、英語のモダリティ46は、「認識」に関する「epistemic」、と「義 務」に関する「deontic」の2 つに分けられ、「義務」に関する「deontic」モダリティは、

人間の道徳性に関する話し手の心的態度を表すものであるとされている。アラビア語でも モダリティに当たる助動詞は上記の二つに分けられるが、断り発話の中では、英語のmust に相当する助動詞「lazem」が好まれる。この義務性の高い表現は断り発話において、ど ういった語用論的機能を果たすのだろうか。

Lakoff(1972:910)では、問題とされたお客さんにケーキを勧める言い方として、

(may,should,must)の3つの助動詞が含まれる例文のうち、最も強制力を持つ(must)

がより丁寧な言い方で、ポライトであることが指摘されている。それは、「相手が遠慮す る心を持っていることを想定して、相手にとって良いことを進めるには、強い勧めが相手 に対しての思いやり、つまりポライトな配慮となる」(井出2006:67)からである。

本研究では、断り発話においても、助動詞「lazem」は、対人関係を良好に保つという 本来持つ高い義務性に加えて、配慮表現として機能する二次的用法を備えているのではな いかと考えられる。それは、断り発話の中でも、自分の断りを正当化するのに、助動詞

「lazem」を使用することにより、せっかく誘ってくれた相手のことを思いやって、今現 在断らざるを得ない状況に置かれていることを想定させながら、相手から断りの了解や同

46 モダリティは、話し手が話をするとき、命題をコンテクストと結びつける接着剤のような存在である

(井出2006:35)

調を得ようとすることができるからだと考えられる。そのため、「ごめん、今から帰るん だ」より、「ごめん今から帰らなければならないんだ」の方が必然性が含意され、話し手 は本来聞き手の要求に応えたいが、やむを得ずどうしても帰らなければならない事情に置 かれているために断ってしまうことが相手も推測できるため、より丁寧になる。そこで、

本章では、助動詞「lazem」は配慮表現として認定できることを意識調査や、フォローア ップインタビュー調査によって実証したい。

4.9.2 意識調査Ⅲの内容

本節では、義務性を表す助動詞「lazem」(なければなりません)が、実際に好まれるか どうかについて、3つの質問項目の結果を通して、見ていきたい。

まず、アラビア語で選択式のアンケート調査47を行った。被調査者に親しい友人を誘う場 面と、何か依頼する場面を3つ設定し、被調査者が親しい友人に断られたとする場合には、

3 つの選択肢の中から最も納得できる回答を選んでもらった。そして納得する理由を書く よう指示した。

問1〜3は義務性を表す助動詞「lazem」に関するもので、選択肢は、「lazem」(〜なけ ればならない)と、願望を表す助動詞「ăayez」(〜たい)、と「断定的」の3 つを設定し た。そして、事前に被調査者に選択肢の中で納得できる回答がなければ、選択せずに納得 できない理由を書くよう指示した。

4.9.3 フォローアップインタビュー調査

次に、被調査者のうち8名を対象にフォローアップインタビュー調査を行った。調査で は、なぜこのように選択したかを確認し、選択しなかったものがなぜ納得できないかにつ いて答えてもらった。

47 資料Ⅳを参照されたい。

4.9.4 意識調査Ⅲの結果

以下、3つの質問項目の結果を図4-21で示す。

図4-21 意識調査Ⅲの結果

上記の図から分かるように、場面内容にかかわらず、断られたら最も納得しやすい応答 は、「lazem」(なければならない)が含まれている談話(70%程度)であることが明らか となった。このことから、「lazem」は本来表す義務性以外にも、断りを受けやすくする二 次的機能も持つと考えられる。これは、聞き手の依頼や誘いを断る際に、現時点では非常 に大変な状態にあることを表明することにより、断りの了解を得ることができると考えら れるからである。一方、「ăayez」(〜たい)は、15%と低い割合を占めている。それは、

断り発話において、話者の断りの事情を説明するのに、相応しくなく、やむを得ず事情が あるために断るより、自分がそうしたいから断るという本来言葉が持つ意味で解釈されて しまうからである。言い換えると、希望を表す助動詞「ăayez」(〜たい)は、通常話し手 自身(一人称)が希望することを表すため、話し手が聞き手より、自分の希望を優先する ことが明確になっていることが問題になるということである。

また、調査結果から分かるように、アラビア語では、命題内容を断定的に述べるより、

助動詞「lazem」(なければならない)を用いることによって、事情を大きくするまたは、

大げさにするというストラテジーが好まれることがわかる。

0.0 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0

Q1 Q2 Q3

Nakerab Tai

Danteiteki

4.9.5 フォローアップインタビュー調査結果

義務性を表す助動詞「lazem」は、強制という意味が含意され、最も説得力がある表現で あることが分かった。それは、「lazem」は、程度性の高い副詞のように、聞き手が、断り 手は現在非常に大変な状況にあることが、聞き手にも推測できるからである。

被調査者が意識調査Ⅲにおいて行った選択の理由として、「せっかく誘ったのに、断る なら、大事な理由があることをアピールしてほしい」などのような回答が挙げられる。さ らに、「lazem」が用いられることにより、断り手が自分の意志で断っていないことが推測 される」などの回答も多かった。このことから、4.9.1 節で述べたように、「lazem」を使 用することにより、せっかく誘ってくれた相手のことを思いやって、今現在断らざるを得 ない状況に置かれていることを想定させながら、相手から断りの了解を得ようとすること ができるということをフォローアップインタビュー調査結果からも確認できた。

以上のことから、発話者がアラビア語の助動詞「lazem」を使用する意図として、自分 が義務を抱えているからではなく、相手に対する配慮を示すためであることが分かる。