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第 5 章 断り発話に見られる配慮表現の原則について

5.4 日本語のポライトネスと配慮表現の原則について

本節では、談話構造の観点から意味公式に着目して、日本語におけるポライトネスと配 慮の原則について論じる。日本語、アラビア語の順で、データを分析し、最終的に両言語 の断り談話に見られるポライトネスと配慮表現の原則を比較し、違いを明らかにする。

5.4.1 「謝罪」におけるポライトネスと配慮表現の原則について

「謝罪」を用いることは、相手の要求に沿えないことに対するお詫びや申し訳ない気持 ちを伝えることである。例えば、「ごめんね」「申し訳ないんですが」「すみません」「悪い けど」などのような表現である。伊藤(2005)では、「謝罪」は相手に「邪魔されたくない、

それ以上立入られたくない」意思を伝える表現であり、どちらかと言えば NPS とされて いる。一方、権(2007)は、(「理由」+「謝罪」)や、(「理由」+「理由」+「謝罪」)のまと まりは、PPSとしているが、(「直接的断り」+「謝罪」)はNPSとしている。つまり、断 り談話を細かく、1つ1つの表現を分析する研究もあれば、一連の談話を一まとまりとし て分析する研究もある。筆者も、意味公式の分析では、最初から各意味公式が PPS であ るか、 NPSであるかと決めつけるのはだと妥当ではないと考えるため、実際に断り発話

の中で各意味公式が果たす機能に従い、母語話者3名の判断に基づき分類した。これによ って、謝罪はPPSである場合もあり、 NPSである場合もあることが確認できた。

日本語の「謝罪」の意味公式は、B&L(1987)から考えると、誘いや依頼を断ることによ って、相手のポジティブ・フェイスを脅かし、そのことが相手に不利益をもたらす。従っ て、断り手が「他者に好かれたい、よく思われたい」という自分のポジティブ・フェイス を守るのに「謝罪」するということは、不利益をもたらしたことを認め、申し訳ない気持 ちを表明することになる。このような意味では、「謝罪」は常にNPSとして扱うべきでは なく、場合によってはPPSと解釈できることがあると思われる。

例えば、「ごめん。無理」はNPSであり、「ごめんなさい、用事があるので、また今度」

の「謝罪」はPPS である。要するに、PPS である意味公式と組み合わせて使われる「謝 罪」表現はPPSとなり、NPSである意味公式と共起する「謝罪」はNPSとなる。

5.4.2 「直接的断り」におけるポライトネスと配慮表現の原則について

「直接的断り」とは、断りの意思を相手である「要求者」に直接的に表明したり、要求 内容に対するやる気を否定したり、「直接的断り」表現を用いることである。例えば、「無 理」「できません」「いけません」「結構です」「今日はいい」などのような表現を用いるこ とである。「直接的断り」は相手の依頼や勧誘である相手の「ポジティブ・フェイス」に 対して、自分の「ネガティブ・フェイス」(相手に邪魔されたくない、入られたくない)

を優先し「断り」を行うのでNPSと言える。

日本語で最も多く使われる「直接的断り」は、可能表現の否定「行けない」である。山 岡・牧原・小野(2010:164)は、断り発話における可能表現の使用について次のように述 べている。「「断り」は典型的な FTA の1 つであり、それが自分の意思に基づくものであ ることを表明することは、相手と自分の協調性を損なう恐れがあり、積極的フェイスを脅 かす。そこで、可能表現の否定を用いることによって、自分の意思とは無関係に状況が許 さないことを含意し、相手との強調性なるべく損なわないように配慮している。

例えば、以下の例文が挙げられる。

(1) (食事の誘い)

親しい友人:ごめん。ちょっと用事があるから行けないんだ。

しかし、日本語では、相手への配慮や、状況が許さないことを表明する際に、可能表現 のみではなく、以下のように蓋然性を持つ(「かもしれない」、「そうにない」、「と思う」)

表現形式も、和らげ効果があると考えられる。

(2) (教材のコピー依頼)

学生:ごめんなさい。ちょっと用事があるので、できそうにないです。

(3) (教材のコピー依頼)

知り合い:いろいろ忙しいから無理だと思う。

上記の例は、断り手が断定的に断ることを回避し、蓋然性を持つ表現形式を使用するこ とによって、断りの FTA を緩和し、相手に結論を委ねるストラテジーで配慮していると 思われる。これらの表現形式が「直接的断り」に後続することは、コミュニケーション様 式で考えると、断定型より、相手に結論を察してもらう「螺旋的」コミュニケーション様 式が重要視される結果だと考えられる。

5.4.3 「理由」におけるポライトネスと配慮表現の原則について

「理由」の意味公式では、相手の欲求に応えられない、または拒否する「理由」を説明 することである。「理由」は、曖昧である場合もあり、具体的である場合もある。例えば、

「用事があるので…」「予定が入っているので」などのような曖昧な表現や、詳しく理由 を明示する表現「バイトがあるので…」「試験があるから」、「今家に帰らないといけない」

などである。

「理由」の意味公式は、伊藤(2005)では NPS とされているが、本研究においては、

「理由」は解釈によりNPSかPPSかを判断すべきものと考える。第4章で見てきたよう に、アラビア語では「理由」の意味公式が対人配慮において大きな役割を果たすものであ ることが調査結果から明らかとなった。それは、断り手が「理由」を用いることによって、

自分の意思に基づくものではなく、事情が許さないからこそ、断らざるを得ないことを表 明でき、相手から断りの了解を得ようとする場合は、PPSとなる。しかし「邪魔されたく ない、自分の自由を脅かされたくない」ことが含意される「理由」が用いられる場合は NPSとなる。例えば、「ごめん、時間ないから」、「ana msh fady」(私は暇じゃない)な どのような「理由」はNPSである。また、野田・高山・小林(2014:234)は、「相手から の依頼に対し断りを述べる場合、依頼に応じられない理由を述べることが多い。それを述 べないこととの対比で、理由説明は相手への配慮として機能している」と述べている。

以下では、話者の事情説明に当たる「理由」の意味公式において、どのような配慮の原 則が使用されるかを再確認する。第4章で行った調査結果から、日本語母語話者は断りの 理由である話者の事情をひかえめに述べる、または、「中立的な立場」によって事情をシ ンプルに述べた方が納得しやすいのに対し、アラビア語母語話者は事情を大きく述べる特 徴があることが分かった。しかし、どの言語でも、文化的背景や好まれるコミュニケーシ ョン様式によらず、個人差の要因も存在する。そこで、本節では日本語母語話者が使用す ることの多い「理由」に限定せずに、様々な断り発話を提示して、「理由」におけるポラ イトネスと配慮の原則を改めて検討する。

(4) 知り合い:来週の金曜日にアズハルパークで誕生パーティーをするけど、よかったら、

ぜひ来てくれない。

あなた:すみません。金曜日はちょっと…。

(「謝罪」+「間接的断り」)

(5) 親しい友人:なんでもいいから、飲み物買ってきてくれない。お金渡すから。

あなた:ごめんなさい。今ちょっと手が離せなくて…

(「謝罪」+「理由」)

(6) 親しい友人:今日の授業が終わったら、みんなで寿司を食べに行くけど、よかったら、

一緒に行かない。

あなた:ごめん。ちょっと用事があるから行けないんだ。

(「謝罪」+「理由」+「直接的断り」)

例(4)と例(5)では、間接的断り発話が使用され、断りの「理由」は不明だが程度副詞「ち ょっと」で話し手が自分の断りを正当化しようとし、それによって断る行為によるFTAを 軽減することで、「自己の負担が小さいと述べよ」の原則に相当すると考えられる。「ち ょっと」は、本来程度限定・修飾の基本的な働きを持つものだが、上記の例文は、本来の 用法から派生した対人的機能を表している。それが、配慮表現の原理から考えると断り手 が自分の事情を強調せずに、むしろ言い訳に聞こえないように聞き手に結論を委ねるまた は、最終判断を任せることによって、自分の負担を小さくしていると考えられる。従って、

「理由」の意味公式に前節する「ちょっと..」のような断り発話では「自己の負担が小さ いと述べよ」の原則が働いていると思われる。

以下の例文では断り手が上記の例文とは異なるメカニズムで自分の断りを正当化して いる。つまり、上記の例文のように(寛大性の原則)(b)「自己の負担が小さいと述べよ」

が有効に働いていないものと思われる。

(7) (飲み物の購入依頼)

知り合い:ごめんなさい、これからすぐに用事があるのでできません。

(「謝罪」+「理由」+「直接的断り」)

(8) (飲み物の購入依頼)

親しい友人:ごめん。今から行くとこあるんだ。

(「謝罪」+「理由」)

上記の例(7)と(8)では、「自己の負担が大きいと述べよ」に当たる事情説明が行われた ことが分かる。しかし、第4章で見てきたように、日本語では程度性の高い副詞の使用が 好まれず、納得の度合いが高い「中立的な立場」か「自己の負担が小さいと述べよ」の方 が比較的配慮の度合いが高いことが分かった。また、第4章では、特に「飲み物の購入依 頼」場面では、「簡単に断る」という選択肢が最も多かったことに加え、納得の度合いが 高い「副詞なし」の使用率が下がっていた。このことから考えると、上記例(7)と例(8)で 使われた「自己の負担が大きいと述べよ」の原則が聞き手に配慮を示すためのものではな く、むしろ断り手が自分のネガティブ・フェイスのみ守り、現在非常に大変な状況に置か れていることをはっきりと言語化し、表明していると見られる。つまり、本来日本語で好