• 検索結果がありません。

調査地ひろせクリニックについて

第五章 ひろせクリニックと鍼灸治療

第一節 調査地ひろせクリニックについて

ひろせクリニックは、がん患者への在宅緩和ケアを中心に行う在宅療養支援診療所であ る。ひろせクリニックの本院(以下本院)は A 県池城市にあり、その他に、池城市に隣接 する地方都市の一つである本橋市内の下田町と横田町にも 2 つの訪問診療の拠点を持つ。

訪問エリアは池城市、本橋市南部、東部、池城市の南に隣接する市町村が中心である。ひ ろせクリニックは平成25年の1年間で250人近い患者を看取った実績があり117、同地域に おける在宅緩和ケアの中核を担う医療機関の一つである118

第一項 ひろせクリニック本院

本院は南池城駅西口周辺の住宅地の中に位置する。筆者が訪問鍼灸治療(以下訪問119) に帯同する日の朝は、大抵の場合本院に赴いていた。朝 9 時前の南池城駅では、東口側に ある工場勤務の人々が多く下車する。一方昼の時間には、夜勤を終えた人たちだろうか、

本橋駅に向かう下り電車に多くの人が乗車する。車内で時々聞こえてくる声からは、その 多くが他国籍の人々であることが伺える。多くの人が東口から出て行くのとは反対に、筆 者は駅の歩道橋を渡って本院のある西口を利用していた。本院は駅の西口から歩いて15分 程北上した場所にある。駅前の閑静な住宅街の細い道を抜けると本院につながる県道に出 る。時間帯によっては車の往来が多いものの、国道が平行して走っているためか、全体の 交通量はさほど多くはない。県道を10分程歩くと、通りの左手に「ひろせクリニック」と いう文字が刻まれた看板が視界に入ってくる。

クリニックの建物の前に、所狭しと複数の車が止められている。停まっている車のほと んどが、職員が訪問で使用する自家用車である。建物の入り口にある診療案内の看板には、

『水曜日午前のみ外来』と記載されており、水曜日以外に筆者が訪れた際には、1階エン トランスのドアには『本日休診』と書かれたプレートがぶら下がっていた。入り口を入る と左前方に受付がある。受付では基本的に3〜4名の事務スタッフが仕事をしており、訪問 の際には一番手前に座る女性が来客の対応をしていた。受付ブースの並びの奥に診察室が あり、唯一の外来日である水曜日の午前中にはそこで診療が行なわれる。受付の手前に待

117 なお、看取った患者のうち90%以上ががん患者であった。

118 厚生労働省『在宅医療(その3)』によると、1年間の訪問診療件数が51件以上の診療所は全診療所のわずか3%で あるが、看取り件数の約45%がこうした施設によって実施されていると指摘されている。ひろせクリニックは、この3%

に入る在宅療養支援診療所であり、地域の在宅での看取りに大きく貢献している施設である

[http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000099999.pdf]。

119 医師による在宅訪問は「訪問診療」、看護師による在宅訪問は「訪問看護」、介護士による訪問は「訪問介護」など、

「居宅への訪問」に関して職種によりその表現は異なる。本論文においては、敢えて職種特性を明確にするために必要 な場合を除き、各職種の居宅訪問を全て「訪問」と表記する。

合室があり、長椅子が一つ置かれている。待合室の壁にあるコルクボードや待合室の奥側 に置かれたホワイトボードには、一般の検診や医療保険に関連する資料以外に、がんや緩 和ケアに関する資料も幾つか掲示されていた。

筆者が本院を訪れる際には、ほぼ毎回調査対象の患者の状態を確認するためカルテの閲 覧を行っていた。カルテの閲覧は 2 階の「相談室」という部屋で行っていた。通常「相談 室」は、来客時の対応やソーシャルワーカー(以下SW)やケアマネージャー(以下ケアマ ネ)と利用者の相談に用いられるが、昼間の空いている時間にはスタッフの昼食場所にも なる。筆者が平岡氏との打ち合わせや、本院に常駐するスタッフへのインタビューも全て この「相談室」で行った。「相談室」は、もともとワンフロアーだったスペースに間仕切り を立てて作られた空間である。小さいテーブルにパイプ椅子を 4 つ並べたらほぼ満杯にな る程度のスペースであった。間仕切りの隣の部屋(もともとは「相談室」のスペースも含 め一つの部屋だが)は事務室で、受付事務とはまた別の事務作業が行われている。常時 6、

7名ほどの事務スタッフが仕事をしている。

「相談室」および事務室の前の廊下を奥に歩き扉を開くと、医療・介護スタッフが作業 をする大きなフロアがある。フロアの中心には、各職種が一同に会して作業をする大きな 作業テーブルが集まっており、ノートパソコンが10台ほど各テーブルに置かれている。フ ロアの隅には医師用のデスクがある。医療・介護スタッフは、カルテ入力・書類作成など の事務作業をする際には皆ここで作業をする。また週に 1 回定期的に行なわれるカンファ レンスもこの場で行なわれる。各職種が訪問で出払っている時間帯には、看護師長ほか1,2 名しかこのフロアには人がいないが、昼食の時間や夕方訪問が一通り終わった時間になる と、皆その場に集まってきて事務作業を行う。鍼灸師の平岡氏もこのフロアでカルテ入力 やレセプト作業を行う。そこでは事務作業の傍ら他愛もない日常のやり取りから、患者に 関するインフォーマルな情報共有も行なわれる。このフロアには、皆が集まるスペースの 隣にもうひとつ小さな部屋があり、そこはケアマネ、SW、訪問介護士(以下ヘルパー)の 事務所になっている。扉で隔てられているが、終日その扉は開けられているため、大きい フロアとの連続性は適度に保たれている印象がある。平岡氏もそうであるが、事務スタッ フ以外は皆私服で仕事をしているため、平岡氏に紹介されない限り当初は誰がどの職種の 人か全くわからなかった120

第二項 2つのサテライト事業所

本節第一項冒頭にも示したとおり、ひろせクリニックは本院以外に下田事業所と横田事 業所という2つのサテライト事業所を持つ。

[1]下田事業所

一つ目のサテライト拠点である下田事業所(以下「下田」)は、本橋市東区の住宅地の中 にある事業所である。市営地下鉄の終点下田駅から歩いて15分ほどの場所にある。下田の 周囲の住宅地は東区の中でも比較的新しい住宅地で、車で数分の場所に近くに大きなショ

120 この時筆者は自身の中で「白衣」によっていかに職種の区別を付けていたのかということを再認識した。先代から伝 わるこの文化は、患者が抱く医療者への抵抗感や緊張感を緩和するだけではなく、同じチーム内での職種間のヒエラル キーをも緩和する装置になっていると感じられた。

ッピングモールがあり、本橋市のベッドタウン的なエリアである。調査当時、「下田」が担 当するエリアには鍼灸治療を受けている患者がいなかった為、筆者が「下田」を訪れた頻 度は少なかったが、調査開始の挨拶、カンファレンスへの参加、他職種へのインタビュー の為に数回訪問した。事業所はビルの1階のテナントに入っており、元は大きな1フロア の部屋であった。そのフロア内に、簡易的な間仕切りと入口を設置して玄関スペースが作 られ、外から入っても中が見えないような作りになっている。また玄関スペースの脇には 個別に面談ができるスペースが同じ間仕切りで作られている。「下田」での筆者のインタビ ューはこのスペースで行われた。入り口を入るとすぐ目の前がスタッフの作業スペースに なっていた。部屋の中心にはテーブルが円で囲むように並べられ、各テーブルにノートパ ソコンが置かれていた。ざっと 12、3 人は座れるだろうか、この場所では主に医師や看護 師が作業し、カンファレンスの時には各職種がこの場所に会する。また、部屋の一角では 事務員が作業できるように対面でデスクが数台設置されている。筆者が訪れたのはいずれ も昼過ぎであったが、大概その時間には訪問後遅れて昼休みに入った藤原医師と1,2名の看 護師、奥の対面デスクに2名ほどの事務員がいるという状況であった。

[2]横田事業所

横田事業所(以下「横田」)は本橋市長田区に位置する横田駅から歩いて2分のところに ある。「下田」と同様、テナントの1室が事業所となっており、2階建ての建物の2階に事 業所がある。1階の入り口を入ると半畳ほどの玄関があり直ぐに2階に上がる階段がある。

階段を上がっていくと室内のインターホンがあり、呼び出しをして中から開けてもらう仕 組みになっていた。扉から中に入ると 150 ㎡ほどの広い空間が広がる。間仕切りで左手前 に応接スペース、右手前にはスタッフの休憩スペースが設けられている。その左右の間仕 切りの間が奥へとつながる通路になっており、その通路を10歩ほど進むとスタッフが作業 をするデスクが並ぶ。デスクは、看護師長と事務職のデスクが数台集まった島と、医師・

看護師・訪問介護員等が10人ほど囲んで座れるデスクの島がある。調査時に平岡氏が担当 していた患者のほとんどは、この「横田」のエリアから依頼のあった患者であった。患者 の依頼は、この事業所に常駐している角野医師と、角野医師とともに診療を行う堀医師か らの依頼がほとんどであった。筆者は調査期間中、カンファレンスへの参加、他職種への インタビューを行うために数回「横田」を訪れた。カンファレンスが行なわれる時間が夕 方であったこと、またカンファレンス後や業務後のインタビューが多かったこともあり、

筆者が「横田」を訪れたのは全て夕方であった。筆者が訪れた時間帯には「横田」のほぼ 全スタッフが事業所に戻ってきていた121。訪問を終えた看護師たちはパソコンに向かいな がら雑多な会話をしている。会話の流れから、時々患者に関するインフォーマルなカンフ ァレンスも行なわれていた。

第三項 ひろせクリニックにおけるチームケア体制

ひろせクリニックでは、チームケアの理念が強く掲げられている。医師、看護師、作業

121 夕方の時間帯の「横田」には、スタッフが一旦全員訪問から戻るが、筆者の調査時には、通常医師2名、看護師7

〜8名、訪問介護員1,2名、1〜2名の事務員がいた。また日によっては本院で見かけた看護師やケアマネージャーを見 かけることもあった。各職種の責任者や、特定の職種のスタッフは各事業所を行き来している様子が伺えた。