第三章 在宅緩和ケアにおける医師と鍼灸師の関係性−医師らの視点−
第三節 小括―ケアの「場」における「周縁」という構造的仮説ー
第一項 緩和ケアにおける「周縁」としての鍼灸の現状
ここで質問紙調査およびインタビュー調査の結果を小括する。同調査結果は、医師と鍼 灸師の連携の現状と実態について明らかにしたものであるが、同時に、医師の観点から、
在宅緩和ケアの多元的医療システムにおける「専門職セクター(=医師、通常医療)」と「准 専門職セクターないし民俗セクター(=鍼灸師/鍼灸)」の間の関係性について概観した結 果とも言えるであろう。
まず質問紙調査における、医師と鍼灸師との連携が 15%未満という数字についてである が、チームメンバーとしての他職種との割合と比べる限り、少なくとも在宅緩和ケアの「中 心」的存在である医師らにとっては鍼灸師が「通常連携する職種」ではないことが明らか にされた。その背景には、「医師/鍼灸師」、あるいは「医療/鍼灸」という二者間の「壁」
が存在し、いわば在宅緩和ケアの「場」におけるセクター間の分断構造が明確に存在して いると考えられた。特にインタビュー調査結果においてはその「壁」の存在が如実に語ら れ、職種間の連携に影響を与えている可能性も示された。また、質問紙の自由記述やイン タビュー結果において、鍼灸あるいは鍼灸師に対する否定的な側面が語られていたが、こ れらの要素も両者間に存在する「壁」の存在をより高いものにしている可能性がある。本 調査結果の象徴的なキーワードから「壁」を構成する概念について整理してみると、①手 段としての必要性(「(手段としての)必要性のなさ」)、②危険性(「出血傾向、感染」、「『い いかげんな』発言」など)、③医学モデルの違い(「伝統医療」、「アンチの旗」)、④制度(「費 用の問題」)、⑤医療におけるヒエラルキー(「医療の閉鎖性」、「鍼灸師側の遠慮」)の 5 つ に分類できると考えられる72。これらの「壁」の概念から、通常医療と鍼灸の間の関係性に ついて仮説図を作成した(図3-2)。通常医療によって構成されるケアの「場」73(専門職セ クターによるケア)を「中心」と考えた時、鍼灸師(民俗セクターによるケア)は通常医
72 ④と⑤については第一章第二節において通常医療と鍼灸の関係性について言及した箇所と重なる部分である。
73 在宅緩和ケアの医療的支援は、医師、看護師の定期的な介入が基本となる。最近では患者のADLを出来る限り維持 することも医療的支援の主要な概念となりつつあり、PTやOTなどのリハビリ職も定期的に介入する頻度が増えている。
状況に応じて介護職が関与することがあるものの、在宅緩和ケアは通常の在宅医療に比べると医療依存度の高い患者が 多いのが特徴とも言える。つまり、在宅緩和ケアの「場」は、医療依存度の高い患者、および支援する家族、そして上 記のような通常医療の医療職により構成されるのが一般的と考えられる。
療の外縁にある「壁」の外側、いわば「周縁」に位置していると言えるであろう。つまり 鍼灸は、上記の「壁」の概念から考えた場合、通常医療のケアの文脈において必要のない もの(①)であり、リスクを孕んだもの(②)であり、通常医療とは思想の異なるもの(③)
であり、制度的枠組みに入らないもの(④)であり、ヒエラルキー構造上中心から離れた 位置にあるもの(⑤)という側面を持つ存在と言えそうである74。
こうした「壁」による「中心」と「周縁」の分断は、質問紙調査の自由記述のカテゴリ ーである【知られていない鍼灸】や、インタビュー調査結果のカテゴリーである【連携す ることの困難】に見られるとおり、結果的に鍼灸師を「不可視な存在」としてしまう。あ るいは「あえて見ない存在」という状況すら作り出すかもしれない。この状況の中で「壁」
を「越境」して「周縁」側に手段を求める患者もいるであろう。この場合には、患者が「越 境」した事実を伝えない限り、患者の鍼灸の利用は通常医療側に知られることはない。あ くまで推測にすぎないが多くの患者が医師にCAMの利用を伝えない理由の一つにこの「壁」
の概念が関与しているのではないだろうか。患者は「壁」の存在、およびその向こう側で ある「周縁」の特性を認識しており、ある種の背徳感を抱きながら「越境」している可能 性がある75。
この一方で、本調査の回答者の中には在宅緩和ケアにおける鍼灸に対してポジティブな
74 この状況への理解にヴィクター・W・ターナー[1976]が説いた「コミュニタス」の概念が応用できそうである。専 門職セクターとしての通常医療の枠組みに入るわけでもなく、一方で民間セクターの中では「準制度的」な位置づけに ある鍼灸は、いわば医療における「コミュニタス」の状況にあると考えられるのではないだろうか。ターナーは「コミ ュニタス」の特性を①社会的構造の裂け目にある、②その周辺にある、③その底辺をしめる原理であるとしている。
75 ただし、患者を主体に考えた時、時に「周縁」としての鍼灸が、「中心」的な価値を持つことさえあるかもしれない。
山口[2000:251]は次元の異なる現実の中では(本論文においては医師と患者という二つの次元において)象徴とし ての「中心」が、「周縁」と等価物で入れ替えが可能であることを指摘している。
見解を抱いている医師がいることもわかった。質問紙調査における「在宅緩和ケアへの関 わりに対する考え」において抽出された【関わることの意義】においては、「多様な選択肢」、
「多職種連携の重要性」、「有効事例の存在」の3点が指摘されている。さらに鍼灸師との 連携経験をしている医師らのインタビュー調査結果からは、鍼灸が「プラスの効果がでる もの」であり、ケアの視点として「全体から入る」という特徴を持ち、また、「症状コント ロールの技」をもつ手段として認識されていることが明らかになった。多職種連携や様々 なケア手段が必要とされる緩和ケアの現場においては、こうした鍼灸のポジティブな側面 も見出されており、「中心」からの視点(本章においては医師からの視点)としては、両義 性76を持つ「周縁」としての存在とも言えそうである。
第二項 連携関係の始まりとしての「越境」
こうしたケアの「中心(=通常医療)」と両義性を持つ「周縁(=鍼灸)」という構図に あるセクター間の関係性の中で、医師と鍼灸師がどのような連携関係を構築し、またその 連携関係を医師がどのような経験として位置づけたのかを詳述したのが第二節のインタビ ュー調査であった。
まず連携関係の始まりについてであるが、「周縁」へのネガティブな側面を医師側が強く 認識している場合、そこには連携関係がそもそも生じ得ないことが明らかにされた(本章 第二節、図3-1;Ⅲ型参照)77。一方で連携経験がある医師らのデータに目を向けると、質 問紙調査においては、連携が始まったきっかけは半数以上が患者や患者家族であったが、
中には医師自らがその必要性において連携を始めたという記述が見られた。また、インタ ビュー調査のカテゴリー関連図においては、いわゆる【ケアを共有する経験】としての連 携が行なわれる前提に【鍼灸の必要性】があることが示された。つまり、鍼灸の「周縁」
としての両義性のうち、ポジティブな側面に着目した医師らが鍼灸師との連携関係を構築 しているといえるだろう。インタビュー調査においても示されていたが、鍼灸師との連携 関係を構築していた医師らは、過去に鍼灸の経験や、鍼灸師と患者ケアを実践した経験を 有し、鍼灸の効果や鍼灸師の特徴についてある程度把握していた。こうした医師らは鍼灸 に対しての「壁」に対する意識が低く、鍼灸に対してはいわゆる「ボーダーレス」な眼差 しを有していると言えるであろう。この状況に患者や家族のニーズや、鍼灸で対応可能性 があり、通常医療では難しい患者が現れるなどの具体的な状況が重なると、医師側から鍼 灸(「周縁」)への「越境」が行われ、いわゆる連携関係が始まると考えられる(図 3-3)。 また、今回はデータが少ないため指摘するに留めるが、第二節の医師E のように、鍼灸に 対する理解や必要性の程度(医師自身の)は低いものの、いわゆる緩和ケアにおける「ケ アの幅」を重視している医師は患者ニーズや、他職種の提案(医師E のケースではケアマ ネージャー)があると鍼灸との連携を構築するようである。
この一方で本調査結果からは、鍼灸師側からの「越境」はごくごく一部に過ぎないこと がわかった。この理由については本調査では明らかにできていないが、インタビュー調査
76 「周縁」の両義性については山口[1975]が指摘している。本調査結果においては、東洋医学的な考え方について、
「思想の違い」として通常医療から排除の対象になる指摘がある一方で、「全体から入る」というようにケア視点の多様 性という指摘もあり、東洋医学の捉え方一つとっても両義的である。
77 質問紙調査においても、数は少ないながら「鍼灸とは連携できない」と明言している医師らが複数いた。実際には調 査協力が得られなかった対象者の中に多数こうしたネガティブな見解を有する医師らがいると推測できる。