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入り混じる期待と抵抗感―島上哲平さんの事例―

第六章 鍼灸治療の「場」と患者の語り

第五節 入り混じる期待と抵抗感―島上哲平さんの事例―

第一項 島上さんの在宅療養と鍼灸治療

島上さんは 60 代前半の男性で、前立腺がんとその遠隔転移による末期がんの方である。

島上さんは、ソーシャルワーカーによる在宅医療開始の説明の段階で、自ら鍼灸治療を希 望した。通常ひろせクリニックにおいては、医師や看護師からの積極的な勧めがない限り、

鍼灸治療を患者自ら積極的に希望することはあまりない179。島上さんが言っていた「少し でも良くなれば」という語りには、医療に対する怒りと急速に変化した自身の身体状態へ の戸惑いが混在していたように感じた。抗がん剤治療も併行しており、島上さん本人は「治 したい」という思いが強かった。島上さんの在宅療養期間はおよそ 3 ヶ月であり、筆者が 島上さんを訪れたのは在宅療養が始まって間もなくの初回治療時を含めた 2 回であった。

178 在宅療養として鍼灸の保険請求をしていることに加え、病棟での鍼灸治療は混合診療となるため保険での治療はでき ない(第一章参照)。経済的負担を考慮し、平岡氏はこうした事例ではそれまでの負担分に近い金額で治療を行っていた。

患者が希望する際に制度上その運用がうまくいかないというのが、鍼灸治療を扱う際の難しさでもある。

179 本論文第五章、第七章参照。

初診時のまくし立てるような島上さんの病いの語りは、そうした語りを突きつけられた鍼 灸師がいかに応えていくべきなのかを考えさせられる非常に重たいものであった。

島上さんの病歴は10年近くに及ぶ。2004年4月に近隣の大学病院にてPSA値が異常高 値であることが判明し、さらなる精査の結果、精嚢浸潤を伴う前立腺がんであり、骨盤リ ンパ節転移も認められる状態であることがわかった。その際、臓器転移は認められなかっ たものの、骨転移が多発していることも判明した。局所療法は不可能であることが島上さ ん本人に説明され、全身療法としてホルモン療法が開始された。しかし 2 年弱でホルモン 療法抵抗性となり、化学療法へと移行した。長年に及び継続的に化学療法を行ってきたが、

骨転移巣増大に伴い痛みが出現するようになり、疼痛部位に対して放射線治療を行うこと となる。新たな化学療法を開始したところ、PSA 値の低下が認められていた。しかし、新 たな化学療法の3コース目開始予定だった2014年1月、入院中に突如腰背部痛、および下 肢の脱力と感覚鈍麻が出現した。MRI検査を実施した所、第9胸椎に転移を認め、脊髄圧 迫している所見があることが判明した。緊急的に放射線治療を開始し、さらにステロイド 療法を3日間行うも痛みは増強し、しびれも変わらなかった。2014年2月に島上さん本人 と妻の瞳さんへ現状が説明された。他院への転院等はせず、同大学病院で定期的な治療を 受けながら在宅療養をすることとなった。PSA が低下し始めていたこともあってか、島上 さんは「治療の意志」があり、新規の化学療法製剤などの可能性を探っていた。

2014年3月初旬に島上さんの在宅療養が開始となった。島上さんの全身状態は極めて良 好であったが、下半身麻痺のために通常はベッド上で過ごすこととなった。発症からまだ1 ヶ月しか経過していないこともあり、車いすでの移動は不可能であった。退院時の自宅へ の移動は3人がかりで行った。在宅に戻った際にはベッド上では50度程度のギャッジアッ プをして過ごしても腰背部の痛みは殆ど感じない程度に回復していた。また、食事の際に はギャッジアップ75度まで可能であった。痛みは少ないため鎮痛薬の服用は殆どしていな かった。当時の島上さんは、臍下あたりから両下肢全体にしびれあり、また麻痺の程度が 強く自分で下肢を動かすことはできなかった。瞳さんはフルタイムで仕事をしており、そ の為日中は島上さん一人で在宅で過ごしていた。当初からの島上さん本人の強い希望180に より、医師初回訪問の2日後、平岡氏の訪問となった。

第二節 鍼灸治療の「場」

[1]治療現場①

自ら積極的に「鍼灸もしたい」という意志を示した、ひろせクリニックの鍼灸受療患者 としては「珍しいタイプ」の島上さん。また、積極的に「鍼灸もしたい」という意思表示 をする時点で、おそらく島上さんは相当な「前のめり」なタイプで、調査時に圧倒されて しまうのではないかという若干の恐怖心のようなものを抱いて島上さんのお宅に向かった。

島上さんは下肢麻痺により歩行ができないため、ひろせクリニックのスタッフが鍵を預 かり訪問することになっている。島上さんのマンションは市内中心部から少し外れた住宅 街の中にあった。マンションから数分歩いたところにある駐車場に車を止めて、まず平岡 氏は患者本人に一度電話で確認をする。平岡氏の往診開始に際しての事前の動きは非常に

180 第七章参照。「鍼灸があるって聞いたからやってくれ」とかなり前のめりに角野医師に受療希望を訴えたようである。

丁寧である印象を受ける。1 週間ほど前に島上さんから依頼を受けた際に電話で直接一度話 しをし、その際訪問直前に改めて電話をしてから患者宅に訪問する旨を伝えていた。

駐車場から歩いて 3 分ほどのところに島上さんのマンションはあった。部屋番号を確認 し、平岡氏がインターホンを鳴らし、預かっていた鍵を使って中に入る。「こんにちは、ひ ろせクリニックでーす」と平岡氏は入る。「こんにちはー」と続いて筆者も入る。平岡氏は、

玄関を入って光が入ってくる左側の扉を開ける。扉を開けるともう一枚扉があり、そこで

「こんにちはー」と平岡氏が声をだすと、島上さんが部屋の中から「おー、聞こえなかっ た。どうぞどうぞ」と大きな声で迎え入れてくれた。2つ目の扉を開けたところの廊下には 1匹のシーズーが寝ていた。シーズーの名前はコナン。コナンはかなりの老犬で、もうほと んど目が見えないようだ。その廊下を1,2歩歩いたところの右手の入り口から島上さんが 普段過ごすベッドがある部屋に入る。

平岡氏と筆者はまずは初対面の挨拶をし、平岡氏は島上さんのベッドサイドの右側に座 り、これまでの経緯について話を聞いた。筆者は平岡氏の脇でその様子を見ていた。島上 さんの訴えは冒頭からかなりの勢いがあった。歩けなくなった経緯、それが元で医療への 不満が生まれたこと、また大学病院の担当医師への怒りをとうとうと話しはじめた。時間 にして10分ほどであろうか、相当の剣幕でまくし立てるように話していた。平岡氏はほぼ 頷くのみで話を聞く。一通り現状に至る経緯が島上さんから語られた後、平岡氏が「今の 希望は?」と聞くと、まずは車いすへの移乗、次に自分の足で立ちたい、そして少しでも 歩ければと島上さんは話す。一方で、主治医からは「動くことはない」、「元に戻ることは ない」ことなど説明は聞いているようだ。その後、平岡氏から鍼灸治療の説明が 5 分ほど なされた。島上さんは、「何か自分の体にいいと思うものはどんどんやりたい」と考え、ひ ろせクリニックの在宅療養の説明の段階で鍼灸治療を受けることを決意したようだ。もと もと鍼を刺すことへの抵抗感が強いことは会話から伺える。過去にぎっくり腰の時に一度 経験したようだが、あまり良い思い出はなかったことを話す。平岡氏の治療に加え、友人 のマッサージや、知人のマッサージ師の治療も重ねたいということで、この日の治療をど うするかも迷っていた。この日は平岡氏の話を聞くことが主目的だったようだ。平岡氏は 刺激量の説明をするが、「午後来るマッサージ師がプロであれば刺激量も加味しながら施術 するだろうから、並行しても平気」である旨を説明する。しばらく島上さんは迷っていた が、最終的に今日から治療を実施することで決定した。「やるからにはしっかりと治療しま すよ」と平岡氏はやや力強い言葉で言う。治療同意のやり取りの後は、料金や支払いの方 法などの説明を各種書類を用いて行った。

説明が全て終わると、平岡氏はそのままその場で鍼灸治療の準備を始める。平岡氏は鍼 の準備を終え、島上さんの右側に立つ。ベッドの左側は壁で、間に 20〜30cm くらいしか 隙間がない。3月の中旬でまだ寒い時期ではあったが、その日は晴天で温かい日であり、室 温は大分高かった。足元にあった毛布を隣の部屋に移動させて、治療時の服装や掛け物に ついての話をした際、出身地の話になる。島上さんはとても気を遣ってくれる人で、暑い から気にせず上着を脱いだほうがいいと筆者に声を掛けてくれた。島上さんは話し始める と止まらない。もともとプロのダンサーであったという島上さんは自身のキャリアについ て詳細に語る。絶え間なく話し続ける島上さん対してどことなく平岡氏が診察をしづらそ うな印象を受ける。3,4分間寸断のない一通りの会話が一旦切れたところで、3秒間ほど舌