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課題 1「何を伝えるのか」に対する提示

第 9 章 これからの技術伝承と人材育成の方向性

9.2 問題・課題に対する理論的意義の提示

9.2.1 課題 1「何を伝えるのか」に対する提示

課題1は、「何を伝えるのか」について検証することであった。伝えるべきものは、「技 術者直観」(Engineer’s Intuition)だと提示した。その起点である「カン・コツ」は、先行 研究において曖昧なもののまま語られている。「技術者直観」という理論は、これまで何を 伝えるのか諸説あったものを一つにまとめる意義を持っている。論拠として、本論1(第3 章、第4章、第5章)において検証を行っている。

本研究における理論的意義は、「カン・コツのあつかい」と「意思決定に使ったもの(使 いこなすもの)」である。これが、これまでの理論(先行研究)との違いである。カン・コツ に着目し、「技術者直観」として理論化したことで、カン・コツとしてあつかってきた能力 を若手・中堅・ベテラン技術者のそれぞれが理解し、共通の認識を持つことに貢献できる。

その他、理論「技術者直観」の特徴は、「レベル設定・広さと深さの設定」、「対象・主体」

である。

表 9-1 理論(先行研究)との比較

カン・コツのあつかい 意思決定に使ったもの (使いこなすもの)

レベル設定

広さと深さの設定 対象・主体

 本研究 「技術者直観」 集積したもの 5段階

両方を考慮 技術者・個人

 小池 「知的熟練」 技能、経験 4段階

両方を考慮 技能者・個人

 ダガン 「戦略的直観」 × 知識、情報 レベル設定なし

深さのみ考慮 経営者・個人

 ダガン 「専門的直観」 経験 レベル設定なし

深さのみ考慮 消防士・個人

 野中・竹中 「SECIモデル」 暗黙知、形式知 レベル設定なし

両方を考慮 企業・組織

 金井・楠見 「実践知」 知能、経験、暗黙知 2~5段階、7段階

両方を考慮 様々・個人と組織

 松尾・中原 「経験学習」 経験 5段階

両方を考慮 様々・個人と組織 理論を比較するための軸

理論

理論構築の根拠・基盤 理論の構築過程・科学哲学 理論構築年

 本研究 「技術者直観」 現場観察、

カン・コツ = 直観の系譜

仮説演繹

(技術者への帰納的アプローチを含む)

20 17 年 時点でみる

 小池 「知的熟練」 現場観察 ①仮説演繹→②事例帰納→③仮説演繹 2005年 時点でみる

 ダガン 「戦略的直観」 科学史、脳科学、認知心理学、

西洋の軍事戦略論、東洋哲学 ①仮説演繹→②事例帰納→③仮説演繹 2007年 時点でみる

 ダガン 「専門的直観」 クライン 「直観」 仮説演繹

(消防士への帰納的アプローチを含む)

2007年 時点でみる

 野中・竹中 「SECIモデル」 ポランニー 「暗黙知」、知識変換 ①仮説演繹→②事例帰納→③仮説演繹 1996年 時点でみる

 金井・楠見 「実践知」 認知心理学、熟達化、SECIモデル ①事例帰納→②仮説演繹 2012年 時点でみる

 松尾・中原 「経験学習」 コルブ 「経験学習モデル」、熟達化 ①仮説演繹→②事例帰納 2006年 時点でみる 理論

理論を比較するための軸

表 9-1の理論を比較するための軸は、第 3章で理論(先行研究)の検証から得た項目であ る。この項目を挙げた理由と理論「技術者直観」が理論(先行研究)と異なる点は次のとお りである。「カン・コツのあつかい」は、本研究の起点であるカン・コツをどの程度あつか っているかを比較するためである。理論「技術者直観」は、理論(先行研究)と比較しても カン・コツのあつかいに特化したものである。「意思決定に使ったもの(使いこなすもの)」

は、意思決定に使ったものが何であるかを比較するためである。理論「技術者直観」では、

意思決定に使ったものが「集積したもの」である。これは先行研究と比較して、意思決定 に使ったものが異なる。「レベル設定・広さと深さの設定」は、能力のレベル設定を比較す るためである。理論(先行研究)と比較して様々なレベル設定がある中で、5段階・広さと深 さの両方を考慮したものとしている。松尾(ドレイファス兄弟)の理論と重なる面があるが、

理論「技術者直観」では、L1:学生・入職初期、L2:若手技術者、L3:中堅技術者、L4:

ベテラン技術者、L5:卓越したベテラン技術者と設定したことが異なる。「対象・主体」

は、理論が何を対象としてきたか、誰が主体かを比較するためである。理論「技術者直観」

では、技術者を対象としてきて、個人を主体にしていることが理論(先行研究)と異なる。「理 論構築の根拠・基盤」は、理論が何によって成り立っているかを比較するためである。理 論「技術者直観」は、現場観察から見出されたカン・コツを上位概念である「直観」まで さかのぼり、技術者・関係者の声を聴くことで、成り立ったものである。現場観察・文献 調査・インタビュー調査が組み合わされていることは、理論(先行研究)と異なる。「理論の 構築過程・科学哲学」と「理論構築年」は、どういった過程で理論が構築されたかを比較 するためである。現時点で、理論「技術者直観」は、仮説演繹(技術者への帰納的アプロー チを含む)という段階である。今後、事例帰納を行う過程への移行が求められる。

以上、項目を挙げた理由と理論(先行研究)と異なる点について述べた。理論「技術者直 観」は新しい理論だといえる。なお、理論的意義と特徴の詳細は以降のとおりである。

「カン・コツのあつかい」とは、その職種の人やその業界で働く人が、「カン・コツ」を あつかっているかである。技術者は、カン・コツをあつかっているということができる。

「意思決定に使ったもの(使いこなすもの)」とは、「集積したもの」である。その理論の 根幹は、「集積する能力」と「使いこなす能力」の循環であった。これについては第 3 章 および第4章で検証を行っている。概念図は、図9-2のとおりである。

図 9-2 分析の枠組 能力としての「直観」

能力としての「直観」は、「集積する能力」と「使いこなす能力」の 2 つが循環するこ とによって発揮されるものである。「集積する能力」は、知識、知恵、経験、体験、失敗な どの要素を集めて整理して積み重ねる能力を示す。また、「使いこなす能力」は、集積され たものを組み合わせ、業務上の問題を解決する能力を示す。新しい「直観」の視点は、「集 積する能力」と「使いこなす能力」を1対1の同等な重要さであるとしていることである。

「レベル設定・広さと深さの設定」のうち「レベル設定」とは、個人の能力のレベルを 表すものである。理論「技術者直観」は、5段階の設定である。概念図は、図9-3、図9-4 のとおりである。

図 9-3 技術者直観(図 1)

図 9-4 技術者直観(図 2)

図9-3は、技術者直観のレベルを球と線によって示している。球は、知識や知見、経験 など現場での問題解決に必要な材料である。線は、球をつなぐことで様々な組み合わせを つくりだすことを示す。線がつながった状態は問題解決しているか、その前段階である。

L1 は、集積によって習得可能で、技術者直観を働かせるための準備段階と言える。L2 は、集積し、意思決定材料を結ぶ線をつくっていく段階である。L3は、意思決定材料と意 思決定材料を結ぶ線が増え、技術者直観が高まっていく段階である。L4は、技術者直観に

よってパターンを自在に組み替えられる段階である。L5は、これまで築き上げた意思決定 材料を組み合わせ新たなものを創造する段階である。

図 9-4 は、技術者直観のレベルを示している。技術者直観のレベルは、L1~L5 で示さ れ、「集積によって習得可能な技術者直観の範囲」と「使いこなすことを通して鍛えられる 技術者直観の範囲」の2つに分けられる。ただし、この2つは順不同で起こることがある。

そのため図9-4では、「集積によって習得可能な技術者直観の範囲」と「使いこなすことを 通して鍛えられる技術者直観の範囲」を重ねて表現している。L5に至るにあたっては、企 業は選抜し、全幅の信頼の下、好きなようにさせ、個人は熱中して考え抜き、責任を持っ て、実現させるという相互の関係が必要となる。また、各レベルの関連性は、L1:学生・

入職初期、L2:若手技術者、L3:中堅技術者、L4:ベテラン技術者、L5:卓越したベテ ラン技術者である。企業・個人が目指すべきレベルを設定するのに足るものである。

「レベル設定・広さと深さの設定」のうち「広さと深さの設定」とは、広くてレベルが 高いのか、深さがあってレベルが高いのかを区別したものである。概念図は、図9-5のと おりである。

図 9-5 技術者直観(図 3)

図9-5では、技術者直観のレベルを広さと深さによってその多様性を示している。広さ と深さによって技術者直観の種類が異なり、同じレベルにあっても発揮する技術者直観が 異なる。例えば、Aさんの広さはL1で、深さはL5である。このレベルは、1つの専門性 に長けた技術者直観をもっていることを示している。Bさんは、広さはL5で、深さはL3 である。広い範囲で技術者直観を発揮できるが、その専門性は中堅技術者レベルであるこ とを示している。Cさんは、広さはL4で、深さはL1である。広い範囲で技術者直観が形 成されているが、少しでも専門性が高いものには対応できないことを示している。

「対象・主体」とは、それぞれの理論が何を対象にして、主体を何にしているかである。

理論「技術者直観」は、「技術者」を対象として、「個人」を主体にしている。このように 個人主体性を重視しているという点では他の理論とは異なる。

以上、理論を比較するための軸の詳細について述べた。理論「技術者直観」はこれまで の理論とは異なり、諸説あったものを一つにまとめる意義を持っている。

理論「技術者直観」の一般化1)にあたって建設技術者の議論だけで成立するのかという 面がある。つまり、技術者の直観と呼ぶからには、どこまでの技術者に適用させることが できるかである。そのため、なぜ、建設技術者を調査対象とすることで、理論「技術者直 観」が「技術者」に一般化できそうであるかについて検討した。その結果を示したのが表 9-2である。検討は、技術士(国家資格) 2)で分類される20種類の技術者に基づく。検討し た結果、他の技術者に対しても、理論「技術者直観」の適用可能性があると推察される。

表 9-2 技術者の特性の検討

表9-2は、(1)技術者がする仕事、(2) 理論を比較した項目 によって検討した結果を示す

とともに、それぞれの技術者が属する業界(企業・団体)を示したものである。

適用可能性があると推察される根拠は、3つある。第1に、技術者の仕事には共通性が あることである。対象とするものの違いはあるが技術者がする仕事には類似性が高い。技 術者についてあらためて述べておくと、技術者とは製造業一般、サービス産業など製品や システム(対物質)など、また建設・環境(対自然)など、モノやことを生み出す者のことであ る。技術者は、モノやことを生み出す生産が伴うすべての業界に存在している。通常、工 学(機械工学、電子工学、情報工学、化学工学、土木・建築工学など)や理学(数学、物 理学など)の分野の知識を持ち、有用なモノ・工程・システムなどを設計・開発・製造す る。直訳すると「工学者」であり、技術=technicとすると、技術者=technicianとして しまいがちだが、実際の内容としては技術者=エンジニアと表現するのが適切である。こ のように、技術者の定義にそれぞれの技術者は該当し共通する仕事をしているといえる。

1) あるグループの一部の事物について成り立っていることから、そのグループ全体について成り立つよ うに論をおしすすめること。また、論理学では、さまざまな事物に共通する性質を抽象し、一つの概念に まとめることとしている。仮に、技術者直観の「技術者」を外し、「○○○直観」として、または、「直観」

として、一般化をより広範囲に推し進めようとする場合の適用可能性について本研究では対象としない。

もし一般化をより広範囲に推し進めようとするならば、その対象への検討および検証が必要である。

2) 技術士法(昭和58427日法律第25号)に基づく日本の国家資格である。

カン コツ

意思決定に 使ったもの

レベル 設定

対象 主体

①機械技術者 自動車、機械、建設機械 トヨタ、ホンダ、日産、三菱重工業、コマツ、クボタ

②船舶・海洋技術者 造船重機 三菱重工業、川崎重工業、IHI、三井造船

③航空・宇宙技術者 航空・宇宙 IHI、三菱重工業、ボーイング、エアバス、ANA、JAL

④電気電子技術者 家電、電気機器、電子部品 日立製作所、ソニー、パナソニック、テルモ、キヤノン

⑤化学技術者 素材(化学) 三菱ケミカル、住友化学、三井化学、信越化学工業

⑥繊維技術者 素材(繊維) 東レ、帝人、旭化成、倉敷紡績、東洋紡

⑦金属技術者 素材(鉄鋼) 新日鐵住金、JFEスチール、神戸製鋼所、日立金属

⑧経営工学技術者 生産技術を支える メーカー、経営コンサルタント、シンクタンク、金融、商社

⑨情報工学技術者 IT、通信 NTT、KDDI、ソフトバンク、日本オラクル、楽天、ヤフー

⑩生物工学技術者 食品、医薬品、農業 アサヒ、武田薬品工業、マルコメ、タカラバイオ

⑪建設技術者 公務員、建設(土木・建築) 国土交通省、鹿島建設、日本工営、大和ハウス工業

⑫上下水道技術者 公務員、建設(土木) 地方公共団体、水ing、日本上下水道設計

⑬応用理学技術者 建設(土木) 応用地質、川崎地質、日本物理探鉱

⑭環境技術者 公務員、建設(土木)、自動車 環境省、農林水産省、鹿島建設、日本工営、トヨタ

⑮原子力・放射線技術者 エネルギー、建設(土木・建築) 東京電力、関西電力、東芝、日立製作所、日揮

⑯資源工学技術者 エネルギー、建設(土木・建築) JX、出光興産、東京電力、関西電力、東京ガス

⑰農業技術者 公務員、建設(土木)、食品 農林水産省、地方公共団体、NTCコンサルタンツ

⑱森林技術者 公務員、建設(土木・建築) 農林水産省、地方公共団体、住友林業

⑲水産技術者 公務員、建設(土木)、食品 農林水産省、マルハニチロ、日本水産、極洋

⑳衛生工学技術者 空調、建設(土木・建築) 高砂熱学工業、三機工業、新菱冷熱工業

技術者の分類 属する業界 企業・団体

理論比較した項目

 

 

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仕事