第 6 章 方法論「人材育成論」に関わる先行研究
6.4 経営学系
企業は、社会・経済全体において必要不可欠な存在である。その企業の成長には人材育 成が重要となる。本節では、社会科学の中でも特に人の育成を扱う経営学を扱うものとす る。主として、能力開発・キャリア形成と呼ばれる面について述べる。経営学系は、評価、
自己啓発、経験(OJT)、外部環境、段階、挑戦、指導、他社との交流、場の提供を示唆し ている。
ドラッカー24)は、マネジメント教育において人に焦点を合わせている。その目的は、人 の能力と長所を最大限に発揮させ、成果をあげさせることにある。目的は卓越性にある。
マネジメント教育は、「成果をあげたものは何か。優れた成果をあげることができるものは 何か。その長所を最大限に発揮するために克服すべき条件は何か」に合わせた評価からスタ ートする。しかもこの評価は常に共同作業で行なわれるのである。それは、本人による作 業を必要とする。つまり、自己評価である。しかしまた、それは同時に、上司による積極 的な指導を必要とする。自己評価は、上司とともに設定した目標に基づいて行なう。そし て、目標に照らした成果からスタートする。見込みからスタートしてはならない。「何がよ くできたか。何が何度もよくできたか」を問う必要がある。こうして強みを明らかにすると ともに、その強みをフルに発揮する上で障害となっているものを明らかにする。さらには、
「人生に期待するものは何か。自らの価値観、願望、進むべき方向は何か、自分自身に対す る要求や、人生への期待に沿って生きて行くには、何を行い、何を学び、何を変えるか」
を問う必要がある。しかもこの問いは、自分をよく知り、敬意を払ってくれている人から 問いかけてもらうことが望ましい。自己啓発のためには、新しいスキル、新しい知識、新 しい姿勢を学びとることが必要となる。しかしそのためには、何よりもまず新しい経験が 必要である。自らの強みを知ることに加えて、仕事の経験と上司の手本が必要なのである。
したがって、自己評価、自らの果たすべき貢献ともつべき経験について、ニーズと機会を 明らかにするものでなければならない。すなわち、「最も早くかつ最大限に能力を伸ばすに は、いかなる経験が必要か」を考えさせるものである必要がある(Drucker、1993)。つまり、
ドラッカーは、自己評価、自己啓発、経験が育成には欠かせないと言っているのである。
アージリスとショーン25)(1978)によれば、シングルループ学習・ダブルループ学習の概 念を示している。組織学習の分析であるが、人の育成に通じるものがある。組織が単なる 群衆と違うのは、集団的決定をする手順や手続きを持っている点、その集団を代表して行 動する権限を個人に委ねる点、そして集団の境界を定めルールを設定する点においてであ
24) Drucker, Peter Ferdinand、1909年~2005年。オーストリア・ウィーン生まれ、ユダヤ系オースト リア人の経営学者。
25) Argyris,Chris、1923年~2013年。アメリカの経営学者。Schön, Donald、1930年~1997年。アメ リカの教育思想家。
る。組織では、これらすべてに対して規範や戦略がつくり出されるが、健全な組織では人々 が交流したり新しいアイデアを獲得したりするにつれ、この規範や戦略は常に検証され吟 味される。組織に属する人々の持続的な学習が、組織そのものの変化と発展に反映されれ ば、組織も学習していると表現されるのである。シングルループ学習は、すでに備えてい る考え方や行動の枠組みにしたがって問題解決を図っていくこと。ダブルループ学習とは、
既存の枠組みを捨てて新しい考え方や行動の枠組みを取り込むことである。組織は、シン グルループ学習だけでは環境に適応しながら生き残っていくことは難しい。過去の成功体 験における固定観念を自らアンラーニングし、外部から新しい知識や枠組みをダブルルー プ学習し、それをまたシングルループ学習によって反復・強化していく。このサイクルを 繰り返し継続できる組織だけが競争優位を保ち続けることができると言われている。個人 に適用すると、ダブルループ学習とシングルループ学習のサイクルが効果的であると考え られる。どちらかだけに傾向するのでは、成長はありえないということである。
マイケルズ、ハンドフィールド=ジョーンズとアクセルロッド26)(2001)によれば、企業に おける人材開発の重要性を説いている。人材開発とはトレーニングであると考えられがち だが、トレーニングは解決策のごく一部でしかない。基本的に、全力投球を要求される仕 事と指導、方向づけによって育ち、能力を発揮できるようになるのである。企業は、この 人材開発という仕事を効率的に行なう必要がある。彼らが考えた人材育成のアプローチは、
次の通りである。人材育成とは、基本的に難題に取り組む経験、コーチング、フィードバ ック、メンタリングのことである。そして、社員は会社の中を容易に移動できる。コーチ ングを受けることは誰にでもできるようにすべきである。さらには、高い能力を持つ者に はメンターがつけられるとしている。つまり、環境を整え、あらゆる経験をさせ、厳密な 人事評価を行なうことが必要なのである。
ミンツバーグ27) (2005)による育成方法は、個別のニーズに応じた慎重な組み合わせだと 説いている。なぜなら育成方法には、経験と仕事を重んじるものもあれば、教育と個人を 重んじるものもあるし、結果と会社を重んじるものもある。そして、それぞれに長所と短 所がある。このすべてを統合した取り組みであり、すべてを一緒くたにすればいいという ものでないからである。短期間のコースは、明示的な知識を伝達し、具体的なスキルを築 くのに適している。計画的人事異動は、コーチングと定期的なアセスメントを併用すれば、
経験を通じた学習を進められる。アクションラーニングは、適切な省察と組み合わせば、
経験を通じた学習を行なう能力を高められる。いきなり水の中に突き落とすことも一つの 手段である。どういう育成方法が最適かは、キャリアの段階によっても変わる。「半構造化 された状況で情報を発見し問題を解決する方法」や「人間関係の問題を観察し判断する方法 から立場を理解する」などがある。いずれにしても、キャリアのそれぞれの段階で使い分け る必要がある。目的を達成するために、いろいろな方法から最適な組み合わせを見つけ出 すのがよいのだとしている。
26) Michaels, Ed、元マッキンゼー&カンパニーのアトランタオフィス所長。
Handfield-Jones, Helen、マッキンゼー&カンパニーにて、主に人材マネジメントに従事。
Axelrod, Beth、マッキンゼー&カンパニーのスタンフォードオフィス所長。
27) Mintzberg, Henry、1939年~。マギル大学経営大学院のクレゴーン記念教授、およびINSEADの組 織理論学の教授。
レナードとスワップ28)(2005)は、自身が説く経験知を伝える技術から育成の方法につい て説いている。人は経験から学習する。一口に経験と言っても、本物の経験もあれば、指 導なしの経験もある。計画的な経験もあれば場当たり的な経験もあるし、広く浅い経験も あればせまく深い経験もある。経験がどのように経験知を育むかを理解する必要がある。
次のようなものが挙げられる。実践(経験)を通じた学習、レセプターを育む、シミュレー ションによる学習、である。実践を通じた学習は、どれだけ経験したかである。練習によ る反復の中で、間違ったことを身に付けるかもしれない。それを修正するのが経験である。
レセプターを育むとは、その人のもっている基本的な考え方や知識、それに過去の経験を 反映した脳神経構造を育むことである。そのためには常に新しいことに触れる必要がある。
シミュレーションによる学習とは、ロールプレイング、ケーススタディ、バーチャルリア リティなど様々なものを使ったトレーニングである。スキルを養ったり、珍しい状況の練 習をしたり、安全に失敗したりとその範囲はあらゆることを想定してのトレーニングであ る。また、レナードとスワップは、指導のもとでの経験も重視している。それは、経験知 を持つ者からでなければ、経験知を移転することが難しいと考えるからである。つまり、
トレーニングの重要性とそれを伝えることのできる指導者が必要だということである。
ダガン29) (2007)は、自身が説く戦略的直観の育成方法について説いている。企業戦略で
は従来、市場や競合や自社を分析し、目指すポジションを決めるという分析的な競争戦略 が主流だった。しかし、環境が不確実性を増し、分析重視の競争戦略の限界が見えてきた 中で、ダガンが再評価するのが 19 世紀の軍事学者クラウゼビッツが説いた直観重視の戦 略策定だ。それは四段階で展開される。(1)既存の情報や要素を脳内に蓄積する、(2)平常心 を持ち、あらゆる考えに心を開く、(3)ひらめきにより既存の要素を融合する、(4)意志の力 で実行する。仏陀からナポレオン、ビル・ゲイツ、グーグル創始者に至るまで、偉業は四 段階の戦略的直観により達成されたとして、そのプロセスを解き明かしている。戦略的直 観を身に付けるには、これらの段階を経る必要がある。自ずと育成の方法は見えてくるし、
これは教育によって達成されるべきだろうとしている。一般論と一つ異なるのが、平常心 である。この平常心こそ戦略的直観を得る重要なエッセンスだというのである。
クリステンセン30)(2011)は、イノベーターがどのような習慣やテクニックを通じて、人 と違う考え方をしているかを説いている。クリステンセンのいうイノベーターとは、P&G のA・G ラフリーなどのことを指す。ラフリーは、P&G に画期的なプロセスを立て続け に導入し、数々の製品イノベーションを触発した人物である。ここから見えてくるのは、
成長へのエッセンスである。具体的には、イノベーションに取り組む勇気・行動的スキル・
斬新なインプットを組み合わせる認知的スキルの3段階である。イノベーションに取り組 む勇気は、現状に異議を唱える・リスクをとるから成る。行動的スキルは、質問力・観察 力・ネットワーク力・実験力から成る。斬新なインプットを組み合わせる認知的スキルは、
関連づけ思考である。イノベーターと呼ばれる人は、これら多く兼ね備えている。したが って、個人の成長にあたっては、これらのエッセンスを身に付けていくことが必要となる。
28) Leonard, Dorothy.ハーバードビジネススクール名誉教授。Swap, Walter.タフツ大学名誉教授(心理学)。
29) 第3章を参照。
30) Christensen, Clayton M. 、1952年~。ハーバードビジネススクール教授。