第 3 章 理論に関わる先行研究
3.2 理論生成のための分析の枠組
本研究では、理論生成のための分析の枠組を新たに構築している。ベテラン技術者たち が培ってきた若手・中堅に伝えるべきものを定義するに当たって、建設技術者のカン・コ ツを対象として開始した。カン・コツは概念であるチョッカン9)の派生である。そのため 上位概念である「直観」にさかのぼって先行研究をレビューし、帰納的アプローチによっ て、分析の枠組を構築した。
先行研究をレビュー直前の分析の枠組は図3-1のように設定した。当初、「直観」は「蓄 積する能力」、「使いこなす能力」、「2つの能力が独立しない」の3つに分類できるのではと 考えたためである。「蓄積する能力」とは、知識や知恵、経験などの材料を自らの中にため ておく能力のことである。一般には知識は大事だ、経験は大事だといい、それを自分の中に 蓄積しておくことにこそ意義があると分類する考え方を表現したものである。「使いこなす 能力」とは、材料を使いこなす能力のことである。一般には、実践が大事だといい、使って みることにこそ意義があると分類する考え方を表現したものである。「2 つの能力が独立し ない」とは蓄積する能力と使いこなす能力のどちらともに分断しない考え方を表現したも のである。
図 3-1 先行研究をレビュー直前の「直観」の分析の枠組
先行研究を整理し「直観」を検証した結果、導き出された能力としての「直観」は、「何ら かのものがその人に準備されており、準備されたものを引っぱり出して、意思決定の上、行 動している。また、引っぱり出すものは一つではなく複数である。複数のものをつなぎ合わ せ、組み合わせるからこそ、状況に応じた意思決定・行動ができる」である。引っぱり出す ものが、無意識なことや深層にあるもの、目の前にある事実であろうと、何かから意志決定 の材料を得ていることは間違いない。さらに分析の枠組に従い2つの能力に分類した上で、
2つの能力は別々のようで1つであり、相互に関係していることが見いだされた。また、2 つの能力を同等に重要視し、概念図で示したことはこれまでにはない「直観」の捉え方であ る(図3-2)。
9) 第1章でも先述している。カタカタでの表記は、日本語の「直観」と「直感」を区別するために用いてい る。また、直観は英語で”Intuition”であり、「判断・推理などの思惟作用の結果ではなく、精神が対象を 直接に知的に把握する作用のこと。」である。直感は、”Instinct, Gut feeling”であり、「推理・考察などに よるのでなく、感覚によって物事をとらえること」である。本研究では、後に論理立てて説明をすること ができる「直観」に重点を置いている。「直感」を軽視するものではない。
図 3-2 先行研究を通して得た 能力としての「直観」
図3-2に示すように、「集積する能力」と「使いこなす能力」をそれぞれ概念図化した。
また、2 つの能力が切り離せるものではなく循環していることも関係性として示している。
「集積する能力」は、「知識」、「経験」、「体験」、「知恵」、「失敗」などを集積する能力が 高いことを示している。また、ただ集積するだけでなく使えるように整理を行うことも集積 する能力に含まれる。整理が行われる場合とは、解決すべき問題に対して取り組んだが、失 敗したり結果が出なかった時である。整理は、問題解決にあらためて取り組むために補うこ とや、補ったものを整理することである。当初の「蓄積する」が「集積する」という言葉に 変わったのは、ただ、ためておくという感覚ではなく、集めてきて整理して積み重ねておく という感覚を表現するためである。なお、集積とは、産業集積や技術移転などの地域を対象 とした研究分野で使われることが多い。本論文では、これを人に適用して意味を付け加えた 上で使用するものである。
「使いこなす能力」は、「無意識に深層で組み合わせ、意思決定し行動する」という集積 したものを使いこなす能力である。集積したものを使いこなすことができるかが能力の高さ を示す。また、解決すべき問題が解決できなかった場合は、不足した集積すべきものを準備 するため、「集積する能力」に循環することも示している。
先行研究において示されていなかったことは、「集積する能力」と「使いこなす能力」
を2つに分類した上で、切り離せないものであり相互に関係していることである。2つの 能力が循環し、その中で能力としての「直観」が発揮されているものと考えられる。つま り、「集積する能力」と「使いこなす能力」のどちらも同等に重要であり、相互の関係性 についても着目すべき点だということである。
「直観」の系譜をたどっていくと、古代のプラトンの「使いこなす能力」10)に着目した
10) プラトンによる「直観」は、「anamnēsis(アナムネーシス):想起(想い出す)」が理論として存在す る。いわゆる想起説に説かれるものである。古代において「直観」を捉えようとした時、「集積」と「使 う」の2つに分類していることが特筆すべき点である(Day、1994; 岡田正三訳、1946; Plato(著):藤沢令 夫訳、1967、1979)。時代は移り変わりコメニウス(Comenius、1657)、カント(Kant, Immanuel、 1787)、シュライアマハー(Schleiermacher、1799)、ペスタロッチ(Pestalozzi、1801)、フッサール (Husserl ,Edmund、1913)、ベルクソン(Bergson、1934)によって直観が考えられる。また、シュンペー ター(1912)による「イノベーション(新結合)」も使いこなすことということができる。
ものとアリストテレスの「集積する能力」11)に着目したものの2つに分類されたのが始ま りである。その後近代に入って、デカルトによって二元論的「直観」に集約される。つま り、「集積する能力」と「使いこなす能力」の両方12)を認めたのである。中でも注目すべき は、集積されたものを間違うことなく瞬時に組み合わせることだと捉えていることであ る。さらに言い換えれば、「直観」は思い付きの類いではなく後に説明ができるものだと いうことである。その後、デカルトの理論を基にしながら、多くの学者たちが様々な分野 への関連付けを行っていくようになる。教育と宗教への関連付けは大きなものがあった。
教育と宗教に関連付けることで見いだされてのが、「直観」は「自然のもとに発揮され る」という理論である。また、このような様々な分野への関連付けにおいても「集積する 能力」と「使いこなす能力」によって区別して説明できることが象徴的である。
現代に入って「直観」を能力として捉えた理論が登場し始める。よく知られているの が、3.1で先述のポランニー、ドレイファス兄弟、ベナー、クラインの理論である。これ らは、「直観」を能力として捉えた理論の始まりとなる研究である。「直観」を能力として 捉えただけでなくどのようにすれば発揮できるかにまで言及している。「集積する能力」
と「使いこなす能力」という視点においては、2つの能力についてそれぞれが理論を展開 している。近年では、「直観」は様々な研究においてその有用性が考えられている。看護 学における「直観」の数値化、認知心理学や脳科学における「直観」の応用などである。
ポランニー(1966)は、暗黙知(tacit knowing)という概念を提唱している。哲学によって 科学における直観を捉えようとしたのが始まりである。暗黙知とは、「科学上の発見(創 発)に関わる知であり、”あるもの”をそれぞれ遠隔的・近接的項目」と呼んだものである。
創発は、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。
局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測で きないようなシステムが構成されることをいう。氷山において表出しているものだけでな く、その深層部までに到達し、何かを得ることを示している。暗黙知は、「語られること を支えている語らざる部分に関する知識」であり、「我々は語ることができるより多くの ことを知ることができる」という彼の言葉が、それを表している。暗黙知は、自分は気が ついていなくとも、身体が知っている知識である。我々が沢山の顔のなかからある特定の 人の顔を見分けるとか、医者が病気の症状を当てるとか、科学者などが岩石の標本あるい は植物や動物を識別できるのも暗黙知が働くからである。ポランニーの理論は、「集積さ れるもの」を知の形式として捉え、「使いこなすこと」に重点を置いている。
11) アリストテレスは、直観を「知の端初にして終極」だとした。また、知識をソフィアとフロネシスの2 種類に区別している。ソフィアとは、智慧・叡智を意味し、道理を判断し処理していく心の働きのことで ある。特に「智慧」は、物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力のことである。また、フロネ シスとは、実践的な知のことである(紀元前350年) Ēthica Nicomachēa. 高田三郎訳、1971)。この後、
時代は流れてスピノザが、直観について直観知として説いている(Spinoza, 1677)。現代に近づくと、ノー マン(1994)では、「体験的認知」と「内省的認知」の2つで表現され、レナードとスワップ(2005)では、経験
知(Deep Smarts)という知の形式について提唱している。また、「経験学習」にもその流れを読み取ること
ができる (Dewey、1938; Schön、1983; McCall、1988a、1988b、2010; Mezirow、1991; Reynolds、
1998; Cranton、1996; Moon、2004; Daft、2005; Yamazaki and Kayes、2007; Kolb and Kolb、2009;
Yukl、2010)。
12) 2つの能力が独立しない1つにしてとらえる(Descartes(著)、1628:野田又夫訳、1974)。ユングの捉 え方もまたその一つである(Jung(著)、1921:高橋・森川訳、1987)。