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第 2 章 満洲国における官吏の養成

3 満洲国における官吏の養成・教育

3.1 語学講習所による在職官吏の語学教育

3.1.1 語学講習所について

語学講習所は満洲国文教部に直属し、専ら満洲国の官吏を対象とする日本人官吏に漢語 教育、他の民族官吏に日本語教育を実施する社会教育組織である。これまでの先行研究の 中で、語学講習所について論述するものは、那須(2000)のみである。那須(2000)では、

日本人官吏に対する漢語教育を中心に分析しており、他の民族の官吏に対する日本語教育 については言及していない。語学講習所ではいかなる日本語教育が実施され、また、満洲 国教育の中で語学講習所はいかなる位置づけを有したのか。本節では、主に語学講習所の 日本語教育に注目し、語学講習所の組織構成、受講者人数及び教科書の分析から、語学講 習所による在職官吏の語学教育の実態に迫り、語学講習所の教育から満洲国の官吏に必要 とされた語学能力はいかなるものであったのかを考察する。

1932 年 8 月 1 日、満洲国の学校教育がまだ整えられていない時期に、「公務運用の円滑、

事務能率の増進、日満両系官吏相互の意思疎通を目的30」とし、新京(現在の長春市)商業 学校で官吏に対する語学教育組織である語学講習所が開設された。語学講習所では日本語 科と満洲語(漢語)科を設置し、受講生の言語程度によってそれぞれ第一部(初級入門)、第 二部(中級)と第三部(上級)を設けていた。授業は週 3 回実施され、1 回の持ち時間は 80 分 で、4 ヶ月を一学期としていた。講師は政府の各部・院より選ばれた日本国内の有名大学の 出身者、または南満洲鉄道株式会社(以下は満鉄と略称する)の語学奨励試験の最高等級 の合格者である。1932 年 8 月、語学講習所は日本語科 634 人、漢語科 380 人の入所生を迎 えた。表 2-3 は 1932 年に実施された第 1 回目の語学講習の人数表である。

表 2-3 1932 年第 1 回語学講習所人数表 (単位:人)

月別 人数

日本語科 満洲語科

八月 九月 十月 十一月 八月 九月 十月 十一月 入所 634 11 47 10 702 380 21 2 0 403 途中退所 155 108 101 100 464 70 150 55 50 329

第一部 265 205 162 80 169 131 75 36 第二部 62 45 36 30 73 38 38 30 第三部 52 32 30 28 62 12 11 6 379 282 288 138 310 181 124 74

武強(1989:135)『東北淪陥十四年教育史料』(第 1 輯)より転載)

表 2-3 より、部別から見れば、日本語科と漢語科はともに、第一部生、つまり、初級入 門段階の人数が一番多く、各科の総人数の凡そ 60%を占めていたとみられる。これによっ て、1932 年の時点で、満洲国の官吏の中に、日本語または漢語ができない人が多かったこ とが窺える。また、第 1 回目講習の 4 か月間は毎月新入受講生が入ってきていることから、

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語学講習所には多くの受講生を有したことが推測でき、それと同時に、満洲国政府が官吏 に対する語学教育を重要視していたことも窺える。しかし一方、毎月、中途退所者の人数 は新入受講生の人数を遥かに上回ったため、講習所にいる受講生の人数は全体的に減少し ていく傾向を示している。

1932 年 11 月 30 日、第 1 回目の講習が修了した際、受講生に試験を行い、その成績と普 段の出席率に併せて評価した結果、満洲語科 74 名の所生の内、成績優秀者は 51 名で、日 本語科 238 名の内、成績優秀者は 73 名31のみであった。その後、1933 年 2 月 2 日から 6 月 までの 5 ヶ月間にわたって、第 2 回目の講習を実施した。受講生の修了成績をみると、満 洲語科の成績優秀者は 60 人で、日本語科の成績優秀者は 55 人であった。この 2 回の結果 から、語学講習所での教育の効果は高いとはいえないだろう。1933 年、語学講習所は官吏 の語学学習の向上心を促進するために、語学奨励の方法を考案しはじめた。

語学講習所はいつまで存続していたかは不明であるが、1935 年 12 月までに第 7 回目の講 習が実施されたことは確認できる。1932 年開所から 1935 年までの間、2 回にわたって講習 に関する改正が行われた。第 1 回目の改正は 1933 年 2 月 2 日より毎回の授業の持ち時間を 90 分までに延長したことである。第 2 回目は、第 5 回目の講習より、語学講習所の所生配 分は、それまでの第一部(初級)、第二部(中級)と第三部(上級)の 3 段階を 4 段階、つまり 第一、二、三、四部の配分に変更したことである。そのうち、第一部と第二部は初級段階 を構成し、第三部と第四部は中級と上級段階を構成する。教授時間は以前と同じく週 3 回、

毎回の持ち時間が 90 分であるが、講習期間はさらに延ばして 6 ヶ月を一学期とした。第一、

二、三部の卒業生に修了証書を授与し、第四部の卒業生に卒業証書を授与する。また、語 学学習を促すために、成績優秀者に奨励を与えるようになった。

1935 年第 7 回目の講習までに、語学講習所の卒業者は日本語科 955 人、漢語科 637 人、

合計 1592 人に達した32。この人数から、語学講習所で語学教育を受けた官吏の人数はそれ まで多くとはいえないが、しかし、表 2-3 でみられたように、講習期間中に退所者が大量 に現われ、また、成績優秀な受講生のみが卒業者と呼ばれたため、成績優秀な卒業者以外 にも大量な修了者、中途退所者などがいることが推測できる。こうして、実際、語学講習 所で講習を受けた官吏ののべ人数は少なくないことが予測できる。ここより、満洲国の官 吏にとって語学学習の重要性の一端を窺うことができると考える。では、語学講習所で行 われた語学教育はいったいいかなるものであろうか。次に語学講習所における実際の教育 状況について考察する。

表 2-4 は 1932 年に語学講習所で実施された科目及び使用教科書を示す表である。表 2-4 が示している語学講習所での教授科目及びその使用教科書から、語学講習所での語学教育 は会話能力が重要視され、また、等級が上がるにつれ、官吏の実務に関連する時文、公用 文の読解力が求められる傾向があることが窺える。1933 年、第 2 回目の講習より、日本語 科の初級における使用教科書の変更が実施された。それは、もとの第一部(初級)で『新撰

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表 2-4 1932 年第 1 回語学講習所教科表 (( )内は科目である)

等級 日本語科 満洲語科

第一部(初級) 大出正篤『新撰日本語読本』正篇、続篇 秩父固太郎『簡易支那語会話篇』

第二部(中級) 大連東方文化会編『実用日語完璧』全

(科目:会話、時文33、実用語)

李仲剛『現代華語読本』

第三部 (高級) 印刷物(公用文、公用語) 印刷物(公用文、公用語)

武強(1989:134-135)『東北淪陥十四年教育史料』(第 1 輯)より、筆者が作成した)

日本語読本』(以下、『新撰』)の正篇と続編の使用は、第一部で『新撰』の正篇を使用し、

第二部(中級)で『新撰』の続編を使用するようになったことである。この教科書の変更か ら、1933 年以後の第一部(初級)と第二部(中級)の水準は 1932 年より劣っているように見受 けられる。それは、第 1 回目の講習が行われた際、大量な中途退所者が現われたことを考 慮して、教授の難易度を調整するために教科書の使用を変更したと考えてもよいであろう。

1935 年にいたると、前述したように、語学講習所の日本語科と漢語科の構成はそれぞれ 4 部に分けられるようになり、それにしたがい、各部の教授科目及び使用教科書は表 2-5 が 示すとおりになった。

表 2-5 1935 年語学講習所教科表

日本語科 満洲語科

第一部 (初級Ⅰ)

発音 会話 実用日・満語読本

発音、会話

支那語教科書 会話編 第二部

(初級Ⅱ)

発音 会話

新撰日本語読本 続編

発音 会話 傅氏華語教科書 第三部

(中級)

文法 交際会話 中等日本語読本巻一

文法 交際会話 華語萃編二集 第四部

(高級)

文法 交際会話 中等日本語読本巻二

文法 交際会話 謄写片

(武強(1989:384)『東北淪陥十四年教育史料』(第 1 輯)より転載)

表 2-5 に示されている科目から、各科において、会話能力の養成は依然として教育の中 心であるとみられる。初級Ⅰと初級Ⅱでは、言語の入門知識及び簡易な日常の実用会話の 教授を中心とし、中級と高級では文法と社会上、または業務上の実際会話を主としていた。

日本語科の教材の使用については、1933 年により中級の教材として使用された『新撰』の 続編は、1935 年になると初級Ⅱの使用教材として使われていたことが分かる。ここより、

1935 年の中級と高級段階の水準は 1933 年の同等級より高く設定され、1932 年最初の設定 に類似していると推測できる。初級Ⅰと初級Ⅱの設定はただ初級を細分したのみであった。

しかし、語学講習所の使用教材になぜ『新撰』は継続的に使用されたのか、この教材に どんな特徴があるのであろうか。次節では、語学講習所の教育実態を考察するために、受 講人数が最も多い日本語科の初級部門に焦点を当てて、語学講習所が開所した時から 1935 年までにこの部門で使用し続けられた教材である『新撰』について分析する。

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3.1.2 『新撰日本語読本』からみた官吏に必要な日本語能力

『新撰』は 1932 年に大出正篤により編纂された中国語対訳付の短期間で日本語を習得さ せるための入門書である。正編と続編の 2 冊からなり、正編には「片仮名ト単語」、「単句 ト単文」、「日常用語」、「初歩会話」、「平仮名」の 5 つの部分があり、続編には「社交会話」、

「誤リ易イ語法」と「日本事情」の 3 つの部分がある。正編の使用文字は片仮名・片仮名 漢字交じり文であり、表記については、同書の緒言に「表音的に近いもの34」と明記してい る。表 2-6 は『新撰』続編に提示されている歴史的仮名遣いと表音式仮名遣いの対照表の 一部である。

表 2-6 仮名遣い対照表 表音式

名遣い イルオル デシマショ コオソオ 人人チチ

歴史 的仮

名遣い ヰルヲル デセウマセウ カウサウ 人々チ﹅

(大出正篤『新撰日本語読本続編』満洲図書文具株式会社 1936 年第 17 版 6-7 頁より、引用者作成)

表 2-6 と照合しながら正編の表記を精査した結果、その表記には、「ハ」と「ヘ」のみは 歴史的仮名遣いを使用しているほか、その他のすべては表音式仮名遣いを使用しているこ とがわかった。それによって、ここで示されている「表音的に近いもの」というのは、表 音式仮名遣いを中心とする表音的仮名遣いと歴史的仮名遣いを混用するものと考えてよい。

その全体からみれば、現代の仮名遣いに近いように見受けられる。次は正編の 5 つの構成 部分についてみる。

①「片仮名ト単語」の部分においては、15 課にわたって片仮名の導入を行っている。指 導方法としては、「片仮名の字形を教え、その発音の練習を行うと共に、その仮名を使用し て必要な単語を授ける35」と示している。

②「単句ト単文」の部分は 22 課からなる。この部分より、漢字片仮名交じり文が使われ はじめ、漢字に読み仮名が同時に附せられている。また、文型の導入順序は「です・ます」

→「ています」→「ました・でした」→「ません」の順となっている。文型または文法に ついての説明は、日本語では一切設けていなかったが、中国語訳にはしばしば見受けられ る。たとえば、「イマス、オリマス」を導入する際、「用於有生物」(生命物に用いる)と中 国語で解釈している。「テイマス・デイマス」の部分では中国語で「正在…着」(進行形)と 説明している。

③「日常用語」の部分に 25 課がある。この部分においては、「「単句ト単文」部分の基本 単文を種々に応用し、活用して36」いる。日常に必要とされた語彙の量が増え、また、内容 は「数」、「天気」、「一年」、「貨幣」、「春」、「乗物」のような日常で使用されそうなものを