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師範学校による初等教育教員の養成

第 3 章 満洲国における教員の養成

3 満洲国における教員の養成

3.1 師範教育機関による教員の養成

3.1.1 師範学校による初等教育教員の養成

前述したように、満洲国の建国初期、学校教育の制度、方針はまだ整えられていなかっ たため、旧来の制度をそのまま踏襲していた。この時期に開校した師範学校の中、初等教 育教師の養成を目的とする学校は主に師範学校、師範講習科、師範中学校(専修科)の 3 種 であった。それぞれの入学条件及び修学年限については表 3-12 のとおりである。

師範学校は省立または県立の機関で、初級中学校卒業者を対象者とし、学制は 3 年であ る。師範講習科及び師範中学校(専修科)は農村にあるものが多く、「これらの学校は県立の 機関で、主に建国初期の教員の不足を補うために設けられ、教員の速成的な養成を行うと ころ42」とされている。

114 表 3-12 満洲国初期師範学校分類表

学校類別 入学資格 修学年限

師範学校 初級中学校卒業 3 年

師範講習科 高級小学校卒業 3 年

師範中学校(専修科) 高級小学校卒業 3 年

『高等師範学校要覧』(1937:4)、武強(1993:137)より、筆者が作成した)

満洲国の建国初期において、師範学校で教授されていた学科は主に、修身、経学(四書五 経)、国文、日語、英文、数学、歴史、地理、博物43などがあり、満洲国建国以前の師範学 校での学科と比べ、「修身、日本語と経学」は文教部より新たに加えられた科目であった。

表 3-13 が示した奉天省の師範学校を例としてあげて、そこで実際、実行された科目及び毎 週の教授時間数44を詳しくみていく。

表 3-13 奉天省師範学校学科目及毎週教授時間数表(1935 年 12 月) (単位:時間)

学科目 修身 経学 国文 日語 英文 数学 歴史 地理

第一学年 1 2 5 4 2 3 1 2

第二学年 1 2 5 4 2 1 2 2

大三学年 1 1 3 4 1 1 1 1

備考 男 師 注:この学校は主に男性教員の養成を目的とする学校である

(曲鉄華他(2005:219)『日本侵華教育全史』第 1 巻 人民教育出版社より転載)

1935 年の時点で、満洲国では日本語はまだ外国語として取り扱われていたため、表 3-13 が示しているように、「国文」と日語は別々に独立していた。ここで「国文」というのは漢 語のことを指す。しかし、週単位の教授時間数からみれば、日本語の教授時間数として週 に 4 時間が与えられ、国文の教授時間数とほぼ同じ時間が割り当てられている。ここから、

新学制実施前から、師範教育の中で、すでに日本語の教育が重要視されたことが読み取れ る。

また、日本語教授の主旨について、以下のように規定されていた45

日満関係が密接になるに従い、日満人の接する機会が多くなっていく。日本語の重要性 もますます著しくなる。したがって、教師としては必ず日本語を習得し、それを通して、

日本の現状を研究することができ、実際に教学を行う際、児童に日常日本語を身に付けさ せ、日本一般の風俗習慣を理解させることができる。一面、児童の実際生活に利便性を提 供し、さらに、民族協和を促すことを期する。(下線部は引用者による)

上記の記述は、まず満洲国における日本語の重要性及び教員として日本語学習の必要性 を示している。その利点の一つは、児童に日本語を身に付けさせ、そして、児童の生活に 利便をもたらすことで、もう一点は民族協和を実現するところにあると述べている。そし て、これらを実現するために、教員に児童に教えられる日常日本語以上の日本語能力、日 本の一般風俗習慣についての理解、また、独自に日本の実情などを研究することができる

115 能力が求められたことがわかる。

1937 年 5 月 2 日に勅令第 75 号で頒布された「師道教育令」により、1938 年 1 月 1 日に 新学制の実施とともに、師範学校は師道学校と改称し、省または特別市の管轄下で国民優 級学校、国民学校及び国民学舎の教員を養成する。師道学校での修業年限はもとの 3 年か ら 2 年までに縮められ、入学資格は国民高等学校 3 年修了程度と定められた。また、師範 講習科は師道特修科に変えるか、または、前述したように、師道学校に吸収され、師道学 校の特修科として国民学舎の教員と国民学校、国民優級学校の補助教員を養成し続ける。

師道特修科の修業年数は 2 年で、対象者は国民優級学校の卒業者、または 13 歳以上の同等 の学歴を有するものである。

表 3-14 師道学校本科各学年各学科目毎週教授時間数

学科学年 国民道 教育 国語 実業 歴史 地理 数学 理科 図画 手工 体育 音楽

講義 実習 満語 日語 講義 実習

学年第一

2 7 4 6 2 4 1 1 3 2 2 2 2 2 40

学年第二

2 4 23 3 2 4 2 40

民生部教育司(1938:196)『学校令及学校規定』より転載

師道学校では教授科目としては国民道徳、教育、国語、実業、歴史、地理、数学、理科、

図画、手工、体育、音楽が課された。そのうち、教育と手工以外の科目の教授基準及び主 旨は「授くるには国民高等学校の当該学科目に準じ更に教師として有効適切なる事項を授 け以て師表たるの人格を陶冶し其の教養を高むべし46」と明示されていた。師範学校は主に 国民高等学校の 3 年修了生を対象者としたため、国民道徳、歴史、数学などの基礎科目の 水準を国民高等学校の教授科目の水準を基準としたのは、師範学校は国民高等学校と一貫 性を保とうとした考慮からだと考えられる。その上に、教育と手工の科目を加えたのは、

教員の専門性を培うためだと考えられる。次に、各科目の教授時間数をみてみよう。

表 3-14 より、国民道徳、教育、日語、実業と体育科目は 2 年連続設けられたことがわか る。また、各科目の中に、教授時間数が最も多く割かれたのは教育と国語の中の日語の科 目である。「教育」科目の教授主旨については、以下のように述べられている。

教育に関する一般の知識技能を得しめ特に初等教育の理論及方法並に学校管理法を詳か にし教師たるの精神を涵養し教育の国家的重要性を自覚せしむるを以てその要旨とす。教 育を授くるには心理学概論、児童心理学、論理学、教育史、教授法の大要、教育制度、学 校の経営及び管理、学校衛生の概要、学校教育と家庭教育及社会教育との関係を授け其の 特に初等教育に関係する事項を詳かにし教育実習を課し初等教育に於て授くる各学科目の 教授法及び教材研究を指導すべし47

116

上記の記述より、「教育」科目は師範学校教育の核心であり、教育の本位から出発して、

児童教育に関する幅広い知識が伝授されたとみられる。しかし、一方、この「教育」科目 は単に一般の知識技能を授けるのみではなく、要旨の部分に述べられるように、教員に満 洲国教員として涵養すべき精神と自覚を培うことも重要な一部であることが窺える。

国民道徳科目について、1937 年 10 月 10 日に公布された「師道学校規定」の第一条に「建 国の由来及び建国精神を明徴にして訪日宣詔の所以を知らしめ民族協和及び日満一徳一心 の精神を深く体認なしめ忠君愛国及び孝悌仁愛の至情を涵養セシメ【ママ】48」と明示され、

満洲国の建国精神についての理解と認識は満洲国教員の必須能力として求められたことが 語られている。また、同規定に、「労作により勤労愛好の精神を養ひ勤勉力行の良習を錬成 せんことを期す」という教育目標が記され、この勤労愛好の精神は手工49、実業(農業、工 業、商業)、実習などの科目を通して養うものと考えられる。

師道学校の特修科に関しては、その教授科目及び教授時間数は表 3-15 のとおりである。

特修科の学科と時間を師道学校と比較すると、学科の設定は同じであるが、各学科に割かれ る時間が異なることがわかる。特修科の対象者は国民優級学校の卒業者であり、各学科の教 授基準には、「国民優級学校に於て修得したる基礎により一層精深なる程度に於て教師とし て有用適切なる事項を授け以て師表たるの人格を陶冶し其の教養を高むべし50」という方針 が定められた。この方針に沿って、各科目にバランスよく時間が配分された。たとえば、師 道学校の第2学年の半分以上の時間数が教育実習に占められたことに対し、特修科は各科目 の教授時間数が均衡に実施されていたとみられる。なお、各学科の中に日本語に与えられた 教授時間が最も多く、同じ国語である漢語の約2倍にあたる。また、教育の内容については、

教育と手工科目の教育主旨は師範学校での主旨と一致している。以上、特修科の教授科目と 時間数の設定により、師道学校とは教育の基礎及び水準は異なるものの、教員に求められた 知識と能力の範囲は同じであることが言える。

表 3-15 師道学校特修科各学年各学科目毎週教授時間数

学科学年 国民道 教育 国語 実業 地理歴史及 数学 理科 手工図画 体育 音楽

講義 実習 満語 日語 講義 実習

学年第一

2 3 5 9 2 3 3 4 2 3 2 2 40

学年第二

2 4 8 2 4 2 3 3 3 2 3 2 40 民生部教育司(1938:196)『学校令及学校規定』より転載

1940 年 5 月までの調査で、満洲国全域では特修科を附設する師道学校は 16 校で、師道学 校本科の総学生数の 2907 人に対し、特修科の総人数はそれを上回って 3160 人51に達した。

「師道教育令」の規定により、師道教育機関を卒業したものは卒業後 1 年以上教職に就く